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戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

♦ プロフィール

祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪し
記録することを趣味とする
祐実総軍三等兵ですっ★

稚拙な内容ではございますが
これまでに関係者の皆様方と
見てきた戦争遺跡を中心に、
ブログ・ホームページなどで
順次ご紹介をしていきます♪

よろしくお願いしますっ★

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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


この3連休で山口・広島を
探訪してきましたが、
すごい混雑してました。


誰かさんが「我慢の3連休」とか
なんか言ってましたけど、
平日はがっつり仕事して
休日は自粛というフレーズに
みんな我慢出来なくなった
感じがしましたね。


感染を拡大させないための
最低限の装備やルール・
エチケットは今後も意識しますが
出社ルールを変えないまま
休日だけ自粛しろといった
会社からのお願いは
引き続き、聞くつもりは
毛頭ありません。


私も会社も、それぞれ
都合のいい解釈で
物言いしているので
お互い様ですけどね(笑)


さてさて、遠征でブログ更新が
飛んでしまいましたが
今回も由香里軍團「軍報」の
第12弾といたしまして
山形県天童市に掘削された
東京第一陸軍造兵廠仙台製造所の
疎開地下工場跡をご紹介します↓




仙台製造所は、小銃・機関銃の
弾薬類を製造した
東京第一陸軍造兵廠の
生産拡張を目的として
1941年(昭和16)に開設され
太平洋戦争の末期に入り、
空襲に備え生産ラインを維持するため
現在の天童市内に地下工場が
掘削されました。

地下工場は1944年(昭和19)の
12月頃から掘削がはじまり、
越王山の東西方向から掘り進められ
天童駅から資材を搬入するための
軍用線も計画されていたようですが
完成することなく終戦となりました。

跡地は山林や畑になっており、
脆い地質のため、ほとんどが
崩落していますが、壕口が
わずかに残っています。



我が総軍大元帥と一緒に
天童市内にお邪魔しております↓



時短のため、天童駅から
長龍寺までタクシーの力を
借りて移動します↓



ちょうど境内に住職さんが
いらっしゃったので、
お話しをうかがいましたが
残念ながら、地下壕は
潰れて藪に埋もれ危険だよと
教えていただきました↓



痕跡をどうしても見たくて
埼玉から来たとお話しすると
おおよその場所を
教えてくださりましたので
とにかく行ってみます↓



藪の中を進んでいくと
建物があったと推測する
区画がありました↓



その背面には
「入るな危険」の看板が
立てられており、地下壕が
存在していたことを
におわせますが…↓



残念ながら崩落しており
ごらんのような有様です…↓



山の麓をまわり込むようにして
さらに北へ進んでいくと
入口が埋没した痕跡が
ありました↓



壕口付近に古いコンクリート製の
水槽のようなものがありましたが
他の地下工場などでも
よく見られるものなので
当時の遺構であると
断定しました↓



ここから先は、藪が深く
急斜面を横切る形になるので
総軍大元帥に待ってていただき
進んでいきます↓



地下壕跡がもう1つ
確認出来ました↓



さらに北上していくと
わずかに1ヶ所だけ
開口している部分を
見つけることが出来ました↓



そうはいっても、土砂と
土嚢で塞がっており
中に入ることは出来ませんが
10メートルほどの壕を
確認することが出来ます↓



10分ほど界隈をうろちょろして
総軍大元帥のもとへ引き返し
長龍寺付近まで戻ると
この山についての看板が
立てられており、地下壕の存在が
判るようになっていました↓



ここから天童駅までは
まあまあの距離がありますが
歩いて戻ることにします↓



途中、リンゴ畑がたくさんあり
総軍大元帥が楽しみながら
熱心に見ていた光景が
今でも忘れられません↓



1時間ほど歩いたところで
日没となり、天童駅から
山形市内のホテルに戻りました↓



【収録遺構】
 東京第一陸軍造兵廠
 仙台製造所
 天童地下軍需工場

  地下壕 1箇所
  その他 4箇所

【探訪情報】
 2020.10.31 第1回探訪

 歩数(指数) 14,252歩(100)


