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戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

♦ プロフィール

祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪し
記録することを趣味とする
祐実総軍三等兵ですっ★

稚拙な内容ではございますが
これまでに関係者の皆様方と
見てきた戦争遺跡を中心に、
ブログ・ホームページなどで
順次ご紹介をしていきます♪

よろしくお願いしますっ★

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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


ここのところ、大好きな仕事での
疲労が溜まってしまい、
少々ゲンナリしておりましたが
無事、復活いたしました(笑)


残業はほとんどしていませんが
それでも、1日約8時間も
会社に拘束されるのが嫌で嫌で・・・


給料、今の半分でいいんで
勤務時間も半分以下にして
欲しいところです。


さて、今回は祐実軍團「軍報」の
第23弾の続編として、
浦賀ドックの見学会の前に再訪した
馬堀に残る東京湾要塞地帯標を
1本だけご紹介いたします↓



なお、これは「後続記事」ですので
「本記事」もご覧くださいませ↓

 (23)陸軍東京湾要塞地帯(横須賀市)



快特の俊足ぶりに定評がある
京急線の馬堀海岸駅付近に単騎で
お邪魔しております↓



残念ながら、この界隈に残る
軍跡の写真を消失させてしまい
浦賀ドックの見学会の前に
再訪することにしました。


踏切を渡って少し進むと・・・↓



要塞第一区地帯標が残っています↓



残念ながら下部が埋もれてしまい
なおかつ風化も進んでいますが
「1Z 東京湾要塞第壹」の文字が
刻まれていることが判ります↓



この後は駅に引き返し、
関係者の皆様と浦賀ドックの
見学会に参加するために
浦賀駅に向かいました。


【探訪情報】
 2006.04.09  第1回探訪
 2006.06.24  第2回探訪
 2006.07.01  第3回探訪
 2007.01.08  第4回探訪
 2007.10~2007.11のどこか
         第5回探訪
 2014.04.27  第6回探訪
 2019.04.28  第7回探訪
 2019.05.25  第8回探訪


 歩数(指数) 約35,000歩(640)


それでは、またお会いいたしましょう★



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


残念ながら、ここのところ
大好きな仕事のことばかり
考えてしまって(まったくのウソ)、
睡眠不足になっているようです・・・


特に、この数日間は
ちょっと頭が痛く、目もシバシバで
常に眠く、大好きなはずなのに
仕事にまったく手がつかない感じです。


ちょっと、夜のお酒を休止して
早めに寝ようと思います・・・


さて、今回は祐実軍團「軍報」の
第212弾といたしまして
東京都港区六本木におかれていた
歩兵第三連隊の兵舎を
ものすごく簡単にご紹介します↓




歩兵第三連隊は、師団編成の
前身にあたる東京鎮台に
隷属した部隊で、その後の改編をうけ
第一師団の隷下となりました。

戦歴も古く、西南戦争や日清戦争・
日露戦争に出征して凱旋しますが
1936年(昭和11)の二・二六事件では
青年将校の一部が反乱軍に加担し
高橋是清外務大臣などを
殺害しています。

その後、上位部隊が第二十八師団となり
満州北部に兵営を移しますが
太平洋戦争の戦況が逼迫すると
沖縄の宮古島に上陸して防備につき
終戦を迎えました。

現在、連隊跡地は国立新美術館と
なっており、兵舎の一部分だけが
保存されています。



国立新美術館に隣接して
減築された兵舎が残ります↓




ちょっと、これが怪しい感じです↓



地下施設の入口跡だったら
嬉しいのですが・・・


【収録遺構】
 陸軍第一師団
 歩兵第三連隊

  建物 1棟

【探訪情報】
 2008.04.26  第1回探訪
 2014.04.29  第2回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


それでは、またお会いいたしましょう★



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


ここのところ、色々と忙しくしており
ブログの更新まで手がまわらず、
毎日見に来てくださる方々には
本当に申し訳ないです m(_ _)m


全ては、大過ぎ過ぎてクソくらえの
仕事が原因です(笑)


