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戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

♦ プロフィール

祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪し
記録することを趣味とする
祐実総軍三等兵ですっ★

稚拙な内容ではございますが
これまでに関係者の皆様方と
見てきた戦争遺跡を中心に、
ブログ・ホームページなどで
順次ご紹介をしていきます♪

よろしくお願いしますっ★

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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


最近、仕事(残念)・軍跡関連での
作業で忙しくしておりまして、
ブログの更新が疎かになっております。

自分の中で、2日に1度の奇数日に
更新すると決めているので
これから起算更新による
回復運転をしてまいります(笑)


さて、今回はバックナンバーである
真己軍團「軍報」の第48弾の続編として
広島市・東広島市にまたがって
おかれていた中野村特設見張所の
遺構群のうち、東広島市に残るものを
引き続きご紹介させてください↓



なお、これは「後続記事」ですので
「本記事」もご覧くださいませ↓

 (48)中野村特設見張所(東広島市)

また、ここは広島市にも跨ってますので
こちらも併せてご覧くださいませ↓

 (49)中野村特設見張所(広島市)
 (49_続編)中野村特設見張所(広島市)



前回の記事に引き続き、
盡忠報國先生と一緒に
通称「海軍山」にお邪魔しております↓



さっそく、軍用地境界標を
見つけることに成功しました↓



背面部分に漢数字表記の
通し番号が入っています↓



もう1本が近くに残ります↓



山道を下るように進んでいくと
発電施設跡が残っています↓



隣接するようにして
関連する遺構も残ります↓




発電機の燃料を貯蔵した
貯蔵庫も残っていました↓



内部は小規模です↓



少し離れたところに
600メートル下に位置する
水源池から汲み上げた水を
浄化した水槽が残っています↓



水槽付近が敷地ぎわになるので
周辺を捜索したところ、
軍用地境界標が残っていました↓



さきほどの標柱群よりも
番号が若いです↓



ひと通り、見学をしたので
下山しようとしたら、
途中に軍用地境界標が
もう1つ残っていました↓




麓の駐車場に戻り、次の案件を
目指していきます↓



【収録遺構】
 呉海軍警備隊
 中野村特設見張所(東広島市)

  その他 2ヶ所
  建物 1棟(今回追加)
  建物基礎 1箇所(今回追加)
  軍用地境界標 4本(今回追加)
  その他 3ヶ所(今回追加)

【探訪情報】
 2018.12.22  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただく予定です。


それでは、またお会いしましょうっ★



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 ひとつよろしくお願いします♪

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


引き続き三等兵は、大好きな会社で
精神をすり減らしているところです。

多分、軌道に乗るまでの期間だと
信じていますが、これが延々と続くと
かなり厳しい状況に追い込まれます。

今は、他の人が不得意な調査を
一手に引き受けている代わりに
多少のわがままが通じていますが
先に私が崩れてしまわないように
何とかしたいところです。。。


さて、今回はバックナンバーである
真己軍團「軍報」の第49弾の続編として
広島市・東広島市にまたがって
おかれていた中野村特設見張所の
遺構群のうち、広島市に残るものを
ご紹介させてください↓


なお、これは「後続記事」ですので
「本記事」もご覧くださいませ↓

 (49)中野村特設見張所(広島市)



前回の記事に引き続き、
盡忠報國先生と一緒に
通称「海軍山」を探訪中です↓



司令棟から1段下がった場所に
兵舎跡が残っています↓



隣接して炊事場跡・風呂場跡・
トイレ跡・貯水槽が残ります↓






兵舎地区から再び1段上がる途中に
上水貯水槽が残っています↓



さらに上がっていきます↓



頂上付近に探照灯跡が残ります↓



少し離れた場所に管制器跡も
残っていました↓



隣接して退避壕跡が残ります↓



次回は発電施設跡と標柱群を
東広島市の続編として掲載します。


【収録遺構】
 呉海軍警備隊
 中野村特設見張所(広島市)

  建物 1棟
  建物基礎 1箇所
  その他 2箇所
  建物基礎 4箇所(今回追加)
  その他 5箇所(今回追加)

【探訪情報】
 2018.12.22  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただく予定です。


それでは、またお会いしましょうっ★



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


今日は日曜日ですので、
恒例の「病気」にかかっております。

ただでさえ、こんな状況なのに
明日は新人さんの面倒も
見なければいけないので
いつもより25%ほど症状が重いです。

明日は「新人さんの面倒」が
当方の仕事と割り切り、あれこれと
他の作業は一切やらないつもりです。


そもそも、社員じゃないのに
どうして私が教育係なのか
さっぱりわかりませんね(笑)


さてさて、愚痴も上々なところで
本日は真己軍團「軍報」の
第49弾といたしまして
広島市・東広島市にまたがって
おかれていた中野村特設見張所の
遺構群のうち、広島市に残る
遺構群の一部をご紹介します↓




中野村特設見張所は、
広島・呉方面を狙う敵機の早期発見を
目的として、1941年(昭和16)に建設が
開始されたようです。

ここには、飛行機のエンジン音をとらえ
索敵する空中聴音機をはじめ、
探照灯や管制器・兵舎・発電施設などが
設置され、終戦まで対空監視に
あたっていました。

現在、跡地のほとんどが
山林となっていますが、数多くの遺構が
残存しており状態も良好です。
また、麓からハイキングコースとして
各方面から登山道が整備されており
簡単に見学することが出来ます。



