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戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

♦ プロフィール

祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪し
記録することを趣味とする
祐実総軍三等兵ですっ★

稚拙な内容ではございますが
これまでに関係者の皆様方と
見てきた戦争遺跡を中心に、
ブログ・ホームページなどで
順次ご紹介をしていきます♪

よろしくお願いしますっ★

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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


まったく、職場に仕事「イキイキ」しか
能がない人達が多くて、本当に
困りますねぇ・・・


「イキイキ」は止めないから、
せめて、他の人に迷惑を
かけないようにしてもらいたいですね。


ぶつくさと文句をたれておりますが、
きっと、「軍跡調査株式会社」みたいな
企業に所属したら、私も同じ道を
歩むのでしょうが(笑)


さてさて、今回は阪奈軍團「軍報」の
第136弾といたしまして、
兵庫県高砂市に敷設されていた
陸軍造兵廠大阪工廠播磨製造所の
軍用線の遺構を1つご紹介します↓




高砂軍用線は、播磨製造所への
資材の搬入出を目的に
敷設されました。

線路は高砂駅から荒井駅方面に
向かって進み、山陽電車と並行したあと
南西に向きを変え播磨製造所の
構内まで延びていたようです。

戦後も神戸製鋼所や三菱重工業などの
専用線に活用されたようですが、
現在は廃止されており、線路跡が
判らなくなっていますが、荒井駅から
南下する道路を跨ぐための
橋梁が残ります。



西の大御所・盡忠報國先生と一緒に
高砂市内にお邪魔しております↓



荒井駅から南下する道路を
進んでいくと軍用線の橋梁が
わずかに残っています↓



橋梁部分の反対側は
水道管がたくさんはしっており
ちょっと見づらいですね・・・↓



残念ながら、軍用線の遺構は
これだけのようですので、
次の案件を目指します↓



【収録遺構】
 陸軍造兵廠大阪工廠
 播磨製造所
 高砂軍用線
 (大阪陸軍造兵廠
  播磨製造所
  高砂軍用線)

   橋梁 1箇所

【探訪情報】
 2019.04.12  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


それでは、またお会いいたしましょう★



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 ひとつよろしくお願いします♪

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


いよいよ10連休に入りますね。

期間中は、楽しくて仕方がない
仕事のことを、きれいさっぱりと
忘れてみせますっ♪


1ミクロンも思い出すことは
ございませんので、ご心配なくっ★


さてさて、今回はバックナンバーである
阪奈軍團「軍報」の第135弾の続編として
兵庫県高砂市におかれていた
播磨製造所の遺構群のうち、
神戸製鋼所内に残るものを
ご紹介させてくださいませ↓


なお、これは「後続記事」ですので
「本記事」もご覧くださいませ↓

 (135)陸軍造兵廠大阪工廠播磨製造所



前回の記事に引き続き、
西の大御所・盡忠報國先生と一緒に
高砂市内にお邪魔しております↓



ここから神戸製鋼所の敷地の外周を
進んでいきます↓



敷地の南東付近に
巨大な鍛造工場が残っています↓




建屋が大きいため、対岸からも
見ることが出来ます↓


写真の最奥が鍛造工場で、
その1つ手前の建物が
当時の製鋼工場です。


こちらは製品引渡場の建物です↓



法華山谷川の河口付近には
当時の船着場跡と3トン起重機の
基礎部分などが残っています↓



当時の護岸もわずかに残ります↓



ひと通り、盡忠報國先生に
案内してもらった後は
軍用引き込み線の遺構群を
見学するために転進します↓



【収録遺構】
 陸軍造兵廠大阪工廠
 播磨製造所
 (大阪陸軍造兵廠
  播磨製造所)

   建物 4棟
   その他 3箇所
   建物 3棟(今回追加)
   その他 3箇所(今回追加)

【探訪情報】
 2019.04.12  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


後ほどホームページでも
ご紹介させていただきます♪


それでは、またお会いいたしましょう★



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


職場から開放される10連休を前に
平日の時間の経過が遅くて
ゲンナリしているところです。


いまどきの流行にのっている
我が会社では、10連休中に
何か問題があったら困るとのことで
休日出勤者を募集していますが、
どうぞ「ご勝手に」という感じです。


私が、軍跡が好きで好きで
たまらない感覚と同じように、
仕事が好きで好きで
仕方がないという人達の
出勤希望を否定しちゃ
いけませんよね。


頑張ってください(笑)


さて、今回は阪奈軍團「軍報」の
第135弾といたしまして
兵庫県高砂市におかれていた
陸軍造兵廠大阪工廠播磨製造所の
遺構群の一部をご紹介します↓




播磨製造所は陸軍造兵廠大阪工廠
製造機能の分散を目的として
1939年(昭和14)に開設され、
この翌年の組織改定によって
大阪陸軍造兵廠の分工場となりました。

ここでは、主に火砲や高射砲などの
砲身を製造し、将来的に大中口径砲の
製鋼から仕上げにいたる一貫生産が
出来るように設備の拡張が
進められましたが、そのまま終戦を
迎えました。

