【阪奈軍團】軍報 - 戦争遺跡調査研究軍 祐実総軍

【阪奈軍團】(71)大阪陸軍造兵廠相野地下軍需工場

皆様、日々のご精勤
誠にお疲れ様でございます。


さてさて、本日も昨日に引き続き
阪奈軍團「軍報」の第71弾として
兵庫県三田市から
相野地下工場の地下壕群を
抜粋してご紹介させてください↓



大阪陸軍造兵廠は、火砲・弾丸や
鋳造品などの製造や購買・ 研究などを
行う兵器生産工場で、1940年(昭和15)に
前身であった陸軍造兵廠大阪工廠からの
改称により開設され、従事工員数が
最盛期では約65,000名にもおよび、
その規模は東洋一をほこりました。

太平洋戦争の末期は、本土空襲が
本格化したため、生産ラインの確保を
目的に工場の疎開が始まり、現在の
三田市の相野地区にも地下工場が
建設されて旋盤などが
搬入されましたが、完成はすることなく
終戦となりました。

現在、地下工場は山林内に
放置されているため
崩落が進行していますが、
山の両側から掘削し、中央で
貫通させる予定だった6本の地下壕と、
完成した 1本の地下壕が残存しており、
見学が可能です。


福知山線の藍本駅に
到着でございます↓



おピンちゃん先生
現地まで歩いて向かいます↓



山の両側に地下工場の
坑道が残っています↓




一番の見どころはこれです↓



このお方もスゴイです↓


おそらく、この私よりも
胆力があると思いますね(笑)


この後は、篠山市へ移動です↓



【収録遺構】
 大阪陸軍造兵廠
 相野地下軍需工場

  地下壕 2区画

【探訪情報】
 1998.12.18  第1回探訪
 2017.03.18  第2回探訪
 
 歩数(指数) 約5,000歩(138)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますっ★


それでは、また明日っ!

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【阪奈軍團】(70)陸軍高射第三師団高射砲兵第一二三連隊東山高射砲台

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


徐々に気温が上がってきましたね。
そろそろ、探訪シーズンも
終わりでしょうかね・・・イヤイヤ


さてさて、本日は
阪奈軍團「軍報」の第70弾として
兵庫県神戸市から
探訪ホヤホヤである
東山高射砲台の遺構群を
ご紹介させてくださいませ↓



高射砲兵第一二三連隊は、
主に阪神地区の防衛任務についた
高射第三師団に隷属する部隊で、
1944年(昭和19)に編成されました。

東山高射砲台は、
高射砲兵第一二三連隊が守備する
防空砲台で、神戸周辺の防衛を
目的として設置されたようです。

現在、砲台の跡地は
山林となっており埋もれていますが
4箇所の砲座跡や、建物跡と推測する
遺構群が残っています。


今回もおピンちゃん先生
神戸電鉄の線路みたいな
急勾配に挑んでいきます↓



山頂付近に石垣や擁壁が
見えてきました↓




砲座が3箇所完存しています↓





送電線の建設によって
破壊された砲座跡も残ります↓



砲座付近には建物跡とおぼしき
基礎部分が残っています↓



これも関連遺構でしょうね↓



兵舎地区に進んでいきます↓



建物跡が2箇所残っています↓




このあたりからの眺めも
なかなかいいですねっ↓



山を少し下ったところにも
水槽が残っていました↓



おピンちゃん先生が
「神戸に来た気がしない」と
大変にご立腹ですので(笑)、
ここで探訪を打ち切って
布引ハーブ園に向かいます↓



しばし、お花ちゃん達の鑑賞会です↓





ここからの眺めも素晴らしいです↓




今回は、正面に見えるホテルに
宿泊をさせていただきました(笑)↓



【収録遺構】
 陸軍高射第三師団
 高射砲兵第一二三連隊
 東山高射砲台

  砲座 4箇所
  建物基礎 3箇所
  その他 4箇所

【探訪情報】
 2017.03.17  第1回探訪
 
 歩数(指数) 11,522歩(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますっ★


それでは、また明日っ!

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【阪奈軍團】(69)陸軍由良要塞深山第一砲台

皆様、いかがお過ごしでしょうか。

三等兵は、体調不良でダウンです。
睡眠不足でしょうかね・・・
朝から頭痛がひどかったので
今日は出勤を取りやめました。

でも、今は大丈夫ですっ★
ちゃっかり、ホームページ
更新も出来ちゃうくらいです(笑)


さてさて、本日はこの時間から
ブログの更新をさせていただき
ひとまず布団に入ることにします。


今回は、阪奈軍團「軍報」の
第69弾といたしまして
和歌山県和歌山市より
深山第一砲台の遺構を
ご紹介させてくださいませ↓



深山第一砲台は、
由良要塞の 1つで、加太地区で
最初に着工された砲台です。

しかし、建設工事に時間が
かかってしまったために、完成したのは
1897年(明治30)と少し出遅れました。

ここには、28cm榴弾砲を6門と、
15cm臼砲を4門据え付け
配備につきました。

現在は、国民休暇村の遊歩道として
整備されていますが、戦争遺跡として
保存展示されており、ほとんどの遺構が
現在も残っています。ただし、15cm臼砲の
砲座付近は整備されていないので、
藪漕や若干の山登りが必要です。

