戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪し
記録することを趣味とする
祐実総軍三等兵ですっ★

稚拙な内容ではございますが
これまでに関係者の皆様方と
見てきた戦争遺跡を中心に、
ブログ・ホームページなどで
順次ご紹介をしていきます♪

よろしくお願いしますっ★

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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


今日は金曜日ですねっ★
火曜日を休んで4連休としたあげく
大したこともやっていないくせに
平日の終わりの「達成感」が
ハンパじゃありません(笑)

仕事ではなく、別方向からくる
「達成感」ですなっ★


さて、本日は莉央軍團「軍報」の
第12弾といたしまして、
北海道函館市におかれていた
函館要塞司令部の遺構を
2つばかりご紹介させてくださいませ↓




函館要塞は、函館湾や函館港を
防御するために構築された
強力な火砲群と、これらに関連する
付帯施設の集合体で1898年(明治31)に
市内の西端部を連なる13の山々の
総称である函館山に5つの火砲と
付属施設の建設が始まり、
谷地頭に司令部がおかれました。

大正時代に入ると、函館周辺の
防備から拡大して津軽海峡の防圧に
重点をおくことになったため
汐首岬と竜飛崎・大間崎にも
砲台が新設され1927年(昭和2)に
函館要塞を包含する形で津軽要塞が
発足しますが、司令部は他へ
移ることなく太平洋戦争の終戦まで
存続しました。

現在、跡地は谷地頭団地に
変遷しており、当時の遺構が
わずかに残っています。



畏れ多くも、総軍大元帥閣下と
五稜郭のホテル付近から
市電に乗り、谷地頭電停に
到着いたしました↓



今回は函館の要塞探訪において
ご高名とお見受けする
銀ぎつね先生ブログを参考に
探訪してまいりますっ!


谷地頭団地に進んでいきます↓



弾薬庫と考えられる地下施設が
残っています↓



ここから少し進んだ藪には・・・↓



当時の建物が埋もれていました↓



畏れ多くも、総軍大元帥閣下が
近くの公園で「お友達」を
発見したので待機します(笑)↓



しばし「お友達」との「ご歓談」の後は
おなかがお空きになられたということで
市立函館博物館に近い場所の
喫茶店で軽食としました↓



総軍大元帥閣下が発するお言葉は、
三等兵は「絶対」でございます(笑)

「絶対」じゃないと、以降の遠征の
決裁が下りんのですよ・・・(汗)


その後は、大元帥閣下のご要望に
お応えして元町周辺を散策後・・・↓



五稜郭のホテルに一旦戻り、
着替えて近くの居酒屋で
お酒とさせていただきます↓



やっぱり、ビールはサッポロです↓



ちょっと疲れが出てしまったのか
中ジョッキ5杯くらいでヘロヘロに
なってしまいました~(笑)


【収録遺構】
 陸軍函館要塞司令部
 (陸軍津軽要塞司令部)

  建物 1棟
  地下施設 1箇所

【探訪情報】
 2016.09.19  第1回探訪

 歩数(指数) 約2,000歩(100)


後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただきますねっ★


それでは、よい週末をお過ごしください!



↑よろしければ、こちらの「応援」も
 ひとつよろしくお願いします♪

皆様、連休初日をいかがお過ごしですか。


不肖三等兵は、陽気がよかったので
総軍大元帥閣下と近所の広場へ
いつものお酒とお寿司を持って
イチョウを鑑賞してきました(笑)↓



最近、人気が急上昇している
「お供」のウィー太郎君は、
前日の暴飲暴食で体調不良となり
今回は欠席です(笑)↓


せっかく、総軍大元帥閣下と共に
ナルナル先生ブログ
取り上げてもらえたのにね~
ウィー太郎君はいつも「残念」です(笑)


そろそろ「紅葉」の時期なのですね↓



さてさて、今回は莉央軍團「軍報」の
第11弾といたしまして
北海道函館市におかれていた
入江山演習砲台の遺構を
不完全ながら1つだけ
ご紹介させてくださいませ↓




入江山演習砲台は、
津軽重砲兵連隊の演習用の
砲台として、昭和初期に
完成したようです。

ここには、八八式海岸射撃具砲が
据え付けられ、御殿山第二砲台の
西側に遠距離観測所が
おかれていました。

現在、演習砲台の跡地は
山林になっていますが、
函館山の 1つである入江山の
山頂付近に砲座が残っています。



毎度、おなじみのメンバーである
おピンちゃん先生と函館山の
山頂付近にお邪魔しております↓



御殿山第二砲台を経由して
入江山方面に進んでいきます↓



砲座が1つ残っています↓


函館山の要塞探訪において
ご高名とお見受けする
銀ぎつね先生ブログをはじめ、
優良サイト様などの情報によると
遠距離観測所の遺構も
残っているようなのですが、
当方の完全なる「予習不足」で
見落としてしまいました・・・


