【鉄道】 - 戦争遺跡調査研究軍 祐実総軍

【鉄道】(18)西武鉄道401系

皆様、いかがお過ごしでしょうか。

おピンちゃん先生が美容院へ
行っている間にブログ更新です(笑)

本来であれば、私も一緒に
美容院に行く予定でしたが、
ここのところの激務で
やることいっぱいになっちゃって
翌週にスライドすることにしました。

「白髪染め」もとれかかってしまい
変な髪色になっちゃいましたよ(笑)


さてさて・・・
本日は、息抜きとして鉄道ネタで
ブログの更新をさせていただきます。
「軍報」目当てのご常連様、
失礼をお許しくださいませm(_ _)m


三等兵の裁量で恐縮です。
本日は西武401系について
想いを記載させてください★


旧西武411系電車 (wikipediaを抜粋)↓
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西武411系電車は、かつて西武鉄道に
在籍した通勤形電車。

製造当初は吊り掛け駆動方式であったが、
後年全車を対象に高性能化改造が施工され、
同時に401系電車(2代)と改称・改番された。

1975年(昭和50)より701系列は
冷房化ならびに制動装置の
電磁直通ブレーキ(HSC)化が
順次施工されていたが、同改造を施工された
編成は自動ブレーキ仕様の従来車との
併結が不可能となった。

同改造の進捗に伴って増結用編成が
不可欠となったことから、元より701系列の
増結用車両として新製され、
かつ西武に在籍する2両編成の中で
最も経年の浅かった本系列に対して、
冷房改造ならびに主要機器換装による
高性能化改造が施工されることとなった。

高性能化改造に際しては旧クハ1451形も
電装されてクモハ401形に編入され、
全電動車編成を構成している。

主電動機は日立製作所製HS-836-Krbで
中空軸平行カルダン装置と組み合わせて
搭載される。同主電動機は701系列で
採用されたHS-836-Frbの改良版で、
一時間定格120kWという出力を含めて
同一スペックを有し、実際の運用においても
両者は何ら区別されることなく混用された。

主制御器は日立製作所製の
電動カム軸式MMC-HT-20A6を
採用した。力行23段(弱め界磁起動1段、
直列10段、並列7段、弱め界磁5段)の
仕様は701系列で採用された
MMC-HT-20Aと同一であり、本系列も
また発電制動を省略している。

台車は住友金属工業製のペデスタル式
空気バネ台車FS-372を装備する。
同台車は101系の電動車から採用された
ダイレクトマウント式空気バネ台車であり、
701系列の電動車が装備する
コイルバネ台車FS-342と比較して
大幅な乗り心地向上が図られている。

また、同台車を装備する関係で
本系列の歯車比は101系と同一の
86:15(5.73)とされており、
歯車比84:15(5.6)の701系列とは
力行特性が若干異なっている。

その後、新2000系・6000系・9000系など
新型車両に代替される形で実施された
701系列の廃車進捗に伴って、
1990年(平成2)9月に除籍された
401・403編成を皮切りに本系列の淘汰が
開始された。その途上において、
1996年(平成8)10月12日に
鉄道の日関連イベントとして
411・417編成が701系757編成とともに
池袋線・西武秩父線全線を
定期快速急行運用のダイヤで運行し、
そして翌1997年(平成9)2月22日に
開催されたさよならイベントにおける
415・417編成の運行を最後に
全編成が運用を離脱し、
同月24日付で415・417編成が
除籍されたことをもって本系列は
形式消滅した。
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こんな感じの車両です↓

wikipediaの写真です。

旧国鉄の101系に準じたスタイルですね。


今から約25年前(笑)、
私が地下壕の探訪を始めた頃に
初めて乗りましたっ!
東伏見に掘られた中島飛行機の
地下壕を見に行く目的で
高田馬場から乗った6+2準急の
後2両がこれだったのです(笑)
ちなみに、夏の素敵な時期だったので
地下壕を見つけることが出来ず
ただ蚊に刺されただけという
散々な結果に終わりました・・・

車両のデザイン性や内装は
ほとんど記憶が残っていませんが
「音」だけは鮮明に覚えています。
中空軸駆動なので、低音系が
中心になりますが、高速域に入ると
もの寂しい感じの高音が混ざり
私が最も好む「音」になります(笑)
(頭おかしいよねっ!)

