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戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪し
記録することを趣味とする
祐実総軍三等兵ですっ★

稚拙な内容ではございますが
これまでに関係者の皆様方と
見てきた戦争遺跡を中心に、
ブログ・ホームページなどで
順次ご紹介をしていきます♪

よろしくお願いしますっ★

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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


先週の金曜日から舞鶴に
出かけていたので、ブログの更新が
開いてしまいました…


ここのところ、遠征ばかりで
我が総軍大元帥のご機嫌も
イマイチになりそうですので
今週は温泉旅行に行きます。


来週は、広島県にお邪魔予定ですが
今シーズン最後の本格探訪に
なるかもしれないので、
思い残しのないようにしなければ(笑)


さて、今回は美恵軍団「軍報」の
第97弾といたしまして、
静岡県賀茂郡南伊豆町におかれた
湊海軍病院の遺構群を
簡単にご紹介させてください↓




湊海軍病院は、海軍の軍人や
軍属のための医療機関で
1923年(大正12)に開院しました。

ここには、温泉を利用した治療と
療養のための病棟と付属施設などが
設置され、終戦まで存続しました。

戦後、敷地は厚生省に移管され
国立病院となりましたが、
2012年(平成22)に下田市内へ移転し
現在は閉鎖されており、
敷地内に遺構がいくつか残っています。



約13年前に一度、関係者の皆様と
お邪魔したのですが、写真を
全消失してしまったので、
静岡イキイキの空母先生
再訪させていただきました↓



敷地の北寄りに消火栓が
現存しています↓



残念ながら、病院の移転により
壊されてしまうかもしれないだけに
空母先生も熱心に撮影です↓



お供のサブ郎さんも
熱心に見学しています(笑)↓



少し進むと、1932年(昭和7)に
建設された病棟が残ります↓



関係者の皆様方と探訪した時は
まだ倉庫として機能していたので
状態がよかったです↓

slycrow先生からの提供写真です。


現在は放置されているので
屋根の一部が損傷し、
窓ガラスも割れていたりして
ちょっと残念な状態です↓



蔦が建物にからまって
とてもいい雰囲気です↓



西側からのアングルは
13年前と変わらないです↓

slycrow先生からの提供写真です。


窓越しに、内部の様子も
写真に収めたかったのですが
早くも苦手なケムシが出てきており
1部屋だけ撮って断念しました↓



病棟に隣接して、倉庫と焼却炉が
残っています↓




こちらの木造建物は
戦後のようです↓



隣接して消火栓が残ります↓



サブ郎さんは消火栓に
興味深々のようです(笑)↓



消火栓は、この他にも
官舎寄りに2つありましたが
なくなったようです…


敷地の東側をはしる道路沿いに
境界柵が長い区間残ります↓



時間が圧しているので
次の案件に向かいます↓



【収録遺構】
 湊海軍病院

  建物 2棟
  その他 4箇所

【探訪情報】
 2008.01.05  第1回探訪
 2021.04.03  第2回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


それでは、またお会いしましょうっ★



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 ひとつよろしくお願いします♪

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


残念ながら、探訪シーズンも
終わりに近付いていますので、
最後のひと踏ん張りで
今月も週末の新幹線利用の
パーフェクトを目指して
頑張っていく所存ですっ。


おかげさまで、JR東海さんには
今シーズンも、ものすごいお金を
投じることが出来ております(笑)


さて、今回は静岡県下田市に
おかれていた和歌浦基地の
地下壕群をご紹介します↓




第一特攻戦隊は、太平洋戦争の
戦局が劣勢となったことにともない、
来たる本土決戦に備えて編成された
特別攻撃隊で、上陸のため接近する
敵艦船に対し震洋や海龍・蛟龍・
回天などの兵器を配備して
攻撃を行うため房総半島や三浦半島・
静岡県の東部を主として特攻基地が
配置されました。

そのなかで和歌浦基地は
第一特攻戦隊の傘下におかれた
第五十七震洋隊が配備につき、
多くの施設が構築途中としながらも
震洋が実際に配備されたようです。

現在、跡地は下田海中水族館などに
変遷しており、震洋の格納庫が
いくつか残っています。



静岡イキイキの空母先生
とのたま先生と一緒に
下田海中水族館周辺に
お邪魔しております↓



資料では戦闘指揮所がある
山を通り、いったん西の海岸に
進んでいきます↓



ハードに藪漕ぎしたものの
遺構を見付けられず、
西の海岸に到達しました…↓



海岸沿いの水路に
我が総軍大元帥のお友達が
たくさんいらっしゃいました(笑)↓



海岸線沿いを歩いて南下し
敷地の南側にあたる赤根島の
格納壕群を目指しましたが、
アザラシ館の建設などで
消失しているようです…↓



ここから、北上するようにして
水族館の入口方向へ進み
トンネルをくぐります↓



トンネルを抜けたあたりの左側に
震洋の格納壕が3つ残っています↓
0000 (9)


