FC2ブログ

戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

♦ プロフィール

祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪し
記録することを趣味とする
祐実総軍三等兵ですっ★

稚拙な内容ではございますが
これまでに関係者の皆様方と
見てきた戦争遺跡を中心に、
ブログ・ホームページなどで
順次ご紹介をしていきます♪

よろしくお願いしますっ★

♦ カウンター

♦ 最新記事

♦ アクセスランキング

[ジャンルランキング]
地域情報
264位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
11位
アクセスランキングを見る>>

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


月曜日から関東地方は
なんだかスッキリとしない天気が
続いていますね・・・

気温も徐々に下がってきており
紅葉とともに探訪シーズンの
到来ですかねっ★

今シーズンは、色々な案件を
探訪出来るように頑張りますっ!


さてさて、今回は記念すべき
和泉軍團「軍報」の第100弾として
茨城県潮来市におかれていた
鹿島海軍航空隊北浦分遣隊の
遺構群をご紹介させてくださいませ↓


本来であれば、軍報100号ごとに
軍團キャラの記念絵を掲載する
流れですが、当方の不手際で
需要と供給のバランスが崩れており
こちらは後日掲載とさせてください。



北浦分遣隊は、飛行練習生や
飛行学生などに水上機を使用した
操縦訓練や整備教育などを行った
鹿島海軍航空隊の派生隊として
1941年(昭和16)に開設されました。

1942年(昭和17)に入ると、航空隊として
独立し、北浦海軍航空隊に改称され
引き続き、終戦まで水上機の
搭乗員養成所として機能しました。

現在、跡地は潮来マリーナをはじめ
住宅・畑地などに変遷していますが、
当時の遺構がわずかに残っています。



潮来マリーナ付近にお邪魔中です↓


今回は、この日に限り
三等兵株式会社に労働力を
買収された(笑)マッキー先生と、
取締役のパパゲーノ先生
付き添ってくれています★


潮来マリーナの南西に位置する畑地に
格納庫の基礎部分が残っています↓



あらあら、おピンちゃん先生
お友達がお出迎えですよ



格納庫跡に開けられた穴の中を
のぞいてみると、お友達が
2人も隠れていました↓



お友達を撮影するマッキー先生↓



格納庫跡の周辺にも
当時の建物跡と考えられる
基礎部分が残っています↓



潮来マリーナに隣接する
釣り堀付近に短艇の船着場が
残っています↓



駐車場付近には碑がありました↓



海岸に向かって歩いていると
「ホエー!ホエー!」と
ラッパのように鳴いて接近する
鳥さん達に出会いました↓



海岸には広範囲にわたって
滑走台が残っています↓



この他にも遺構がありそうでしたが
時間が限られているため、切り上げて
次の案件に進んでいきます↓



【収録遺構】
 鹿島海軍航空隊北浦分遣隊
 (北浦海軍航空隊)

  建物基礎 2箇所
  その他 2箇所

【探訪情報】
 2018.10.21   第1回探訪


 歩数(指数) 未計測(80)


それでは、またお会いしましょうっ★



↑よろしければ、こちらの「応援」も
 ひとつよろしくお願いします♪

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


廃車になって2週間が経過しましたが
ある程度の規則正しい生活と
仕事と同じ時間帯はPCにかぶりつき
我々のホームページの更新作業や
調べものをしているので、
長期休暇特有の「だらけ生活」には
陥っておりません(笑)


このペースを継続していきますっ★


さて、本日は莉央軍團「軍報」の
第16弾といたしまして、
勇払地区に構築された
陸軍第七十七師団の抵抗拠点のうち
北海道苫小牧市に残るものを
簡単にご紹介させてくださいませ↓




第七十七師団は、旭川におかれた
第七師団の留守部隊を基幹として
1944年(昭和19)に編制されました。

その後、太平洋戦争の戦局悪化にともない
アメリカ軍が北海道内に侵攻してくることが
予想されたため、第五方面軍の傘下に入り
勇払地区の海岸付近に抵抗拠点とする
陣地を構築しましたが、終戦により
使用されることはありませんでした。

