戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

♦ プロフィール

祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪して
記録することを生き甲斐とする
祐実総軍三等兵でございます★
稚拙な内容ではございますが、
これまで調べてきた戦争遺跡を
ブログ・ホームページで紹介を
させていただいておりますっ♪

よろしくお願いしますm(__)m

♦ 最新記事

♦ カウンター

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


台風が来る前から、すでに
本拠の川が危ない感じで(笑)↓



さてさて・・・
本日は、息抜きとして「鉄道」ネタで
ブログの更新をさせていただきます。


今回は、京浜急行電鉄の
2000形を取り上げます。



京急2000形電車(wikipediaを抜粋)↓

京急2000形電車は、1982年(昭和57)に
営業運転を開始した京浜急行電鉄の
電車。

600形の代替時期にあわせ、
おもに快速特急用として、
特に長距離旅客のサービス向上を
狙って製造された。

料金不要でありながら有料特急に
比肩しうる内装をもつこと、
快適性とラッシュ時への対応の
両立として、2扉クロスシートとしながら
扉付近の立ち席スペースを
広く取ったこと、120 km/h運転を
にらんで起動加速度を犠牲に
しながら均衡速度130 km/h以上と
したこと、800形のシステムを
継承しながら主電動機出力を向上し
編成中に付随車を挿入して
経済性を追求したことなどが
主な設計思想である。

特急料金なしで乗れる車両ながら、
車内設備のよさは乗客から好評で、
1983年(昭和58)、鉄道友の会
ブルーリボン賞を京急の車両としては
初めて受賞した。

8両編成と4両編成それぞれ6本、
合計72両が1987年までに
製造された。

快速特急を中心とした優等列車に
運用された後、1998年(平成10)から
2000年(平成12)にかけて格下げ改造が
行われ、以降8両編成はラッシュ時の
優等列車やエアポート急行として、
4両編成は普通列車および
優等列車の増結車として
運用されている。



こんな感じの車両です↓

※いつも楽しく拝見させてもらっている
 Panda NEKO No.1様ブログ
 掲載写真を転載しています。


当方が社会人低学年の頃に
出向していた現場に「マニア」が
多く在籍していたということを
過去の記事でお話ししましたが、
この2000形については
デザイン・性能共に、全員が
「いいよね~」って言ってたことを
今になって思い出しました。
私を除いて・・・(笑)

もちろん、京急「マニア」だったので
この形式についても「嫌い」では
決してなかったんですけどねっ!

私が京急「マニア」だったといっても
あくまで「自称」ですから
当方の持論1つをとっても
賛否両論があるとは思いますが、
この当時は強烈な「保守」精神に
基づいた「マニア」でございました。

「先頭電動車」・「前照灯上部1灯」・
「1枚扉」といえば、関東では京急だし
これを客観的には「伝統」として、
800形の登場まで、固く守られてきたと
言ってもよいと思っています。
しかし・・・この2000形の登場をもって
それが「破られた」とも考えられるし、
ひいては、私が大好きだった形式の
1つであった600形の全廃を
後押ししたのもこの形式ですから
ものすごく複雑な気持ちでした。


各停運用につく2000形↓

※冒頭写真に引き続き、
 Panda NEKO No.1様ブログ
 掲載写真を転載しています。


2000形が「素敵だな~」と
思い始めたのは、
戦争遺跡の探訪仲間と
ひっきりなしに三浦半島へ
行くようになってからのことです。

この時は特急車から「格下げ」で
3扉通勤車に改造されて
数年経った頃ですかね。


特急車時代の2000形↓

wikipediaの写真です。


日中のA快特は後継の2100形が
中心でしたから、8両固定の
2000形は出てこなかった感が
ありましたが、日中でも快特が
12両ではしるようになり、
2000形4両は快特の増結用に
浦賀や新逗子に向かう
付属編成で活躍してました。


新逗子へ向かう付属編成↓

wikipediaの写真です。


話が少し脱線しますが、
この日中の快特12両運用は
ものすごく便利だった気がします。
付属編成は文庫から各停に
なっちゃうのですが、
それでも品川方から1本で
途中駅を飛ばしながら
逗子や浦賀に行けちゃうのは
便利でしたね。それに
逗子方面へは時間短縮にも
なっていたのでは?