【収録遺構】
 陸軍津軽要塞
 津軽重砲兵連隊
 入江山演習砲台

  砲座 1箇所

【探訪情報】
 2016.09.20  第1回探訪

 歩数(指数) 約2,000歩(100)


後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただきますねっ★


いつもですと、ここで
「またお会いしましょう」とか、
「それでは、また明日」などの
結句が続くのですが、
これじゃ申し訳ないので、
掲載を漏らしてしまっている
御殿山第二砲台の入江山観測所の
遺構をこのままご紹介していきます↓



入江山演習砲台の砲座を過ぎて
さらに歩いていきます↓



あれあれ、イナゴの子供が
傷を負っているじゃないですか↓


誰かに踏まれちゃったのかな・・・
でも、元気に動いてましたっ!


観測所に到着です↓



残念ながら、状態は悪いです↓



階段を下りていくと・・・↓



通信室の入口です↓



通信室の内部です↓



上記の遺構群を追加しますので
我々のホームページ
収録情報としては以下となります↓

【収録遺構】
 陸軍函館要塞
 御殿山第二砲台

  砲座 3箇所
  観測所 1箇所
  地下施設 10箇所
  トンネル 2箇所
  その他 2箇所

【探訪情報】
 2016.09.20  第1回探訪

 歩数(指数) 約1,500歩(100)


こちらも、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


それでは、またお会いしましょうっ!



↑こちらの「応援」も、
 ひとつ、よろしくお願いします★

皆様、いかがお過ごしでしょうか。

週初めからゲンナリですね~
平日は本当に嫌だっ・・・


さてさて、色々とバタバタしてますが
本日は莉央軍團「軍報」の
第10弾といたしまして
北海道函館市から穴澗照明所の
遺構を簡単にご紹介させてください↓



穴澗照明所は津軽要塞の 1つで、
夜間の砲撃に必要不可欠となる
探照灯を運用する施設として
1901年(明治34)に設置されました。

ここには90センチ探照灯が設置され、
照射到達距離は約 6,000メートルに
およんだそうです。

現在、照明所跡は経年劣化が
著しい状態ですが、探照灯座や
格納庫などが残っています。


おピンちゃん先生と穴澗海岸付近を
探検しております↓



穴澗龍神社で安全を祈願して
進んでいきます↓



探照灯座です↓



この下に探照灯の格納庫が
残っています↓



周辺に、関連する遺構も
いくつか残っていました↓




この他にも水槽や観測所などの
遺構群が周辺に残っていますが
これらは千畳敷砲台の
穴澗低地観測所の遺構群として
別掲載とさせてください。


【収録遺構】
 陸軍函館要塞
 穴澗照明所

  地下施設 1箇所
  その他 3箇所

【探訪情報】
 2016.09.17  第1回探訪

 歩数(指数) 2,879歩(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


それでは、またお会いいたしましょう!


↑ホームページの制作意欲に
 つながりますので、もしよろしければ
 応援してやってくださいっ♪
皆様、いかがお過ごしでしょうか。

月曜日は本当にゲンナリしますね・・・
時短モードで、明日が金曜日に
なっちゃえばいいのに(笑)


さてさて・・・・・
本日は、莉央軍團「軍報」の第9弾として
北海道函館市におかれていた
陸軍函館要塞の御殿山第二砲台を
簡単にご紹介させてくださいませ。


御殿山第二砲台は函館要塞の 1つで
津軽海峡方面に対する砲戦砲台として
1901年(明治34)に完成しました。

ここには、28センチ榴弾砲が
6門据え付けられて日露戦争の
防備にあたり、その後は津軽要塞に
編入されて演習砲台に用途が
変更されましたが、太平洋戦争の
終戦まで存続しました。

