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戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

♦ プロフィール

祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪し
記録することを趣味とする
祐実総軍三等兵ですっ★

稚拙な内容ではございますが
これまでに関係者の皆様方と
見てきた戦争遺跡を中心に、
ブログ・ホームページなどで
順次ご紹介をしていきます♪

よろしくお願いしますっ★

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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


今回は「雑記」形式で、
ちょっとくだらないお話しに
お付き合いくださいませ m(_ _)m


ブログ・ホームページの運営のほかに
SNSなどに軍跡写真を載せたりして
少しずつ我々の活動が認知されるように
なってまいりました。

大変、ありがたいことです m(_ _)m


だんだんと認知度が高くなってくると
多くの方々の目に触れることもあり、
その中には我々の活動に「否定的」な人や
いわゆる「指摘おじさん」のような人が
わずかながらいらっしゃいます。


当方は完璧な人間ではありませんので
戦史に精通せずに間違ったことを
書いたり、探訪する際の心得の誤解は
多分にあると思っており、その誤りを
受け入れ、律していく努力はこれまで通り
していくつもりでいますが、だからといって
言い方が悪かったり、見下した態度で
相手の立場を尊重しない人からの
文句は、年上だろうが年下だろうが
一切受けつけるつもりはありません。

相手が「間違っていたら」・「悪かったら」・
「後輩・年下」・「賛同できない」などとはいえ
「何をしてもOK」という理論は
基本的に私には通用しませんし
陰湿な人も大嫌いです。

残念ながら、私は性格が悪いので
意地悪されたら、意地悪で返しますし
なめた口聞きには、なめた口で返しますし
見下した態度には、見下した態度で
これからも応じるつもりです。

こういう態度で私に臨み、逆に私が
相手を尊敬の眼差しで見ると思ったら
「大きな間違い」ですし、そういう人には
義理人情のかけらも見せません。
(よく知る方々は私の性格がお判りかと)


要は、誰に対しても「立ち居振る舞い」に
「気を付けろ」ということです。


間違っても、私の「ご機嫌を取れ」と
幼稚なことを言っているわけでは
決してありませんよ。

お互いに「立場を尊重し合える」関係に
なりましょうということでございます。

そのような関係が構築出来る相手には
私はある程度の忖度もしますし、
基本的に「いい奴」でございますよっ★


特定の個人に向けているわけでは
ないのですが、誰かに「宣戦布告」のような
書きっぷりで、ものすごく申し訳ないです。


当方の心中も察してやってくださいませ(涙)


【本日の写真】
関係者様と本格的に再訪してみたい
赤山の遺構群です↓







それでは、またお会いいたしましょう。



↑こんな記事でも賛同いただければ
 「ポチ」いただけると嬉しいです。


皆様、いかがお過ごしでしょうか。


残念ながら、先週の後半から
地下壕のトレースに専念してしまい、
軍跡探訪のまとめが出来ておらず、
ネタの準備が出来ておりません(涙)


大変、申し訳ございませんが
今回の「軍報」はいったんお休みします。


【本日の写真】
期間限定でトレース作業の成果を
載せてみようと思います。
(1月31日までです)

※2019.02.02 トレース図を削除しました。


それでは、またお会いしましょうっ★



↑よろしければ、こちらの「応援」も
 ひとつよろしくお願いします★

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


おかげさまで、正月3が日は
何かしら軍跡案件の探訪・再訪に
ありつくことができ、2019年は
非常によいスタートが切れております(笑)


ただ・・・
去年の12月は、3分の1を本拠を
留守にして探訪三昧・正月も3日連続で
探訪しており、大元帥のご機嫌も
徐々に悪くなってきました(汗)


