戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪して
記録することを生き甲斐とする
祐実総軍三等兵でございます★
稚拙な内容ではございますが、
これまで調べてきた戦争遺跡を
ブログ・ホームページで紹介を
させていただいておりますっ♪

よろしくお願いしますm(__)m

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皆様、連休はいかがでしたか。


明日から、また大好きな仕事に
行くのが嫌だな~(涙)

今日は月曜日で「サザエさん」は
やってないから病気にもならない(笑)


さてさて・・・・
本日は美恵軍團「軍報」の
第57弾といたしまして、
愛知県豊川市と豊橋市に
またがっておかれていた
権現山防空砲台の遺構を
ご紹介させてくださいませ↓




権現山防空砲台は、
横須賀海軍警備隊が守備する
防空砲台として、太平洋戦争末期に
豊川海軍工廠を防衛する目的で
建設が開始されました。

ここには、2門の高角砲を設置する
計画で工事が進められましたが、
未完成のまま終戦を迎えたようです。

現在、跡地に水道施設が建てられ
遺構はほとんど残っていませんが、
水道施設の南側の豊川市と豊橋市の
境界にあたる山林内に、
土製の砲座をはじめとする
遺構が残っています。



結果、クソったれ台風の上陸により
中止になってしまった豊廠の
見学会に合わせ、おピンちゃん先生
豊川市内に前日入りしました↓



今回は、当方が豊廠見学会へ
行くと知って耳打ちしてくれた
盡忠報國先生からの事前情報により
探訪していきますっ★


水道施設付近に、兵舎などが
おかれていたものと推測する
削平地が残っています↓



このまま南下していくと
豊橋市に入ります↓



それにしても暑いです・・・↓



権現山古墳へ続く林道沿いに
土製の掘り込みが残っています↓



権現山古墳に到達する手前に
砲座が1つ残っています↓



案内板が立てられていました↓



権現山古墳の南に位置する
斜面にも土製の掘り込みが
残っています↓



やぶ蚊とアブが沢山いるので
退散しますっ↓



【収録遺構】
 横須賀海軍警備隊
 権現山防空砲台

  豊川市
  その他 1箇所

  豊橋市
  砲座 1箇所
  その他 2箇所

【探訪情報】
 2017.08.06  第1回探訪

 歩数(指数) 1,005歩(100)


我々のホームページでは、
掲載粒度が自治体ベースなので
豊川市と豊橋市で遺構を分割し
掲載する予定です m(_ _)m


それでは、またお会いしましょうっ★



↑こちらも、もしよろしければ
 ポチっとやってください♪

皆様、こんばんわ m(_ _)m

だんだんと寒くなってきました・・・
長袖のシャツでも少し肌寒く
感じたくらいです。


さてさて、本日は美恵軍團「軍報」の
第56弾といたしまして、
愛知県春日井市に敷設された
名古屋陸軍造兵廠鳥居松製造所の
軍用線の遺構を1つご紹介します↓




鳥居松軍用線は鳥居松製造所への
資材の搬入や生産品の搬出を
中央線経由で行うことを目的に
敷設されました。

現在、軍用線跡は
王子製紙春日井工場の専用線に
活用されており、構内への入口に
設けられていた鉄道門が
残っています。



おピンちゃん先生と金山の宿から
春日井に向けて出発します↓



春日井駅からは「わが町 守山区」の
かとう先生と合流し探訪します↓



軍用線は王子製紙の専用線に
活用されています↓



鉄道門が残っています↓


ちなみに、ここの踏切は
「打鐘式」の警報機が
使われており、大変貴重です。


【収録遺構】
 名古屋陸軍造兵廠
 鳥居松製造所
 鳥居松軍用線

  門柱 1箇所


【探訪情報】
 2017.07.28  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


それでは、また明日っ★



↑よければ応援してやってください♪

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


三等兵は非正規最期のバカンスに
本日から入っております。


今度の日曜日までの5日間は
我々のホームページの更新に
ほとんどを費やし、追い込みを
かけていこうと思いますっ★


さてさて、本日は美恵軍團「軍報」の
第55弾といたしまして、
岐阜県岐阜市におかれていた
岐阜憲兵分隊の遺構を
2つばかりご紹介します↓




岐阜憲兵分隊は、
歩兵第六十八連隊が
岐阜市に展開したことで、
この前身の岐阜憲兵分遣所が
設置されたことにはじまり、
1932年(昭和 7)に金園町に
新築された庁舎へ移りました。

