戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪し
記録することを趣味とする
祐実総軍三等兵ですっ★

稚拙な内容ではございますが
これまでに関係者の皆様方と
見てきた戦争遺跡を中心に、
ブログ・ホームページなどで
順次ご紹介をしていきます♪

よろしくお願いしますっ★

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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


今日の関東地方は北風が強く
寒かったような気がしています。

今回は正午の定例処理の確認が
なかったので、お昼はビル外の
飲食店にしようと思ったのですが
ビル風が強く、寒くてやめました(笑)

寒がり野郎なもんで(汗)


さてさて、本日は「鉄道」ネタで
ブログを更新させていただきます。

今回は、かつて都営三田線で
活躍していた6000形でございます。



東京都交通局6000形電車(wikipediaを抜粋)↓

東京都交通局6000形電車は、
東京都交通局にかつて在籍していた
三田線用の通勤形電車である。

日本の鉄道車両で初めて
補助電源装置に静止形インバータ (SIV) を
採用した。車体構造は外板に
ステンレス鋼を用い、骨組みは普通鋼を
用いるセミステンレス車両である。

内装も関東の鉄道では初めて
木目調の化粧板が採用された。

20m4扉車体、制御装置は超多段制御、
主電動機出力100kWといった点に
帝都高速度交通営団5000系との
類似性が伺える。

1968年(昭和43)12月27日の
志村駅(現・高島平駅) - 巣鴨駅間開業と
同時に運用を開始した。

当時は、東武鉄道東上線と
東京急行電鉄との相互乗り入れを
予定していたため、東武・東急とともに
制定した「6号線直通車両規格」
(現在は事実上消滅)に基づき、
各車の全長を20mとし、暫定開業のため
4両編成で配備された。

1969年(昭和44)に鉄道友の会
「ローレル賞」を受賞した。

1972年(昭和47)の6月30日の
巣鴨駅 - 日比谷駅間の開業時より
6両編成となった。なお、設計時は
8両編成を想定していた(3・4号車が
欠車)。

東武鉄道と相互乗り入れを
行う予定であったため、運転台は
東武の通勤形電車(8000系)と
同様に地上線での万一の衝突事故を
考慮した高運転台構造とし、
警笛も東武と同様に両先頭車で
音が若干違うものを採用した。

長年にわたって三田線の
専用車両として運用されてきたが、
1993年(平成5年)6月22日より
後継車両の6300形を導入し、
非冷房だった初期車の置き換えが
開始された。

当初は、過去に三田線との
乗り入れ計画があった東急池上線や
東急多摩川線が実施している
ホームセンサー方式での
ワンマン運転を構想していたこともあり
6300形の投入で初期車を
置き換える一方、6000形のうち
車齢の若いものは改造して
継続使用することも検討されており
1995年(平成7)にはいったん
置き換えが中断された。

ところが、1990年(平成2)6月に
「相互直通運転における
東急目黒線・南北線・三田線・
埼玉高速鉄道線との
車両申し合わせ事項」に基づく
ホームゲート方式のワンマン方式に
決定された後、そのホームゲートの
位置および、これによる乗務員の
安全確認上の問題や、ATOの精度の
問題に加え、それに対応するための
改造費が6300形の導入費用に
匹敵することが判明した結果、
6300形への全面置き換えが決定。

1999年(平成11)に置き換えが再開され
同年12月3日のATC/SR化と、
翌2000年(平成12)9月26日からの
営団地下鉄(現・東京地下鉄)南北線・
東急目黒線との相互乗り入れの
開始に先立ち、1999年11月28日の
さよなら運転を以て6000形は三田線での
運用を終了した。



長々とwikiを「コピペ」してしまって
申し訳ないです m(_ _)m
こんな感じの車両です↓

wikipediaの写真です。


この車両は、昭和50年代後半に
よく乗りました(笑)

当方が小学校低学年の頃に
なりますが、おふくろの
高校生時代の友人が
高島平に住んでいましてね、
家に遊びに行く時は、
必ず大手町で乗り換えて
三田線を利用しました。