そろそろ「足るを知る」を実践しないと
まずい状況になるかもしれませんね。


さてさて、本日は「雑記」形式で
先日の御宿・勝浦・市原の
抵抗拠点陣地探訪をダイジェストで
お送りさせていただきたいと思います↓




毎度おなじみ、京成佐倉駅に到着し
maya先生にひろってもらい・・・↓



大多喜町の集合場所でyakumo先生と
合流いたしました↓



その後は車を1台にしぼって
御宿の高山田に向かいます↓



maya先生が目星をつけていた
陣地に向かう途中、道路沿いに
怪しい地下壕があったので
早速、戦闘態勢を整えます↓



一瞬、祠のようにも見えましたが
きちんとした「軍掘り」のようです↓



残念ながら、奥の方は崩落して
坑道が閉塞していましたが、
外の明かりが見えたので
どこかに接続しているようです↓



事後になって、この壕の内部図を
書いてみようと思ったのですが、
ちょっと気になる箇所があるので
再訪が必要ですっ!


少し寄り道をしたあと、お目当ての
場所に到着です↓



匍匐前進でやっと入れる入口から
中に入っていきます↓



入口の狭さからは想像がつかないほど
内部は大きく、しかも階層構造です↓



内部の状態から、構築途中であったものと
推測しますが、それでも砲室2箇所・
弾薬庫1箇所・待機所1箇所を有する
洞窟陣地であることが判りました↓



googleマップにトレースすると
こんな感じになります↓

※内示用ですので一定期間経過後は
 削除する予定です。


続いて、浪花駅付近の陣地を
3人で捜索しますが、残念ながら
失敗してしまいました・・・↓



さらに、月夜見神社付近にも
壕があるとのお話しを聞き、
現場検証を試みますが、
内部に入ることは出来ませんでした↓



そのまま南下して勝浦市内の
陣地探索に入る前に、ワガママを言い
官軍塚に寄ってもらいました↓



ここには、海軍の特設見張所が
おかれており、碑の基礎部分が
当時の遺構なのだそうです↓



他にも何かないか手分けして
探してみたところ、軍用地境界標が
2本残っていましたっ↓



1本は頂部に海軍マークが入っており
もう1本は粗悪なコンクリートに
「海軍用地」と刻まれていました。

どちらも、形状や書体を見る限りでは
大変珍しいものでしたっ★


予定していなかった遺構群を見た後は
国際武道大学付近に残っている
陣地を案内してもらいました↓



早速、中に入っていきます↓



内部は狙撃口と考えられる部分が
3箇所と、弾薬庫とおぼしき空間が
1箇所残っていました↓




内部図をおこしている間に
yakumo先生が周辺を捜索したところ、
他にも色々と残っているとのことで
いったん麓に戻ってお昼にします↓


最近、メンバー間で道具を持ち込んで
安全な場所に設営し、その場で焼いて
食べるスタイルがはやっており(笑)、
今回は焼き鳥とソーセージを食べましたが
とてもおいしかったですっ★


午後の部は、頂上付近と裏手の
捜索に入っていきます↓



yakumo先生に付いていくようにして
頂上付近を目指していくと、
塹壕をはじめ、蛸壺と思われる縦穴や
指揮所とおぼしき土製の掘り込みが
残っていました↓





さらに山をまわりこむようにして
反対側に進んでいくと
地下壕が4箇所残っていることが
判りました↓






このうち、3箇所の地下壕は
最深部に部屋のような空間を
有していました↓





残る1つの壕は、最深部に
狙撃口が設けられており、
山そのものが防衛拠点と
なっているようです↓



googleマップにトレースすると
こんな感じになります↓

※内示用ですので一定期間経過後は
 削除する予定です。


時間が圧してきたので
市原市に向かって急ぎます↓



まずは、一四七師団の司令部と
おぼしき壕に連れてってもらいます↓



内部は複雑な形をしており、
ほとんどの坑道がぬかるんでいて
非常に危険でした↓




棲息部と思われる部屋のような空間が
多く残っていました↓



ここは内部図が不完全とのことで
maya先生の厳命(悪い上司)で
きちんとやらせてもらいました(笑)