勇払地区には防衛のための砲陣地が
47ヶ所にわたり設けられ、このうち現在の
苫小牧市に25ヶ所おかれていたようですが
その多くが破壊されて一部が残るのみと
なっています。



前回の記事に引き続き、
むかわ町の探訪から戻るようにして
厚真町と苫小牧市の境界付近に
到着いたしました↓



雑木林を進んでいくと
1つ目のトーチカが残っています↓



我が総軍大元帥が、砲口より
お入りになられます↓



砲口部分です↓



若干の土砂流入がありましたが
状態は良い方です★


砲室の背面に弾薬庫が
1つ設けられています↓



むかわ町に残るトーチカ群と違い
簡単に中へ入ることが出来ます。


背面部分の入口です↓



トーチカの周囲には塹壕も残ります↓



次のポイントに移動します↓



ここから雑木林を進んでいくと
2つ目のトーチカが残っています↓



外側から砲口部分を見ると
こんな感じになっております↓



荒いコンクリートですが、通風口が
きれいに2つ完存しており、
1つ目のトーチカより状態はいいです。


砲室部分です↓



砲室部分の人物比です(笑)↓



当方の伸長が176センチで
天井までスレスレなので
高さは180センチくらいですね。


内部は1つ目のトーチカと同様で
背面に弾薬庫が1つ設けられています↓



こちらもトーチカの周囲に
塹壕が残っています↓



2つ目のトーチカを見学した後は
植苗地区に移動していきます↓
15_201811121735283e3.jpg


林道沿いに3つ目のトーチカが
残っています↓



こちらは砲口が少し小さいので
背面部分に設けられた入口から
正規に入場してまいります(笑)↓



砲口・銃眼部分から入る機会が多いと
本来の入口を勘違いしてしまいます(笑)


3つ目の砲室部分は、さきほどの2つとは
形状が異なっているようですね↓



また、弾薬庫に加えて部屋のような
空間が1つ設けられていました↓




この周辺も塹壕が残っています↓



むかわ町経由でトーチカ探訪に
付き合ってくださったタクシーとは
苫小牧駅でお別れし、いったん
ホテルにチェックインします↓



ホテルに着くと、我が総軍大元帥が
おピンちゃん先生になっちゃったので
単騎で元町の海岸に移動します↓



4つ目のトーチカが残っています↓



残念ながら、入口・砲室ともに
塞がれてしまっているので
内部の状態は判りませんでした・・・↓



この後は、いったんホテルに戻り
お着替えをして友軍の飲み会に
参加をさせていただきました↓




いつものように、三等兵は
いい気分になって帰りました(笑)↓



次の日、友軍の皆様方は
2つ目のトーチカで撮影会・
総軍一行は札幌へ向かって
それぞれ駒を進めました★


【収録遺構】
 陸軍第七十七師団
 抵抗拠点陣地(苫小牧市)

  地下施設 4箇所
  その他 3箇所

【探訪情報】
 2018.11.03  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(90)


後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただきますねっ♪


このブログを更新している時に
空中写真を眺めていたら
市内にもう1つトーチカ
あることが発覚しました・・・↓



このトーチカの写真を
お持ちの方がいらっしゃいましたら
是非、写真をいただきたいです(汗)


それでは、またお会いいたしましょう★



↑よろしければ、こちらの「応援」も
 ひとつよろしくお願いします♪

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


情けないことに、北海道の遠征から
帰還したあたりから、曜日の感覚が
狂い始めました(汗)

廃車になったとはいえ
日々、規則正しい生活を
しているのですが、
「出勤」という行為がないから
曜日が判らなくなりますね・・・


さてさて、本日は莉央軍團「軍報」の
第15弾といたしまして、
勇払地区に構築された
陸軍第七十七師団の抵抗拠点のうち
北海道勇払郡むかわ町に残るものを
簡単にご紹介させてくださいませ↓




