戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪して
記録することを生き甲斐とする
祐実総軍三等兵でございます★
稚拙な内容ではございますが、
これまで調べてきた戦争遺跡を
ブログ・ホームページで紹介を
させていただいておりますっ♪

よろしくお願いしますm(__)m

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皆様、いかがお過ごしでしょうか。

週初めからゲンナリですね~
平日は本当に嫌だっ・・・


さてさて、色々とバタバタしてますが
本日は莉央軍團「軍報」の
第10弾といたしまして
北海道函館市から穴澗照明所の
遺構を簡単にご紹介させてください↓



穴澗照明所は津軽要塞の 1つで、
夜間の砲撃に必要不可欠となる
探照灯を運用する施設として
1901年(明治34)に設置されました。

ここには90センチ探照灯が設置され、
照射到達距離は約 6,000メートルに
およんだそうです。

現在、照明所跡は経年劣化が
著しい状態ですが、探照灯座や
格納庫などが残っています。


おピンちゃん先生と穴澗海岸付近を
探検しております↓



穴澗龍神社で安全を祈願して
進んでいきます↓



探照灯座です↓



この下に探照灯の格納庫が
残っています↓



周辺に、関連する遺構も
いくつか残っていました↓




この他にも水槽や観測所などの
遺構群が周辺に残っていますが
これらは千畳敷砲台の
穴澗低地観測所の遺構群として
別掲載とさせてください。


【収録遺構】
 陸軍函館要塞
 穴澗照明所

  地下施設 1箇所
  その他 3箇所

【探訪情報】
 2016.09.17  第1回探訪

 歩数(指数) 2,879歩(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


それでは、またお会いいたしましょう!


↑ホームページの制作意欲に
 つながりますので、もしよろしければ
 応援してやってくださいっ♪
皆様、いかがお過ごしでしょうか。

月曜日は本当にゲンナリしますね・・・
時短モードで、明日が金曜日に
なっちゃえばいいのに(笑)


さてさて・・・・・
本日は、莉央軍團「軍報」の第9弾として
北海道函館市におかれていた
陸軍函館要塞の御殿山第二砲台を
簡単にご紹介させてくださいませ。


御殿山第二砲台は函館要塞の 1つで
津軽海峡方面に対する砲戦砲台として
1901年(明治34)に完成しました。

ここには、28センチ榴弾砲が
6門据え付けられて日露戦争の
防備にあたり、その後は津軽要塞に
編入されて演習砲台に用途が
変更されましたが、太平洋戦争の
終戦まで存続しました。

戦後、砲台はアメリカ軍により
爆破処理されているため
状態はよくないですが、
函館山一帯が北海道遺産に
選定されて整備されており
簡単に見学することが可能です。


函館山の山頂にお邪魔しております↓


探訪時は9月でしたが、
気温は10℃そこそこしかなく
薄着じゃ寒くて、三等兵は
終始震えておりましたが・・・

さすが、このお方は違いますねっ(笑)↓


おピンちゃん先生は別格ですっ★
三等兵なんか、いつもこのお方に
弱っちいと言われております(笑)
情けない野郎なんです、私は エヘヘ


砲座が3箇所残ります↓





各砲座の隣には、砲側弾薬庫が
3つ残っています↓





この南側の頂部に左翼観測所が
おかれていましたが、残念ながら
爆破されており、現在は
四阿(あずまや)がおかれています。


北側に転進すると、
砲具・弾薬庫として使われた
5連掩蔽部が残ります↓






いずれも、爆破されているため
入口部分の崩壊が激しいです。
また、この上部に右翼観測所が
設けられていたようですが
破壊されているようです・・・


5連掩蔽部は、内部に連絡通路が
設けられて接続しています↓



掩蔽部の向かい側には
水槽と付属施設跡とおぼしき
痕跡が残っていました↓




5連掩蔽部の隣には
士官詰所へのトンネルがあり・・・↓


士官詰所に繋がっています↓



さらに、北側からの入口となる
通行トンネルが残っていますが、
こちらも爆破されているため
惨憺たる状態となっています↓



【収録遺構】
 陸軍函館要塞
 御殿山第二砲台

  砲座 3箇所
  地下施設 9箇所
  トンネル 2箇所
  その他 2箇所

【探訪情報】
 2016.09.20  第1回探訪

 歩数(指数) 約1,000歩(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


それでは、またお会いいたしましょう!