話を元に戻しますが、
私はインバーター電車に
全く関心がないことは
以前にお話しした通りであり、
逗子・横須賀・三浦方面への
戦跡探訪で12両快特に
乗車する際、以下のように
自分への「取り決め」を
しておりました(笑)↓

 ①本線8両・付属4両のうち
  インバーター制御でない方の
  形式に文庫まで必ず乗ること。

 ②どちらもインバーターの場合
  自分の行先に近い方の
  形式に乗車すること。
 
 ③どちらもインバーターでない場合
  車齢の高い方に乗車すること。


前置きが長くなりましたが、
上記の「取り決め」に基づき
品川駅で増結した付属編成の
2000形に乗車した際、床下から
何やら聞き覚えのある「音」が
聞こえてくるではありませんかっ!

ご参考までに、この音です↓
 4MT ロータリーコンプレッサー音
 ※Limited Express 2000様の
  動画です。

これね、2000形の付属4両の
浦賀寄りの先頭車の床下にだけ
ブレーキ増圧対応で付けられた
私が崇拝する1000形の
廃車発生品を流用した
AR-2(B)空気圧縮機なんです。
この時、初めて気が付きました。
これには本当に感動した。
(バカなんで放っておいて~)


傍から見ると、
「えっ?こんな理由?」って
言われちゃうかもしれませんが
好きになったきっかけって
実はこれだったんです(笑)

ここから2000形について
スペックも色々と調べはじめ、
今現在活躍する京急の形式のうち
古参の800形をも通り越して
1番好きになりました。


登場時の塗装に戻された
2000形↓

wikipediaの写真です。

2000形を好きになったのは
確か2005年前後だったと
思っていますが、それ以前の
2扉特急車時代のことも
もちろん覚えていますし、
実際に乗ったこともあります(笑)

日中の快特が全て
2000形で運用された頃は
まだクソガキであり、しかも
千葉県在住だったので
少ないお小遣いの中で
東京に出向いて京急に
乗り換えるのも大変で
滅多に行けませんでした。

その頃は、まだ高架化工事が
進行している途上であり
まだ新馬場~大森海岸が
地上線といった感じで
(間違ってたらゴメンナサイね・・・)
快特・特急の最高速度も105キロで
運用されていたはずです。

はじめて2000形に乗車した時は
創立90周年記念塗装の車両で
びっくりしました(笑)

内装には興味がなかったので
記憶があまりないのですが
小田急ロマンスカー7000形と
同じ「走行音」だったのは
よく覚えていますよ(笑)

時間とお金がなかったので
品川から乗車して金沢文庫で
折り返したのですが、
この時、鶴見~生麦で
ほぼ「同期」といえるJR185系の
特急「踊り子」と「バトル」しました。
仲木戸あたりでぶっちぎりましたが
「京急好きで本当によかった」と
ニヤニヤしてたのを覚えてます。

この時、写真も結構な枚数を
撮ったのですが、どこ行ったのかな・・・
もっとも、撮ったと言っても
1000形メインだったので、
フィルムに数枚しか2000形は
写ってなかったはずですが(笑)


2000形の性能は、速比が4.21と
国鉄でいう「急行形電車」と同じで
高速向けであるため、
京急内では700形に次ぐ
低加速ぶりでしたが、
それでも3k/h/sであり、
当時の他の民鉄の「目安」とされた
2.5k/h/sを超えているため
(国鉄は論外としておきます)
決して「低性能」ではないです。

当然、高速域での走行性能は
「文句なし」といったとこでしたが
やはり、インバーター電車と
「混結」すると、終始2000形が
引っ張られてしまう感じでした。

昔でいう、1000と700の混結性能とは
なりえないのか・・・

あえて「どこ」とは書かないけど、
一部のサイトなんか、2000形に対し
「低性能であるため云々」なんて
書いちゃってる始末でね。

今のインバーター車しか
知らない世代は、そう感じて
しまうんだね~(笑)

こう書いてて、思い出しましたが
「俺はね、SLが好きなだけで
電車には興味がないんだよっ!」って
昔の上司に言われたことがあります。
そのように言われて、私は
「電車の魅力が判らないなんて、
頭が固いよな~」って思ったのですが
今の私の主張は、この上司の主張と
ダブるものがありますね・・・

「俺はね、昭和期の電車が好きなだけで
インバータ電車なんか興味ないんだよ」

私もそれだけ歳をとったのですね・・・



興味のない方々におかれましては
くだらないブログ更新となってしまい
申し訳ないです m(_ _)m


明日は、通常通り「軍報」での
ブログ更新を予定していますので
よろしければまたお越しくださいっ★


それでは、また明日っ!