1つ目の壕は、入ってすぐに
少し左側に曲がっていました↓



その先に分岐はなく、
約25メートルほど続いて
行き止まっています↓



続いて、2つ目の格納壕です↓



2つ目の壕も分岐はなく
直線で約30メートルほどの
坑道延長です↓



入口付近は投棄されたゴミが
多いですが、崩落は少なく
造りはとてもいいです↓



3つ目の壕は入口から
ドラム缶が大量に入れられており
中に入りませんでしたが
1つ目・2つ目と同じ規模のようです↓



さらに進んでいくと、今度は
水族館建物の裏手に…↓



3ヶ所ほど震洋の格納壕を
確認しましたが、どうやら
掘削途中のようで、
いずれも数メートルで
終わっていました↓





水族館の東側に進むと…↓



震洋の格納壕群が
3つ残っていますが、
道路に面しているためか
封鎖されているものが多いです↓





このうち、1本の内部に
入りましたが、約40メートルほどの
単独壕でした↓



この後は、下田公園の東側を
まわり込むように道路を進み
次の案件に向かいました↓



【収録遺構】
 横須賀海軍鎮守府
 第一特攻戦隊
 和歌浦基地

  地下壕 3区画

【探訪情報】
 2015.01.11  第1回探訪
 2021.04.04  第2回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


それでは、またお会いしましょうっ★



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


残念ながら、4月からは
出社比率が上がるので
激しく憤っているところです。


会社は通常通り出社を
要求してくるくせに、
飲食店は早めに閉店とか
ふざけてますよねぇ。


飲食店の密なんかよりも
通勤にかかる駅や社内の方が
よっぽど密集しているのにねぇ。


緊急事態宣言の解除を、
コロナ終息と勘違いしている会社と
同じように、私も勘違いして
これからも探訪をバンバンしようと
思っています(笑)


そんな会社からの自粛要請など
はなっから聞くつもりもないです。


さて、今回は美恵軍團「軍報」の
第95弾といたしまして
静岡県沼津市に掘削された
洞窟陣地の1つをご紹介します↓




独立混成第一一七旅団は
1945年(昭和20)に編制され、
独立歩兵第七〇七大隊~
独立歩兵第七一二大隊の
6個部隊を基幹としました。

その後、司令部を現在の沼津市に移し
第一総軍の第十二方面軍に所属した
第五十三軍の傘下に入り、
本土決戦に備えて駿河湾の防衛任務に
つきますが、富士市・沼津市の山中に
抵抗拠点となる陣地を構築する途中で
終戦となりました。

陣地は現在も残っており、崩落が
著しいですが、内部の見学も可能です。



静岡イキイキの空母先生
すまる先生と一緒に
古宇地区に来ております↓



富士山も綺麗に見ることが出来る
とてもいいロケーションです↓



今回は事前に教えてくれた
よーすけ先生の情報を基に
内部に入っていきます↓



這うようにして中に入ると
投棄されたドラム缶が
散乱しており歩きづらいです↓



坑道は曲がっており、
やがて道路と平行になります↓



さらに進んでいくと、両側に
坑道が展開しており…↓



どちらも部屋のような空間が
拡がっていました↓



さらに進むと、左側に
上層に続く上り通路があり…↓



上った先に狙撃口が
展開しています↓



狙撃口から富士山を
捉えることが出来ました↓



引き返して、最初の坑道を
さらに進んでいくと、
拡張された空間があり…↓



徐々に左に曲がりながら
同じ道路沿いに出口が
設けられていました↓



きちんとまとめられていませんが
簡単な内部図をおこすと
こんな感じになっています↓



このあとは、浄蓮の滝観光センターで
猪まん・鹿まん・わさび豚まんを
3人でいただきまして…↓



わさびソフトなんかも
いただいちゃったりしまして…↓



総軍大元帥の遣いでもある
カエル軍団も一緒に
下田方面へ向かいました↓



【収録遺構】
 陸軍独立混成第一一七旅団
 抵抗拠点陣地(静岡県沼津市)

