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戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

♦ プロフィール

祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪し
記録することを趣味とする
祐実総軍三等兵ですっ★

稚拙な内容ではございますが
これまでに関係者の皆様方と
見てきた戦争遺跡を中心に、
ブログ・ホームページなどで
順次ご紹介をしていきます♪

よろしくお願いしますっ★

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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


正月からデレデレとお酒を飲みながら
本業(笑)である軍跡探訪のまとめと
我々のホームページの更新をする生活が
続いていますが、社会復帰のために
そろそろ体を作らなくてはいけませんね。


私にとって、しょせん仕事なんて
生活に困らないようにするための
「手段」としか考えていないので
やる気なんざさらさらありませんが、
必ずしも他の方々が私と同じ考えで
仕事しているとは限らないので
迷惑だけはかけないようにしないと・・・


さてさて、今回はバックナンバーである
祐実軍團「軍報」の第177弾の続編として
埼玉県さいたま市におかれた
新和飛行場の遺構をご紹介します↓



なお、これは「後続記事」ですので
「本記事」もご覧くださいませ↓

 【祐実軍團】(177)陸軍新和飛行場



本拠の近くとなる浦和美園駅に
到着いたしました↓



ここは、数年前に1度だけ
自転車でお邪魔していますが
時期が悪く、草ボーボーの
日没間近だったので
よい写真が撮れずに失敗しました。


せっかくの再訪なので、
今回は逆方向にあたる西端部分から
歩いて攻めていこうと思います↓



前回は気が付きませんでしたが
終戦直後の航空写真にも写る
橋梁が残っていました↓



今回は探訪時期がよかったので
格納庫・兵舎の基礎部分も
よい状態で見ることが出来ました↓




周辺を簡単に状況確認した後は
しらこばと水上公園まで北上して
三等兵の顔を見に来てくれた
サークル廃屋の米呉先生と初対面し
再び兵舎地区に戻り、一緒に
見てまわりました↓



今回、道路を挟んだ両側に
当時の暗渠が残っていることが
判りました↓




米呉先生と周辺を見た後は
軽く談笑してお別れし、
北越谷の駅まで歩きます↓



今度は春日部まで行き、東武野田線に
乗り換えて東岩槻で下車します↓



日没が近いので急ぎます↓



稲荷神社に到着しました↓



飛行場から約6キロ離れた
この神社の境内に、当時の滑走路の
コンクリートで造られた碑が
建立されています↓




これも当時のものでしょうねっ↓



元旦早々の軽い探訪にしては
色々新たに見ることが出来たので
ここらで凱旋帰還します(笑)↓



【収録遺構】
 陸軍新和飛行場
 (陸軍論田飛行場)

  建物基礎 5箇所
  その他 2箇所

  橋梁 1箇所(今回追加)
  その他 4箇所(今回追加)
  

【探訪情報】
 2011.04.29  第1回探訪 
 2019.01.01  第2回探訪 

 歩数(指数) 32,885歩(386)


追加分はホームページ内でも
後ほどご紹介させていただきますっ♪


それでは、またお会いしましょうっ★



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


あと数日で2018年も終わりですね・・・
ここのところ忙しくしていたので
まったく実感がわきません(汗)


さて、年内最後の「軍報」は、
祐実軍團案件の第206弾といたしまして
神奈川県横須賀市におかれていた
陸軍東京湾要塞の走水低砲台の
遺構群を簡単にご紹介させてください↓




走水低砲台は、東京湾要塞の1つで
浦賀水道の海面防備と観音崎・猿島の
砲台群の側防を目的として
1886年(明治19)に竣工し、
27センチカノン砲を 4門据付けて
戦闘配備につきました。

大正時代に入り、関東大震災が発生すると
甚大な被害を出し復旧工事を受けますが
旧式のため1934年(昭和 9)に除籍となり
その後は重砲兵学校の演習砲台として
廃止された南門第二砲台
9センチ速射カノン砲を移し
終戦まで機能が存続しました。