どこの線区もそうですが、
地下鉄は他の私鉄と違って
車両形式のバラエティーに
富んでいませんから、
三田線というと必ず6000形に
遭遇するわけです(笑)

この当時は、まだ冷房が
ついていなかったはずですし、
前面に青帯がなかったです。


引退1年前の6000形↓

wikipediaの写真です。


走行音が大好きな私にとって
WN駆動というのは、当時はあまり
魅力がなかった記憶がありますが、
この6000形は出だしの
「低音」が混じった音に
かなり魅力を感じました。
(頭おかしーんで、放置でっ!)

モーター音に関心がある方は
是非、聞いてみてください↓
 都営地下鉄三田線の6000形
 ※kamepo様の動画です。


6000形の台車です↓

鉄道ホビダス台車近影から
 写真を転載しております。


昭和時代の都営の車両は
全て乗り心地のよい
円筒案内式の台車ですね。

近鉄や京急などでは、昔から
積極採用されていますよねっ♪
いつ見ても、素敵ですねっ★


残念ながら、三田線での
営業運転は既に終了していますが
現在も一部編成が譲渡車として
熊本電気鉄道や秩父鉄道・
インドネシアに渡っています。


秩父鉄道で活躍している
6000形の写真が出てきました↓




末永く活躍してもらいたいものです。


本日は大変な「脱線」と「的外れ」な
ブログ更新で申し訳ありません m(_ _)m


それでは、また明日っ!



↑よろしければ、こちらの「応援」も
 ひとつよろしくお願いします♪

皆様、いかがお過ごしでしょうか。

明日の朝は「嵐」のようで・・・
こんな時に限って、月初処理の
立ち合いをしないといけないので
絶対に遅刻出来ないという
おまけがついております(笑)

地元をはしる電車は、嵐に
とっても「弱い」ので、遅れることを
見越して早く家を出なければ・・・


さてさて、本日は「鉄道」ネタで
ブログを更新させていただきます。

今回は、阪神で運用されている
7861形でございます。



阪神7861形(wikipediaを要約・抜粋)↓

7861形は、7801形の派生形式で
1967年の昇圧後も、2両編成で運行が
できる車両を確保するため、
7801・7901形をベースに1966年から
1968年にかけて2連×8本16両が
武庫川車両工業において製造された。

阪神の現有旅客用車両の中では
現役最古参で、阪神最後の
片開き扉車となった7861形は、
2両編成で走行できることから、
2両×3本の6両が残存している。

7861形は7890・7990形とともに
武庫川線の運用に充当されている。



こんな感じの車両です↓


ううっ、ステキな顔つきですね!
やべー、病気がはじまった(笑)


私が若い頃、仕事の都合で
兵庫県の宝塚市に住んでいた話を
過去にしましたが、その時は
まだ「赤胴車」の1形式である
8000系列が多く走っており、
7861形のような顔つきには
よく乗っていましたが、
残念ながら、本形式には
乗車経験がありませんでした。


武庫川駅に停車中の7861形↓



そんな中、現在はまっている(笑)
軍跡探訪で西宮界隈に訪れた際に
ようやく乗車機会に恵まれました。

鳴尾海軍航空隊の遺構を見た後、
武庫川団地前駅まで歩き、
(この時、歩いている途中で
おなかのセルモーターが働き、
トイレ探しが大変でした)
武庫川駅まで7861形に乗車し
武庫川→梅田→新大阪のルートで
ホテルに帰還しました。


7861形の車内です↓


つり革が長げぇ・・・(笑)
このあたりが、昭和の私鉄電車を
象徴していると思います。

ちなみに、武庫川線は
川西航空機鳴尾製作所への
従業員と資材を輸送するための
専用線を引き継いでいます。


7861形はMT比同率で、モーターの
出力が110kWであるため、
編成単位でみると、少々弱いと
個人的には感じますが、
それでも設計最高速度が
110km/hという俊足ぶりです。
でも、残念ながら武庫川支線内では
最高速度が45km/hに抑えられており
高速走行を見ることは出来ません・・・