後ほど我々のホームページ内でも
ご紹介させていただきますね。


それでは、またお会いしましょうっ★



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


早いもので、あと1ヶ月少しで
今年もおしまいですが、今日は
我が埼玉県を含め、夏日を
記録したところがあり
季節感覚がありませんねぇ…


そうはいっても、シーズンの
真っ只中ですので、
どんどん探訪していきます。


さて、今回は由香里軍團「軍報」の
第11弾といたしまして、
山形県山形市に展開した
歩兵第三十二連隊の遺構群を
簡単にご紹介させてください↓




歩兵第三十二連隊は、
1896年(明治29)に秋田で編成され
日露戦争後に新設された
山形市内の兵営に移り、
第二師団に隷属しました。

大正時代に入るとシベリア出兵を経て
末期の軍縮により第八師団に
隷属先が変更され、昭和時代に入ると
第二十四師団の隷下となり
満州に駐屯してソ連との国境の
警備にあたりましたが、
太平洋戦争の後半に入ると
沖縄戦に転用されて
激戦を繰り広げ、終戦となりました。

現在、跡地は霞城公園に
変遷しており、面影が
全くありませんが、遺構が
わずかに残ります。



我が総軍大元帥と一緒に
山形市内の中心にある
霞城公園に向かいます↓



当時の正門がおかれていた
入口から入ります↓



公園内を歩いてみましたが
整地のために遺構はなさそうです↓




公園の北側に進んでいくと
同連隊の兵営の建設のために
破壊された山形城の
発掘工事が行われており…↓



その一角に、兵舎の
跡かもしれない煉瓦片が
掘り出されていました↓



これは間違いなく
遺構だと思いますが、
この後、どうなるのか…


公園内をひと通り見学し
北側の出口に向かいます↓



出口付近の歩兵第三十二連隊の
碑がおかれていました↓



今度は、お堀の外側を
1周するようにして
歩いてみましたが…↓



北堀の近くをはしる
細い路地沿いに、
軍用地境界標が
残っていました↓



この手のタイプは
初めて見ました↓



畏れ多くも総軍大元帥を
歩かせてしまいましたが、
お供のカエル軍團も
楽しんだようです(笑)↓



【収録遺構】
 陸軍第二師団
 歩兵第三十二連隊
 (陸軍第八師団
  歩兵第三十二連隊)

  軍用地境界標 2本
  その他 1箇所

【探訪情報】
 2020.11.01 第1回探訪

 歩数(指数) 15,600歩(100)


後ほど我々のホームページ内でも
ご紹介させていただきますね。


それでは、またお会いしましょうっ★



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


日曜日もあと少しで終わり、
恐怖の平日5連チャンが
ニコニコして待ち構えてますね。


仕事のことしか考えられない
社畜イキイキと過ごすのは
大嫌いですが、次週末は
遠征するので、ここはひとつ
我慢ですかね…


さて、今回は由香里軍團「軍報」の
第10弾といたしまして、
岩手県盛岡市におかれていた
工兵第八大隊の遺構を
簡単にご紹介させてください↓




工兵第八大隊は、第八師団に
隷属する支援部隊で、
1908年(明治41)に盛岡市内へ
転営しました。

その後、朝鮮駐留を経て
シベリア出兵に従事し、
昭和時代に入ると「連隊」に
昇格したのちに満州へ移駐し
大陸戦線に参加しますが、
太平洋戦争の末期は
フィリピン方面の作戦に従事し
終戦を迎えたようです。

現在、跡地は国立病院機構の
盛岡医療センターに変遷していますが
門柱をはじめとする遺構が
わずかに残っており
保存されています。



盛岡医療センターに
単騎でお邪魔をしています↓



医療センターの一角に
門柱が保存されています↓



案内板が設けられています↓



門を抜けたところに
工兵営跡と工兵第八連隊の
碑がおかれていました↓




敷地南側付近にも
塀なのか建物基礎なのか
よくわからない古いコンクリートの
遺構が残っています↓




日没が迫っているので
次の案件に向けて進みます↓



【収録遺構】
 陸軍第八師団
 工兵第八大隊
 (陸軍第八師団
  工兵第八連隊)

  門柱 1箇所
  その他 1箇所

【探訪情報】
 2020.10.17 第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


後ほど我々のホームページ内でも
ご紹介させていただきますね。


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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


10月の中旬から、
毎週末、泊まりであちこちへ
楽しく遠征したツケが来たのか
今日は久しぶりの出社で
ロクなことがありませんでした…


仕事が大好きなので、ここのところ
ほぼ定時で切り上げてましたが
ついに「副業してんの?」と
他部署の仕事クソイキイキにも
聞かれる始末で(笑)


金もろくすっぽ払わないくせに
定時で帰っちゃいけないと
真顔で言ってくるバカな
社畜が多くて大迷惑ですな。


ガタガタ言う前に、黙って
テーブルに現金の10枚くらい
気前よく置いてみろよオラ。


さて、このままいくと
仕事を「絶賛」する内容の
ブログ更新で終わってしまうので
今回は由香里軍團「軍報」の
第9弾といたしまして
岩手県北上市に掘削された
中島飛行機の和賀地下工場を
簡単にご紹介させてください↓




和賀地下工場は、中島飛行機の
武蔵製作所の工場機能の
分散疎開を目的として、
1945年(昭和20)3月頃より
掘削が開始されました。

ここでは、「剣」の部品を
製造する計画で、突貫工事で
進められましたが、
完成することなく
終戦となりました。

現在、跡地は山林に変遷し、
4本の壕が残存していますが
市で管理されているため
ほとんどが封鎖されています。



北上からJR北上線に乗り、
5駅目の横川目で下車します↓



このあたりは超ローカル線なので
ご覧のような運行本数です…↓



ここから30分ほど
トボトボと国道に沿って
地道に歩いていきます↓



現地に到着です↓



ちょうど、ご夫婦が
農作業をされていたので
主旨をお話ししたら、
埼玉から来たことに驚かれ
案内していただきました↓



地下工場の入口に到着です↓



残念ながら、どれも入口が
封鎖されていました…↓





封鎖されてはいるものの、
無知な自治体がよくやる
ブロックなどによる
完全封鎖ではないため
内部の状態が判ります↓





ここまでは想定内で、
中にイケると予想していた
上部壕によじ登ります↓



大枚はたいて、ここまで
来たのですから、何としても
やりたかったのですが…↓



多少の水没は覚悟して
いたものの、想定を上回る
水没で、無念の敗走です…↓



上層部は下層の換気口としての
用途で掘削されたようですが、
大水没しているところをみると
下層には接続していないと
すぐに判りました…


上層と下層の高低差が
かなりあり、最近の長雨による
土砂崩れと絶壁のため
滑落したら死にます…↓



もう少し、界隈を見たかったですが
次の電車の発車時間が
残り15分とギリギリなので、
走って駅まで戻ります…↓



これを逃すと、約3時間
列車が来ず、予定していた
以降の探訪が全てパーに
なるところでしたが、なんとか
間に合いました…↓



【収録遺構】
 中島飛行機
 和賀地下軍需工場

  地下壕 1区画

【探訪情報】
 2020.10.17 第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(70)


後ほど我々のホームページ内でも
ご紹介させていただきますね。


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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


ここ数日、天気と気温が安定し
せっかくの過ごしやすい日々が
大好き過ぎて辞めてしまいたい
クソ仕事が連日水を差して
台無しにするといった感じです。


今週から11月いっぱいまでの
週末は、すべて旅行・探訪で
埋めましたので、引き続き
仕事どころの話ではありません(笑)


3か月くらい仕事しないで
存分に探訪したいところですね。


さて、今回は久しぶりの
由香里軍團「軍報」の第8弾として
岩手県花巻市におかれていた
防空監視哨を再訪したので
ご紹介させていただきます↓




花巻防空監視哨は、空襲に備えて
敵の飛行機の接近を把握する目的で
全国におかれていた
防空監視哨のうちの1つで、
1942年(昭和17)に設置されました。

ここでは、上空に接近する敵の
飛行機の種類を音で聞き分けて
報告する任務につきました。

現在、跡地は住宅地に
変遷していますが、聴音壕が
よい状態で残っており
内部写真を載せた案内板が
立てられ保存されています。



7年ぶりに花巻でございます↓



前回は友人の車だったので
気が付きませんでしたが、
この不自然な形状の道路に
違和感をもちました↓



すぐに線路の跡と察しがつき
しかも、南から西に向きを変え
中島飛行機の疎開工場方面に
向かっているように見えたので
「これはっ」と思っていたのですが…↓



答えは旧花巻電鉄でした↓




昔は鉄道大好きだったので
保存車3形の足回りをじっくり見て
防空監視哨に向けて進みます↓



7年ぶりに聴音壕に
到着しましたが、風景が
ガラッと変わっており
ビックリしましたっ↓



聴音壕は、いわゆる高床式の
大変珍しいもので、地上から
内部を見ることが出来ません↓



聴音壕の内部写真が載った
案内板が立てられていました↓



案内板の内部写真を
拡大するとこんな感じです↓

※案内板の写真です。


内部の構造は、他で見た
聴音壕と同じのようです↓

※案内板の写真です。


初回探訪時は雑木林で
雑な感じに残っていたのですが
整備され見学しやすくなり
とても嬉しい限りです↓




あまり長居が出来ないので
次の案件に向けて
移動していきます↓



【収録遺構】
 花巻防空監視哨

  その他 1箇所

【探訪情報】
 2013.12.07 第1回探訪
 2020.10.17 第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


それでは、またお会いしましょうっ★



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