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戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪し
記録することを趣味とする
祐実総軍三等兵ですっ★

稚拙な内容ではございますが
これまでに関係者の皆様方と
見てきた戦争遺跡を中心に、
ブログ・ホームページなどで
順次ご紹介をしていきます♪

よろしくお願いしますっ★

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皆様、おはようございます。


この記事が掲載される頃には
今回初探訪となる佐世保市内に
入っていると思います。


9月18日より6日間、
限られた時間ではありますが
長崎県内の2ヶ所について
頑張って探訪してきます!!


さてさて、今回は美恵軍團「軍報」の
第91弾の続編として
三重県鈴鹿市におかれていた
鈴鹿海軍航空隊の遺構群のうち
津市に移設保存されている
点鐘台をご紹介します↓



なお、これは「後続記事」ですので
よろしければ「本記事」も
ご覧くださいませ↓

 (91)鈴鹿海軍航空隊
 (91_続編1)鈴鹿海軍航空隊



前回の記事に引き続き、
フォロー様のK先生と一緒に
香良洲歴史資料館に到着です↓



歴史資料館そのものは
三重海軍航空隊の敷地内で
遺構が多く保存されていますが、
その中で、資料館の外庭部分に
鈴鹿海軍航空隊で使われた
点鐘台が保存されています↓



説明板も付けられています↓



このほか、資料館の外庭には
三重海軍航空隊の遺構が
多く展示されていますが、
こちらは別記事でご紹介します↓






【収録遺構】
 鈴鹿海軍航空隊
 (第一鈴鹿海軍航空基地)

  門柱 1箇所
  歩哨 1箇所
  建物 1棟

  その他 1箇所(今回追加)

【探訪情報】
 2020.08.29 第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただきますねっ♪


それでは、またお会いしましょうっ★



↑よろしければ、こちらの「応援」も
 ひとつよろしくお願いします♪

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


念願の九州遠征まで、
あと3日になりました…


今回も探訪先が横須賀みたいな
バケモノ級の遺構数なので
到底、1回ごときの探訪で
網羅なんか出来るわけありませんが
やれるだけのことはしようと
あれこれと行程にねじ込んでます…


我が総軍大元帥に旅先で
「いいかげんにしろ」と
怒られることうけあいです(笑)


さて、今回は美恵軍團「軍報」の
第21弾の続編として
愛知県名古屋市におかれていた
小幡ヶ原演習場の軍用地境界標を
ご紹介します↓



なお、これは「後続記事」ですので
よろしければ「本記事」も
ご覧くださいませ↓

 (21)陸軍第三師団小幡ヶ原演習場



フォロー様のK先生と一緒に
ゆとりーとの小幡緑地駅に
到着いたしました↓



小幡緑地を散策しながら…↓



緑地の南端に到着です↓



このあたりが、演習場敷地の
北限にあたっており、
軍用地境界標が残ります↓



通し番号の記載を期待しましたが
裏面は何もなさそうです↓



少し東に進むともう1本ありました↓



こちらは頂部が三角錐でしたが
さきほどと同様で背面に通番の
記載はありませんでした↓



次の案件に移動します↓



「ゆとりーと」という交通機関は
ゆりかもめのようなイメージを
もっていたのですが、実態は
専用高架線をはしる路線バスで
ちょっと驚きました↓



でも、バス専用線で信号もなく
渋滞もないので、大曾根まで
あっという間でした↓



【収録遺構】
 陸軍第三師団
 小幡ヶ原演習場

  軍用地境界標 1本

  軍用地境界標 2本(今回追加)

【探訪情報】
 2020.08.30 第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただきますねっ♪


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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


9月11日は我が総軍の元締めである
大元帥のお誕生日でございました。


盛大にお祝いをしたかったのですが
来週から平日を2日休んで
遠征に行く都合もあり、
これ以上は大好きな仕事を
休んではいけない思い
(まったく思ってませんが)
遠征中に仕切り直しとなりました。


仕事をすることしか許されない
世の中などまっぴらですね。


私は、好きなことを
深く掘り下げることが
ものすごく得意な方ですが
仕事になど1ミリも活かす気は
ありませんからねぇ(笑)


さてさて、今回は美恵軍團「軍報」の
第91弾の続編として
三重県鈴鹿市におかれていた
鈴鹿海軍航空隊の遺構群のうち
四日市市の塩浜検修車庫として
移設された格納庫をご紹介します↓



なお、これは「後続記事」ですので
よろしければ「本記事」も
ご覧くださいませ↓

 (91)鈴鹿海軍航空隊



前回の記事に引き続き、
フォロー様のK先生と一緒に
塩浜駅に到着しました↓



今回は関西の探訪猛者である
盡忠報國先生のブログを参考に
進んでいきます↓



近鉄電車の塩浜検修車庫に
第二格納庫が移設されており
敷地外から見ることが出来ます↓



第二格納庫のアップです↓



門柱・番兵塔の横に
立てられている案内板に
格納庫の形状が判る写真が
掲示されています↓



少しタバコ休憩をして
このあとは名古屋に戻りました↓



【収録遺構】
 鈴鹿海軍航空隊
 (第一鈴鹿海軍航空基地)