前回の記事に引き続き、
盡忠報國先生と一緒に
通称「海軍山」に向かって
共同探索していきます↓



残念ながら、私に体力がないので
ゼーハー言いながら30分ほどかけて
頂上付近に到着しました↓



最初に視界に入ってきたのは
聴音器跡です↓



円形のコンクリート基礎が
残っています↓



先に進んでいくと司令棟が
残っています↓



建物の内部の様子です↓




建物脇に屋外のトイレ跡が
残っています↓



建物の背面に、続編でご紹介予定の
退避壕に続く階段跡が残ります↓



遺構数が多いので、今回は
ここで打ち切りますね m(_ _)m


【収録遺構】
 呉海軍警備隊
 中野村特設見張所(広島市)

  建物 1棟
  建物基礎 1箇所
  その他 2箇所

【探訪情報】
 2018.12.22  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただく予定です。


それでは、またお会いしましょうっ★



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


毎度の愚痴で恐縮ですが、
ここのところの仕事でクッソミソに
やられているところでございます・・・


何をどうして欲しいのか、
目的もわからないままの状態で
こちらに仕事を丸投げ(怒)

「とにかく資料を作って欲しい」と。

入社1日目の社員に営業先を伝えず
「今すぐ一人で営業に行ってくれ」と
言っているようなもんです。

頭、大丈夫か?
プロマネの素質なしですね。


ってなわけで、今日は住民反乱です(笑)

無責任な指示に対して無責任に応え
1日の作業の9割以上を放棄し
ほとんど何もしませんでした。


どうせ、やったところで0ベースの
振り出しに戻るのは必至なので
やるだけムダだし、こんなことで
残業なんて「論外」です。


契約上、残業したところで
こちらに見返りは何もないので
そんな場面にビジネスなど
成立するわけがありません。

本当に仕事が大好きな人は
ボランティアでもやるでしょうから
そちらにお願いすればいいと思います。

当方は、じゃら銭程度で延々と
仕事をする気は皆無ですので。


あーっ、すっきりしましたっ★
すみません、文句ばかり書いてしまって。


さてさて、今回は真己軍團「軍報」の
第48弾といたしまして、
広島市・東広島市にまたがって
おかれていた中野村特設見張所の
遺構群のうち、東広島市に残る
水源池を簡単にご紹介します↓




中野村特設見張所は、
広島・呉方面を狙う敵機の早期発見を
目的として、1941年(昭和16)に建設が
開始されたようです。

ここには、飛行機のエンジン音をとらえ
索敵する空中聴音機をはじめ、
探照灯や管制器・兵舎・発電施設などが
設置され、終戦まで対空監視に
あたっていました。

現在、跡地のほとんどが
山林となっていますが、数多くの遺構が
残存しており状態も良好です。
また、麓からハイキングコースとして
各方面から登山道が整備されており
簡単に見学することが出来ます。



西の大御所・盡忠報國先生
東広島市内にお邪魔しております↓



天候がイマイチですが、
通称「海軍山」に向かって
共同探索していきます。


駐車場のことで近所の方に
お尋ねしたところ、その方が
現存する遺構の保存と
登山道の整備にあたっており
色々とお話しをうかがうことが
出来ましたっ★↓



30分くらいお話しをしたところで
いよいよ登山を開始します↓



登山道を少し進んだところに
水源池が残っているのですが
先日の豪雨災害によって
ひどい状況に変貌していました↓



付近に石垣がわずかに残ります↓



メインの遺構が残る山頂に続く
登山道もこのようなありさまです↓



続編に続きます↓



【収録遺構】
 呉海軍警備隊
 中野村特設見張所(東広島市)

  その他 2ヶ所

【探訪情報】
 2018.12.22  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただく予定です。


それでは、またお会いしましょうっ★



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


残念ながら三等兵は、ここのところ
大好き過ぎて失神しそうな仕事で
めったくそにやられていますが、
何の状況も知らない営業が
この俺様に精神論とやらを説きに
来週、視察に来るのだとか(笑)


何も知らないくせに、私よりも
優位に立とうとする奴が
私は一番「大嫌い」なので
ボロカスにしてやるつもりです★


こちらには勝算があるので、
謝るか、泣くまで容赦しません(笑)


さてさて、本日も素晴らしい愚痴が
上々なところで、真己軍團「軍報」の
第47弾といたしまして、
三瓶原演習場の遺構群のうち、
島根県飯石郡飯南町に残るものを
簡単にご紹介させてくださいませ↓




三瓶原演習場は、第五師団に隷属する
部隊の砲撃演習場として、
1888年(明治21)に土地の買収が
開始され、終戦まで存続しました。

戦後、敷地は開拓されて牧場や
農地・スキー場などに変遷していますが
着弾観測所や軍用地境界標が
残っています。



西の大御所・盡忠報國先生
三瓶山付近にお邪魔しています↓



今回は事前に収集してくれた
盡忠報國先生の情報を基に、
共同で遺構を捜索していきます↓



三瓶山高原道路沿いの
牧場付近に着弾観測所が
残っています↓



外観はものすごく大きいですが
内部は小さかったです↓



そうはいっても、これほどのものが
現存しているのはスゴイことです↓



周辺にもう1つ残っているようなので
アタリをつけた場所に移動します↓



藪漕ぎを開始していきます↓



残念ながら、もう1つの着弾観測所は
見つけることが出来ませんでしたが
軍用地境界標群を見つけることに
成功いたしました↓






最後に見つけることが出来た標柱は
表面に通番の枝番が表記されており
なおかつ背面にもイロハ形式の
通番とおぼしき文字が入っていました↓




三瓶原演習場は飯南町と大田市に
跨っておかれているため、
大田市に残る遺構を探しに
駒を進めていきます↓



【収録遺構】
 陸軍第五師団
 三瓶原演習場

  地下施設 1ヶ所
  軍用地境界標 5本

【探訪情報】
 2018.12.21  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただきますねっ♪


それでは、またお会いしましょうっ★



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