また、一部は崩落しており
足元が悪いので、見学にあたって
細心の注意が必要です。


和歌山の深山地区にお邪魔してます↓



煉瓦で造られた当時の軍道を
進んでいきます↓



何かがおかれていた跡ですね↓



少し進むと、掩蔽部が1つと
3連掩蔽部が残っています↓



3連掩蔽部は内部に通路が設けられ
接続されています↓



28センチ榴弾砲の砲座が
3箇所残っています↓





各砲座間には横墻トンネルが
2つ設けられています↓




各横墻トンネル内に砲側弾薬庫が
2つずつ設けられています↓




胸墻部分にも遺構が残ります↓



非公開区間を進みます↓



15cm臼砲の砲座が2つ残ります↓




弾薬庫が1つ残ります↓



弾薬庫周辺は、広場になっており
井戸や水槽・関連する遺構が
残っています↓




飲料水路と記載された
標柱も残っていました↓



付近に観測所も残ります↓



この横に、立台と思われる部分も
残っていました↓



北側に抜けた山道を少し下りると、
防御営造物境界標もありました↓




【収録遺構】
 陸軍由良要塞
 深山第一砲台

  砲座 5箇所
  地下施設 9箇所
  トンネル 2箇所
  観測所 1箇所
  その他 7箇所

【探訪情報】
 2008.01.14  第1回探訪
 2008.02.23  第2回探訪
 2008.03.18  第3回探訪
 2008.03.21  第4回探訪
 
 歩数(指数) 約55,000歩(926)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますっ★


それでは、また明日っ!

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【阪奈軍團】(68)陸軍第四師団和歌山射的場

皆様、土曜日をいかがお過ごしでしょうか。

三等兵は、終日家に籠って
我々のホームページ
制作に従事しておりました★

総軍プロジェクトの新年度は
一般的ではなく、11月が前期首で
5月が後期首となるのですが、
後期の開始(=5月)にあわせて
ホームページが新しくなります。
是非、ご期待ください★


さて、本日は阪奈軍團「軍報」の
第68弾といたしまして
和歌山県和歌山市におかれていた
和歌山射的場の遺構を
簡単にご紹介させてくださいませ。


和歌山射的場は、第四師団の
射撃演習場として、隷下部隊の
歩兵第六十一連隊が和歌山に
転営が決まったことで1907年(明治40)に
用地の買収が始まり、太平洋戦争の
終戦まで敷地が存続していました。

現在、敷地の跡地は公園や
住宅地などに変遷し、面影が
ありませんが、敷地の北側付近に
軍用地境界標が残存しています。


夏の暑い時期に和歌山市内へ
やってまいりました↓



まずは、暑さでバテている
おピンちゃん先生
ご褒美を先付けして
士気を大いに上げます(笑)↓



今回の探訪も、日頃より
お世話になっている
盡忠報國先生大日本者神國也
参考にさせていただきまして
記録作業に励んでいきます。


県立星林高校付近に到着です↓



付近に軍用地境界標が
2つ残っています↓




歩くのは得意なんですが、
さすがに暑さでバテバテです(笑)↓



【収録遺構】
 陸軍第四師団
 和歌山射的場

   軍用地境界標 2本

【探訪情報】
 2016.07.19  第1回探訪

 歩数(指数) 約1,000歩(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますっ★


今日は、終日お酒を飲みながら
(酉年なだけにケッコーやりました)
我々のホームページの制作を
していたため、さすがに
眠くなってきちゃいました・・・
早めに布団へ入ります(笑)


それでは、また明日っ★

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【阪奈軍團】(67)陸軍大阪師管区和歌山連隊区司令部

皆様、いかがお過ごしでしょうか。

体制は2月も変わらないですが
自身で勝手に定義した「マスト」の
クソ忙しさは本日で終了です。

そして、明日から数日間は
思いっきり力尽きる予定です(笑)
意味深ですね~ フハハハ


さて、本日も前回に引き続き
「予約投稿」でのブログ更新です。
阪奈軍團「軍報」の第67弾として
和歌山県和歌山市におかれていた
陸軍和歌山連隊区司令部の
遺構をご紹介させてください。


連隊区は、区域内の徴兵や
召集に関連する兵事事務を
行うための部署で、歩兵連隊の
所在地に司令部が設置されていました。

その中で、和歌山連隊区は
和歌山県内の兵事事務を担当し
大阪におかれた大阪師管区に
隷属しました。

現在、連隊区司令部の跡地は
近畿財務局和歌山財務事務所と
なっていますが、敷地の外周を中心に
当時の遺構が残っています。


前回に引き続き、夏の和歌山市に
お邪魔をしております↓



今回の探訪も、お世話になっている
盡忠報國先生大日本者神國也
神崎伸介先生kanレポート
参考にしながらの実施です★


当時のものと思われる門柱です↓



門柱から少し進んだところに
軍用地境界標が残っています↓



近畿財務局の背面に位置する
住宅地内にも軍用地境界標が
残っています↓



市道沿いにも当時のものと思われる
門柱が残っています↓


ここから少し南下した場所にも
軍用地境界標があったのですが
現認しただけで写真を撮るのを
忘れてしまったみたいです・・・(汗)

kan先生のレポートに掲載している
該当の軍用地境界標を
ここに掲載させてください m(_ _)m↓

kan先生ブログで掲載している
 写真を転載しています。


うーん。。。再訪したいのですが、
叶うかどうかって感じです・・・
凡ミスするなんて、
何とも情けないですね(涙)


【収録遺構】
 陸軍大阪師管区
 和歌山連隊区司令部

   門柱 2箇所
   軍用地境界標 2本
   軍用地境界標 1本(kan先生)

【探訪情報】
 2016.07.19  第1回探訪

 歩数(指数) 約1,000歩(96)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますっ★


明日は月を跨いで2月に入りますので
「ホームページ関係」でブログを
更新させていただきます。


それでは、また明日っ!



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