FC2ブログ

戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

♦ プロフィール

祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪し
記録することを趣味とする
祐実総軍三等兵ですっ★

稚拙な内容ではございますが
これまでに関係者の皆様方と
見てきた戦争遺跡を中心に、
ブログ・ホームページなどで
順次ご紹介をしていきます♪

よろしくお願いしますっ★

♦ カウンター

♦ 最新記事

♦ アクセスランキング

[ジャンルランキング]
地域情報
185位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
7位
アクセスランキングを見る>>

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


明後日から、東京周辺で
緊急事態宣言が発令されるようですね。


我が社もそうですが、リモートで
仕事できる環境があるのに
通勤を前提とするスタイルは
これまで通りのようです。


このご時世、仕事だけしてりゃ
いいんだと言わんばかりの要請内容で
企業にだけいい思いを
させるわけにはいかない(笑)ので、
職場の感染対策と同じように
こちらも対策をきちんとしたうえで
当方もどんどんやります、どんどん。


要請は、まず企業へどうぞ。
会社が聞く耳をもたないのに
個人だったらお願いを聞くと
思ったら大間違いです。
冗談じゃない。


企業と同じで、こちらにも
スケジュールってものがあるし
遺構も待ってくれないんでね。


さてさて、今日はこんな感じで
朝から社会への不満ばかりを
ぶちまけてしまい恐縮ですが
今回は阪奈軍団「軍報」の
第90弾の続編といたしまして
兵庫県加古川市に展開した
歩兵第一〇六連隊の
消火栓を1つご紹介します↓


なお、これは「後続記事」ですので
よろしければ「本記事」も
ご覧くださいませ↓

 (90)歩兵第一〇六連隊



去年の夏に盡忠報國先生を
囲む会(笑)で消火栓の存在を
教えてもらったので、さっそく
K先生と加古川駅から出発します↓



目的地までのバスが
出発したばかりで、しばらく
来なそうなので、タクシーで
甲南加古川病院まで移動します↓



道路を挟んで病院の向かいにある
官舎内の一角に陸軍徽章が入る
消火栓が残っています↓



陸軍の消火栓は
あまり他でも見ることがなく
貴重だとK先生にお話ししたら
お供のサブ郎さんが熱心に
見学をはじめました(笑)↓



反対側にも陸軍徽章が
入ります↓



このためだけに、それなりに
お金もかけましたので
思い残しのないように
記念写真も撮りました↓



せっかくなので、前回見そびれた
あかり保育園内に残る兵舎も
見に行きましたが、残念ながら
取り壊されてしまったようです…↓



残念ながら、帰りのバスも
目の前で行ってしまったので
タクシー会社に電話をして
迎えに来てもらい、加古川駅へ
帰還しました↓



お供のサブ郎さんが、
おなかが空いたとうるさいので
駅前の和幸さんでとんかつを食べ…↓



K先生とお別れして
次の探訪地である北九州を
目指していきました↓



【収録遺構】
 陸軍第六十三独立歩兵団
 歩兵第一〇六連隊
 (陸軍航空通信学校
  神野教育隊)

   建物基礎 1箇所
   門柱 1箇所
   軍用地境界標 2本
   その他 2箇所

   その他 1箇所(今回追加)

【探訪情報】
 2016.02.20  第1回探訪
 2020.12.29  第2回探訪

 歩数(指数) 約5,000歩(100)


また、後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただきますねっ★


それでは、またお会いいたしましょうっ!



↑応援してやってくださいっ♪

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


2020年もあと数日で
おしまいですね…


コロナ禍で色々と制約は
付きましたが、10月以降に
驚異(笑)の追い上げで
結果として今年もたくさん
探訪出来たのではないかと
総括しています。


引き続き、来年も仕事なんかよりも
探訪の方を頑張りますので、
どうぞよろしくお願いいたします。


さてさて、2020年最後の記事は
阪奈軍団「軍報」の第147弾と
いたしまして、滋賀県米原市に
おかれていた機関車退避壕を
簡単にご紹介させてください↓




運輸通信省は、鉄道や運輸行政を
管轄した国家行政機関の一つで
それまでおかれた鉄道省と逓信省が
統合して発足し、この内部部門である
鉄道総局が鉄道の運営を
管理していました。

米原は東海道本線と北陸本線が
合流する場所で、北陸本線の起点で
あったことなどから機関区が設置され
多数の蒸気機関車が在籍しました。

太平洋戦争の末期は、兵士や弾薬などの
輸送に不可欠な機関車を空襲から
護るための地下壕が岩脇地区に
掘削され、完成前に終戦となりますが
現在も2本の壕が残存し、案内板が
立てられて保存されています。