↑もしよろしければ
 ポチっとやってくださいませ♪

皆様、日曜日をいかがお過ごしですか。

ここのところ、関東地方は雨続きで
嫌になってしまいますね~
おまけに寒いし・・・


本日は、息抜きとして「鉄道」ネタで
ブログの更新をさせていただきますが
前回に引き続き「暗い」内容です・・・


今回は、wra様ブログ
この事実を知ることになった、
本日10月15日限りで引退が
決まっている西鉄8000形で
想いを書かせていただきます(涙)


「軍報」目当てのご常連様、
失礼をお許しくださいませm(_ _)m



西鉄8000形電車(wikipediaを抜粋)↓

西鉄8000形電車は、1989年(平成元)に
営業運転を開始した西日本鉄道の
天神大牟田線用の特急形車両。

大牟田線(当時)の西鉄特急には、
1973年(昭和48)以来2000形が
使用されていたが、1987年(昭和62)に
実施された国鉄分割民営化により
九州旅客鉄道(JR九州)が発足し、
大牟田線と並行する鹿児島本線の
列車増発や新駅設置など積極的な
営業政策が進められたため、
西鉄としては競争力の強化が
課題となっていた。また、福岡市では
1989年3月からアジア太平洋博覧会を
開催することが決定しており、
これを機会として製造から15年が
経過した2000形に代わる新形式の
特急形車両が製造されることとなった。

西鉄の歴代特急車は、
初代1000形、2代目2000形に対して
3代目である本形式が8000形と
命名されたのは、登場前年の
1988年(昭和63年)が、前身の
九州電気軌道時代を含む
西鉄創業80周年だったことに
由来する。

普通鋼製車体で、両端に両開き式の
乗降扉を設けた片側2扉構造である。
本形式では2000形と異なり、
先頭車前部が前面展望を考慮した
設計となっており、前面運転室と
乗降扉の間に眺望性を良くした
区画を設けている。

6両編成6本(36両)が製造された。
1989年2月に8011F・8021F・8031Fが
落成し、続いて8041F・8051F・8061Fが
同年4月に落成した。

1989年3月10日に営業運転を開始し、
主として特急に使用されていたが、
転換クロスシート主体の座席構造を有し
編成は6両固定・乗降用扉は片側2ヶ所で
通勤ラッシュ時の輸送には不向きな
構造であるため、平日朝夕の
混雑時間帯は太宰府線や
天神大牟田線の普通など
比較的混雑度の低い列車の運用に就き
その時間帯はロングシートの
5000形などの他形式が特急運用に
充当された。

本形式は特急運用主体のため、
他形式より走行距離が長いことから、
西鉄の車両の中では唯一
重要部検査サイクルの「60万km以内」に
該当し、平均検査周期は前回の
検査出場から2年5ヶ月から2年10ヶ月の
範囲で入場していた。

8年周期の全般検査では次回の
全般検査までの間に2回重要部検査を
受けていることになる。

2014年には8051編成が「旅人」に
改造されたことで特急運用から退き
2015年には8061編成が「水都」に
改造され、引き続き特急で使用された。

他の4編成は2015年から翌2016年にかけ
順次廃車となり、2017年7月22日限りで
「水都」も運用離脱したため、
本形式の特急運用がなくなった。

8051編成はその後ラッピングを解除及び
内装を元の状態に戻した後、
2017年10月8日から14日の
さよなら運行及び、翌10月15日の
ラストランツアーで運用を終了する。