現在、跡地は神戸製鋼所や
三菱重工業の工場に変遷しており
敷地の外側から当時の遺構群を
見学することが出来ます。



西の大御所・盡忠報國先生
東のヘッポコ三等兵が
高砂市内の荒井駅に来ております↓



荒井駅を挟むようにして、2ヶ所に
大阪陸軍造兵廠の廠章が入る
マンホールが残存しています↓




2つ目のマンホールに隣接して
こちらも怪しい蓋なのですが
当時のものと断定しています↓



斜向かいに位置する倉庫会社の
敷地内にも当時の倉庫が
3棟ほど残存しています↓





三菱重工業の敷地内にも
発電所といわれる建物が
残っています↓




山陽電車を横目に見ながら
神戸製鋼所の工場内に残る
遺構を見に移動します↓



【収録遺構】
 陸軍造兵廠大阪工廠
 播磨製造所
 (大阪陸軍造兵廠
  播磨製造所)

   建物 4棟
   その他 3箇所

【探訪情報】
 2019.04.12  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


後ほどホームページでも
ご紹介させていただきます♪


それでは、またお会いいたしましょう★



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


平日は大好きなお仕事のおかげで
半日以上拘束されており、
不本意ながらブログ・ホムペの
更新が遅滞しております・・・


仕事以外にも、やることが沢山なので
1日の労働時間は通勤時間込みで
8時間でお願いしたいところですね。


さてさて、今回はバックナンバーである
阪奈軍團「軍報」の第98弾の続編として
兵庫県神戸市におかれていた
大阪海軍警備府の地下壕の内部を
ご紹介させてくださいませ↓


なお、これは「後続記事」ですので
「本記事」もご覧くださいませ↓

 (98)大阪海軍警備府地下壕



西の大御所・盡忠報國先生
神戸市内にお邪魔しております↓



前回、おピンちゃん先生と探訪して
壕口を確認したのですが、
物理的に危険なオーラを感じたので
今回はプロフェッショナルと挑みます↓



いきなり30度以上の斜坑が
展開しており、ここが唯一の
入口となります↓



壕内から入口を見上げると
こんな感じになります↓



入口はたった1つ、おまけに斜坑なので
坑道内は水没しているものと
予想していたのですが、
まったく大丈夫でしたっ★↓



斜坑を下ると変則十字路となり
北側は15メートルほどで
行き止まりのようです↓



南側に進んでいくと、左右に
分岐しており、コンクリート製の
仕切り跡や木材の残骸などが
残っていました↓




いずれも南側は半分程度の高さまで
土砂で埋め戻されており、
その先の出口も塞がれています↓




最初の変則十字路まで戻り
今度は西側に進んでいきます↓



資料では100メートル程度の
1本の壕がはしっていたようですが
道路トンネルが縦断しており
15メートルほどで閉塞しています↓



坑道を全て網羅した結果、
坑道総延長は174.5メートルを
計測しましたっ★


地下壕の内部図です↓



トレースするとこんな感じです↓



それでは、退却いたします↓



【収録遺構】
 大阪海軍警備府
 第十一警備大隊

  地下壕 2箇所

【探訪情報】
 2017.03.18  第1回探訪
 2019.04.12  第2回探訪

 歩数(指数) 約7,000歩以上(100)


後ほどホームページでも
ご紹介させていただきます♪


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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


まったく、平日は1ミクロンも
面白いことがなく、ろくでもないですね。

愚痴がとまらなくなりそうなので
このくらいにしておきます・・・


さて、今回は阪奈軍團「軍報」の
第134弾といたしまして、
兵庫県加古川市におかれていた
加古川陸軍射撃場のものと考えられる
遺構群をご紹介させてくださいませ↓




加古川射撃場は、加古川市内に
陸軍部隊が展開したことにより
設置されたようです。

資料に乏しく詳細は不明ですが、
現在も区画が残り、当時の建物と
考えられる遺構も見ることが出来ます。



高砂市内の軍跡探訪の帰りに
持病のわがまま病を発してしまい
盡忠報國先生と加古川市内に
お邪魔しております↓



射撃場の区画内は、住宅地に
変遷していますが、射撃場の管理者が
宿泊した番宅と考えられる
木造の建物が残っています↓



隣接するようにして、標的や備品を
収容した標的庫と考えられる
建物も残っています↓



建物の反対側です↓



射撃場の外周部分に用水路が
はしっていますが、これも当時の
区画跡であると思われます↓



【収録遺構】
 加古川陸軍射撃場

   建物 2棟
   その他 1箇所

【探訪情報】
 2019.04.12  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


後ほどホームページでも
ご紹介させていただきますね♪


それでは、またお会いいたしましょう★



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