こんな感じの「音」を出します↓
 西武新宿線 701系+401系①
 西武新宿線 701系+401系②
makkoi55様の動画です(上記2点)


最後の優等運用に入る401系↓

※むら@車掌様のむさでん業務日誌帳
 写真を転載しております。

この運用に入っている姿を
偶然、所沢駅で見ました(笑)
確か、土曜日だったはずです。


さよなら運転に充当される401系↓

※むら@車掌様のむさでん業務日誌帳
 写真を転載しております。

「さよなら401系」のヘッドマークを
つけた運用も所沢駅で見ましたね(笑)
確か401系4両+701系4両の8両だった
気がしていますが・・・


401系の台車です↓

ここより、写真を転用しております。
 (オーナー様が判らず申し訳ない)

住友FS-372台車ですね。
素敵な形態ですっ★


401系は形式消滅していますが、
1両も解体されずに全車が
三岐鉄道や近江鉄道などの
中小私鉄に譲渡されて
現在もほとんどが現役で
はしっています(驚)


近江鉄道も三岐鉄道も
滋賀・三重探訪で乗る予定ですので
こちらもしっかりと「記録」を
したいと思っています(笑)


本日は大変な「脱線」と「的外れ」な
ブログ更新で申し訳ありません m(_ _)m

明日から、通常通り
「軍報」を掲載させていただきます。
是非、またお越しくださいませ。


それでは、またお会いいたしましょう★



↑もしよろしければ
 応援してやってくださいっ♪

【鉄道】(17)神戸電気鉄道3000系

皆様、いかがお過ごしでしょうか。

また明日から平日ですね。。。
考えただけで憂鬱ですわ・・・

早く4月にならないかな~
第2週に、また遠征をしてきます(笑)


さてさて・・・
本日は、息抜きとして鉄道ネタで
ブログの更新をさせていただきます。
「軍報」目当てのご常連様、
失礼をお許しくださいませm(_ _)m


三等兵の裁量で恐縮です。
本日は神鉄3000系について
想いを記載させてください★


神戸電気鉄道3000系電車 (wikipediaを抜粋)↓
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神戸電気鉄道3000系電車は、
神戸電鉄(神鉄)が神戸電気鉄道時代の
1973年に導入した通勤形電車。

沿線の乗客の増加と旅客サービスの
向上に対応するため、神鉄の保有車両数が
100両を突破した1973年に製造が開始された
アルミ合金製車体の冷房車である。

大きく分けて1973年から1981年まで
製造された前期型と、増備中断期間を経て
1989年から新造が再開され、1991年まで
製造された後期型に分けられる。

4両編成で組成され、先頭車デ3000形・
中間車デ3100形の全車が電動車である。
電動機出力は75kWで、1両に4基搭載される。
制御装置は電動カム軸式自動総括制御で
発電ブレーキ機能を有する。

機器は奇数車の床下一杯に搭載するほか、
偶数車にも分けて搭載される。

主電動機は1000系列と同系列の
MB-3054-C直流直巻電動機(75kW×4/両)を
採用。

制御方式はいわゆるMM'ユニット方式、
制御単位は1C8Mで、2・4・6両での組成が
可能。

直並列制御を行うため制御器は
多段式のABFM-108-15MDHを採用、
制御装置を3000形奇数車 (cM) と
3100形奇数車 (M) に搭載、
電動機を4個ずつ直列として2群を、
直列17段・並列8段・弱め界磁4段の
計29段で制御する。

また、下り急勾配区間用の
定速度抑速制御装置を設置、
マスコンからの指令により乗客の多少、
勾配の変化(40~50‰)、車輪径の
変化などにかかわらず
補助電源装置からの添加励磁電流の
制御により定速度抑速運転が
行われる。

駆動装置はWNドライブ方式を採用し、
歯車比は7.07である。
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こんな感じの車両です↓



古い考えが未だに残る三等兵の
一番好きな方式である
「全電動車」でございます★


そういえば、過去に
懇意にさせていただいている
slycrow先生とのやりとりで
「一時ブームになった
2枚窓非貫通の湘南顔の電車って
まだ残ってるんだっけ?」っていう
話が出てきましたが、
ここにいましたね~(笑)