戦後、長い期間にわたって
放置されていましたが、横須賀市の
要塞群が日本遺産に認定されたことで
ガイド付きで見学出来るようになりました。



関係者の皆様方と走水にお邪魔してます↓



旗山崎公園の裏山に
27センチカノン砲を据え付けた
砲座が4つ残っています↓






現在はガイド付きで見学出来るように
とても良い状態に整備されていますが
2006年の探訪時は草がボーボーでした↓



海を正面にして左側に
左翼観測所が残っています↓



こちらも、昔は草がボーボーで
全体を見通せませんでした↓



左翼観測所に隣接して
関連するものと思われる
建物基礎が残ります↓



第1砲座と第2砲座の中間に
砲側弾薬庫が残っています↓



昔の写真になってしまいますが
砲側弾薬庫の内部です↓



弾薬庫の上部に左翼砲台長立台が
残っています↓



第2砲座と第3砲座の間に
兵舎といわれる掩蔽部があります↓



第3砲座と第4砲座の間には
もう1つ、砲側弾薬庫があります↓



こちらも、弾薬庫の上部に
右翼砲台長立台が残ります↓



おそらく、この石柱も
猿島や海軍防空砲台などで
見られるものなので遺構ですね↓



砲座標かもしれませんね・・・


こちらは見学会まで判りませんでしたが
27センチカノン砲の砲座群の前面に
9センチ速射カノン砲の砲座が
4つ残っていました↓






このほか、旗山崎の南側に位置する
走水2丁目公園付近には
防御営造物境界標が1つだけ
残っています↓



この防御営造物境界標の
周辺に住宅やアパートが建ち
消失が危惧されましたが
現在もまだ残っています↓



走水地区をはしる横須賀海岸通りは
馬堀~走水~観音崎を結んでいた
軍道の跡で、これに沿うようにして
このほかにも防御営造物境界標が
残っていますが、これらは別掲載と
させていただきますね。


【収録遺構】
 陸軍東京湾要塞走水低砲台
 (陸軍東京湾要塞走水第一砲台,
  陸軍重砲兵学校走水演習砲台)

   砲座 8箇所
   観測所 1箇所
   地下施設 3箇所
   建物基礎 1箇所
   軍用地境界標 1本
   その他 1箇所

【探訪情報】
 2006.04.01  第1回探訪
 2007.01.02  第2回探訪
 2014.06.01  第3回探訪
 2014.12.28  第4回探訪
 2016.05.04  第5回探訪

 歩数(指数) 未計測(322)


後ほどホームページ内にも
追加させていただきますねっ♪


それでは、またお会いしましょうっ★



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


三等兵は、引き続き年内最後の
遠征に出ておりますっ★

おそらく、この記事が掲載される日は
島根県に入っていると思います。


探訪期間中は、ブログの更新に
手がまわらないため、事前に
書き溜めておいたものを
掲載させてくださいませ m(_ _)m


さて、本日は祐実軍團「軍報」の
第205弾といたしまして、
神奈川県横浜市におかれていた
木更津第二海軍航空廠の
瀬谷補給工場の遺構群を
簡単にご紹介させてください↓



遺構のご紹介の前に・・・
少し前の、祐実軍團「軍報」の
200号の掲載にあたり、
総軍プロジェクトにおいて強力に
タッグを組ませていただいている
ナル絵BLOGナルナル先生
記念イラストを描いてもらってます★↓

※祐実総軍従軍キャラクター
 上列左側より
  鶴間安芸 副将(祐実軍團)
  角田恵麻 参謀(祐実軍團)
  高田直美 参謀補佐(祐実軍團)
  平野祐実 大将(祐実軍團)
  落合珠美 大将(珠美軍團)
  朝妻美佐紀 副将(珠美軍團)
  護摩堂美奈 親衛(珠美軍團)
 下列左側より
  原田智恵 斬込(祐実軍團)
  黒瀬せりな 先任参謀(祐実軍團)
  大塚畝傍 参謀長(祐実軍團)
  朝妻仁美 参謀長(珠美軍團)
  玉邑奈津美 先任参謀(珠美軍團)