  地下壕 1箇所

【探訪情報】
 2021.02.27  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(70)


後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただきますねっ♪


それでは、またお会いしましょうっ★



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


残念ながら、こちらにも
通勤の波が押し寄せてきました…


明日はプレミアムフライデーなのに
通勤というプレゼントをいただき
感激です。


お礼に会社からの自粛要請は
一切聞きません(笑)


さて、明日はクソ通勤のために
3時間も早起きせんといかんので
今回は美恵軍團「軍報」の
第94弾といたしまして
静岡県伊東市に展開した
船舶工兵第二十二連隊の
地下壕群のうち、大東館で
保存されているものをご紹介します↓




静岡イキイキの空母先生
すまる先生とのたま先生
3名の豪華キャストで大東館に
宿泊です↓



地下壕に入る前に、
近くの小料理屋さんで
おいしいお酒・お魚で
宴会といきます↓



せっかくの宿泊探訪ですので
豪華にいきます↓



食べ物にうるさいサブ郎さんも
刺し盛りを見てご機嫌です↓



閉店まで軍跡談議で
粘ったところで大東館に戻り
お目当ての地下壕に
スリッパで入っていきます↓



建物から壕へ直結です↓



さっそく、中に入ると…↓



入口付近に案内板が
立てられています↓



入って10メートルほどで
つきあたります↓



順路は左に折れますが、
右側にも通路が展開しており
コンクリートで塞がれています↓



また、その手前の右側に
部屋のような空間が
1ヶ所展開していました↓



順路に沿って左に折れると
うねった坑道が続いています↓



坑道の右側には
部屋のような空間が
2つ展開していました↓




少し進むと左側に旅館に続く
坑道が展開していましたが
10メートル弱で閉塞しています↓



さらに進んでいくと
もう1本左側に坑道が展開しており
こちらが旅館に戻るための
順路になっています↓



壕内には釘が多く残ります↓



さらに坑道は続いており
進んでいくと…↓



約30メートルほどで
隣の旅館敷地の擁壁にぶつかり
閉鎖されていました↓



ここのところ遠征ばかりで
まとめられていませんが、
内部図はこんな感じです↓



内部を1周したあとは
みんなで貸切五右衛門風呂に
入りました↓



このあとは深夜まで談笑して
翌朝に旅館を出発し…↓



みんなで次の案件である
富士宮市を目指しました↓



【収録遺構】
 陸軍船舶司令部
 船舶工兵第二十二連隊

  地下壕 1箇所

【探訪情報】
 2021.02.27 第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただきますねっ♪


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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


首都圏1都3県の緊急事態宣言が
予定通り来週で解除される方向に
進んでいるとか…


これで一層、平日は通勤する流れが
加速しそうですね。


せっかく、家でも出来る環境を
構築出来たのに逆戻りすることは、
時代の先端を行きたがる
会社が多いくせに、なんとも
思わないところがアホですな(笑)


さて、会社嫌いの愚痴まで
加速しそうな感じですので、
今回は美恵軍團「軍報」の
第93弾の続編といたしまして
静岡県沼津市におかれていた
海軍技術研究所音響研究部の
地下工場跡を簡単にご紹介します↓



なお、これは「後続記事」ですので
よろしければ「本記事」も
ご覧くださいませ↓

 (93)海軍技術研究所音響研究部
 (93_続編1)海軍技研音響研究部



今回は古の関係者様とともに
見ていきます↓



地下工場は石切場を
転用しているので、
新設ものと造りが異なります↓



どこまでを地下工場に
転用したのか不明ですが
工作機械を据え付けた跡や
電線を引き込んだ跡が残ります↓




石切場だけあって広い空間が
あちらこちらにあり、規模は
かなり大きいですが、
深く水没しているところもあり
かなり危険な状態です↓



さらに進んでいくと
別の石切場に接続するための
坑道が掘られており、形状から
こちらは地下工場のために
新設されたものに間違いないです↓




坑道を抜けると、さらに
別の区画の石切場に
接続されています↓



石切場の範囲が大きいのと
どこまでが地下工場として
機能していたのか不明なので
2区画だけ見学して撤収しました↓



【収録遺構】
 海軍技術研究所
 音響研究部

  その他 4箇所
  軍用地境界標 1本

  地下壕 2区画

【探訪情報】
 2016.10.30 第1回探訪
 2020.08.15 第2回探訪
 2020.12.27 第3回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただきますねっ♪


それでは、またお会いしましょうっ★



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