fc2ブログ

戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

♦ プロフィール

祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪し
記録することを趣味とする
祐実総軍三等兵ですっ★

稚拙な内容ではございますが
これまでに関係者の皆様方と
見てきた戦争遺跡を中心に、
ブログ・ホームページなどで
順次ご紹介をしていきます♪

よろしくお願いしますっ★

♦ カウンター

♦ 最新記事

♦ アクセスランキング

[ジャンルランキング]
地域情報
265位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
12位
アクセスランキングを見る>>

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


4連休が終わり、暑い日が続き
夏バテになったようで
胃の調子が悪くなり…(笑)


しばらくは、さっぱり系の
ゴハンで過ごしていきます。


さて、今回は廣海軍團「軍報」の
第2弾といたしまして、
熊本県合志市におかれた
大刀洗陸軍飛行学校の
黒石原教育隊の奉安殿を
ご紹介させてください↓




大刀洗飛行学校は、下士官や
少年飛行兵達に対し、飛行機の
操縦方法や技術などを
教育することを目的として
1940年(昭和15)に設置された
教育機関で、戦局に沿って飛行兵を
拡充する必要が出てきたため
1944年(昭和19)に、この前身の
逓信省熊本地方航空機乗員養成場を
接収して教育隊が設置されました。

この翌年の1945年(昭和20)に入ると
さらに戦局が悪化したことで
飛行学校が閉校となり、
第五十一航空師団の傘下に入って
特攻の訓練が行われ、飛行場は
特攻部隊の中継基地に使われました。

現在、跡地は住宅地や農地に変遷し
面影が全くありませんが奉安殿が
わずかに残っています。



我が総軍大元帥と一緒に
熊本市内からタクシーを使い
合志市の豊岡地区に
お邪魔しています↓



黒石原コミュニティセンターの
向かいに奉安殿が残ります↓



奉安殿なので、内部は
小さい空間です↓



奉安殿は、黒石原教育隊の前身である
逓信省の航空機乗員養成場時代に
設置されたようです↓



横に案内板が設けられています↓



奉安殿の背面です↓



奉安殿の近くに
材質が同じコンクリートの
構造物がありましたが
これも遺構でしょうかね…↓



この後は、菊池市内に向けて
進んでいきました↓



【収録遺構】
 大刀洗陸軍飛行学校
 黒石原教育隊

  建物 1棟
  その他 1箇所

【探訪情報】
 2019.11.04  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(80) 


それでは、またお会いしましょうっ★



↑よろしければ、こちらの「応援」も
 ひとつよろしくお願いします♪

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


おかげさまで、念願の長期休暇に
突入しております。


とはいえ、そんなに軍資金が
潤沢ではないので、休暇の前半は
家に引きこもってホームページ
リニューアルに専念します。


今回でかなり進むと思うので
ご期待いただければ幸いです。


さて、今回は廣海軍團「軍報」の
第1弾といたしまして、
熊本県玉名市におかれていた
大刀洗陸軍飛行学校玉名教育隊の
遺構群を簡単にご紹介します↓




大刀洗飛行学校は、
下士官や少年飛行兵達に対し
飛行機の操縦方法や技術などを
教育することを目的として
1940年(昭和15)に設置された
教育機関で、戦局に沿って
飛行兵を拡充する必要が出てきたため
この教育隊が1944年(昭和19)に
現在の玉名市内に開設されました。

この翌年の1945年(昭和20)に入ると
さらに戦局が悪化したことで
飛行学校が閉校となり、
第八練習飛行隊に改編され
第五十一航空師団の傘下に入って
特攻の訓練が行われたのと同時に
飛行場は特攻部隊の中継基地に
使われました。

戦後、敷地は農地として
復員者に払い下げられ
現在は住宅地や農地に
変遷していますが、
遺構がわずかに残っています。



我が総軍大元帥と一緒に
玉名駅に到着です↓



ここからタクシーの力を
借りる算段でしたが、
市内のイベントと重なり
出払っちゃいました…↓



20分ほど待ったら
1台来てくれたので、
さっそく大浜町の集落へ
移動していきます↓



タクシーに待機をお願いして
県道沿いに歩いていくと
さっそく、門柱が残っています↓



案内板が立てられていました↓



門柱の裏側です↓



門柱に隣接して軍用地境界標が
1本保存されていました↓



標柱の裏面には通し番号の
「一〇八」が刻まれています↓



ここから南の住宅地に向かって進むと
衛兵詰所の跡が残ります↓



さらに進むと、古いコンクリート製の
構造物の上に木造の家を
建てている住宅が2つあって
これがちょっと怪しい感じでした…↓




さらに南下していくと
酒保の塀といわれるレンガ製の
遺構が残っています↓



隣接して医務所の基礎部分が
残っていますが、家が建てられていて
判りづらいです↓



タクシーを待たせているので
急いで北に進んでいきます↓



住宅地内に格納庫の
基礎部分が残ります↓




ここから南に200メートルほど
進んだ住宅地の庭先にも
格納庫の基礎が残っています↓



付近に井戸も残っていました↓



あまりじっくり見れなかったので
次回に持ち越します↓



【収録遺構】
 大刀洗陸軍飛行学校
 玉名教育隊
 (陸軍第五十一航空師団
  第八練習飛行隊)

  門柱 1箇所
  建物基礎 4箇所
  軍用地境界標 1本
  その他 2箇所

【探訪情報】
 2019.11.03  第1回探訪
 (探訪継続中)

 歩数(指数) 未計測(80) 


それでは、またお会いしましょうっ★



↑よろしければ、こちらの「応援」も
 ひとつよろしくお願いします♪