約8年ぶりに新幹線の米原駅で
途中下車です↓



約15分ほど北上していくと
のどかな風景が広がってきます↓



岩脇山(いをぎやま)の南麓に
整備された機関車退避壕の
壕口が2つ残っています↓



壕口に向かって右側のものは
貫通しており、反対側の壕口が
見えています↓



壕口の横に案内板が
立てられています↓



我が総軍大元帥の名代である
サブ郎さんも熱心に見学してます↓



左側の壕は掘削の途中だったのか
約50メートルほどで行き止まりです↓



壕のすぐ脇を東海道線が
はしっています↓



北側の壕口にまわりこむ途中に
岩屋善光堂や稲荷神社が
あります↓




岩脇山の案内図では
貫通する壕は通行出来ることに
なっていますが、残念ながら
実際は鉄柵で封鎖されており
普段は通行出来ません↓



壕の北側にまわりこみ、
さきほどの貫通していた壕の
入口を確認していきます↓



内部は天井が低く、機関車が
入るほどの高さがないことから
反対側に貫通しているものの
掘削途中であったことが判ります↓



入口付近は水没していますが
約100メートルほどで
乾燥した床面になります↓



反対側の壕口に進むにつれ
天井が高くなっていきます↓



壕の延長は約150メートル弱です↓



2つ目の壕の入口に進みます↓



こちらも入口周辺の天井が
高くなっています↓



左側に連絡坑を掘ろうとした
痕跡が残っており、
さらに進むと天井が低くなります↓



残念ながら、その先は水没しており
約50メートルほどで
行き止まっています↓



ひととおり見学したので
引き揚げます↓



【収録遺構】
 運輸通信省鉄道総局
 米原機関区
 岩脇山機関車退避壕

  地下壕 1区画

【探訪情報】
 2012.12.22 第1回探訪
 2020.12.28 第2回探訪

 歩数(指数) 4,958歩(100)


それでは、皆様よいお年を
お迎えくださいませ m(_ _)m



↑よろしければ、こちらの「応援」も
 ひとつよろしくお願いします♪

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


おかげさまで、来月も
コロナ禍で出勤5割となりました。


ここのところ、東京都内の
新規感染者数が増えているのに
それでもまだ5割も出勤させようと
するとは、全くけしからん話ですが
これでもまだマシですかね…


引き続き、弊社は出社を前提に
しているようなので、こちらも
会社からの自粛要請を
聞くつもりは毛頭なく、
来月も週末はバンバンと
出かけようと思ってます(笑)


さて、今回は阪奈軍團「軍報」の
第97弾の続編といたしまして
奈良県磯城郡田原本町におかれた
唐古防空砲台の遺構を
追加でご紹介させてください↓



なお、これは「後続記事」ですので
よろしければ「本記事」も
ご覧くださいませ↓

 (97)奈良唐古防空砲台



京都から近鉄電車に乗り
田原本駅に到着いたしました↓



約13年ぶりに唐古・鍵遺跡公園を
見ていきます↓



ものすごく綺麗に整備されており
様変わりしていて驚きです…↓



以前は見られませんでしたが、
公園の再整備によって
新たに発掘された砲座が残り
これをお目当てにお邪魔した次第…↓



案内板も設置されています↓



こちらも気が付きませんでしたが
砲座とコンクリートの質が同じなので
遺構かもしれません…↓



以前、ケムシの大群で
失神しそうになった遊歩道も
歩きやすくなっています↓



前回、探索した砲座も
きちんと残っていることを
確認しました↓



せっかくなので、外周を
一回りします↓



のんびりかまえていたら
時間が圧してしまったので
急いで退却します↓



次の目的地、天理に向け
近鉄電車に再び乗車です↓



【収録遺構】
 大阪海軍警備府
 奈良唐古防空砲台

  砲座 1箇所

  砲座 1箇所(今回追加)
  その他 1箇所(今回追加)

【探訪情報】
 2007.07.07  第1回探訪
 2020.06.20  第2回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただきますねっ♪


それでは、またお会いしましょうっ★



↑よろしければ、こちらの「応援」も
 ひとつよろしくお願いします♪

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


4月に入り、コロナ騒動が
本格化したことにより、
我が残業イキイキ商事も
在宅勤務に方向転換していますが
我が部だけセキュリティー関連の
承認が下りず、未だに通勤を
している状況です。


承認部署は総務部ですが、
いつまでも承認しないから
総務部起案の承認案件を
ことごとく我が部は無視しており、
お互いに承認されないから
いつまでも在宅勤務に
方向転換出来ない状態です(笑)


残念ながら、仕事が大好きなので
当方も粘着質なところがあり
相手が承認するまで、こちらも
いつまでも承認しない方向で
進めていく所存です。


困るのはお互い様なので
とことんやります(笑)


さて、毎度お仕事の愚痴ばかりで
恐縮でございますが、今回は
阪奈軍團「軍報」の第146弾として
和歌山県和歌山市におかれていた
友ヶ島第五砲台の遺構群を
ご紹介させてくださいませ↓