googleマップにトレースすると
こんな感じになります↓

※内示用ですので一定期間経過後は
 削除する予定です。


完全に日が暮れてしまい
大好きな残業時間です(笑)↓



もう1つ、鶴舞地区に残る陣地を
見学していきます↓



ここは、過去に内部図の作成が
終わっているので、ほぼ手ぶらで
入りました(笑)↓



部屋のような空間が1箇所あり、
天井には多くの釘が残っています↓



コウモリさんもいらっしゃいまして
集団で冬眠していました↓



最深部は昔と変わらず
水没しています・・・↓



googleマップにトレースすると
こんな感じになります↓

※内示用ですので一定期間経過後は
 削除する予定です。


本日の探索は終了です↓



maya先生・yakumo先生、
お疲れ様でしたっ★


次回は通常通り「軍報」を
掲載していきます m(_ _)m


それでは、またお会いいたしましょう★



↑よろしければ、こちらの「応援」も
 ひとつよろしくお願いします♪

皆様、大晦日をいかがお過ごしでしょうか。


三等兵は2018年最後の日という
実感を持てないまま、2019年を
迎えようとしております(汗)


さて・・・
本日は大晦日ということで、
関係者の皆様方と探訪が叶った
軍跡とスナップ(提供写真あり)写真を
掲載しながら2018年を振り返る場と
させていただけたらと思います。




2018年の仕事初め(笑)は
1月2日(早っ!!)でございます。

房総半島戦跡考古調査会ならびに
アナリストの皆様方と一緒に
南房総方面を探索しました↓


この日は、高井ヶ谷・大月の
28センチ榴弾砲陣地を中心に
陸軍東京湾兵団の地下壕系を
見てまわりました↓


久しぶりに教導先生にも
会えたのが印象に残っています★


続いて、1月の中旬には
いっちゃん先生・OKN先生と一緒に
逗子・横須賀の未記録分の遺構を
中心にめぐりました↓


池子火薬倉庫の軍用地境界標群や
横廠造兵部・猿島砲台・機関学校の
新規開拓に成功しました↓


この日は古参メンバーが揃ったので
汐入の萬菜で新年会をしました↓



1月の最後は、すじ先生を中心に
藤沢市内に残存する陸軍第一四〇師団の
洞窟陣地を探訪しました↓


特に、片瀬の縦穴から入る陣地は
皆様がいなかったら入る機会が
なかったと思います↓



2月は、前半にいっちゃん先生・OKN先生と
寄居・飯能・相模原方面の探索に
出掛けました↓


わずかな情報を頼りに、
寄居の弾薬庫や飯能の監的を
見つけることが出来ました★↓


この日の夜は橋本の鳥貴族で
いっちゃん先生と1杯ひっかけて
帰還しました(笑)


2月の終わりは、空母先生と
午前中に相模原を探訪し・・・↓


青根・中野の防空監視哨を
見学しました↓


午後はyakomo先生・tonotama先生と
横須賀で合流して・・・↓


横須賀海軍軍需部の地下壕を
見学しました↓


この日は終電まで探訪三昧で
家に帰ったのが夜中の1時でした(笑)