また、病気が始まりそうだから
聞き流して欲しいのですが、
この時代の阪神電車に採用された
中空軸駆動は音がいいですね。
軽快感がある唸りはたまらんです(笑)


7861形の台車です(付随車用です)↓


住友製のFS341T台車です。

高速走行をすると揺れそうな
感じがしますね・・・(笑)

2両を3編成つないで、6両にして
是非再び本線の優等運用に
ついてもらいたいものですっ!


本日は大変な「脱線」と「的外れ」な
ブログ更新で申し訳ありません m(_ _)m


明日は月初めとなりますので
本来であれば「ホームページ」関係で
ブログ更新となるのですが、
アクセス統計を出すための
収集ツールがバグってしまい
調査するのに時間がかかりそうです。
そのため、通常通り「軍報」での
ブログ更新とさせてくださいませ m(_ _)m


それでは、またお会いしましょうっ!



↑よろしければ、こちらの「応援」も
 ひとつ、お願い申し上げますっ★

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


仕事での無能ぶりが評価され(笑)
本日を以って他部署へ異動となるため
ちょっとした催しが業後にあり、
ブログの更新が出来ないと思われるので
今回は13時にアップされるように
事前に予約させていただきますね。


今も東京都区内の西側まで
通勤しているのですが、
今度はもっと西側になります・・・
勘弁してくれ・・・
残業しねーからなっ(笑)


さてさて、本日は「鉄道」ネタで
ブログを更新させていただきます。


今回は、近鉄で運用されていた
3000系について想いを書きます(笑)

なお、毎度のことで恐縮ですが
写真を保有してないので
よそ様からの「転載」であることを
予めお断りしておきます m(_ _)m



近鉄3000系電車(wikipediaを抜粋)↓

近鉄3000系電車とは、近畿日本鉄道が
1979年から2012年まで保有していた
一般車両(通勤形電車)である。

近鉄における省エネルギー車両の
試作車であり、同社唯一の
オールステンレス車両である。

製造当時、具体的な案件としてあった
京都市交通局烏丸線との直通運転に
対応すべく、様々な試作要素を盛り込んで
1979年に近畿車輛で製造された。

当時はバッド社の特許の関係で、
日本国内では東急車輛製造以外の
メーカーではオールステンレスカーの
製造は不可能であったが、近畿車輌では
東急車輛製造とは異なる方法を
採用することによって
オールステンレスカーの製造を行った。

そのため、東急車輛製造以外の手による
オールステンレスカーは日本国有鉄道が
1985年に205系で採用するまでは
本系列が日本国内で唯一の存在であった。



wikiと同じことをずらずらと転記しても
あまり意味がないので、このくらいに(笑)


こんな感じの車両です↓

wikipediaの写真です。

この形式の初めての出会いは
私が中学生の頃で、千葉県では
ほぼ「お決まり」である京都への
修学旅行です。

ちょっと、記憶があいまいですが
近鉄線上で京都市交の車両を
間違いなく見ているので、
近鉄と京都市交が相互乗り入れを
開始したくらいの時期だと思います。

これだけはしっかり覚えていますが
ホテル杉長が修学旅行の宿で
宇治の平等院へヤサカ観光バスで
向かっている途中で
この形式を目撃しました(笑)

この時は、近鉄電車の一般車は
赤一色(だったはず)で、そんな中に
ステンレスの無機質な車両が
京都方面に走っていく姿を
バスの中から見ました。

「こんな形式もあるんだな~」といった
程度の受け止め方でしたが、
近鉄で1編成しか存在しないことを
後になって知り、関心をもちました(笑)


優等運用につく3000系↓

ピロ様ピロのブログより
 写真を転載しています。


乗車経験は、たったの1回(笑)
社会人になって大阪に赴任した時、
関西に滞在する機会なんか
そうそうないから、これを機に
色々なところを行ってみようと
この日は京都タワーに行ったんです。
(お友達少なかったので一人で・・・)