長々とwikiを「コピペ」してしまって
申し訳ないです m(_ _)m
こんな感じの車両です↓

wikipediaの写真です。


私は、俗にいう「高性能車」が
引退していくたびに「残念」とか
「無念」とか言っていますが、
そう言う割に、この形式は過去に
福岡県内へ旅行に行った時しか
乗車経験がありません・・・


この形式との最初の「出会い」は、
西鉄2000形の記事でも
触れているのですが、
2000年(平成12)の夏です。
8000形の登場から12年が
経過していた年ですね。

「2000年問題」の対応が一段落し、
職場のマニア達と下関で1泊して
2日目は、うきは市(当時は吉井町)の
吉井温泉の旅館に泊まりました。

確か、2日目の旅行ルートは・・・
下関→門司→小倉→博多→天神、
天神(ここから西鉄)→二日市→大宰府、
大宰府天満宮にお参り
大宰府→二日市→柳川
柳川で鰻を食べて
柳川→大牟田、
大牟田からJRに乗り換え、
久留米を経由して筑後吉井でした。

ちなみに、3日目は最終日でしたので
旅館から甘木までタクシーで行き
甘木から宮の陣を経由して
天神に戻り、天神から貝塚に出て
宮地岳線で津屋崎まで行って
西鉄全線を網羅したあと
博多に戻って、今は無き
ブルートレインで帰りました(笑)

このうち、二日市→柳川→大牟田の
区間で8000形の特急に乗りました。


最後の本線運用に就く8000形↓

wra様ゴトーチたまて箱より
 写真を使用させていただいてます。


この形式を初めて見た時、
残念ながら正面のデザインは
私の好みではなかったのですが
乗務員室と乗降扉の間にある
眺望を良くするための「大窓」が
現在もきちんと私の記憶に残るほど
衝撃を受けました。


最後の優等運用に就く8000形↓

wra様ゴトーチたまて箱より
 写真を使用させていただいてます。


私は「音」マニアだったので
走行音についても記しますが
私が好むWN駆動の「音」です。
高速走行につれて徐々に
低い唸りが出るタイプです(笑)
西鉄が採用している機器系には
ものすごく疎いのですが、
5000形と全く同じ音かしら?
これにそっくりな音として
近鉄2600系列が挙がりますね。
小田急9000形にも近いです。


ご参考までに動画もどうぞ↓

 西鉄8000形8021F特急
 車窓&走行音 二日市→久留米
 ※NAOTETSU-KYUSHUTRAIN様の
  動画です。

空制の緩解音が、京急2000形や
都営10-000形と同じですね。
この動画で初めて知りました(驚)
なお、速比が低いので低速域の
加速が悪いですが、高速域に入ると
良くなっていることが判ります。
特に、二日市を過ぎると特急は
かなりの駅を通過し、
直線区間も長い(だったはず)ので
常に100キロを超えるスピードで
快走していきますっ!


8000形の電動台車です↓

wikipediaの写真です。

軸箱支持が円筒式ですね。
ちょっと簡素な造りに見えるか。


この形式は、「平成」生まれですが
制御方式は旧来の抵抗制御を
採用しています。

でも、優等運用を主体としているので
駅間距離が短い各停みたいに
加減速を繰り返す回数が少ないため
国鉄103系みたいな電力ロスはなく
うってつけの機構だと思うのですが・・・

強いて挙げるなら、直巻電動機で
回生ブレーキを使用出来る
界磁添加励磁にしていれば
もう少し存えたのかな・・・

バカの一つ覚えみたいに、
「抵抗制御=電力のムダ」と
考えるのはどうなのでしょうね。
私にとっては「けしからん」話です。
まったく、残念なことです・・・


興味のない方々におかれましては
くだらないブログ更新となってしまい
申し訳ないです m(_ _)m


明日は、通常通り「軍報」での
ブログ更新を予定していますので
よろしければまたお越しくださいっ★


それでは、また明日っ!