3月は主におピンちゃん先生と
鎌倉の寺社巡りに専念し
市内の洞窟陣地の新規開拓にも
成功しました★↓



4月は、前半に井関農機の関係者様と
毎年恒例の花見@霞空中央格納庫に
参加させていただきました↓


司令棟の内部がとても印象に
残っております↓


また、この日は平時の留守を護る
ピンプン師団も大元帥のお許しの下で
花見に参加しています(笑)↓



4月の中旬は、仕事帰りに
艦政本部の地下壕に入りました↓


仕事帰りにそのまま地下壕に
潜ったのは「人生初」です(笑)↓



その3日後から、本格的に
遠征がスタートし、この日は
西の大御所・盡忠報國先生に
お目通りが叶い、大阪・奈良の
遺構を探訪しました↓


特に海軍主導で掘り進められた
天理の御座所は衝撃でした★↓



5月はおピンちゃん先生と
恒例のバラ鑑賞がメインでした↓


お供のウィー太郎くんも
熱心にバラを鑑賞していました↓



6月もおピンちゃん先生と
近場での探索がメインでした↓


その中でも日本カーリットの
保土ヶ谷工場は、土塁トンネルが
多く残っていたのが印象に残ります↓



7月の初めは、遠征第2弾として
盡忠報國先生と大阪・京都の
遺構探訪をしました★↓


京都飛行場の耐弾施設をはじめ
色々とご案内いただきました↓


この行程内で特に印象に残るのは
遺構が皆無といわれた東一造の
大宮製造所池田工場の共同探索で・・・↓


軍用地境界標を中心とする
遺構を見つけられたことですっ★↓


私が単独で探訪する回数が
減ったのは、こういった理由が
あります(笑)


8月は房総半島戦跡考古調査会ならびに
アナリストの皆様・関係者様とともに
キャンプなどのイベントを中心に
参加をさせていただきました↓




特に、印象に残っているのは、
はるばる青森からマメピー先生が
参加していただきまして、
その中での会話ですかね(笑)

マ:twitterのこの人は来てないんですか?
  (スマホで祐実総軍三等兵の
   アカウントを指さす)

三:それ、私です(汗)

マ:あっ、ガチの人だぁ!
  ガチの人来たぁ、アハハ~(大笑い)

ブログ・ホムペの私と、twitterの私が
このようにリンクしないこともあり(汗)


9月はプチ遠征といたしまして
長野・上田の遺構を探訪しました↓


上田飛行場の遺構群や・・・↓


おピンちゃん先生初の
大規模地下壕である松代大本営の
象山地下壕を見学しました↓



10月は中旬くらいに空母先生と
静岡県内の案件を探訪し・・・↓


第七十三師団の陣地を
主に見学しました↓


また、次の日は石部付近と・・・↓


大井海軍の水没地下壕を、
初対面のうみ先生を中心に
tonotama先生・空母先生と
まわりました↓


うみ先生がアグレッシブで
素敵でしたね★


10月の終わりは、パパ先生と
マッキー先生と銚子・潮来方面を
探訪しました↓


北浦海軍航空隊の格納庫跡に
おピンちゃん先生のお友達が
隠れていたのが印象に残っています↓



11月からは長期遠征が本格的になり
その最初がSlick先生との
函館要塞の探訪です↓


御殿山周辺の砲台群を中心に
再訪させていただきました↓


北海道遠征の中盤は
苫小牧周辺のトーチカ群を
中心に探訪し・・・↓


ヒロポン先生・モーンケ先生をはじめ、
軍装を極めるフォロワー様方の
懇親会に参加させていただきました↓


その後は札幌を経由して函館に戻り
5泊6日の探訪を楽しみました↓



12月は前半にマッキー先生と
マンツーで富津・木更津を探訪し・・・↓


未記録分の遺構を回収しました↓



12月の中旬はyakumo先生・tonotama先生・
OKN先生と一緒に二宮を探訪し・・・↓


去年の続きである第八十四師団の
洞窟陣地をゴリゴリ調べました(笑)↓



本年最後の遠征は、これまた
人生「初」となる10泊11日に及ぶ
大遠征です↓


遠征の前半は、tonotama先生・
空母先生・すじ先生と静岡県入りし・・・↓


第一四三師団の洞窟陣地や・・・↓


明野教導飛行師団の燃料壕を
手中に収めることが出来ました↓


後半は盡忠報國先生とマンツーで
中国地方を探訪し・・・↓


山陰地方の名物を食べながら・・・↓


ハードな探索をしました(笑)↓


このなかでも、特に印象に残るのが
島根県の三瓶原演習場の遺構探索で、
午前・午後・午後の3度にわたり
大物2人の全力総攻撃を敢行し・・・↓


着弾観測所を見つけることが
出来ました★↓


これは抱き合って喜べる戦果です。
死ぬかと思いましたが(笑)


