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戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

♦ プロフィール

祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪し
記録することを趣味とする
祐実総軍三等兵ですっ★

稚拙な内容ではございますが
これまでに関係者の皆様方と
見てきた戦争遺跡を中心に、
ブログ・ホームページなどで
順次ご紹介をしていきます♪

よろしくお願いしますっ★

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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


三等兵は2月からの仕事復帰に向け
引き続き、軍跡関連のまとめ作業を
していますが、時間を割いているわりに
進んでいる実感があまり得られておらず
復帰までの残りの日数ばかりを気にして
気持ちが空回りしています(汗)


なかなか思うように進みませんね。。。


さてさて、本日は美恵軍團「軍報」の
第83弾といたしまして、静岡県富士市に
掘削された独立混成第一一七旅団の
抵抗拠点陣地をご紹介いたします↓




独立混成第一一七旅団は
1945年(昭和20)に編制され、
独立歩兵第七〇七大隊~
独立歩兵第七一二大隊の
6個部隊を基幹としました。

その後、司令部を現在の沼津市に移し
第一総軍の第十二方面軍に所属した
第五十三軍の傘下に入り、
本土決戦に備えて駿河湾の防衛任務に
つきますが、富士市・沼津市の山中に
抵抗拠点となる陣地を構築する途中で
終戦となりました。

富士市については愛宕山周辺に
陣地が現存し、崩落が著しいですが
内部の見学も可能です。



関係者の皆様方と一緒に
富士市内の山中にお邪魔しております↓



今回は東海地方の大御所・空母先生
ご案内の下、市内に残る陣地を
探訪していきます↓



まずは、雨乞山の東側の麓に残る
陣地を見ていきます↓



残念ながら、入口部分は水没し
かなりぬかるんでいます・・・↓



その先は上り坂が続き、右方向に
曲がっているようです↓



右に曲がると、さらに上り坂が続き
出口に到達しますが、土砂の流入が
ひどく、出ることは難しそうです↓



1つ目の陣地の内部図です↓


陣地の総延長は約30メートルを
計測しています。


1つ目の陣地のトレース図です↓

※内示用ですので、一定期間経過後は
 削除する予定です。


次に進んでいきます↓



2つ目の陣地も土砂崩落が
著しいようです↓



規模としては小さく、
L字形に曲がっています↓



残念ながら、曲がった先に出口が
ありますが、土砂で埋まっています↓
fuji13.jpg

壕の総延長は12メートルでした。


2つ目の陣地の背面部分に
コンクリート製の狙撃口がありました↓



構築の途中だったのか、背面部分はなく
ただの壁に狙撃口を設けたような
造りになっていました↓



狙撃口です↓



この狙撃口の背面部分にも
崩落した陣地の入口がありましたが
中に入ることは出来ず詳細不明です↓



2つ目の陣地の周辺をトレースすると
こんな感じになります↓

※内示用ですので、一定期間経過後は
 削除する予定です。


次に進んでいきます↓



3つ目の陣地は、市道沿いに
入口がありました↓



坑道は「コ」の字を描いて
下に向かうように掘削されており
市道の下をはしっているようです↓



こちらも残念ながら最深部は崩落し
閉塞しています↓



坑道延長を19メートル計測したところで
引き返します↓



3つ目の陣地の内部図です↓



3つ目の陣地のトレース図です↓

※内示用ですので、一定期間経過後は
 削除する予定です。


3つ目の陣地の内部図を書いている間に
すじ先生が壕を見つけたようです↓



tonotama先生が手を尽くして
中に入れるようになりました↓



内部は部屋のような空間が
拡がった単一壕のようです↓



最後は愛宕山を目指します↓



4つ目の陣地は、愛宕山付近に
案内板が立てられています↓



南へまくようにして藪漕ぎをすると・・・↓



陣地の入口が残っています↓



4つ目の陣地は、最大規模を
ほこっているようです↓



内部は少々崩落していますが
狙撃口が3ヶ所と弾薬庫と考えられる
部屋状の空間などが残ります↓






案内板が設置されている脇の
入口部分に到達しました↓



4つ目の陣地の総延長は
123.1メートルを計測しています↓



4つ目の陣地の内部図です↓



4つ目の陣地のトレース図です↓

※内示用ですので、一定期間経過後は
 削除する予定です。


時間が圧してきたので、
次の案件に移動していきます↓



【収録遺構】
 陸軍独立混成第一一七旅団
 抵抗拠点陣地(静岡県富士市)