先日の神戸探訪で乗車が叶った
3000系(三田駅にて)↓



急勾配に力強く挑む3000系↓

※うわじま6号様のブログで掲載している
 写真を転載させていただいております。


神鉄電車の特徴は
何といっても「急勾配」の
線形にありますね。
都心を潜る地下鉄が
地上に出るための勾配よりも
この線区の方が断然急です。
なんせ、1キロ走っただけで
大型ビルの20階くらいに相当する
50mも上がちゃうのですから・・・


3000系の台車です↓


神戸電鉄車両ガイドページ
 写真を転載しております(上記2点)
 
上は軸梁式、下はウイングばね式ですね。


神鉄は、全車両が地元の川崎重工業
製造されており、こういうところも
本当に素敵だと思いますね。
そんな神鉄電車も、粟生線方面の
経営が苦しいのだとか・・・↓
 【神戸電鉄】 粟生線廃止問題で最後通告!?
 神鉄が沿線各市に迫った驚きの内容とは!?


そうだったのか・・・
どおりで、三木まで行った際に
日中の運行本数が極端に
少ないと感じたわけですね。。。

当方が1人頑張ったところで
大した力にはならないと思いますが
兵庫県の探訪の際は積極利用を
心がけたいと思いますっ!


本日は、大変な「脱線」と「的外れ」な
ブログ更新で申し訳ありません m(_ _)m


明日より、通常通り
「軍報」を掲載させていただきます。
是非、またお越しくださいませ。


それでは、またお会いしましょう!



↑ホームページの制作意欲に
 つながりますので、もしよろしければ
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【鉄道】(16)京浜急行電鉄800形

皆様、いかがお過ごしでしょうか。
ここのところ、関東地方は
北風が強くて寒いですね・・・

さてさて、本日は
懇意にさせていただいている
slycrow先生ブログにて
快特俊足電鉄の駅が
掲載されているので、
「鉄道」ネタでブログの更新を
させていただきます。


三等兵の裁量で恐縮です。
本日は京急800形について
想いを記載させてください★


京急(2代)800形電車(wikipediaを抜粋)↓
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京急800形電車は1978年(昭和53)12月26日に
竣工、翌27日に営業運転を開始した
京浜急行電鉄の通勤形電車。

普通列車用として設計され、
1986年(昭和61)にかけて
132両が製造された。

大東急からの独立以降の
京急の伝統に則り、前照灯一灯式・
片開き扉車であるが、これらの採用は
本形式が最後となった。

そのため、2010年6月28日に
1000形が運用を離脱して以降は、
京急唯一の前照灯一灯式、
片開き扉車である。

車体は普通鋼製で、400形・500形を置換え
普通および京急川崎駅以南の急行などで
運用されることを想定して設計されたため、
地下鉄乗り入れを考慮せず、片開き4扉、
前面非常用貫通扉非設置となった。

右手操作式ワンハンドルマスコン、
全電気指令式ブレーキ、
界磁チョッパ制御、電力回生ブレーキ、
黒地方向幕を京急で初めて採用した
形式である。

右手ワンハンドルは次世代車である
2000形のほか、伊豆箱根鉄道3000系電車でも
ほぼ同じ仕様が採用されている。

開発途上では中央に運転台を
置く案も出された。形式は「2000形」と
仮称されたが、本形式が登場した
1978年(昭和53)が京急創立
80周年だったためこれを記念して
「800形」とされた。

1978年(昭和53)から1981年(昭和56)にかけて
3両編成25本が製造された後、
1982年(昭和57)から1986年(昭和61)に
うち15編成を中間車3両を新造して
6両編成化、1986年製の6両編成2本を加えた
合計132両が製造された。

東急車輛製造のデザインによる、
非貫通の運転台窓周囲に段差を付けて
その部分を白くし、各幕窓、
ヘッドライト周囲を黒く塗装した
先頭車の前面形状がそれまでの
京急車と大きくイメージを変え、
見た目の似た「ダルマ」という
ニックネームが鉄道ファンから与えられた。

前照灯は当初丸形であったが、
1979年(昭和54)製の808編成は
角型を試用、翌年の813編成以降で
本格採用され、のちに全編成が
角型に統一された。

従来のヴァーミリオンに窓下の
白帯の塗り分けから、側面の
窓周りを広幅に白く塗る
塗り分けに変更されたが、
2000形の登場後、窓周り白塗装は
「優等列車塗装」とされ、
800形は1982年(昭和57)より
一般の白帯塗装へ変更された。