2018年の探訪の最後は
BESAN先生主催の第三火薬廠の
遺構探訪です↓


色々と課題を残してしまいましたが
初めて舞鶴にお邪魔したわりには
十分過ぎる探訪網羅度でした★↓




2018年に入り、単独探訪を含め
当方がお邪魔した都道府県は・・・

埼玉(地元)・東京・神奈川・千葉・茨城・
群馬・栃木・静岡・長野・愛知・奈良・
京都・大阪・北海道・岡山・鳥取・
島根・広島の18でございます。

総括すると十分やれたのではないかと
思っています。

これも、ひとえに日頃から
お世話になっている関係者様・
フォロワー様のおかげです。

私の何物にも代えがたい
大きな財産でございます。

本当にありがとうございます m(_ _)m


来年も精力的に活動する予定ですので
メンバー一同、よろしくお願いいたします。


それでは、残り半日を切りましたが
皆様、よいお年をっ★




↑よろしければ、こちらの「応援」も
 ひとつよろしくお願いします♪

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


いよいよ、三等兵の廃車の日も
近付いてまいりましたっ★

自分を悪く言うならば、今となっては
仕事を「干されて」いるのに、
今になって「引き継ぎ資料」を作れと
言われちゃいましてね・・・

どうやら、干されていることを誰かに
引き継がないといけないようで(笑)

こういう時間を「ムダ」と
考えない職場を尊敬しますっ!


私のように、外部から配属された
10数名の同志は全滅し、
今や廃車を待つ私だけ・・・

少なくとも、同志には外部で培った
高度なノウハウがあったのですが
それをここで活かすことなく
散ってしまいました。


職場としては、同志と私はいらないけど
ノウハウはどうやら欲しいようなのですが
今までの恨み辛みがありますからね、
絶対に教えることはありません(笑)


同志と同じように、最後まで
反抗するつもりです。

我々からノウハウを奪うよりも
会社が潰れるまで、今の閉鎖的な
ムダばかりのスタイルを貫いた方が
むしろカッコイイと思いますがね★


さてさて、本日も「愚痴」が
上々なところで、先週の土曜日に
空母先生と、静岡県湖西市に
おかれていた陸軍第七十三師団の
抵抗拠点の一部を巡ったので
「雑記」形式でダイジェストを
お送りさせていただきます↓




浜松の陸軍中野学校二俣分校跡を
見学した後は、空母先生と共に
湖西市内に移動しました↓



藪漕ぎをしていくと・・・↓



工事によって風前の灯になっている
コンクリート製の監視壕が
残っていました↓



近付いてみると、監視窓は
こんな感じでございました↓



残念ながら入口部分は
埋没しているため、内部には
入ることが出来ませんでしたが
わずかな隙間から構造を
見ることが出来ました↓




次の拠点に移動します↓



再び、山頂まで藪漕ぎです・・・↓



頂上付近に到着しました↓



さらに進んでいくと埋もれた観測所が
残っていましたっ↓



こちらも入るすべがないので、
隙間から内部を撮影します↓



山を少し下ったところには・・・↓



コンクリート製の砲室が
残っています↓



内部は、全面にコンクリートが
捲かれており、弾薬庫と考えられる
部屋のような空間が1つ残ります↓



これとほぼ同様の構造のものを
千葉県内でも見ておりますが
こちらは、コンクリートの質が
圧倒的に良いことに驚愕です↓



時間の関係もあり、今回は
この2箇所のコンクリート系の
遺構を見て退却し、
空母先生推しの小料理屋で
乾杯させていただきました↓



色々と話が弾んじゃってね、
ついつい飲み過ぎちゃって
深夜までやっちゃいました(笑)


今回、探訪した遺構群は個々に
ブログホームページ
追加予定でおりますので
ご期待いただければ幸いです。


それでは、またお会いしましょうっ♪



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