  地下壕 6箇所
  その他 1箇所

【探訪情報】
 2018.12.16  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただきますねっ♪


それでは、またお会いしましょうっ★



↑よろしければ、こちらの「応援」も
 ひとつよろしくお願いします★

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


今日から本格的に平日ですかね。
当方は、大好き過ぎてたまらない
お仕事の復帰は約半月先ですが
それまでの間は、仕事同様に
軍跡探訪・我々のホムペ更新・
このブログの更新作業を
きっちりやっていきたいと思います。

三等兵は仕事していないから、
「どうせ暇なんだろ?」などとは
くれぐれも勘違いしないようにっ★

正直、仕事以上に「忙しい」ので
仕事なんかしている場合じゃないです(笑)


さて、今回は美恵軍團「軍報」の
第82弾といたしまして、
静岡県富士市に掘削された
明野陸軍飛行学校富士分教所の
地下壕をご紹介させてくださいませ↓




明野陸軍飛行学校は、戦闘機を使った
射撃や戦技に関する教育と研究を
行う目的で1921年(大正10)に開設し
操縦者を大量に養成する必要が
出てきたことから、1944年(昭和19)に
富士分教所が設置されました。

ここには、幅100メートル・
長さ1,500メートルの滑走路をはじめ
格納庫・兵舎なども建設され
操縦や爆撃の訓練が行われましたが
太平洋戦争の戦局悪化によって
飛行学校を軍隊化して編制された
明野教導飛行師団の拠点としても
施設が使用されました。

現在、跡地は住宅地や畑地に変遷し
面影がありませんが、岩本地区に
燃料類の貯蔵壕がわずかに
残っています。



関係者の皆様方と富士市内に
お邪魔をしております↓



今回も東海地方の大御所である
空母先生のご案内の下、
燃料貯蔵を目的とした地下壕を
見ていきます↓



残念ながら、入口付近から
大水没しており、ウェーダーが
必須となります↓



内部は東西方向に延びる
3本の主坑道に対し、入口を兼ねた
連絡壕が5本設けられています↓



最南端をはしる主坑道は
ほぼ直線に掘削されていますが
北側の2本は曲線部分が多く
かなり歪んでいるようです↓



最北端をはしる主坑道は
一部が水没していない区間があり
少しだけ歩きやすかったです↓



また、一部の坑道の床は
コンクリートで造られており
排水溝が残っています↓



全体的に大水没でしたが
総延長436.8メートルの坑道が
展開していることが判りました↓



地下壕の内部図です↓



googleマップにトレースすると
こんな感じになります↓

※内示用ですので、一定期間経過後は
 削除する予定です。


【収録遺構】
 明野陸軍飛行学校
 富士分教所
 (明野教導飛行師団
  富士飛行場)

  地下壕 1区画

【探訪情報】
 2018.12.16  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただきますねっ♪


それでは、またお会いしましょうっ★



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


三等兵は、年内最後のイベントだった
東海・近畿・中国地方の遠征から
帰還し、フヌケになっております・・・


遠征期間中に歩いた歩数は
200,000歩以上を数えており、
このうちの約2割が豊川探訪です(笑)


さて、今回はバックナンバーである
美恵軍團「軍報」の第14弾の続編として
愛知県豊橋市におかれていた
工兵第十五大隊の遺構を
ご紹介させてください↓



なお、これは「後続記事」ですので
「本記事」もご覧くださいませ↓

 【美恵軍團】工兵第十五大隊



豊橋市内の向山墓苑周辺に
再びお邪魔しております↓



ここは、2013年に訪問させていただき
演習用のトーチカを見学したのですが
西の大御所・盡忠報國先生
他にも遺構が残っているとの
耳打ちをいただき再訪とあいなりました。


周辺に住宅が建ってしまい、
全体が見通せませんが
豊橋商業高校の東側に
炊事場が残っています↓



現在は住宅の一部となっており
南側がリフォームされています。


高校の北側をはしる市道沿いに
軍用地境界標が残っています↓



向山墓苑の西側をはしる
道路沿いにも軍用地境界標が
1本残っています↓



この他にも残っていないか
周辺を歩き倒してみましたが、
期待に応えることは出来ず
次の案件に向け撤収です↓



【収録遺構】
 陸軍第十五師団
 工兵第十五大隊
 (陸軍第三師団
 工兵第三大隊,
 陸軍独立工兵第四連隊)

  地下施設 1箇所
  建物 1棟(今回追加)
  軍用地境界標 2本(今回追加)