背景の遺構はお判りですよねっ?
(あえて記載しませんっ)


今回は、北陸地方を主に探訪する
珠美軍團従軍メンバーとコラボです★
ううっ、感無量ですわ シミジミ
ナルナル先生、今回もステキな
イラストをありがとうございます~ m(_ _)m
ご縁に感謝っ★


以上、「軍報200号記念」でしたっ★


引き続き、「軍報」を載せていきます。



木更津第二海軍航空廠は、
海軍航空機の造修と補給を行うことを
目的として、木更津におかれた
横須賀海軍航空技術廠の出張所を
母体に1941年(昭和16)に開設され
航空機のエンジンや航空機銃などの
造修を行う補給工場が、瀬谷をはじめ
平塚横須賀などに設置されました。

終戦後、瀬谷補給工場は
アメリカ軍に接収され、長期間にわたって
通信施設に利用されましたが
現在は返還されており、大半が
農耕地に変遷し、わずかに遺構が
残っています。



あと数時間後に台風が来る時期に
おピンちゃん先生と瀬谷駅に
到着いたしました↓



瀬谷駅からバスに乗り換え、
瀬谷町付近にやってきました↓



付近に水槽のような構造物が
残っています↓



隣接してタンクを支えた基礎部分が
残っています↓



このあとは、敷地南東付近に
おかれていた特薬庫関連の
遺構を見に行きましたが・・・↓



残念ながら、雨のため
通算2度目の敗走です・・・↓



詳細は不明ですが、付近に
関連する遺構が残っていました↓



ここは、晴れた日に探訪出来た
ためしがありません・・・


晴天の日を狙って出直しますっ★


【収録遺構】
 木更津第二海軍航空廠
 瀬谷補給工場

   その他 3箇所

【探訪情報】
 2018.06.24  第1回探訪
 2018.09.29  第2回探訪

 歩数(指数) 未計測(88)


後ほどホームページ内にも
追加させていただきますねっ♪


それでは、またお会いしましょうっ★



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


三等兵は、今日から10日間をかけ
神奈川・静岡・愛知・岡山・鳥取・
島根・広島・京都といった旅程で、
探訪してきますっ!


探訪期間中は、ブログの更新に
手がまわらないため、事前に
書き溜めておいたものを
掲載させてくださいませ m(_ _)m


さて、今回はバックナンバーである
祐実軍團「軍報」の第204弾の
続編として、神奈川県中郡二宮町に
掘削された陸軍第八十四師団の
抵抗拠点陣地のうち、一色地区周辺で
新たに探訪出来た2箇所について
ご紹介させてくださいませ↓