今、思い返すと、この時期は
地下壕系しか関心がなかったのですが
ジャンルを問わずに軍跡の探訪を
本格的にやっていればよかったな・・・と
後悔してます(涙)


あっ、ちょっと脱線しましたが、
最寄り駅の清荒神から阪急電車で
十三を経由して烏丸まで行き、
烏丸から地下鉄で京都駅に向かう
ルートで行きました(笑)

京都タワーから眺望を楽しんだ後は
ついでと言っては語弊がありますが
東西の本願寺を見て帰りました。

帰りのルートは、行きと同じじゃ
マニアとしては能がないから
京都駅から近鉄に乗って
丹波橋から京阪で京橋に行き
ここからは通勤定期を使って
大阪梅田~清荒神としました。

まえおきがものすごく長くなりましたが
京都駅から丹波橋まで乗った電車が
4両編成の3000系だったんです。
(確か、急行の天理行きです)

中学時代にバスから見ただけの
たった1編成の形式の乗車機会に
恵まれたことに感動しました(笑)


1両切り離した3両で運用につく
3000系の急行↓

大和路ポストマン様
 気ままに、気まぐれ鉄道フォト
 写真を転載しています。


京都~丹波橋までは駅間距離が
そんなに長くはないので、スピードは
あまり出してくれませんでしたが、
チョッパ音やモーター音を
楽しむことが出来ましたっ!
(頭、おかしいね・・・)


よそ様のものとなりますが、
ご参考までに、興味があれば
是非、走行音もお楽しみください↓
 近畿日本鉄道(近鉄)3000系
 ※気ままに鉄道走行音様
  動画です。


関東の鉄道だと、これに近しい音は
今年度で廃車になってしまう
都営新宿線の10系だと思います。

くうぅ、どの速度域をとっても
ものすごく好みの「音」ですっ!
(頭おかしいんで放置してください)


最後に3000系の台車です↓

ピロ様ピロのブログより
 写真を転載しています。

近車のKD-84台車です。
いつも思いますが、近畿車輛の
ウイングバネ台車は非常に
乗り心地がよいですっ!


はあぁ、この形式を含めて
廃車になってしまうのは
実に「もったいない」です。

私が鉄道好きでいられるのも
もはや「時間の問題」かな。。。


ここのところ、「軍報」以外での
更新で申し訳ありません m(_ _)m

明日は月初めとなりますので
恒例の「ホームページ」関係での
ブログ更新とさせてくださいませ。


それでは、またお会いしましょうっ!



↑よろしければ、こちらの「応援」も
 ひとつよろしくお願いします♪

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


今日はクリスマスイブですね。
我が家は、度重なる「遠征」により
財政を逼迫させちゃったので
今年は少しグレードを上げた肴で
家で「酒盛り」でございます(笑)


さてさて、本日は「鉄道」ネタで
ブログを更新させていただきます。


今回は、かつての地下鉄東西線で
運用されていた国鉄301系です。



国鉄301系電車(wikipediaを抜粋)↓

国鉄301系電車は、
日本国有鉄道(国鉄)が設計・製造した
地下鉄乗り入れ対応の直流通勤形電車。

1966年から開始された中央緩行線と
帝都高速度交通営団(現・東京地下鉄)
東西線の相互乗り入れの開始に備え
これに対応すべく設計され、
7両編成が1966年に5本(35両)、
1969年に3本(21両)の計8本が
川崎車輛および日本車輌製造で製造され
三鷹電車区に配置された。

国鉄が初めて設計・製造した
地下鉄対応の通勤形電車であるとともに
国鉄電車としては初めて
アルミニウム合金車体を本格採用した
車両でもある。

国鉄分割民営化後は全車が
東日本旅客鉄道(JR東日本)に
継承されたがすでに全車廃車されており
1両を残して解体されている。

国鉄では台車が金属ばねで、
鋼製車体が当たり前だった当時としては
アルミ車体と空気ばね台車の通勤車は
異色の存在であり、製造費が
高価だったため、登場間もない頃は
「国鉄で最もデラックスな通勤形」と
称されていたこともある。



