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戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

♦ プロフィール

祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪し
記録することを趣味とする
祐実総軍三等兵ですっ★

稚拙な内容ではございますが
これまでに関係者の皆様方と
見てきた戦争遺跡を中心に、
ブログ・ホームページなどで
順次ご紹介をしていきます♪

よろしくお願いしますっ★

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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


三等兵は、今日から10日間をかけ
神奈川・静岡・愛知・岡山・鳥取・
島根・広島・京都といった旅程で、
探訪してきますっ!


探訪期間中は、ブログの更新に
手がまわらないため、事前に
書き溜めておいたものを
掲載させてくださいませ m(_ _)m


さて、今回はバックナンバーである
祐実軍團「軍報」の第204弾の
続編として、神奈川県中郡二宮町に
掘削された陸軍第八十四師団の
抵抗拠点陣地のうち、一色地区周辺で
新たに探訪出来た2箇所について
ご紹介させてくださいませ↓



なお、これは「後続記事」ですので
「本記事」もご覧くださいませ↓

 (204)陸軍第八十四師団陣地
 (204_続編1)陸軍第八十四師団陣地
 (204_続編2)陸軍第八十四師団陣地



前回の記事に引き続き、
関係者の皆様方と二宮町の
一色地区の山林内に入ります↓



日没が間近になっております↓



麓の駐車場から15分くらい山を上がり
西側の急斜面に入口がありました↓



入口は若干の崩落がありましたが
内部はしっかり造られていました↓



主坑道は、おおよそ「コ」の字を
描いており、中間に数メートルほどの
坑道が分岐していました↓



主坑道を周回するように進み、
反対側の出口に到達しました↓



陣地の内部図です↓

※我々のホームページへの
 掲載と同時に削除します。


googleマップにトレースすると
こんな感じになります↓

※一定期間が経過したら
 削除します。


完全に日が沈んでしまいましたが
気合いを入れ、もう1つを探します↓



かなり、捜索が難航しましたが
もう1つを見つけることが出来ました↓



壕の大きさは、最初のものと
ほぼ同じくらいです↓



残念ながら、ここは岐路をもたない
単独壕のようです↓



陣地の内部図です↓

※我々のホームページへの
 掲載と同時に削除します。


googleマップにトレースすると
こんな感じになります↓

※一定期間が経過したら
 削除します。


今回はこれで引き揚げます↓



関係者の皆様、お疲れ様でした↓



総じて、二宮に残る陣地群は
坑道規模が小さいものばかりですが
このほかに中規模の陣地が
数箇所残っているので、
あともう1回くらいは探訪したいです。


【収録遺構】
 陸軍第八十四師団
 抵抗拠点陣地(二宮町)

   地下壕 13箇所
   地下壕 2箇所(今回追加)

【探訪情報】
 2017.12.17  第1回探訪
 2018.12.10  第2回探訪

 歩数(指数) 未計測(148)


後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただきますねっ♪


それでは、またお会いしましょうっ★



↑よろしければ、こちらの「応援」も
 ひとつよろしくお願いします♪

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


今日の朝は寒かったですね。。。
今季初の氷点下でした(驚)

おかげさまで、室温が低くて
なかなか布団から出られない問題が
発生しております(笑)


さて、今回はバックナンバーである
祐実軍團「軍報」の第204弾の
続編として、神奈川県中郡二宮町に
掘削された陸軍第八十四師団の
抵抗拠点陣地のうち、一色地区で
新たに探訪出来た2箇所について
ご紹介させてくださいませ↓



なお、これは「後続記事」ですので
「本記事」もご覧くださいませ↓

 (204)陸軍第八十四師団陣地
 (204_続編1)陸軍第八十四師団陣地



午後の部はゴルフコース付近から
スタートしていきます↓



この方面で名だたる先生方と
ぞろぞろ歩いていきます↓



一色地区北東部の山林内に入り
陣地の捜索を開始します↓



ローラー作戦も虚しく
汗だくになり、諦めかけたところで
唯一の入口を見つけることが
出来ましたっ★↓



入口は四つん這いにならないと
入れないくらいに土砂が堆積してますが
入ってしまえば状態は良好です↓



ものすごく地層が美しい坑道です↓



最奥部分に部屋のような空間があり
棲息部であると考えられます↓



さらに棲息部から坑道が延びてますが
土砂で閉塞しています・・・↓



陣地の内部図です↓

※我々のホームページへの
 掲載と同時に削除します。


googleマップにトレースすると
こんな感じになります↓

※一定期間が経過したら
 削除します。


次のポイントに向かっていきます↓



取り付け部分が平場だったので
簡単に見つけることが出来ました↓



どうやら、砲室部分から
入ったようなのですが、
盛大に崩れています↓



一部の坑道は中央部分に
排水溝が設けられており、
ちょっと歩きにくいです・・・↓



最奥部分が十字路になっており
右を向くと別の出口があります↓



出口の手前に、さらに分岐があり
水没区間を経て、もう1つの出口に
繋がっています↓



この陣地の入口部分に
共通していますが、入口脇に
何かを構築しようとした
細い坑道が設けられています↓



最初の十字路に戻り、
反対側に延びる坑道を進むと
先が行き止まりで温度が高いからか
ゲジゲジさんが大量にいました・・・↓



陣地の内部図です↓

※我々のホームページへの
 掲載と同時に削除します。


googleマップにトレースすると
こんな感じになります↓

※一定期間が経過したら
 削除します。


続編_3に続きます↓



【収録遺構】
 陸軍第八十四師団
 抵抗拠点陣地(二宮町)