【探訪情報】
 2013.09.20  第1回探訪
 2018.12.17  第2回探訪


 歩数(指数) 6,906歩(128)


追加分は後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただきますねっ♪


それでは、またお会いしましょうっ★



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


三等兵は、さきほど10泊11日の旅程で
東海・中国・近畿地方の探訪から
帰還いたしました。


探訪中は、多くの関係者の皆様と
ご一緒させていただき、おかげさまで
多くの遺構群を記録することが
叶いました。


この場をお借りいたしまして
厚く御礼申し上げます m(_ _)m


さて、今回は12月23日分の
起算更新といたしまして
静岡県御殿場市に構築された
秩父宮御殿場別邸の
防空壕をご紹介させてくださいませ↓




秩父宮雍仁親王は、大正天皇の
第二皇男子で、昭和天皇の弟にあたり
1902年(明治35)に青山の東宮御所で
出生しました。

1940年(昭和15)に、肺結核と
診断されたことで、この翌年から
1953年(昭和28)に薨去する直前の
10年間にわたって、御殿場市の別邸で
療養生活を送りました。

邸内には、避難のための耐弾防空壕が
戦時中に構築され、実際に
使われたようです。

現在、別邸は秩父宮記念公園として
整備され、2ヶ所の耐弾防空壕が
一般公開されています。



本拠から電車を乗り継いで、工事中の
御殿場駅に到着いたしました↓



駅から約30分ほど歩いていくと、
秩父宮記念公園に着きます↓



窓口で入園券を買い求めて
邸宅内に入っていきます↓



案内板にそって、防空壕を
目指していきます↓



まずは将校用の防空壕を
見学していきます↓



入口で鍵の手のように
クランクした先には・・・↓



小さな部屋状の空間が
1つだけ広がっていました↓



入口付近に案内板が
設けられています↓



ここから少しだけ離れた場所に
秩父宮同妃両殿下の防空壕が
一般公開されています↓



こちらも入口部分が鍵の手のように
クランクしています↓



その先には、将校用の防空壕より
少し大きい部屋状の空間が
広がっていました↓



部屋状の空間の先には
地上に抜けられる脱出口が
垂直にのびています↓



こちらも入口付近に案内板が
設けられています↓



このほか、一般用の防空壕が
園内に設けられているようですが
残念ながら非公開で、見つけることも
出来ませんでした・・・


ひととおり見学した後は
歩いて御殿場駅まで引き返し・・・↓



遠征最初の宿泊地である
沼津まで進みました↓



【収録遺構】
 秩父宮御殿場別邸
 防空壕

  地下施設 2箇所

【探訪情報】
 2018.12.15  第1回探訪

 歩数(指数) 8,007歩(100)


後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただきますねっ♪


それでは、またお会いしましょうっ★



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


ここのところ、関東地方は季節外れの
暖かい気候が続いているようです。

でも、本拠は室温が低いため
寒がりの三等兵にとって
それほど暖かくは感じません・・・


さて、本日は美恵軍團「軍報」の
第80弾といたしまして、
長野県長野市におかれていた
長野飛行場の遺構をご紹介します↓




長野飛行場は、長野市の都市計画事業の
一環で設置された公共の飛行場で、
1939年(昭和14)に開業しました。

その後、太平洋戦争での戦局が悪化し
国体護持と国家の機能維持を目的として
松代大本営の建設工事が開始されると
その一環で長野飛行場は陸軍に
接収されましたが、敷地の拡張や
飛行機掩体などの建設工事が
終わったところで終戦を迎えました。

終戦後、長野飛行場は
1990年(平成 2)まで民間飛行場に
引き続き使用されましたが、
現在は長野市立犀陵中学校や
住宅地などに変遷しており、
わずかに飛行場時代の遺構が
残ります。



我が総軍大元帥と一緒に
長野駅に到着いたしました↓



大元帥が一緒ですので、
御車となるタクシーの力を借りて
川合新田地区に向かいます↓



飛行場の東側にあたる県道付近に
門柱が残っています↓



門柱から少し進んだところに
長野飛行場の碑がおかれています↓




市営団地付近に当時の区画の
名残があります↓




市営団地の北側に、昭和22年の
航空写真に写っていると思われる
建物が1つあります↓



御車を待たせているので
急いで戻り、次の案件に進みます↓



【収録遺構】
 長野陸軍飛行場
 (松代大本営長野飛行場)

  門柱 1箇所
  建物 1棟

【探訪情報】
 2018.09.09  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただきますねっ♪


それでは、またお会いしましょうっ★



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