戦後、砲台はアメリカ軍により
爆破処理されているため
状態はよくないですが、
函館山一帯が北海道遺産に
選定されて整備されており
簡単に見学することが可能です。


函館山の山頂にお邪魔しております↓


探訪時は9月でしたが、
気温は10℃そこそこしかなく
薄着じゃ寒くて、三等兵は
終始震えておりましたが・・・

さすが、このお方は違いますねっ(笑)↓


おピンちゃん先生は別格ですっ★
三等兵なんか、いつもこのお方に
弱っちいと言われております(笑)
情けない野郎なんです、私は エヘヘ


砲座が3箇所残ります↓





各砲座の隣には、砲側弾薬庫が
3つ残っています↓





この南側の頂部に左翼観測所が
おかれていましたが、残念ながら
爆破されており、現在は
四阿(あずまや)がおかれています。


北側に転進すると、
砲具・弾薬庫として使われた
5連掩蔽部が残ります↓






いずれも、爆破されているため
入口部分の崩壊が激しいです。
また、この上部に右翼観測所が
設けられていたようですが
破壊されているようです・・・


5連掩蔽部は、内部に連絡通路が
設けられて接続しています↓



掩蔽部の向かい側には
水槽と付属施設跡とおぼしき
痕跡が残っていました↓




5連掩蔽部の隣には
士官詰所へのトンネルがあり・・・↓


士官詰所に繋がっています↓



さらに、北側からの入口となる
通行トンネルが残っていますが、
こちらも爆破されているため
惨憺たる状態となっています↓



【収録遺構】
 陸軍函館要塞
 御殿山第二砲台

  砲座 3箇所
  地下施設 9箇所
  トンネル 2箇所
  その他 2箇所

【探訪情報】
 2016.09.20  第1回探訪

 歩数(指数) 約1,000歩(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


それでは、またお会いいたしましょう!

↑もしよかったら応援してくださいっ♪
皆様、いかがお過ごしでしょうか。

三等兵にとって、地獄の1週間が
始まりました・・・(涙)


先週の終わりから、ブーブーと
仕事に対する文句を垂れましたが
結果として、今回は当方が
「泣き寝入り」したので、
「渋々」従ってやろうと思います。
(何回も言うけど、今回が最後です)


そういったわけでございまして、
まともに家すら帰れるか
微妙な感じですので、
今週のブログ更新は
全て「予約投稿」にて行います(涙)
本日(1/23の月曜日)から
今度の土曜日(1/28)までの間は、
毎日14時にアップさせていただきますので
変わらぬご訪問のほど、お願いいたします。


さてさて・・・・・
本日は、莉央軍團「軍報」の第8弾として
北海道函館市におかれていた
陸軍函館要塞の御殿山第一砲台を
簡単にご紹介させてくださいませ。


御殿山第一砲台は函館要塞の1つで
津軽海峡方面に対する砲戦砲台として
1900年(明治33)に完成しました。

ここには、28センチ榴弾砲が
4門据え付けられ、その後の日露戦争で
防備につきましたが、1934年(昭和 9)に
装備の旧式化で除籍となりました。

現在、砲台跡には北海道放送や
NHKの施設がおかれて破壊されており
基本的に立ち入りが出来ませんが、
砲座の一部分や地下施設などが
残っています。


おピンちゃん先生と函館に
お邪魔しております↓



ここからロープウェイで
山頂を目指していきます↓



山頂に到着です↓



着いた途端、景色のよさに
おピンちゃん先生が
「わー」ってなっちゃって、
三等兵に「待機」を命じました(笑)↓



収束するのをひたすら待ちます↓
P1200238_201701231336375e7.jpg


20分くらい経ったでしょうか・・・(笑)
お目当ての場所に移動します。


砲座の一部です↓



ここから先は、おピンちゃん先生に
待っててもらい単独行動です。
基本的に立ち入り出来ないので
以降に挙げる写真は、
全体的に暗いですが、
見やすいような加工はしません。


正面と右側に地下通路の
入口があります↓



1つ目の掩蔽部です↓



2つ目の掩蔽部です↓



掩蔽部の付属室です↓



【収録遺構】
 陸軍函館要塞
 御殿山第一砲台

  砲座 1箇所
  地下施設 3箇所
  トンネル 2箇所

【探訪情報】
 2016.09.20  第1回探訪
 2016.09.21  第2回探訪

 歩数(指数) 約2,000歩(102)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


明日は「鉄道」ネタで
ブログの更新をさせていただきます。


それでは、またお会いいたしましょう!


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