↑もしよろしければ
 ポチっとやってください~

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


今日は、暗い鉄道ネタで
ブログの更新をさせてくださいませ。


本日10月3日をもって、
JR西日本の大阪環状線に
在籍していたオレンジ色の
旧国鉄103系が消滅します・・・


これです↓



当方が宝塚のアパートに住み、
森ノ宮まで出勤していた話は
過去の記事でお話ししましたが
大阪駅から森ノ宮駅までは
毎日この電車を使ってました。

まだ20代前半の頃ですから
今から20年くらい前の話です。

この時は、まだ関東地方にも
103系は総武線や常磐線などで
健在でしたが、西日本地区と違って
大幅に数を減らしている頃でした。
既に山手線・中央線・埼京線では
完全に撤退していましたしね。

それが、大阪近辺の主要の線区は
ほとんどが車体更新された
103系ばっかりで、関東から
でばってきている当方にとって
この形式を見ていると
遠くに来ている気分にさせず
ものすごく親近感がありました。

かつては103系なんか、
低性能で「嫌い」な形式の
1つだったのに・・・

まさに、大阪環状線の103系は、
仕事が忙しく憂鬱になっていたり、
飲み過ぎてベロベロになっていたり、
(車内でオエーもしちゃったな・・・)
チンピラみたいな変な奴に絡まれて
おいコラやんのかワレになったり、
好きになっちまった同僚と
帰路が一緒でドキドキしたり・・・
色々なヘボ太郎の「顔」を
顔色一つ変えずに知りながら
森ノ宮~大阪まで運んでくれた
私の「お友達」ともいえる存在です。

本日引退の話を聞いて
大阪に行くことが叶わなかったのは
本当に残念で仕方ないです(涙)

去年、大阪近辺を探訪した際は
阪和線でかなりの数の103系を
見たので、当面の間は
形式消滅することはないと
思いますが、オレンジ色の103系は
全国からいなくなってしまいますね。


21時のNHKニュースにも
取り上げられていました↓

※NHKニュースの映像です。


うんうん、坊主っ!
泣いてしまう気持ち、
ものすごくよく解るぞっ★↓

※NHKニュースの映像です。


48年間、ありがとうございました↓

※NHKニュースの映像です。


103系に思い入れがある方は
是非、ここにコメントください★
あついレスをしますんで(笑)


ご参考までに・・・
「音」ファンの三等兵太鼓判の
素敵な走行音を再現している
103系の動画を見てください~!
本物とまったく同じです(スゴイ)↓
 103系リメイク+CP+MG+Ω音再現!
 これ、本当にスゴイです(驚)


興味のない方々におかれましては
くだらないブログ更新となってしまい
申し訳ないです m(_ _)m


明日は、通常通り「軍報」での
ブログ更新を予定していますので
よろしければまたお越しくださいっ★


それでは、また明日っ!



↑よければ応援してやってください♪

皆様、土曜日をいかがお過ごしですか。


今日の関東地方は気温が
全然上がらず、少し寒かったです。


ここのところ、阪奈軍團管轄となる
近畿地方の戦跡を連続して
掲載しているため、今回は息抜きに
「鉄道」ネタでブログを更新しますっ★


今回は、同じく近畿地方をはしる
山陽電車の3000系を取り上げます。



山陽3000系電車(wikipediaを抜粋)↓

山陽電気鉄道3000系電車は、
1964年から導入された
山陽電気鉄道の通勤形電車である。

神戸高速鉄道開業に伴う車両所要数の
増大に対応して、3次に分けて
1971年までに64両が製造された。

山陽電鉄の神戸市内中心部への
乗り入れを実現する神戸高速鉄道の
建設と、これを介した阪神電気鉄道・
阪急電鉄との相互乗り入れ計画が
具体化したことに応じて、
乗り入れ規格に対応する
新規設計車として計画・設計された。

改良型である3050系や、2000系の
機器流用車の3200系などを含めて
合計133両が川崎車輛→川崎重工業
兵庫工場で製造された。



こんな感じの電車です↓


前照灯・通過表示灯・尾灯が
全て前窓の上に配置されている
関東でいう昔の「小田急顔」ですね。


各停運用につく3000系列3200系↓

wikipediaの写真です。


当方が宝塚に住んでいた時に
山陽塩屋の裏山に位置する
アパートに住む同僚がいて、
そいつが自宅に呼んで
鍋パーティーを催すのが好きで
山陽電車はよく乗りました(笑)
しかも、山陽塩屋は各停しか
停まらない駅なので
(今もそうかな?)
特に3000系のお世話になりました。