↑もしよかったら応援してくださいっ♪
皆様、いかがお過ごしでしょうか。

三等兵にとって、地獄の1週間が
始まりました・・・(涙)


先週の終わりから、ブーブーと
仕事に対する文句を垂れましたが
結果として、今回は当方が
「泣き寝入り」したので、
「渋々」従ってやろうと思います。
(何回も言うけど、今回が最後です)


そういったわけでございまして、
まともに家すら帰れるか
微妙な感じですので、
今週のブログ更新は
全て「予約投稿」にて行います(涙)
本日(1/23の月曜日)から
今度の土曜日(1/28)までの間は、
毎日14時にアップさせていただきますので
変わらぬご訪問のほど、お願いいたします。


さてさて・・・・・
本日は、莉央軍團「軍報」の第8弾として
北海道函館市におかれていた
陸軍函館要塞の御殿山第一砲台を
簡単にご紹介させてくださいませ。


御殿山第一砲台は函館要塞の1つで
津軽海峡方面に対する砲戦砲台として
1900年(明治33)に完成しました。

ここには、28センチ榴弾砲が
4門据え付けられ、その後の日露戦争で
防備につきましたが、1934年(昭和 9)に
装備の旧式化で除籍となりました。

現在、砲台跡には北海道放送や
NHKの施設がおかれて破壊されており
基本的に立ち入りが出来ませんが、
砲座の一部分や地下施設などが
残っています。


おピンちゃん先生と函館に
お邪魔しております↓



ここからロープウェイで
山頂を目指していきます↓



山頂に到着です↓



着いた途端、景色のよさに
おピンちゃん先生が
「わー」ってなっちゃって、
三等兵に「待機」を命じました(笑)↓



収束するのをひたすら待ちます↓
P1200238_201701231336375e7.jpg


20分くらい経ったでしょうか・・・(笑)
お目当ての場所に移動します。


砲座の一部です↓



ここから先は、おピンちゃん先生に
待っててもらい単独行動です。
基本的に立ち入り出来ないので
以降に挙げる写真は、
全体的に暗いですが、
見やすいような加工はしません。


正面と右側に地下通路の
入口があります↓



1つ目の掩蔽部です↓



2つ目の掩蔽部です↓



掩蔽部の付属室です↓



【収録遺構】
 陸軍函館要塞
 御殿山第一砲台

  砲座 1箇所
  地下施設 3箇所
  トンネル 2箇所

【探訪情報】
 2016.09.20  第1回探訪
 2016.09.21  第2回探訪

 歩数(指数) 約2,000歩(102)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


明日は「鉄道」ネタで
ブログの更新をさせていただきます。


それでは、またお会いいたしましょう!


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皆様、いかがお過ごしでしょうか。

本日は深夜勤務が予想されるので
この時間にブログ更新をさせてください。


今回は、莉央軍團「軍報」の
第7弾といたしまして
北海道函館市におかれていた
函館陸軍埋葬地のご紹介です。


函館埋葬地は、函館市内に展開した
陸軍部隊に所属していた戦病没者の
墓地として明治時代に設置されました。

現在は函館市に移管されており
柵を設置して管理されていますが、
墓標様の周りには雑草が生い茂り、
状態はあまりよくないようです。


おピンちゃん先生に無理を言って
函館市船見町に来ております↓


このあと「和解」が成立し、
函館名物の「イカ」ちゃんで
折り合いをつけました(笑)