   地下壕 11箇所
   地下壕 2箇所(今回追加)

【探訪情報】
 2017.12.17  第1回探訪
 2018.12.10  第2回探訪

 歩数(指数) 未計測(126)


後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただきますねっ♪


それでは、またお会いしましょうっ★



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 ひとつよろしくお願いします♪

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


ここのところ、暑かったり寒かったり
気温の変動が激しいですね・・・


来週から12月の終わりにかけて
東海・中国地方へ大々的に
探訪する予定なので体調管理には
特に気を付けないと・・・


さて、今回はバックナンバーである
祐実軍團「軍報」の第204弾の
続編として、神奈川県中郡二宮町に
掘削された陸軍第八十四師団の
抵抗拠点陣地のうち、吾妻山公園内に
残るものをご紹介させてくださいませ↓



なお、これは「後続記事」ですので
「本記事」もご覧くださいませ↓

 【祐実軍團】(204)陸軍第八十四師団陣地



二宮駅に到着しました↓



ここでOKN先生に拾ってもらい
いったん、重鎮メンバー方との
待ち合わせ場所に向かいます。


合流後、吾妻山公園に向かいます↓



山頂付近から藪に入ります↓



崖を下っていくと、東側の
洞窟砲台に到着です↓



二宮に構築された陣地の中で
唯一、コンクリートが使用された
砲室部分です↓



砲室の奥は素掘りの壕が
展開しています↓



砲室から坑道が続き・・・↓



反対側の西側斜面に
貫通しています↓



洞窟砲台の内部図です↓

※我々のホームページへの
 掲載と同時に削除します。


坑道の総延長は約70メートルを
計測しています。


googleマップにトレースすると
こんな感じになります↓

※一定期間が経過したら
 削除します。


そのまま、南に下るように
藪漕ぎをしていきます↓



公園の展望台の崖下付近に
東側の洞窟砲台が口を開けています↓



残念ながら、入口から深く水没しており
内部に入ることは出来ませんでしたが
どうやら岐路をもたないようです↓



砲室の入口手前には通行用トンネルが
残っていますが、両側の入口は
いずれも埋まりかかっていました↓



通行用トンネルの内部です↓



洞窟砲台の内部図です↓

※我々のホームページへの
 掲載と同時に削除します。


坑道の総延長は推定で
約30メートルほどでした。


googleマップにトレースすると
こんな感じになります↓

※一定期間が経過したら
 削除します。


このあとは公園付近のデニーズに入り
午後の部に入っていきます。


【収録遺構】
 陸軍第八十四師団
 抵抗拠点陣地(二宮町)

   地下壕 9箇所
   地下壕 2箇所(今回追加)

【探訪情報】
 2017.12.17  第1回探訪
 2018.12.10  第2回探訪

 歩数(指数) 未計測(110)


後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただきますねっ♪


それでは、またお会いしましょうっ★



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


最近は、探訪したいところが
アレコレと出てきてしまい、
そのわりには時間がなくて
入念な下調べをしないまま
現地に赴いていることが多く、
そんな自分に少しゲンナリしています。


そこに追い打ちをかけるように
遺構名称の、いわゆる「揺れ」や
「私はしっかりと段取りしましたが
あなた方はしてません」みたいな
間接的な批判なんかもございまして。


こういうことにいちいち反応する私も
ちょっと器が小さいと思うのですが
我々に対する批判の公言は
我々くらいの年月をかけて
多くの軍跡を探訪してから
言って欲しいもんですなっ!


おっと、大好きな仕事以外では
初めてこういう物言いを
ここに書いたかもしれません・・・


さてさて、今回は祐実軍團「軍報」の
第204弾といたしまして、
神奈川県中郡二宮町に
掘削された第八十四師団の
洞窟陣地の一部をご紹介します↓




第八十四師団は、1944年(昭和19)に
姫路で編制された特設師団で、
第一総軍の第十二方面軍に
所属していた第五十三軍の
隷下部隊です。

日本の敗戦を決定的にした
マリアナ沖海戦での敗退によって、
アメリカ軍はコロネット作戦と呼ばれる
日本本土への上陸作戦を計画します。
その内容は、神奈川県の相模湾と
千葉県の九十九里浜より上陸して
東京に攻め入るというもので、
これに対して日本軍は
本土での決戦に備えるために、
第五十三軍を相模湾から
上陸された場合の沿岸防備に充て
その中で第八十四師団は
小田原に司令部をおき、周辺地域の
防衛にあたりました。

このなかで、二宮町については
隷下部隊である歩兵第二〇一連隊が
守備する抵抗拠点陣地が
構築されており、現在も調査を
継続していますが、山西・一色の
山林内に洞窟陣地の残存を
確認しています。