こんな感じの車両です↓

wikipediaの写真です。

うーん、懐かしいっ!
とはいえ、当方はあまり乗車機会に
恵まれないまま全廃しちゃいました・・・

初めて見たのは小学生の頃ですかね。
当時、父方のおばあちゃんが
葛西に住んでいたので、盆暮れには
必ず東西線に乗ることになります。

また、自分の家が常磐線の
線路沿いであったこともあって
この時代には既に電車に興味を
もっていたので、当時の国鉄が
千代田線と東西線に乗り入れ車を
走らせていたことは知ってました。
でも、薄学だったので乗り入れ車は
103系だけだと思っていたんですね。

そんな矢先、おばあちゃんの家からの
帰り際に葛西駅を通過した車両が
この301系でした。

走行音が103系そのものだったので
この時は103系だと思ったのですが
無機質な塗装に押し込み型の
通風器だし、前照灯の配置も違うし
ちょっと違和感をおぼえたのが
最初の出会いです。

違和感を覚えたとはいっても
あくまで子供の頃ですから、
大した区別も出来るわけもなく
103系だったと信じ込みました(笑)


妙典止まりの運用につく301系↓

ここより、写真を転用しております。
 (オーナー様が判らず申し訳ない)


301系という形式の存在を
知ったのはそれからかなり遅い
中学時代に入ってからです。
筋金入りのマニアだった
アッキー君に教わりました(笑)

台車が103系とは違って
空気ばねが採用されており、
側面に方向幕をもたないところで
簡単に区別出来るって聞きましたが
乗車機会には恵まれなかった・・・


中央線内でさよなら運転に
充当された301系↓
030803-9567m.jpg
ここより、写真を転用しております。
 (オーナー様が判らず申し訳ない)


何回か乗車機会に恵まれたのは
社会人になって千葉市に
引っ越してからですかね。
一時期、青梅市内の工場に
派遣されたことがありましてね、
仕事帰りに三鷹~中野間で
乗っている中央線快速の車内から
西船橋へ向かう各駅停車の301系を
見かけたら、中野駅で中央線から
乗り換えて東西線で西船橋まで
戻ってました(笑)

今思えば、これが一番遠い通勤であり
往復で5時間かかってましたよ(笑)
当時は若かったからやれたけど
今はもう絶対に出来ないというか
しないですっ!


晩年は103系との「混結」も
見られました↓

wikipediaの写真です。

この混結、1回だけ西船橋で
見たことがあるのですが
混結は「あり得ない」と思い込み
ずっと自分の「勘違い」だと
思っていたんです。


そしたら、wikiに写真が出てて
やっぱり「勘違い」じゃなかったと
ちょっと安堵しましたよっ★


301系が履くDT34台車です↓

ここより、写真を転用しております。
 (オーナー様が判らず申し訳ない)

ダイレクトマウント方式の
ウィングばね台車ですなっ★
なかなか素敵ですっ!
ベローズ型の空気ばねが
なかなかいい味を出してますね。

この当時の国鉄で、通勤型車両で
唯一301系がエアサスを
装備していたのは有名でしたね。

私鉄では空気ばね台車は
「あたりまえ」の装備でしたが
国鉄は財政が逼迫してたので
このあたりは仕方ないですよね・・・


本日は大変な「脱線」と「的外れ」な
ブログ更新で申し訳ありません m(_ _)m


それでは、またお会いしましょうっ!



↑よろしければ、こちらの「応援」も
 ひとつよろしくお願いします★

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


いや~、風が強くて寒いっ!
今日の本拠の朝は氷点下で
びっくりしましたよ(笑)

今度の日曜日は久々に
関係者の皆様方と探訪なので
風邪ひかないようにしなければっ!