太平洋戦争の末期は、
本土決戦に向けた
憲兵の組織改編にともない
岐阜地区憲兵隊に改称し
終戦まで存続しました。

現在、跡地は金園公園や
梅林保育園などに変遷しており、
軍用地境界標や地下壕が
わずかに残っています。



毎度、おなじみのメンバーとなる
おピンちゃん先生と岐阜市内に
お邪魔しております↓



今回も盡忠報國先生からの
事前情報により探訪します★

なお、探訪時点は未掲載でしたが
現在はブログの記事になってますので
こちらも是非見てくださいね↓
 岐阜憲兵分隊


金園公園周辺に到着です↓



軍用地境界標が残っています↓



梅林保育園の向かいの山に
地下壕が掘削されています↓


地下壕は、2箇所の開口部が
設けられていますが、残念ながら
金網で封鎖されているため
中を見学することは出来ません・・・


【収録遺構】
 陸軍名古屋憲兵隊
 岐阜憲兵分隊
 (陸軍東海憲兵隊司令部
  岐阜地区憲兵隊)

  軍用地境界標 1本
  地下壕 1区画


【探訪情報】
 2017.08.08  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


そのうちブログの記事にしますが
本日の夜にホームページにも
掲載しますね~


それでは、またお会いしましょうっ★



↑応援よろしくお願いします m(_ _)m

皆様、連休はいかがでしたか。


9月のはじめくらいから
急におなかがポンポコに
太り出してきたので、
食べる量を減らしてきましたが
最近、好きになっている
ラーメンばかりを連休中に
食べていたら、見事に元の
体に戻ってしまいました~(涙)


また最初からやり直しです(笑)


さてさて、今回は前回に引き続き
美恵軍團「軍報」の第54弾として
愛知県春日井市に敷設された
鷹来製造所の軍用線の遺構を
ご紹介させてくださいませ↓




鷹来軍用線は、鷹来製造所への
資材の搬入や、生産品の搬出を
中央線経由で行うことを目的に
敷設され、1942年(昭和17)に
使用が開始されたようです。

線路は、現在のJR中央線の
春日井駅付近から分岐をして
北へ方向を変え、六軒屋町を経由し
鷹来製造所に向かうようにして
敷設されていました。

現在、軍用線跡の多くは
生活道路となっており、痕跡が
判りづらくなっていますが、
当時の遺構がわずかに
残っています。



前回の記事に引き続き、
おピンちゃん先生かとう先生と共に
春日井市にお邪魔しております↓



軍用線の橋梁跡と判る
橋脚が残っています↓



鷹来製造所と西山分工場を
むすんでいる区間にも
橋梁が残っています↓



せっかくなので、上からも
のぞいてみることにします↓



橋梁を上から見ると
こんな感じになります↓



【収録遺構】
 名古屋陸軍造兵廠
 鷹来製造所
 鷹来軍用線

  橋梁 2箇所

【探訪情報】
 2017.07.28  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


それでは、また明日っ★



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 応援してやってください♪

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


せっかくの連休なのに、雨とは
なかなかいい根性しとる(笑)
なーんて、朝から鼻をホジホジ
していたのですが、よく見ると
鼻毛に白髪があるじゃないかっ!

どこかの漫画で、劉備の鼻を
お手入れしていた妃が、
鼻毛に白髪が混じっていたのを見て
「もってあと20年かな~」って
書かれていたのを思い出しました。


そろそろ、後継者探しかっ(笑)


さて、本日は美恵軍團「軍報」の
第53弾といたしまして、
愛知県春日井市におかれていた
名古屋陸軍造兵廠高蔵製造所の
鷹来分工場の遺構を
ご紹介させてくださいませ↓




高蔵製造所は、名古屋市におかれた
名古屋陸軍造兵廠が管轄した
兵器製造工場で 1940年(昭和15)に
前身の名古屋工廠高蔵兵器製造所の
組織改定によって開設され、
兵器などの需要が高まったために
分工場が1941年(昭和16)に
設置されました。

ここでは主に小銃の弾を製造し
約200,000坪の敷地に6つの工場が
おかれ、のちに分工場から独立して
鷹来製造所に改称し、地元や
中部地方を中心とした約14,000名の
工員や学徒などが昼夜2交代制で
作業に従事していましたが、
太平洋戦争の終戦の前日にあたる
1945年(昭和20) 8月14日の空襲で
原爆模擬爆弾が投下され、
施設は壊滅状態となりました。

現在、跡地は名城大学の付属農場や
市立鷹来中学校・春日井浄水場などに
変遷していますが、当時の本館や
防火水槽などの遺構が残っており
申請をすることで見学可能です。



おピンちゃん先生かとう先生と共に
春日井市にお邪魔しております↓



事前にかとう先生が見学の
申請をしてくれていた
名城大学の付属農場
向かっていきます★


付属農場内には当時の本館
残っています↓


特筆するべき点として、
時計盤と陸軍徽章の★の窪みは
当時の名残です。


本館前には水槽が残ります↓



本館の西側にも当時の建物
2棟残っています↓




周辺にも当時のものと思われる
遺構が残っていました↓





【収録遺構】
 名古屋陸軍造兵廠
 高蔵製造所
 鷹来分工場
 (名古屋陸軍造兵廠
  鷹来製造所)

  建物 3棟
  その他 4箇所

【探訪情報】
 2017.07.28  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


それでは、よい連休をっ!



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