通勤時間を含め、1日あたり
12時間以上も「浪費」しているので
これを何とか減らしたいところです・・・


さて、本日は起算更新となりますが
莉央軍團「軍報」の第19弾として
北海道札幌市におかれていた
札幌飛行場(接収)の門柱を
1つご紹介させてくださいませ↓




札幌飛行場は、札幌市に本社が
おかれていた北海タイムス社の
業務用飛行場として、
1926年(大正15)に開設されました。

昭和時代に入ると、公共飛行場に
指定され、札幌~東京間の定期航路が
開設されますが、太平洋戦争に入ると
陸軍が敷地を接収し、室蘭市内の
製鉄・兵器工場を防衛するための
飛行場として終戦まで使用されました。

現在、跡地は北区役所や学校・
住宅地などに変遷し、面影が全く
ありませんが、宮の森・北24条通沿いに
門柱が保存されています。



我が総軍大元帥と共に
地下鉄南北線の北24条駅に
到着いたしました↓



宮の森・北24条通を
西に向かって進んでいきます↓



札幌飛行場の名残である
門柱が残っています↓



門柱に隣接して案内板が
設置されています↓



彫刻家の坂担道さんが制作した
札幌飛行場を偲ぶプロペラ型の
ブロンズ像「風雪」の碑もあります↓



ひと通り見学した後は
次の案件に向けて美香保公園に
進んでいきます↓



【収録遺構】
 札幌陸軍飛行場(接収)

  門柱 1箇所

【探訪情報】
 2018.11.04  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


後ほどホームページでも
ご紹介させていただきます♪


それでは、またお会いいたしましょう★



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


残念ながら、当方の苦手なケムシさんが
あちこちで出始めているので、
藪漕ぎをともなうハードな探訪は
初冬あたりまで「休業」に入ります。


これから、当面の間は
ケムシさんの心配がない
「地上戦」に切り替えていきますが
それでも、まだまだ行かないと
ダメな場所がたくさんあります・・・


さて、今回は我々のホームページ
若干量で更新いたしましたので、
その更新内容を掲載することで
ブログの更新とさせてください。




今回の追加分は以下となります↓
(カッコ内は制約モードで閲覧可能な
掲載遺構の数です)

 ※アンカーをクリックすると、
  それぞれ別ウィンドウで表示され
  音楽が流れますので、一度に全てを
  開かないようにご注意を!

埼玉県(122)
 ①川越市(5)
  陸軍航空士官学校
  坂戸飛行場(3遺構追加)

 ②坂戸市(4)
  陸軍航空士官学校
  坂戸飛行場(3遺構追加)

兵庫県(154)
 ①加古川市(50)
  各務原陸軍航空支廠
  神野出張所
(1遺構追加)
  加古川陸軍射撃場(3)

 ②高砂市(16)
  陸軍造兵廠大阪工廠
  播磨製造所
(15)
  陸軍造兵廠大阪工廠
  播磨製造所高砂軍用線(1)



祐実総軍プロジェクトの体制は
以下で構成されており、
掲載している各都道府県内の
いわゆる「戦争遺跡」が、
拙ブログ・ホームページのシナリオ上、
どこの「軍團」の探訪案件となるのか
簡単にご認識いただければ幸いです↓