さてさて・・・
本日は、息抜きとして鉄道ネタで
ブログの更新をさせていただきます。
「軍報」目当てのご常連様、
失礼をお許しくださいませm(_ _)m


三等兵の裁量で恐縮です。
本日は西武101系について
想いを記載させてください。



西武101系電車(wikipediaを抜粋)↓

1969年(昭和44)の西武秩父線開業に
合わせて山岳路線を走行するための
高出力・高ブレーキ性能の車両として
登場し、同年3月5日に西武秩父線の
開通より一足早く営業運転を開始した。

1976年(昭和51)までに4両編成50本と
6両編成13本の計278両が新製された。
このうち6両固定編成の
電動車2ユニット中1ユニットには
当時の大手民鉄では珍しい
ハイフン付ナンバーが登場している。

車両形式は制御車のクハ1101形と
中間電動車のモハ101形のみである。



こんな感じの車両です↓


この形式との最初の出会いは
小学生の頃ですね。
家族で「としまえん」へ行くことになり
千葉の田舎から日暮里・池袋を経由し
西武池袋線で乗ったのが101系でした。

この当時、電車でとしまえんへ
行くためには、直通電車に乗るか、
練馬で豊島線に乗り換えるかの
2つの選択肢しかありませんでした。
しかし、乗る時間帯に直通電車が
なかったので、後者の方法で
向かうことになったのです。


ヘッドマークを付けている101系↓

wikipediaの写真です。


早速、池袋に停車していた
101系の「急行」に乗り込みました。

「練馬」と「急行」というキーワードで
察しがついた方も多いと思いますが
急行は乗換駅である練馬には
停車しないんです(笑)

この時は知らなかったんですよ(笑)
練馬は大きな駅と認識してたから
レッドアロー以外は全て停まると
家族みんなが思ってました。

池袋を出た後、
「次は石神井公園です」という
車掌のアナウンスで気付き、
親に「練馬は停まらない」と
主張したのですが、ガキなので
もちろん「信用」してもらえず(笑)

オヤジなんか「おまえよりも通勤で
電車にたくさん乗ってるんだ」と
言わんばかりの顔をする始末(笑)

結局、両親も行き過ぎに気付き
石神井公園から引き返すことに
なったのですが、今度はオヤジが
「何で乗る前に言わないんだ」と
怒る始末(笑)

もうね、半ベソかいてました(笑)
としまえんに着いても
私はふくれていた記憶があります。
おまけに、最後に乗った
魔法のじゅうたんで腰を抜かして
フラフラになって歩いてたら
「何だ、その歩き方はっ!」みたいな
物言いまでされていいことなし(笑)


よく覚えてるな~、俺(汗)


としまえんからの帰りは、
行きと同様に池袋までの
直通電車がなかったので、
練馬乗り換えだったのですが、
この時に来た各停も、俗にいう
新101系の後期増備車だったと
記憶しています。


新宿線をはしる新101系↓

wikipediaの写真です。


これは記憶が定かじゃないですが
学生時代にお付き合いしていた
彼女が狭山の大学に通ってたので
所沢でよく遊んでました。
この時期にはしっていた101系の中で
「高加速」のスイッチが入った状態の
準急(確か・・・)に乗った気がします。
あまり変化を感じなかったから
記憶があやふやなのですが、
あれは「平時」だったのかな・・・
それとも「特別」だったのか。。。


さよならヘッドマークを付けて
多摩川線をはしる101系↓

wikipediaの写真です。


101系が履くFS372台車↓

鉄道ホビダス台車近影から
 写真を転載しております。

ペデスタル台車ですな。
いい感じですっ★


本日は大変な「脱線」と「的外れ」な
ブログ更新で申し訳ありません m(_ _)m

明日は「ホームページ関係」の記事を
載せますので、「軍報」は土曜日まで
お時間をいただきたいと思います。


それでは、またお会いいたしましょう♪



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