陸軍墓地の入口です↓


残念ながら、中に入ることが
出来ないので、外周から
個人墓標を見学します。


墓標様です↓




このあとは、市電に乗って
五稜郭周辺のお店に入って
約束通り「イカ」のご奉仕です(笑)↓


イカちゃんに対して失礼ですが
こんなに鮮度の良いものを
食べたことがなかったです・・・
また、こんなに値段が張るとは
想像してませんでした~(撃沈・・・)


【収録遺構】
 函館陸軍埋葬地

   墓標様 1区画

【探訪情報】
 2016.09.18  第1回探訪

 歩数(指数) 約500歩(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


それでは、またお会いいたしましょうっ!


↑制作意欲につながりますので
 もしよければ応援してくださいっ★
皆様、いかがお過ごしでしょうか。

週初めから「ガッツリ」仕事だと
本当にゲンナリしますね。


さてさて、本日は莉央軍團「軍報」の
第6弾といたしまして、
北海道函館市におかれていた
陸軍津軽要塞の汐首岬第一砲台を
簡単にご紹介させてくださいませ。


汐首岬第一砲台は津軽要塞の1つで
津軽海峡の防御を目的に
1933年(昭和8)に完成しました。

ここには、30センチ長榴弾砲を
4門据え付けて防備につきましたが、
1940年(昭和15)に汐首岬第二砲台の
完成により、全ての砲を他へ充てるために
撤去されました。

終戦後、備砲がなかったことから
進駐軍による爆破を免れ、
長期間にわたり放置されましたが
道立戸井高等学校の校舎改築にともなう
造成によって破壊され、砲座の一部分と
砲側弾薬庫が残存するのみと
なっているようです。


五稜郭の近くに宿泊しているホテルから
市電に乗って函館駅に到着です↓



ここから、大枚を出す覚悟で
約30キロ離れた汐首岬方面まで
タクシーで向かっていきますっ!
30キロ先も同じ函館市だなんて・・・
さすがは北海道。。。

今回は、函館市内を拠点に
個人でタクシー業を営んでおられる
根岸さんの親切・丁寧なご協力を仰ぎ
向かっていきます。

いや~、根岸さんは素敵な方でした。
地元・函館を誇りにしており、
歴史や名物などにも博識で
色々と教えてもらいました。


函館駅から約45分ほどで
到着しました↓



1つ目の砲側弾薬庫です↓



草ボーボーですが砲座です↓



2つ目の砲側弾薬庫です↓



入口部分はことどこく金網で
封鎖されていますが、内部を
覗くことが出来ます↓



これまた草ボーボーですが
2つ目の砲座です↓



用途は判りませんが、
これも遺構でしょうね↓



本当は、ここからの帰りは路線バスに
しようかと思っていたのですが、
行きの車中で根岸さんの素敵な
ご対応に感動し、帰りも引き続き
函館山ロープウェーの乗車口まで
お願いしちゃいました↓



往復で15,000円ちょっとの料金でしたが
気持ち多めにお支払いして
お別れしました。

三等兵は仕事でよくタクシーを
利用させてもらっていますが
根岸さんのような運転手さんには
出会ったことがありません。

あと数回は函館市とその周辺の
自治体に探訪予定ですので、
その際は是非とも直接「ご指名」を
させていただきたいと思ってます★

まだまだ先になってしまいますが
来年の春先あたりにでも・・・
(根岸さん、もしこのブログを見たら
書き込みをお願いします~)

なーんて、思っていた翌日に
函館駅から立待岬まで乗った
タクシーが奇遇にも
「根岸タクシー」でした~(驚)


【収録遺構】
 陸軍津軽要塞
 汐首岬第一砲台

   砲座 2箇所
   地下施設 2箇所
   その他 1箇所

【探訪情報】
 2016.09.20  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


それでは、またお会いいたしましょう!


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