 祐実総軍プロジェクト (総大将:平野祐実―YUM)
  |
  ┣ 莉央軍團 (大将:簑島莉央―7RI)
  |  ┗ 北海道(南部)
  |
  ┣ 由香里軍團 (大将:寺島由香里―8YR)
  |  ┣ 青森県・岩手県・秋田県
  |  ┗ 宮城県・山形県・福島県
  |
  ┣ 祐実軍團 (大将:平野祐実―1YM)
  |  ┗ 東京都・神奈川県・埼玉県
  |
  ┣ 和泉軍團 (大将:海老名和泉―4IZ)
  |  ┣ 千葉県・茨城県
  |  ┗ 栃木県・群馬県
  |
  ┣ 美恵軍團 (大将:酒井美恵―3ME)
  |  ┣ 愛知県・三重県・岐阜県
  |  ┗ 静岡県・長野県・山梨県
  |
  ┣ 珠美軍團 (大将:落合珠美―6TM)
  |  ┣ 石川県・福井県
  |  ┗ 新潟県・富山県
  |
  ┣ 阪奈軍團 (大将:石切阪奈―2HN)
  |  ┣ 大阪府・兵庫県・京都府
  |  ┗ 滋賀県・奈良県・和歌山県
  |
  ┣ 真己軍團 (大将:福田真己―5MK)
  |  ┣ 広島県・岡山県・島根県
  |  ┗ 山口県・鳥取県
  |
  ┗ 那瑠絵軍團 (大将:稲益那瑠絵―9NR)
      ┣ 福岡県・大分県
      ┗ 長崎県・佐賀県



引き続き、少ない更新量で
恐れ入ります m(_ _)m

今後も、時間を見つけて
作業を継続していきますっ★


【本日の写真】
整備された東京第一陸軍造兵廠の
軍用地境界塀↓




それでは、またお会いしましょうっ★



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


ここのところ、人身事故などによる
鉄道の運転取りやめにより
せっかく、定時ダッシュしたのに
その勢いが帳消しにされることが多く
まいっちゃいます・・・


もちろん、鉄道会社だって
好きで取りやめているわけでは
ないことを重々承知していますが
こうも続いてしまうと、行き場のない
怒りがこみあげてしまいます。


直近では、たかだか本拠⇔職場の
距離が30キロ程度なのに、
3時間以上かかるという
不名誉な「最高新記録」を樹立し
震えが止まりません(笑)


お金を払っているのにも関わらず
不愉快な思いをするのが
当方は一番嫌いでして・・・


さてさて、愚痴が上々なところで
起算更新となりますが、
今回は祐実軍團「軍報」の
第210弾といたしまして、
陸軍航空士官学校坂戸飛行場の
遺構群のうち、埼玉県坂戸市に残る
遺構群をご紹介します↓




航空士官学校は、少尉以上の階級を
対象に、航空兵科に対する養成を
行う教育機関で、入間市の
向陽台周辺に施設が
おかれていました。

坂戸飛行場は、航空士官学校での
教育の一環で、飛行練習を行う目的で
1941年(昭和16)頃に設置され、
その後は生徒数の増加によって
分教所がおかれました。

現在、敷地跡地はUR若葉台団地や
学校などとなっており、当時の面影が
ありませんが、当時の遺構が
わずかに残存しています。



坂戸市内にお邪魔しております↓



筑波大附属坂戸学校付近に
終戦後の航空写真に写る
防火水槽が残っています↓



軍用地境界標も残ります↓



標柱は、この他にも
記載面が塀に埋もれたものを
1つ確認していますが、
写真を取り忘れました・・・


怪しいと思って撮影した
2つの建物も、家に帰って
航空写真を再確認したら
バッチリ写っていました↓



このあたりの遺構に詳しい
フォロワー様より、弾薬庫であると
お教えいただきました★


この後は、飛行場の外周に沿って
トボトボと歩いてみましたが、
遺構には巡り合えませんでした・・・↓




川越市に入っていきます↓



【収録遺構】
 陸軍航空士官学校
 坂戸飛行場(坂戸市)
 (陸軍航空士官学校
  坂戸分教所)

  軍用地境界標 1本
  その他 1箇所

【探訪情報】
 2008.01.02  第1回探訪
 2019.05.11  第2回探訪

 歩数(指数) 未計測(106)


後ほどホームページでも
ご紹介させていただきます♪


それでは、またお会いいたしましょう★



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