戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪して
記録することを生き甲斐とする
祐実総軍三等兵でございます★
稚拙な内容ではございますが、
これまで調べてきた戦争遺跡を
ブログ・ホームページで紹介を
させていただいておりますっ♪

よろしくお願いしますm(__)m

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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


今日はいい陽気で、なおかつ
おピンちゃん先生とも休みが
重なったので、ワインと
サンドイッチをもって家の前の
広場に出てみました↓
DSC_3729.jpg


前回、調子に乗りすぎて
おピンちゃん先生に怒られた
ウィー太郎君も一緒です(笑)↓



はじめは少々控えめでしたが、
やはり食べ物を見ると
気になって仕方がないようです↓



涼しくなってきたので、
夕方くらいに帰還しました(笑)


飲み過ぎ・食べ過ぎで
堕落したところで、今回は
珠美軍團「軍報」の第14弾として
福井県鯖江市におかれていた
鯖江陸軍墓地をご紹介します↓




鯖江陸軍埋葬地は、
鯖江市内に展開した陸軍部隊の
戦没者や戦病没者の墓地です。

墓地面積は 6,140坪といわれており
ここには太平洋戦争の終戦までに
25,157の御霊様が合祀されています。

現在、敷地は縮小されているものの
福井県遺族連合会に移管されて
嶺北忠霊場となっており、忠霊塔と
合葬碑などが丁寧に残されています。



福井鉄道の水落駅に到着です↓



少し歩くと嶺北忠霊場があります↓



当時の門柱と思われます↓



参道を進んだ最上部に
忠霊塔があります↓



少し下がったところに
合葬墓碑が並びます↓



個人墓標も建立されています↓



拝礼を済ませ、宿泊地の金沢へ
向かっていくのですが、
水落駅に戻る途中で雲行きが・・・↓



はいぃ~、ゲリラ豪雨~(笑)↓



武生まで福鉄で戻って
武生からJR特急で行きます↓



残念ながら土地勘がなく、
福井~金沢は「近い」と
思っていたため自由席に
座ったのですが、思いのほか
距離があって時間かかりました↓


出発地は岡山です(笑)
この日は、岡山・京都・近江今津・
敦賀・鯖江・金沢を1日でまわり
体には少々こたえましたが、
新しいものばかりで
楽しい探訪となりました★


【収録遺構】
 鯖江陸軍埋葬地
 (鯖江陸軍墓地)

  門柱 1箇所
  その他 1箇所
  墓標様

【探訪情報】
 2017.07.12  第1回探訪

 歩数(指数) 1,346歩(100)


後ほど、我々のホームページでも
ご紹介させていただきますっ★


明日と明後日のブログは、
「ホームページ」関係で
更新させてくださいませ m(_ _)m


それでは、よい週末をっ!



↑応援よろしくお願いします m(_ _)m

皆様、おはようございますzzz

三等兵の忙しさは今日までです。
いやぁ、一昨日の打ち合わせで
復帰調整をしている矢先に
ボタンを掛け違えるような
設計ミスをしちゃいましてね・・・
相手の心理を深読みし過ぎました(笑)

でも、作戦を立て直したので
今度は万全ですよっ!
次こそ、目にモノを見せてやるっ★
全て今日で片付けてご覧にいれます(笑)

逆襲されたりして(汗)


さて、本日も早い時間から
ブログを更新させていただきますね。

今回は珠美軍團「軍報」の
第13弾といたしまして
福井県鯖江市におかれていた
鯖江射的場の遺構をご紹介します↓




鯖江射的場は、第九師団の
編制にともない、隷下の
歩兵第三十六連隊が鯖江市内に
展開したことで1897年(明治30)に
設置されました。

当初は兵営に隣接して
設置されていましたが、周辺に
人家が増えたことにより、
事故防止のため兵営から
少し北に離れた土地を買収して
新たな射撃場を設置し、終戦まで
存続しました。