清荒神→宝塚→西宮北口→新開地と
阪急だけで3路線を使って
山陽電車に乗り換えるルートで
面倒くさかった記憶がありますが
JRで尼崎経由で行くよりは早いです。
でも、本人は「山陽は不便」といって
もっぱらJRを使っていましたが
JR塩屋も普通しか停まらないので
どっちもどっちかな~と思いました(笑)


優等運用につく3000系↓

wikipediaの写真です。


塩屋に遊びに行っていた時代は
3000系の特急をよく見ましたが、
現在は各停ばっかりのようです。

走行音は、典型的なWN駆動の音で
特に強調する部分はないですね。
近鉄8000系と同じ音です(笑)


本日は大変な「脱線」と「的外れ」な
ブログ更新で申し訳ありません m(_ _)m


それでは、また明日っ!



↑応援もよろしくお願いします♪

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


今度の3連休に台風が関東へ
上陸するかもしれない予報で
嫌になってしまいますね・・・


さてさて、今回は息抜きとして
よそ様の写真をお借りさせていただき
「鉄道」ジャンルでのブログ更新です。


本日は、今年度で全廃予定の
都営新宿線の10-000形ですっ★



都営10-000形電車(wikipediaを抜粋)↓

東京都交通局10-000形電車は、
東京都交通局(都営地下鉄)新宿線で
使用されている通勤形電車。

1971年(昭和46)に試作車が製造され、
走行試験のため三田線に搬入された。
その後、1978年(昭和53)から
新宿線の開業準備により量産車の
投入が開始され、試作車も台車を
交換した上で同線に転属する。

そして、路線延長・8連化・
列車増発などで徐々に増備を続け、
1997年(平成9)までに8両編成28本の
計224両が製造された。

しかし、初期に導入された車両は
内部構体に普通鋼を使用する
セミステンレス構造で老朽化が
進んでいたため、試作車両の
4両を含む1979年(昭和54)までに
製造されたセミステンレス車108両は
2004年(平成16)から2006年(平成18)に
かけて、順次新型車両の10-300形と
10-300R形に置き換えられた。

その後、中-後期に導入された
オールステンレス車両についても
2013年(平成25)度より
10-300形(3次車以降)の更なる
増備により、置き換えが
進められている。

20m片側両開き4扉の車体である。
座席はすべてロングシートである。
側扉窓ガラスは金属支持である。
当初から冷房車または冷房準備車として
設計され、屋根や天井が当時の
地下鉄車両としては高い。

新型車両の増備によって、
2017年度中には引退が
決定している。



こんな感じの電車です↓

wikipediaの写真です。


今や、チョッパ制御の車両ですら
全廃の危機にある時代です。
鉄道の世界も末だな。

日本から直流電動機を搭載する
車両が消滅したら、当方は
日本の鉄道を好きになることは
一切ありません(断言)


当方は1年間だけ都営新宿線の
沿線に住んでいたことがあり
この形式には馴染みがありますが
この当時は、まだ抵抗制御車が
大手民鉄のいたるところに
台頭していたため、それほど
関心はありませんでした。
京急1000・京成3300など・・・


京王線内で優等運用につく
都営10-000形↓

wikipediaの写真です。


性能が判る諸元表を見てから
この形式が好きになりました(笑)

6M2Tの編成ながら、
165kWというバケモノ級の
モーターを搭載しているのが
非常に魅力的です(笑)

しかも、電機子チョッパ。
ものすごく高価な車両ですが
地下鉄線内の低速域であれば
無駄な電力が発生しない
経済的な車両なので、
費用対効果はあります。


笹塚駅に入る都営10-000形↓
Toei-10-000-10-230F.jpg
wikipediaの写真です。


都営10-000形の台車です↓
kd82.jpg
鉄道ホビダス台車近影から
 写真を転載しております。

円筒案内式の台車ですねっ★
近鉄や京急などでは、昔から
積極採用されていますよねっ♪
素敵ですねっ★


本日は大変な「脱線」と「的外れ」な
ブログ更新で申し訳ありません m(_ _)m


それでは、また明日っ!



↑もし、よろしければ
 応援してやってください♪

♦ 検索フォーム

♦ ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる