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戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

♦ プロフィール

祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪し
記録することを趣味とする
祐実総軍三等兵ですっ★

稚拙な内容ではございますが
これまでに関係者の皆様方と
見てきた戦争遺跡を中心に、
ブログ・ホームページなどで
順次ご紹介をしていきます♪

よろしくお願いしますっ★

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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


せっかくの三連休なのに、
台風が上陸するとのことで
行き場のない怒りが・・・


上陸するなら平日にしろ、平日にっ!


さて、今回は真己軍團「軍報」の
第51弾の続編といたしまして、
三瓶原演習場の遺構群のうち、
島根県大田市に残るものを
引き続き、ご紹介いたします↓



なお、これは「後続記事」ですので
「本記事」もご覧くださいませ↓

 (51)陸軍第五師団三瓶原演習場



飯南町のイキイキ探訪に続き、
大田市の三瓶山付近に
盡忠報國先生とお邪魔中です↓



山の駅「さんべ」の南側に展開する
山林内で軍用地境界標を1本だけ
見つけることが出来ました↓



この標柱のタイプは中国地方で
よく見かけるのですが、
関東地方では見たことがないです。


林の中に入っていくと
区画された平場が残っており
これも関連遺構と思われます↓



さっそく、山頂付近に設けられた
監的所を一緒に捜索しますが
背丈ほどのブッシュに阻まれ
敗走しました・・・↓



午前中はいい陽気でしたが・・・↓



他の遺構を見学して
昼過ぎに戻ってきたら
こんな陽気になってしまいました↓



周辺にお住まいの方々にも
聞き込みを行い、教えてくれた
場所あたりから山に取りつくも
見通しが悪く、再び失敗しました・・・↓



いったん、麓まで戻って落ち着き
お互いのノウハウを出し合って
アタリを付けてみます・・・↓



予想した取り付け口から
3度目のチャレンジをします↓



雨は降るわ日没は近いわで
もう後がありません・・・↓



1時間くらいブッシュと格闘し
埋もれてしまった監的所を
ついに発見しましたっ↓



盡忠報國先生が外回りを
掃除してくれたので
キレイな外観を撮れました↓




内部の様子です↓




監的所の上部に、何やら
基礎が4つ残っていますね・・・↓



これは展望所を兼ねた櫓の跡で
横に鉄塔が倒れていました↓



展望所付きの監的を
当方は初めて見ましたが、
盡忠報國先生は雲邉寺演習場で
見たことがあるとのこと。

こういうお話しは、広い範囲で
たくさんの遺構を見てきた方からしか
聞くことが出来ません。


雨でずぶ濡れになりながら
3度のチャレンジでやっと見つけた
監的所なので、名残惜しいですが
ここで引き揚げます↓



日が完全に落ちてしまいましたが
車に戻り、この日の宿泊先である
東広島市に向けて出発です↓



【収録遺構】
 陸軍第五師団
 三瓶原演習場(大田市)

  トンネル 1箇所
  その他 3箇所

  地下施設 1箇所(今回追加)
  軍用地境界標 1本(今回追加)
  その他 1箇所(今回追加)

【探訪情報】
 2018.12.21  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


それでは、またお会いしましょうっ★



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


今週は腰痛がひどくなってしまい、
会社を休んだ日もあったのですが
1週間がとても長く感じました…


発症して5日が経ちましたが
背筋を伸ばしたり、しゃがんだりすると
まだ痛みがはしるので、今回は
長い付き合いになりそうですが
仕事のためではなく、探訪のために
完治出来るように努力します。


さて、今回は真己軍團「軍報」の
第51弾といたしまして、
三瓶原演習場の遺構群のうち、
島根県大田市に残るものを
2回に分けてご紹介していきます↓




三瓶原演習場は第五師団に隷属する
部隊の砲撃演習場として、
1888年(明治21)に土地の買収が開始され
終戦まで存続しました。

戦後、敷地は開拓されて牧場や
農地・スキー場などに変遷していますが
着弾観測所や廠舎に水を引き込むための
水源池などが残っています。



飯南町に引き続き、大田市の
三瓶山付近に盡忠報國先生
お邪魔をしております↓



今回は、現在の志学中学校界隈に
おかれていた廠舎に水を
引き込むためにおかれていた
水源池の遺構を探訪していきます↓



神社の裏手に貯水槽が残ります↓



土砂で埋まっていますが、
こちらも関連する遺構と思われます↓



山側に進んでいくと、わずかに
水路の跡が残っています↓



山の麓付近に、水源につながる
トンネルが残っていました↓



内部はモヤがかかっていましたが
コンクリートでしっかりと造られており
現在もかなりの量の水が
流れています↓



雨が降ってきたので、引き揚げて
敷地の西端付近に残る
遺構に急行します↓



【収録遺構】
 陸軍第五師団
 三瓶原演習場(大田市)

  トンネル 1箇所
  その他 3箇所

【探訪情報】
 2018.12.21  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


残念ながら、日曜日も終焉となり
再び、平日の5日間が始まります・・・

休日は、ただただ「仕事の疲れを
取ることに専念をする日」だと思ったら
大きな間違いですね。

残念ながら、こういう愚痴を書いても
平日は必ずやってくるので
このくらいにしておきます(笑)


さて、今回も真己軍團「軍報」の
第50弾の続編といたしまして
鳥取県東伯郡北栄町におかれた
舞鶴海軍通信隊中北條分遣隊の
兵舎地区に残る遺構をご紹介します↓



なお、これは「後続記事」ですので
「本記事」もご覧くださいませ↓

 (50)舞鶴海軍通信隊中北條分遣隊



前回に引き続き、盡忠報國先生
北栄町にお邪魔しております↓



国坂地区に展開する集落の一角に
門柱が残っています↓



門柱の北側に当時の建物基礎が
広い範囲にわたって残ります↓






こちらも位置関係・材質から
当時のものと判断した遺構です↓



敷地の北東部付近には
地下施設が残っています↓



内部は、部屋のような大きな空間が
3つ設けられており、複数の
出入口が設けられていました↓



入口が2つ設けられていた
小さな部屋も1つありました↓



地下施設付近に軍用地境界標が
1本残っています↓



背面には通し番号が
漢数字で入っていました↓



他にも標柱が残っていないか
盡忠報國先生と一緒に
周辺を追ってみましたが
残念ながら見つけられませんでした・・・


このほか、もう1つ地下施設が
周辺に残っていますが
私有地内のため内部の写真を
1枚載せるだけにとどめておきます↓



ひととおり見学した後は
米子方面に進んでいきます↓



【収録遺構】
 舞鶴海軍通信隊
 中北條分遣隊

  その他 4箇所

  建物基礎 4箇所(今回追加)
  地下施設 2箇所(今回追加)
  軍用地境界標 1本(今回追加)
  その他 1箇所(今回追加)

【探訪情報】
 2018.12.19  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


それでは、またお会いしましょうっ★



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


いつものことですが、
きまって17時くらいになると
仕事イキイキになってしまう
ヘンな病気が社内に蔓延しており
引き続き、翻弄されております・・・


私も、こういう人達に負けず
朝から晩まで軍跡探訪に
イキイキとしたいところです(涙)


さて、ブログ更新が遅滞気味ですが
今回は真己軍團「軍報」の
第50弾といたしまして
鳥取県東伯郡北栄町におかれた
舞鶴海軍通信隊中北條分遣隊の
遺構群をご紹介します↓




中北條分遣隊は、主に無線の受信を
行う目的で、日本海一帯の軍事通信を
行っていた舞鶴海軍通信隊の
分遣隊として1937年(昭和12)に
おかれました。

ここでは、無線の傍受や航空機との
管制通信・方位測定などの任務につき
終戦まで機能が存続していたようです。

現在、跡地は住宅地や畑地に
変遷していますが、当時の遺構が
残っています。



西日本における軍跡探訪の
ホープである盡忠報國先生
中国地方ブートキャンプ中に
北栄町にも寄らせていただきました↓



江北地区の畑地の一角に
通信塔の基礎が残っています↓



2つ目の基礎部分です↓



3つ目の基礎部分は
林の中に埋もれていました↓



用途は判りませんが、こちらも
関連する遺構であると思われます↓



この後は、兵舎地区を見学しましたが
時間の都合で別掲載としますね↓



【収録遺構】
 舞鶴海軍通信隊
 中北條分遣隊

  その他 4箇所

【探訪情報】
 2018.12.19  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


それでは、またお会いしましょうっ★



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


最近、仕事(残念)・軍跡関連での
作業で忙しくしておりまして、
ブログの更新が疎かになっております。

自分の中で、2日に1度の奇数日に
更新すると決めているので
これから起算更新による
回復運転をしてまいります(笑)


さて、今回はバックナンバーである
真己軍團「軍報」の第48弾の続編として
広島市・東広島市にまたがって
おかれていた中野村特設見張所の
遺構群のうち、東広島市に残るものを
引き続きご紹介させてください↓



なお、これは「後続記事」ですので
「本記事」もご覧くださいませ↓

 (48)中野村特設見張所(東広島市)

また、ここは広島市にも跨ってますので
こちらも併せてご覧くださいませ↓

 (49)中野村特設見張所(広島市)
 (49_続編)中野村特設見張所(広島市)



前回の記事に引き続き、
盡忠報國先生と一緒に
通称「海軍山」にお邪魔しております↓



さっそく、軍用地境界標を
見つけることに成功しました↓



背面部分に漢数字表記の
通し番号が入っています↓



もう1本が近くに残ります↓



山道を下るように進んでいくと
発電施設跡が残っています↓



隣接するようにして
関連する遺構も残ります↓




発電機の燃料を貯蔵した
貯蔵庫も残っていました↓



内部は小規模です↓



少し離れたところに
600メートル下に位置する
水源池から汲み上げた水を
浄化した水槽が残っています↓



水槽付近が敷地ぎわになるので
周辺を捜索したところ、
軍用地境界標が残っていました↓



さきほどの標柱群よりも
番号が若いです↓



ひと通り、見学をしたので
下山しようとしたら、
途中に軍用地境界標が
もう1つ残っていました↓




麓の駐車場に戻り、次の案件を
目指していきます↓



【収録遺構】
 呉海軍警備隊
 中野村特設見張所(東広島市)

  その他 2ヶ所
  建物 1棟(今回追加)
  建物基礎 1箇所(今回追加)
  軍用地境界標 4本(今回追加)
  その他 3ヶ所(今回追加)

【探訪情報】
 2018.12.22  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただく予定です。


それでは、またお会いしましょうっ★



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