  門柱 1箇所
  歩哨 1箇所

  建物 1棟(今回追加)

【探訪情報】
 2020.08.29 第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただきますねっ♪


それでは、またお会いしましょうっ★



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


先週末は、短い期間でしたが
関西の軍跡イキイキの皆様方と
食事をしながら語る会(笑)に
出かけるついでに、兵庫県と
京都府の探訪に行ってきました。


幸い、台風の影響は受けず
仕事で見せることのない
イキイキ具合でまわれましたが
食事会の時だけ、シャレに
ならないくらいの豪雨に見舞われ(笑)


とても楽しかっただけに、
週初めの月曜日の仕事の
無気力さときたら…


仕事なんかに没頭している
場合ではないですね(笑)


さて、今回は美恵軍團「軍報」の
第91弾といたしまして、
三重県鈴鹿市におかれていた
鈴鹿海軍航空隊の遺構を
簡単にご紹介させてください↓




鈴鹿海軍航空隊は、偵察飛行兵の
養成を目的に1937年(昭和12)に
開隊されました。

ここでは、通信偵察飛行の教育や
訓練などが行われましたが
太平洋戦争の末期は、きたる
本土決戦に備え、練習機を使った
特攻要員の錬成が行われ
終戦を迎えました。

現在、跡地は鈴鹿医療科学大学や
公園などに変遷して面影が
ありませんが、門柱と番兵塔が
保存されています。



前回の記事に引き続き、
フォロー様のK先生と一緒に
白子駅からスタートします↓



この日も猛暑で、歩くと大変なので
桜の森公園までタクシーで
一気に進んでしまいます↓



公園の南側の入口付近に
モニュメントと一緒に遺構があるので
目指していきます↓



とてもいい状態で
門柱が残っています↓



背面はこんな感じです↓



門柱の横には番兵塔が
保存されています↓



番兵塔の内部は
保存のために補強されて
いるようです↓



番兵塔の横には、
鈴鹿海軍航空隊之碑と…↓



鈴鹿海軍航空基地跡を記した
案内板が設置されています↓



この後は、四日市に移設された
同航空隊の格納庫を目指して
塩浜駅に進んでいきました↓



【収録遺構】
 鈴鹿海軍航空隊
 (第一鈴鹿海軍航空基地)

  門柱 1箇所
  歩哨 1箇所

【探訪情報】
 2020.08.29 第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


後ほどホームページ内でも
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それでは、またお会いしましょうっ★



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


先週、軍跡イキイキの皆様と
出かけたばかりですが、
間髪入れずに今週も
行ってまいります(笑)


今月は遠征を2つ入れており
それなりに楽しめるはずですが
この時期は雨と台風が多くて
困っちゃいますね…


とはいえ、どちらも滅多に
行かれないところなので
頑張ってまいります★


何回もいいますが、
仕事どころではありません(笑)


さて、今回は美恵軍團「軍報」の
第90弾といたしまして、
三重県津市におかれていた
津憲兵分隊の塀を
簡単にご紹介させてください↓




津憲兵分隊は、歩兵第五十一連隊が
久居地区に展開したことにより
1908(明治41)に設置され、
名古屋憲兵隊に隷属しました。

大正時代に入り、軍縮で
歩兵第五十一連隊が廃止され
歩兵第三十三連隊が移駐すると、
隷属先が京都憲兵隊に変更されますが
昭和時代に入ると憲兵令の改正により
東海憲兵隊の隷下となり
終戦まで存続しました。

現在、跡地は小児科医院や
住宅などに変遷し面影がありませんが
軍用地境界塀が残存し、
阿漕駅前に一部が移され
保存されています。



ここのところ、軍跡探訪に
よく同行してくれる
フォロー様のK先生と一緒に
阿漕駅に到着です↓



阿漕駅前のロータリーの
植え込みの中に、移設された
軍用地境界塀の一部が
保存されています↓



爆弾の破片で出来たといわれる
弾痕が残っています↓



隣接して案内板が
設置されていますが
残念ながら褪せています↓



跡地である小児科クリニックの
敷地内にも当時の塀が残ります↓



こちらの塀の一部を切り取り
阿漕駅前に移されたそうです↓



この後は、タクシーの力を借りて
K先生念願の三重海軍航空隊跡地の
香良洲地区に駒を移しました↓



【収録遺構】
 陸軍名古屋憲兵隊
 津憲兵分隊
 (陸軍京都憲兵隊
  津憲兵分隊,
  陸軍東海憲兵隊司令部
  津地区憲兵隊)

  軍用地境界塀 1区画

【探訪情報】
 2020.08.29 第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


後ほどホームページ内でも
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