その後、2000形も3ドア化に伴い
窓下白帯塗装に変更されたが、
本形式登場時の塗り分けは
600形・2100形・新1000形に
受け継がれている。

1994年(平成6)から2001年(平成13)に
かけて更新工事が行われた。

2016年10月に、800形の1編成が
登場時の塗装に変更されて
運行することが発表された。

同年11月2日に823編成が旧塗装に
変更されて出場、11月12日に
貸し切り列車として
京急ファインテック久里浜工場~品川間を
運行、翌日から一般営業運転を開始した。
前頭部には復刻記念ヘッドマーク
(ローレル賞受賞記念マークを模したもの)を
装備しての運行となった。

2017年1月から、「KEIKYU LOVE TRAIN」
キャンペーンの一環として当編成の
先頭車が「LOVE TRAIN」のラッピング、
車内のハート型のつり革を設置した
特別編成となることが発表され、
同月30日から運行を開始した。
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こんな感じの車両です↓



以前はこんな塗装でした↓

※骨まで大洋フアン様のブログにて
 掲載している写真を転載してます。

うぅ、ステキですね(涙)
私にとっては、こちらの塗装が
800形を象徴するものと思ってます。

この当時の京急は
急行が泉岳寺~川崎間と
神奈川新町~新逗子間と
2分されており、本線を走る
800形は、一般的な運用として
神奈川新町~新逗子間の
急行に充当されているか
品川~浦賀間の普通に
充当されているかの
2パターンだったと思います。


人身事故などでダイヤが乱れて
「逝っとけダイヤ」が発動されると
こんな「優等運用」もありました↓

ツナおじさん様ブログにて
 掲載している写真を転載してます。

800形は1000形に比べると
速比が大きく、高速には不向きですが
電動機の出力が一回り大きいので
他の民鉄と比べても性能はいいです。
加減速も素晴らしいしっ★

阪神電車に1編成だけでも
投入してみてもらいたいものです(笑)


最後に台車です↓

wikipediaの写真です。

ペデスタル台車の典型ですね★
典型なので、特記することは
ないのですが、デザインはすごく
いいのではないでしょうか。


おまけです★↓

T32様ブログにて掲載している
 写真を転載しています。

ステキな作品ですよね~♪
これで特急運用に就いてもらって
新町~鶴見間で東海道線あたりと
「バトル」してもらいたいものです★


本日は大変な「脱線」と「的外れ」な
ブログ更新で申し訳ありません m(_ _)m


それでは、またお会いいたしましょう!


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【鉄道】(15)新京成電鉄800形

皆様、いかがお過ごしでしょうか。

何か、少しづつ日照時間が
延びてきたような気がします★
冬も、気温は低いままで
春・秋の季節と同じように
朝の5時くらいから夜の6時くらいまで
日が出ていると、実質的に
その日の探訪時間を長くとれるから
いいんですけどねっ(切実です)


さてさて、本日は
懇意にさせていただいている
slycrow先生ブログにて
当方にゆかりのある
新京成電鉄沿線の駅が
掲載されているので、
「鉄道」ネタでブログの更新を
させていただきます。

「軍報」目当てのご常連様、
失礼をお許しくださいませm(_ _)m


三等兵の裁量で恐縮です。
本日は新京成800形について
想いを記載させてください★


新京成電鉄800形電車 (wikipediaを抜粋)↓
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新京成電鉄800形電車は、1971年に
登場した新京成電鉄の通勤形電車。

1971年(昭和46)から1975年(昭和50)にかけて
制御電動車 (Mc) のモハ800形801 - 818、
付随車 (T) のサハ850形および
制御車 (Tc) のクハ850形851 - 868からなる
36両が日本車輌製造で製造された。

1971年に落成した1次車は
埼玉県川口市にあった
日本車輌東京支店(蕨工場)で製造中に
工場が日本国有鉄道豊川分工場跡地への
移転に伴い閉鎖されたため、
製造途中の鋼体を愛知県名古屋市にあった
本店(熱田工場)に運んで艤装された。