壕探訪のスペシャリストが集結して
二宮方面軍が発足しました(笑)↓



まずは山西地区を見ていきます↓



成就院の裏手の山に
最初の陣地が口を開けています↓



坑道の総延長は38.5メートルと
小規模ですが、しっかりと造られた
部分も残っています↓



陣地の内部図です↓

※我々のホームページへの
 掲載と同時に削除します。


山を南東に進んでいきます↓



2つ目の陣地が口を開けています↓



内部は階段跡が残っていることから
階層構造であることが判りますが
奥の方は深く水没しており
全てを見ることが出来ませんでした↓



2つ目の陣地の内部図です↓

※我々のホームページへの
 掲載と同時に削除します。


参考にさせてもらった本は
壕内を隅々まで計測しており、
水没で到達できなかった部分を
加味すると約60メートルほどの
坑道延長がありました。


次は、通称「蔵海道」といわれる地区の
陣地の捜索に入っていきます↓



ここでは、2箇所の陣地を
見つけることが出来ましたが
ほぼ埋没しており、壕内に
入ることが出来ませんでした・・・↓




川匂地区に入っていきます↓



町民運動場付近の山にも
陣地と認められる壕の入口が
ありましたが、こちらも残念ながら
埋没していました・・・↓



時間が圧してしまいましたが
ガストで遅い昼食を取りました↓



遅い午後の部は、一色地区から
スタートします↓



牧場の東側に位置する山林内に
埋まりかけた陣地の入口が残ります↓



入口付近は土砂で苦労しましたが
中の造りは非常に良いです↓



坑道の総延長は46メートルほどで
総じて、この界隈の陣地の規模は
さほど大きくないようです↓



陣地の内部図です↓

※我々のホームページへの
 掲載と同時に削除します。


少し北上していきます↓



山林内に陣地の入口が
口を開けています↓



こちらは壕内が水没していましたが
長靴で何とかまわれました↓



陣地の総延長は40.5メートルで
ここも規模は小さいようです↓



陣地の内部図です↓

※我々のホームページへの
 掲載と同時に削除します。


そのまま道を下っていくと・・・↓



大きい入口の壕が道路沿いに
残っています↓



こちらは単純な横穴ですが、
掘り込みが人工的ですので
陣地に関連するものと見ています↓



ふるさとの家の背面の山にも
規模が大きそうな陣地がありましたが
入口が塞がれています↓



この南東に位置する平田窪地区にも
陣地が残っていましたが
日没のため踏査を断念しました・・・↓



【収録遺構】
 陸軍第八十四師団
 抵抗拠点陣地(二宮町)

   地下壕 9箇所

【探訪情報】
 2017.12.17  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただきますねっ♪

また、今度の週末に再び
スペシャリスト達が集結し、
二宮地区の陣地探訪の続きを
再開する予定ですっ!


それでは、またお会いしましょうっ★



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


ただいま、三等兵は総軍大元帥とともに
北海道の室蘭にお邪魔中です★


何だかんだで、今回の遠征も
新規開拓のような冒険をすることなく
メジャーな部分しか探訪していませんが
収穫は上々といったところです。


本拠に帰還したら、莉央軍團の
「軍報」として順にご紹介していこうと
考えておりますっ♪


さてさて、本日は祐実軍團「軍報」の
第203弾といたしまして
調布飛行場の遺構群のうち、
東京都調布市に残るものを
ご紹介させてください↓




調布飛行場は、現在の東京都が
公共に使用する目的で、
1941年(昭和16)に開設されましたが
太平洋戦争の開戦にともない
陸軍が接収し、首都防衛の拠点として
使用され、第十七飛行師団が
その任務に就きました。

1944年(昭和19)に入ると戦局が逼迫し
爆撃のために周辺上空を飛来する
アメリカ軍の戦闘機を撃退するために
出動して戦果を出しましたが、
最終的に特攻作戦の支援を
担当することになり、部隊は鹿児島の
知覧に移動しました。

戦後、飛行場はアメリカ軍に
接収されましたが、現在は日本に返還され
都が運営する飛行場に変遷しており
飛行場の北にあたる区域に
遺構が少し残っており、郷土博物館にも
軍用地境界標が移設保存されています。



おピンちゃん先生と調布飛行場に
お邪魔しております↓



現在の滑走路付近に
当時の滑走路跡が露出しています↓



飛行場の北西端付近に
排水路も残っています↓



ここから別の日の探訪になりますが、
京王線に乗って多摩川に移動します↓



雨の中、調布市郷土博物館に
到着しました↓



館内に入ると、調布飛行場の経緯や
当時の配置図・遺物などが
展示されていました↓




郷土博物館の庭園にまわると
移設保存されている軍用地境界標が
2本見ることが出来ます↓




【収録遺構】
 陸軍第十七飛行師団
 調布飛行場(調布市)

   軍用地境界標 2本
   その他 2箇所

【探訪情報】
 2015.05.02  第1回探訪
 2018.09.29  第2回探訪

 歩数(指数) 未計測(118)


それでは、またお会いしましょうっ★



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