現在、跡地の大半が住宅地に
変遷していますが、軍用地境界標と
橋梁の一部が移設されており、
案内板を設けて保存されています。



京都から近江今津・敦賀を経由して
越前武生駅から福鉄に乗車します↓


福鉄は、日中時間帯で
1時間に4本も運行されており
このうちの2本が急行運用で
急行が停車しない駅は
30分間隔となります。

地方遠征で、私みたいなのが
まず泣かされるのは電車の本数。
1日3本しか走らない線区(只見線)も
利用せざるをえない場面もありまして・・

でも、福鉄は地方の私鉄の中では
本数も多くて素敵ですねっ★


急行が止まらない鳥羽中駅
おピンちゃん先生と到着です↓



鳥羽中駅から北西に
10分ほど歩くと、当時の橋梁の
欄干が移設保存されています↓



軍用地境界標も保存されています↓



案内板も立てられています↓



【収録遺構】
 陸軍第九師団
 鯖江射的場

  軍用地境界標 1本
  その他 1箇所

【探訪情報】
 2017.07.12  第1回探訪

 歩数(指数) 1,021歩(100)


後ほど、我々のホームページでも
ご紹介させていただきますっ★


それでは、行ってきますっ!



↑もし、よろしければ
 応援してやってください♪

皆様、いかがお過ごしでしょうか。

いよいよ、8月も終わりですね・・・(涙)


残念ながら、完全な「休車」も
今日で終わりで、来月から在宅で
「復帰調整」をしつつ、10月からは
再び「本運用」となる予定です。


7月から2か月にわたって、色々と
やりたかったことを実践しましたが、
残念ながら、当方が思っていたよりも
我々のホームページの更新だけは
進みませんでした。悔しいです(涙)


なお、本来であれば明日の記事は
月替わりにともなって前月度の
アクセス統計となるはずですが、
残念ながら、月末にバタバタして
データ収集が全く出来ておりません。
つきましては、9月4日(月)の記事に
振り替えさせてくださいませ m(_ _)m


さて、本日は珠美軍團「軍報」の
第12弾といたしまして、
福井県鯖江市におかれていた
歩兵第三十六連隊の遺構を
簡単にご紹介させてくださいませ↓




歩兵第三十六連隊は、第九師団の
新設にともなって1896年(明治29)に
名古屋で編成され、2年後の
1898年(明治31)に現在の鯖江市内の
兵営に移駐しました。

その後、1904年(明治37)に勃発した
日露戦争では、第三軍の指揮下に
入って戦果をあげて凱旋し、
大正に入るとシベリア出兵にも
参加しています。

昭和に入ると、日中戦争を突入したことを
機に満州に駐屯し、第二十八師団に
所属先が変更され中国戦線で
奮闘しますが、太平洋戦争の勃発で
南大東島の守備につき終戦となりました。

現在、跡地の大半が住宅地に変遷し
面影が全くありませんが、当時の遺構が
わずかに残ります。



おピンちゃん先生とともに、
福井鉄道の神明駅に来ております↓



駅から歩いて数分の場所にある
三六武道館付近には、
門柱が保存されています↓



門柱の裏手には、移設された
軍用地境界標が2本残ります↓




鯖江連隊記念碑です↓



この後は、盡忠報國先生ブログ
参考にさせていただき、油脂庫と
製蹄場を見学しましたが、
いずれも私有地内に位置するので
我々のホームページ内のみ
ご紹介をする予定でおります。


【収録遺構】
 陸軍第九師団
 歩兵第三十六連隊

  門柱 1箇所
  軍用地境界標 2本
  建物 2棟

【探訪情報】
 2017.07.12  第1回探訪

 歩数(指数) 2,010歩(100)


後ほど、我々のホームページでも
ご紹介させていただきますっ★


それでは、また明日っ!