翌1972年(昭和47)に落成した
2次車は本店で、3次車以降は
移転した豊川蕨工場(愛知県豊川市)で
製造された。

新京成電鉄最初の自社発注車は
1970年(昭和45)に東急車輛製造で
製造されたモハ250形および
サハ550形であるが、これらは
機器類を京成の旧型車から
流用したものであり、実質的なものは
当形式となる。

全長や前照灯の位置に違いは
あるものの、全体的に当時新京成電鉄の
主力車両であった、元京成電鉄の
旧型車に準じたデザインとなっている。

2004年(平成16)下期ごろ、
本形式は落成から30年以上経過し
老朽化が進行しているため、後継の
N800形に置き換えられることになり、
2005年(平成17年)6月に802編成が
廃車・解体された。

なお、暫定的に6両編成1本(818編成)が
2006年(平成18)12月10日から開始された
京成千葉線との直通運転に
使用される予定だったが、その後8800形の
一部編成を6両化して直通運転に
使用する計画に変更され、
800形の直通運転は中止となった。

818編成は8800形8両編成3本を
6両編成4本に組成変更した後、
2007年(平成19年)1月中旬に
廃車・解体された。

806編成・810編成についても、
2010年(平成22)7月17日に
実施されたダイヤ修正で
朝ラッシュ時の運転間隔を
現行の4分毎から4分30秒毎に
変更されたのにともない、
定期運用から離脱した。

そして翌週の7月24・25日に
「さよなら800形イベント」が開催され、
営業運転を終了した。
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こんな感じの車両です↓


※ツキだっ!様のブログで掲載している
 写真を転載させていただいております。
 (上記2点の両方とも)


今から約40年前に、
三等兵と家族は新京成沿線の
マンションに引っ越してきて
(今も実家はココですね)
小学生から新京成を
ずーっと見て育ちました(笑)

当時、新京成電鉄は
既に東証2部上場の企業とはいえ
京成電鉄の「子会社」の要素が強く
車両も京成電車の「古株」が
たくさん走っており、
「魅力」がある路線とは
言い難いものだったと思っています。

その中で、「音」好きな三等兵が
一番好きだったのが
この800形です★


ちなみに、私が小学生の頃は
こんな顔と塗装でした(笑)↓

※あつし☆MORE様のブログ
 掲載している写真を転載してます。


同時期に、はしっていた京成電車の
車両とよく似ていますね~↓

※ページ99様のブログ
 掲載している写真を転載しています。


その後、前面扉の廃止と冷房化により
このような形の2種類にわかれ・・・↓


※JS3VXW様のブログ
 掲載している写真を転載しています。
 (上記2点の両方とも)


親会社の京成電鉄の車両が
このように車体更新されたことで・・・↓

※大山通信様のブログ
 掲載している写真を転載しています。


800形もこのように変化しました(笑)↓

※デハ712様のブログ
 掲載している写真を転載しています。


800形の登場当初は、個人的に
悪くないデザインかな~って
思っていましたが、日が経つにつれ
「ん?」ってなっちゃうような
顔つきに変化しちゃいました・・・(笑)

でも、この車両の「音」は
素敵でした~っ!
三菱モーターのWN駆動で
初速は営団5000西鉄2000の音を
混ぜたような感じで、
中高速は小田急9000と音階が
同じになる感じでしょうかね(笑)

よそ様のモノを使ってばかりで
恐縮ですが、800形の走行音です↓
 【走行音+静止画】新京成電鉄800形
 ※気ままに鉄道走行音様の動画です。

当方は、WN駆動の「音」のなかで
高速域へ進むにつれて「高音」から
だんだん「低音」が混じってくる
近鉄系列や西鉄系列を
特に好む「変態」ですが、
800形のように「低音」しか
聞こえなくなるのもいいですねっ!


800形の台車です↓

鉄道ホビダス台車近影から
 写真を転載しております。

住友金属のFS329台車です。
これは、親会社の京成電鉄の
車両達にも適用されてました。
うーん。。。そういう意味では
800形はオリジナリティーが
なかったのかもしれませんね。。。


本日は、大変な「脱線」と「的外れ」な
ブログ更新で申し訳ありません m(_ _)m

明日・明後日は、通常通り
「軍報」を掲載させていただきます。
是非、またお越しくださいませ。


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【鉄道】(14)京浜急行電鉄600形

皆様、いかがお過ごしでしょうか。

三等兵は、今週末に突撃する
三重県探訪の軍略を着々と
練り始めているところですっ★

今回も相当歩きますね~(笑)
距離にして2日間で約30キロですっ!