友ヶ島第五砲台は、友ヶ島地区に
配備された由良要塞の1つで
1904年(明治37)に竣工しました。

ここには12cm速射カノン砲が
6門据え付けられ、終戦まで
防備につきましたが、終戦後は
一部の施設が爆破処理されたようです。

現在、沖ノ島の全域が国立公園として
整備され、簡単に見学することが
可能です。



前回の記事に引き続きまして
フォロワーのK先生と
友ヶ島にお邪魔しております↓



桟橋から少し山上りをすると
門柱の登場です(笑)↓



その奥にトイレ跡の
建物が残っています↓



門柱を正面に見て、少し右に
反れるように進んでいくと
貯水所跡が残っています↓



その背面に流し台と思われる
コンクリート製の遺構が
残ります↓



さらに進んでいくと
1つ目の砲側弾薬庫・砲座・
即用弾置場が見えてきます↓





1つ目に隣接するようにして
2つ目の砲側弾薬庫・砲座・
即用弾置場が残っています↓





隣接して3つ目の砲側弾薬庫・
砲座・即用弾置場が並びます↓





3つ目の砲側弾薬庫の
内部です↓



入口付近に案内板も
立てられています↓



約10年ぶりの再訪だったので
もう少し、じっくりと見たかったですが
波浪で船の最終が午後イチに
早まってしまったので、
残念ながら急いで撤収します↓



【収録遺構】
 陸軍由良要塞
 友ヶ島第五砲台
 
   門柱 1箇所
   建物 1棟
   砲座 3箇所
   地下施設 3箇所
   その他 5箇所

【探訪情報】
 2008.03.16  第1回探訪
 2020.03.15  第2回探訪

 歩数(指数) 未計測(126)


後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただきますねっ♪


それでは、またお会いいたしましょう★



↑よろしければ、こちらの「応援」も
 ひとつよろしくお願いします♪

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


今日は我が家の周辺も
日中に雪が降り、うっすらと
積もりました。


当方が和歌山に遠征した
3月14日もうっすらと雪化粧を
したようですが、今日の方が強く
今シーズンで初めて
まともな雪を見た気がします。


さて、コロナ騒動で昨日・今日と
外出自粛要請が出ていましたが
明日はどうなんでしょうね(笑)


そう思って、テレビを観ていますが
全然やってねーじゃん(想像通り)


休日だけ、コロナウィルスは
蔓延するので、平日は大丈夫と
いったところなんでしょうね。


まったく、付き合いきれませんな(笑)


さてさて、今日も不満タラタラですが
今回は阪奈軍團「軍報」の
第145弾といたしまして、
和歌山県和歌山市におかれていた
西の庄堡塁の外周に残る
防御営造物境界標群を
簡単にご紹介させてください↓




西の庄堡塁は、加太地区に
配備されていた由良要塞の 1つで
西庄より加太にいたる山間道を
制圧することを目的に
1904年(明治37)に竣工し
12cmカノン砲 6門を戦時に限り
据え付け、普段は深山の砲具庫に
収納していました。

現在、跡地は県立和歌山北高等学校の
西校舎に変遷して、砲関係の
遺構は破壊されているようですが
西庄より深山にいたる林道の周辺で
防御営造物境界標がわずかに
見ることが出来ます。



フォロワーのK先生と一緒に
西庄地区にお邪魔しています↓



ここに来る前に、深山と田奈川を
探訪しましたが、前者は遊歩道の
工事で海に出られず失敗・
後者は土地の所有者が
外出していたため失敗し、
ことごとく私にツキがありません。


仕方ないので、西ノ庄駅に
戻るようにして、林道に沿って
藪漕ぎします(笑)↓



コンクリートで造られた
防御営造物境界標が残ります↓



背面には通番である「二」が
刻まれていました↓



そもそも、防御営造物境界標は
要塞敷地の境界線上に
おかれるものなので、標柱から
固有の砲台敷地を特定出来る
ものではありませんが、
標柱の位置が西の庄堡塁を
指向しているので、同堡塁の
遺構としてカウントします。


我々のブログ・ホームページは
遺構ありきで案件を紹介するので
今回のように砲関係の遺構が
皆無だと、案件そのものを
ご紹介することが出来ないのです…


すぐ近くに「防三」が残ります↓




さらに南へ下っていくと
「防五七」がありました↓




さらに下っていくと、今度は
材質が異なる「防五八」が
残っています↓




藪漕ぎを続けていくと、
通番が1つ飛んで「防六〇」が
残っています↓




少し離れたところにも
記載内容が異なる
「陸61」が残っています↓



これ以上進むと危ないので
林道に出て西庄方面に
向かって進みました↓



ちなみに、最初の場所から
林道を深山方面に逆走した場所で
さらに3本を確認しています↓





由良要塞の防御営造物境界標は
バリエーションが豊富で
とても面白いです。



【収録遺構】
 陸軍由良要塞
 西の庄堡塁
 
   軍用地境界標 9本


【探訪情報】
 2008.03.18  第1回探訪
 2020.03.14  第2回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただきますねっ♪


それでは、またお会いいたしましょう★



↑よろしければ、こちらの「応援」も
 ひとつよろしくお願いします♪