↑応援してくださいね~っ♪

皆様、いかがお過ごしでしょうか。

今日の関東地方は朝から豪雨で
気が滅入りますね~。

明日から遠征するのですが、
大丈夫かな・・・


さて、昨日に引き続き
珠美軍團「軍報」の
第11弾といたしまして、
新潟県上越市におかれていた
陸軍第十三師団の遺構を
ご紹介させてくださいませ↓




陸軍第十三師団は、
日露戦争の開戦によって
新設された4師団の1つで、
1905年(明治38)に現在の上越市で
編制され、高田城跡に司令部が
設置されました。

日露戦争後、第十三師団は
朝鮮半島内の警備を経て、
シベリア出兵に参加しますが、
大正末期の軍縮で師団そのものが
廃止となりました。

その後、日中戦争が勃発すると
師団は復活して中国戦線での
さまざまな作戦に参戦し、
出征先で終戦となりました。

現在、師団の跡地は
高田公園となっていますが
わずかに当時の遺構が
残っています。



福山・岡山探訪の帰りに暴走し
福井・金沢・富山と経て
上越妙高駅に到着です↓


残念ながら、この地も
滞在時間が2時間とタイトなので
ここから高田公園まで
頸城ハイヤーの力を借ります。


高田公園周辺にやってきました↓



公園内に正門が残ります↓



案内板です↓



昼食を挟んで、今度は移設された
師団長官舎を見に行きます↓



門柱です↓



庭園内には、併せて移設された
灯篭群が4つおかれています(抜粋)↓




移設された師団長官舎です↓




長官舎の設計に携わった
当時の師団長である
長岡外史中将の銅像が
おかれていました↓



案内板も設置されています↓



師団長官舎は、建物の中も
見学出来るのですが、
新幹線の時間まで30分を
切ってしまっているので
今回は断念します・・・


大急ぎで高田駅まで歩き、
何とか電車に間に合いました↓



【収録遺構】
 陸軍第十三師団
 師団司令部

  門柱 2箇所
  建物 1棟
  その他 4箇所

【探訪情報】
 2017.07.13  第1回探訪

 歩数(指数) 3,482歩(100)


後ほど、我々のホームページでも
ご紹介させていただきますっ★


明日から2日間は美恵軍團管轄の
遺構探訪に出かけますので
その間は「雑記」形式での
ブログ更新となります m(_ _)m


それでは、またお会いいたしましょうっ!



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。

お暑い中、日々のご精勤、
誠にお疲れ様でございます。
お盆休みまで、あと少しです!

我々のホームページの制作を
「仕事」に見立てるのであれば
当方も負けてはおりません(笑)
月の労働時間数で仕事の「濃淡」を
決めるような「素敵」な企業からは
多分、表彰されるでしょうね。
(既に200時間は余裕で超えてます)

A:俺なんかさ、まだ1日しか休めてないよ~
B:俺も負けてねえよ。3日連続で
  家に帰れてないからさ~
C:いやいや、俺の方がもっとすげーよ。
  もはや職場が「家」だからさ~(エッヘン)

アホかっ!くだらねえ。


こういうことを「是」と考えさせるような
人間育成をしている「素敵」な企業は
改めた方がいいと思います。

ん?
廃車になった人間が言うなって?
おっしゃる通りですわ~(笑)


そういうわけでございまして・・・
本日は珠美軍團「軍報」の
第10弾といたしまして
富山県富山市におかれていた
陸軍墓地をご紹介させてくださいませ↓
DSC_0310_20170725112552fc7.jpg



富山陸軍埋葬地は、富山市内に
展開した部隊の戦没者や戦病没者の
墓地です。

墓地面積は 1,445坪といわれており、
ここには太平洋戦争の終戦までに
28,748の御霊様が合祀されています。

現在、敷地は市営長岡墓地に
なっていますが、忠霊塔と合葬碑などが
丁寧に残されています。



おピンちゃん先生とともに
富山駅に到着しました↓



富山の中心街は路面電車が
発達しており便利そうです↓


残念ながら、行程の都合で
1時間しか滞在できないので
タクシーのお世話になり
長岡墓地へ向かっていきます。

また、今回はkan先生ブログ
参考にさせていただきまして
お参りしていきます。


長岡墓地周辺に到着です↓



入口部分に軍用地境界標が残ります↓



当時の門柱と思われます↓



少し進むと陸軍徽章が入った
手水鉢がありました↓



1941年(昭和16)に建立された
忠霊塔です↓


手を合わせて拝礼をします・・・


忠霊塔の横には合葬墓碑が
3つ並んで建立されています↓



周辺に灯篭もあります(抜粋)↓



次の新幹線の出発20分前に
富山駅に戻ってきたので
富山地鉄の車両も撮影しようかと
思ったのですが、東急車ばかりで
諦めました(笑)


【収録遺構】
 富山陸軍埋葬地
 (富山陸軍墓地)

  門柱 1箇所
  軍用地境界標 1本
  その他 7箇所

【探訪情報】
 2017.07.13  第1回探訪

 歩数(指数) 213歩(92)


後ほど、我々のホームページでも
ご紹介させていただきますっ★


それでは、またお会いいたしましょうっ!



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