時が経つのは早いもので、
三等兵を含め、当方に関わる
ほとんどの関係者様も40代・50代に
入っていますが、我々が
一番活動していた「時代」を
思い出しながら、気合いを入れて
探訪したいと思います。
(応援してねっ★)


さてさて・・・
本日は、息抜きとして鉄道ネタで
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三等兵の裁量で恐縮です。
本日は京急600形について
想いを記載させてください★


京急(初代)700形電車 (wikipediaを抜粋)↓
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京急700形電車、及び730形電車は
1956年(昭和31)に登場した
京浜急行電鉄初の高性能電車。

両形は1966年(昭和41)に
600形(2代)に編入され、
1986年(昭和61年)までに
全車廃車された。

戦後初の2扉セミクロスシート車として
製造されたデハ500形同様、
2扉セミクロスシート車とされ、
京浜急行電鉄初のカルダン駆動による
高性能電車として設計された。

全電動車方式であり、当時各社で
採用されはじめていた
全金属製準張殻構造車体を採用して
軽量化を実現、デハ500形より
5.5tほど軽量化された。

車体・台車を東急車輛製造と川崎車輌、
電装品を東洋電機製造と三菱電機が
それぞれ担当し、東洋製電装品を
搭載するデハ700形・デハ750形が各11両、
三菱電機製電装品を搭載する
デハ730形・デハ780形が各9両、
合計40両が1958年(昭和33)まで
製造された。

デハ700・730形が浦賀寄り、
デハ750・780形が品川寄りに連結され、
それぞれ700-750・730-780で搭載機器を
集約分散するMM'方式により
2両1ユニットを構成する。

電装品メーカーは異なるが
ユニット単位で相互の併結が
可能なように、各機器の仕様が
定められており、実際にも混用された。

デハ600形への改番・半数の中間車化、
冷房改造を経て快速特急など
優等列車中心に使用されたが、
2000形の登場により1984年(昭和59)から
1986年(昭和61年)にかけて
全車廃車され、6両が高松琴平電気鉄道に
譲渡された。
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こんな感じの車両です↓

ここより、写真を転用しております。
 (オーナー様が判らず申し訳ない)

ううっ、素敵すぎて
涙が出そうです・・・


600形との出会いは、
今から37年前にさかのぼります。
当時、日本は「バブル期」であり
熱海へ温泉旅行に行くのは
関東人にとって、ある意味で
「ステータス」だったはずです。
私の家族も、その例に漏れず
旅行することになったのですね。
私はまだ漢字すら書けない歳です。

この時は、もう千葉県民でしたので
片田舎から上野・東京と国鉄を
乗り継いで、東京から確か
東海道線の急行電車に
乗ったはずです。
(記憶があいまいで申し訳ない)

今の「京急」バカっぷりを
知っている皆様なら
この時点で展開が予想出来ると
思っているところですが、
クソガキ「三等兵」を乗せた
東海道線の急行が鶴見川を渡り
横浜市へと入った時です。
ふと、左側の景色を見ていると
何か「赤い」電車が現れて
並走を始めたじゃありませんか~(笑)
ここは、現在でいう「バトル」で有名な
JRと京急の並走区間です。
京急でいう鶴見~横浜の区間。
この区間は国鉄の線路が内側で
右カーブしているところなんですが、
この「赤い」電車が外側から
じわりじわりと三等兵を乗せた急行が
抜かれはじめているじゃないですか!
当然ながら自分の乗る電車が
負けて欲しくないですよね~(笑)
今じゃ考えられないですが、
必死になって「国鉄」を
応援しましたよっ!