第七十七師団は、旭川におかれた
第七師団の留守部隊を基幹として
1944年(昭和19)に編制されました。

その後、太平洋戦争の
戦局悪化にともなって、アメリカ軍が
北海道内に侵攻してくることが
予想されたため、第五方面軍の
傘下に入って勇払地区の海岸付近に
抵抗拠点とする陣地を構築しましたが
終戦により使用されることは
ありませんでした。

勇払地区には防衛のための
砲陣地が47ヶ所にわたり設けられ
このうち、現在のむかわ町には
8ヶ所あったようですが、
多くが破壊されて汐見海岸付近に
残るのみとなっています。



我が総軍大元帥とともに
苫小牧駅に到着いたしました↓



今回、探訪させていただいた
むかわ町は、苫小牧市から
それなりに離れているため
当初の計画から除外してましたが
こうやって実際に来てしまうと
次回の探訪時期を確約出来ないので
どうしても欲張ってしまい・・・(汗)


大枚を覚悟し、苫小牧から
タクシーの力をお借りして
むかわ町に入っていきます↓



JR日高本線の汐見駅付近に
到着いたしました↓



この時点で、既にメーターは
1万円を超えております(汗)


畑にトーチカが残っていますが
外周に動物除けの柵が施されて
接近することが出来ませんでした↓



いい写真が撮れませんでしたが
砲口は鵡川の河口に向いています↓



汐見海岸に進んでいきます↓



汐見海岸の鵡川河口寄りに
2つ目のトーチカが残っています↓



残念ながら、倒壊しているため
内部を見ることは出来ませんでした↓



上部に通風口と考えられる
穴が開いていることが判ります↓



最後は漁港付近に向かっていきます↓



3つ目のトーチカは民家の
敷地内にあるため、接近するのを
控えましたが、砲口は真西の
鵡川漁協を向いていることが
判ります↓



このほか、この周辺にもう1つ
トーチカが残っているようですが
時間があまりないので、
今回はこれで引き揚げました↓



【収録遺構】
 陸軍第七十七師団
 抵抗拠点陣地(むかわ町)

  地下施設 3箇所

【探訪情報】
 2018.11.03  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(90)


後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただきますねっ♪


それでは、またお会いいたしましょう★



↑よろしければ、こちらの「応援」も
 ひとつよろしくお願いします♪

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


廃車になって約10日経ちましたが
おかげさまで、やりたいことが沢山あり
どれから手を付ければ効率がいいか
判らなくなってしまいました(汗)

ここで、面倒くさいからといって
ダラけて手を付けずにいると
長期休暇特有の病気(笑)になるので
しっかりやっていこうと思いますっ!


さて・・・本日は美恵軍團「軍報」の
第79弾といたしまして、
静岡県湖西市におかれていた
陸軍第七十三師団の抵抗拠点陣地の
一部をご紹介させてくださいませ↓




第七十三師団は、駿河湾から
知多半島にいたる地域の防衛を
目的として1944年(昭和19)に
第三師団の留守部隊を基幹に
編成されました。

その後、司令部を名古屋から
豊橋に移し、防衛地域を浜名湖から
豊橋にいたる区域に縮小して
第十三方面軍の傘下に入り、
来たる本土決戦に備えて
抵抗拠点となる陣地の構築途中で
終戦を迎えました。

湖西市については配下の
野砲兵第七十三連隊や
歩兵第一九七連隊・
独立重砲兵第三十七大隊を
はじめとする部隊が展開し、
白須賀から新居町にかけて
陣地が広範囲に現存しています。