なお、これは「後続記事」ですので
「本記事」もご覧くださいませ↓

 (204)陸軍第八十四師団陣地
 (204_続編1)陸軍第八十四師団陣地
 (204_続編2)陸軍第八十四師団陣地



前回の記事に引き続き、
関係者の皆様方と二宮町の
一色地区の山林内に入ります↓



日没が間近になっております↓



麓の駐車場から15分くらい山を上がり
西側の急斜面に入口がありました↓



入口は若干の崩落がありましたが
内部はしっかり造られていました↓



主坑道は、おおよそ「コ」の字を
描いており、中間に数メートルほどの
坑道が分岐していました↓



主坑道を周回するように進み、
反対側の出口に到達しました↓



陣地の内部図です↓

※我々のホームページへの
 掲載と同時に削除します。


googleマップにトレースすると
こんな感じになります↓

※一定期間が経過したら
 削除します。


完全に日が沈んでしまいましたが
気合いを入れ、もう1つを探します↓



かなり、捜索が難航しましたが
もう1つを見つけることが出来ました↓



壕の大きさは、最初のものと
ほぼ同じくらいです↓



残念ながら、ここは岐路をもたない
単独壕のようです↓



陣地の内部図です↓

※我々のホームページへの
 掲載と同時に削除します。


googleマップにトレースすると
こんな感じになります↓

※一定期間が経過したら
 削除します。


今回はこれで引き揚げます↓



関係者の皆様、お疲れ様でした↓



総じて、二宮に残る陣地群は
坑道規模が小さいものばかりですが
このほかに中規模の陣地が
数箇所残っているので、
あともう1回くらいは探訪したいです。


【収録遺構】
 陸軍第八十四師団
 抵抗拠点陣地(二宮町)

   地下壕 13箇所
   地下壕 2箇所(今回追加)

【探訪情報】
 2017.12.17  第1回探訪
 2018.12.10  第2回探訪

 歩数(指数) 未計測(148)


後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただきますねっ♪


それでは、またお会いしましょうっ★



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


今日の朝は寒かったですね。。。
今季初の氷点下でした(驚)

おかげさまで、室温が低くて
なかなか布団から出られない問題が
発生しております(笑)


さて、今回はバックナンバーである
祐実軍團「軍報」の第204弾の
続編として、神奈川県中郡二宮町に
掘削された陸軍第八十四師団の
抵抗拠点陣地のうち、一色地区で
新たに探訪出来た2箇所について
ご紹介させてくださいませ↓



なお、これは「後続記事」ですので
「本記事」もご覧くださいませ↓

 (204)陸軍第八十四師団陣地
 (204_続編1)陸軍第八十四師団陣地



午後の部はゴルフコース付近から
スタートしていきます↓



この方面で名だたる先生方と
ぞろぞろ歩いていきます↓



一色地区北東部の山林内に入り
陣地の捜索を開始します↓



ローラー作戦も虚しく
汗だくになり、諦めかけたところで
唯一の入口を見つけることが
出来ましたっ★↓



入口は四つん這いにならないと
入れないくらいに土砂が堆積してますが
入ってしまえば状態は良好です↓



ものすごく地層が美しい坑道です↓



最奥部分に部屋のような空間があり
棲息部であると考えられます↓



さらに棲息部から坑道が延びてますが
土砂で閉塞しています・・・↓



陣地の内部図です↓

※我々のホームページへの
 掲載と同時に削除します。


googleマップにトレースすると
こんな感じになります↓

※一定期間が経過したら
 削除します。


次のポイントに向かっていきます↓



取り付け部分が平場だったので
簡単に見つけることが出来ました↓



どうやら、砲室部分から
入ったようなのですが、
盛大に崩れています↓



一部の坑道は中央部分に
排水溝が設けられており、
ちょっと歩きにくいです・・・↓



最奥部分が十字路になっており
右を向くと別の出口があります↓



出口の手前に、さらに分岐があり
水没区間を経て、もう1つの出口に
繋がっています↓



この陣地の入口部分に
共通していますが、入口脇に
何かを構築しようとした
細い坑道が設けられています↓



最初の十字路に戻り、
反対側に延びる坑道を進むと
先が行き止まりで温度が高いからか
ゲジゲジさんが大量にいました・・・↓



陣地の内部図です↓

※我々のホームページへの
 掲載と同時に削除します。


googleマップにトレースすると
こんな感じになります↓

※一定期間が経過したら
 削除します。


続編_3に続きます↓



【収録遺構】
 陸軍第八十四師団
 抵抗拠点陣地(二宮町)

   地下壕 11箇所
   地下壕 2箇所(今回追加)

【探訪情報】
 2017.12.17  第1回探訪
 2018.12.10  第2回探訪

 歩数(指数) 未計測(126)


後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただきますねっ♪


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