でも、結局は新子安あたりで
完全に抜き去られてしまったんです。
この時の「赤い」電車こそが
昭和時代の京浜急行電鉄を支えた
600形の快特だったのですっ シミジミ

その後、熱海で何してたんだか
記憶が全くないのですが、
これだけは今でも鮮明に
覚えています。

しかも、帰りの東海道線は
「特急」だったのですが
(踊り子じゃなかったような・・・)
これも新子安~鶴見間で
1000形の快特に「捕らえ」られ、
結局、勝負はつきませんでしたが
かなり1000形が「優勢」でしたね。
この光景もよく覚えています。

私が「京急」バカになった
決定的な出来事ではないですが
関心を持ち好きになった要素に
なったことは間違いないです(笑)


「湘南スプリンター」にふさわしい
名誉ある600形「快特」↓

※densuki7様のブログで掲載している
 写真を転載させていただいております。


600形は1956年(昭和31)に登場し、
当方が崇拝する1000形よりは
3つ年上の「先輩」でした。
そして、600形の性能や能力は
1959年(昭和34)に登場した1000形に
データ提供されています。

残念ながら、600形と1000形を
比べてしまうと、全ての性能で
比較にならないくらい1000形が勝り
京急では「低性能」に
分類されてしまいますが、
当時の国鉄や他の民鉄の
形式よりは「高性能」だったと
個人的には確信してます(笑)
また、当時の「国鉄」に
スピードでは負けないという
「覇気」がヒシヒシと伝わる
威圧感があったと思います。


電装が東洋製のデハ613↓

ここより、写真を転用しております。
 (オーナー様が判らず申し訳ない)

ちなみに、私みたいな「バカ」は
在籍したデハ601~デハ640の
車番だけで電装が三菱・東洋の
どちらが採用されているか
今でも判ります(頭おかしいねっ)
写真に写る台車のバネ部分でも
判っちゃうかっ(笑)

この東洋製の車両の走行音が
これまた「最高」なんですよ~ シミジミ

車両譲渡先である高松琴平電鉄の
走行音ですが、是非聞いてください↓
 高松琴平電鉄(琴電)1070形
 ※気ままに鉄道走行音様の動画です。

弱め界磁をカットされちゃってるので
スピードはあまり出ていないですが
並列最終段あたりから奏で始める
「高音」がとてつもなく好きです(笑)
「音」だけでしたら、1000形よりも好き。


ほとんどの写真は、よそサイト様の
「パクリ」ばっかりで申し訳ないですが、
一番好きな写真は、やっぱりコレです↓

※moon express様のブログで掲載している
 写真を転載させていただいております。

最近は年齢のせいか、
「涙腺」が弱くなっちゃてますが
600形と1000形のツーショットは
マジで泣けますね(涙)


東洋電装の600形が履く台車です↓

※電車deお散歩様のブログで掲載している
 写真を転載させていただいております。

三菱電装の600形が履く台車です↓

鉄道ホビダス台車近影から
 写真を転載しております。


1956年(昭和31)に登場した600形は、
30年にわたり終始「優等」運用につき
1986年(昭和61)に引退しましたが、
高松琴平電気鉄道に6両が譲渡され
車体に多少の改造が加えられて
1070形として現在も活躍してます。

また、トップナンバーのデハ601が
逗子市に譲渡され、
逗子第一運動公園に
静態保存の形がとられており、
モラルのないクソバカ野郎どもに
機器類が盗まれていますが
公園の再整備に合わせて
現在は大規模な修復工事が行われ
綺麗な姿を取り戻しているようです。


修繕前の600形と一緒に
祐実軍團メンバーと記念写真です(笑)↓



また、香川県の「探訪」の際は
是非とも昭和時代の京急を
支えた車両たちに会いたいです★


国鉄(JR)を除いた鉄道において
最長編成となる「12両」すべてが
600形の「通勤快特」 ウウウッ↓

wikipediaの写真です。

よそ様の写真を見て、
何回泣いてるんだって話ですが
本当に感動しますっ!

あっ、wikiの「諸元」欄に
記載されている「歯車比」ですが
三菱製は88:19≒(4.63)が正解です。
修正されないのかなぁ・・・


最後に、ステキな写真がありました↓

Mumei's Railway Factory様の
 作品を転載しております。

これぞ、元祖「京急ブルースカイ」!

京急の車両は、塗装が変わっても
本当に素敵ですねっ★
何してもダサくならない「デザイン」は
まさに「至高」です♪


本日は大変な「脱線」と「的外れ」な
ブログ更新で申し訳ありません m(_ _)m

明日・明後日は、通常通り
「軍報」を掲載させていただきます。
是非、またお越しくださいませ。


それでは、またお会いいたしましょう★


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