東海地方における探訪の権威である
空母欲奈プロと湖西市内の
山林内にお邪魔しております↓



難所を越えながら山を上ります↓



進んでいくと塹壕が残っていました↓



さらに山を上がっていくと
監視所が残っています↓



監視窓は南南東を向いています↓



監視所の外観は粗悪ですが
内部はしっかり造られています↓




次のポイントに移動していきます↓



再び、山を上がっていきます↓



山頂付近に砲陣地が残っています↓



砲室部分です↓



コウモリさんの家と化していますが
砲側弾薬庫が1つ設けられています↓



内部の状態は良好ですっ★↓



砲室の背面に設けられた入口は
少し土砂に埋まっています↓



砲陣地から少し山を上がります↓



土砂に埋まった状態ですが、
さきほどの砲陣地の観測所が
山頂に残っています↓



内部の様子です↓



側面部分に設けられている入口は
土砂で完全に埋まっています↓



周辺には塹壕も残っています↓



探訪時間に限りがあったため
今回はこれで引き揚げましたが
引き続き、探訪を継続していきます★


 【収録遺構】
  陸軍第七十三師団
  抵抗拠点陣地(湖西市)

   地下施設 3箇所
   その他 2箇所


 【探訪情報】
  2018.10.13  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(80)


後ほど、我々のホームページ内でも
ご紹介させていただく予定です。


それでは、またお会いいたしましょう★



↑よろしければ、こちらの「応援」も
 ひとつよろしくお願いします♪

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


三等兵は、さきほど北海道探訪から
無事に帰還いたしましたっ★

函館→室蘭→苫小牧→札幌→函館と
なかなかの強行軍でしたが、
函館・苫小牧では友軍への
お目通りが叶いまして、
とっても有意義な時間を
過ごすことが出来ましたっ!

苫小牧での飲み会で
ご一緒させていただいた
ヒロポン@燃える下心先生・
ガルム工房モーンケ@門家先生・
Slick先生・サニー先生・なかのしま先生・
カツオブシムシ先生・ペニヤン先生・
零式魚先生・岬先生っ!
大変お世話になりました m(_ _)m



さて・・・
帰還後1発目の「軍報」は
莉央軍團管轄案件といたしまして
北海道函館市におかれていた
陸軍函館要塞の御殿山第二砲台の
穴澗観測所の遺構群を
第9弾の続編としてご紹介します↓



なお、これは「後続記事」ですので
「本記事」もご覧くださいませ↓

 【莉央軍團】(9)御殿山第二砲台



今から2年前のお話しですが
おピンちゃん先生と穴澗海岸に
お邪魔しております↓



海岸から一気に山を上ると
1つ目の観測所が見えてきます↓



1つ目の観測所に到着です↓




状態が悪いですが、観測所の
掩蔽部も残っています↓



このあとは、隣接する穴澗照明所
遺構を見に行ってしまったのですが、
後になって観測所はもう1つあることが
発覚しました(涙)


この悔しさを我慢すること2年・・・
今度はSlick先生と一緒に
再訪する機会をいただきました↓



前回と同様に、穴澗海岸から
進軍開始ですっ↓



ああっ、ありましたっ↓



こちらは、1つ目の観測所と比べると
土に埋もれてしまっています↓



付属掩蔽部も探しましたが
見つけることが出来ませんでした・・・↓



よーーーしっ、これで穴澗観測所は
網羅出来たと思いきや・・・
何と、資料に観測所は「3つ」と
記載されているではありませんか(涙)

さきほど、北海道から帰還して
気が付きました・・・

この三等兵、3度目にして
「覚醒」いたしました(笑)
来年のシーズン終了間際に
函館再訪を催行しますっ!


【収録遺構】
 陸軍函館要塞
 御殿山第二砲台

  砲座 3箇所
  地下施設 9箇所
  トンネル 2箇所
  その他 2箇所
  観測所 2箇所(今回追加)
  地下施設 1箇所(今回追加)

【探訪情報】
 2016.09.20  第1回探訪
 2018.11.01  第2回探訪

 歩数(指数) 未計測(122)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


それでは、またお会いいたしましょう♪



↑よろしければ、こちらの「応援」も
 ひとつよろしくお願いします♪