【珠美軍團】軍報 - 戦争遺跡調査研究軍 祐実総軍

【珠美軍團】(7)陸軍第九師団輜重兵第九大隊

皆様、いかがお過ごしでしょうか。

寒い日が続いておりますね。。。
特に、日本海側は大雪とのことで
大変なことになっているようですね・・・


本日は、珠美軍團「軍報」の
第7弾といたしまして
石川県金沢市におかれていた
陸軍第九師団の輜重兵第九大隊の
遺構を1つだけご紹介させてください。


輜重兵第九大隊は、前線に弾薬や
食料などを運び補給する役割を
持つ部隊で、1897年(明治30)に
名古屋で編制され、第九師団の
新設にともない、金沢に新設された
兵営に移駐しました。

昭和時代に入ると、大隊から連隊に
昇格し、日中戦争へ突入したことを機に
満州へ移駐して参戦しましたが、
太平洋戦争の開戦によって
沖縄の守備を経て台湾に転出し
終戦となりました。

現在、跡地は住宅地に変遷しており
面影が全くない状態ですが、
兵営内におかれた輜勲神社の
石柱の一部が平和神社内に
保存されています。


真夏の金沢市内でございます↓


あまりの暑さに、総軍大元帥も
もはや威厳が感じられません(笑)

かなり「険しい」顔つきなので、
kan先生ブログを参考にしながら
手短に探訪を済ませます(笑)


平和神社に到着です↓



境内には、輜勲神社の入口を示す
標柱の一部が保存されています↓



この後は、バス停近くの銀行で
少し涼ませてもらい、
バスで中心街に戻りました(笑)


【収録遺構】
 陸軍第九師団
 輜重兵第九大隊
 (陸軍第九師団
  輜重兵第九連隊)

   その他 1箇所

【探訪情報】
 2016.08.20 第1回探訪

 歩数(指数) 約2,000歩(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


それでは、また明日っ!


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【珠美軍團】(6)金沢陸軍兵器支廠

皆様、こんばんわm(_ _)m

ここのところ、関東地方は
暖かかったり寒かったりで
体が堪えますね・・・


さてさて、本日は「予約」「起算」なしで
ブログの更新をさせていただきます。
やっと、自分の時間が出来た~(笑)


今回は、珠美軍團「軍報」の
第6弾といたしまして、
石川県金沢市におかれていた
金沢陸軍兵器支廠の遺構を
簡単にご紹介させてくださいませ。


金沢陸軍兵器支廠は、
大阪の兵器本廠に隷属し、
第十師団に関係する兵器弾薬・
材料の購買や、これらの貯蔵・修理を
行う機関として、1899年(明治32)に
設置されました。

1918年(大正7)に入ると、各師団内に
兵器部が設置されたことで廃止され、
その後は第九師団兵器部として
終戦まで機能が存続しました。

戦後、施設は大学の校舎に
使われたようですが、現在は
石川県立歴史博物館となっており、
国の重要文化財に指定されている
兵器庫群のほかに門柱が
残存しています。


畏れ多くも、総軍大元帥と共に
金沢市内にお邪魔しております↓


この日の金沢は「猛暑日」でして
着いた途端にだらけてしまい、
畏れ多くも、総軍大元帥が
三等兵めに喝を入れますっ!

「暑いっ!タクシーじゃ!」
「ぼやぼやするでない、三等兵っ」

ははぁ~、これも大元帥閣下の
ご威光にございますっ(笑)

ってな感じで、県立歴史博物館まで
移動いたしましたっ(笑)


第五号兵器庫です↓



第六号兵器庫です↓



第七号兵器庫です↓



畏れ多くも、総軍大元帥の一言。

「暑い、中に入って涼みたいのじゃ」

ははぁ~、大元帥閣下っ!
ささ、こちらにっ(笑)


兵器庫の建物を活用している
歴史博物館の館内では、
兵器庫の独立基礎が
見学出来るようになっています↓



第五兵器庫の裏手付近に
通用門が残存しています↓



兵器支廠の遺構を見学した後は
兼六園に足を運んでみました↓



畏れ多くも、大元帥閣下曰く、

「とにかく、暑いのじゃ」

ははぁ、どうぞ時雨亭にて
ご一服なさってくださいましっ♪

ってな具合で、大元帥をご案内します↓



お抹茶をいただきます↓



この後は金沢駅まで戻って
おいしい夕飯とお酒にありつきました~


【収録遺構】
 金沢陸軍兵器支廠
 (陸軍第九師団兵器部)

   建物 3棟
   門柱 1箇所

【探訪情報】
 2016.08.21 第1回探訪

 歩数(指数) 約1,000歩(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


それでは、おやすみなさいませ!



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【珠美軍團】(5)金沢陸軍埋葬地

皆様、いかがお過ごしでしょうか。

ここのところ、暖かかったり
寒かったりで服装選びに
悩みますね。。。

今度の関西探訪では
何を着ていけばいいのか
持ち合わせのない服から
選ばないと。。。


さて、本日は珠美軍團「軍報」の
第5弾といたしまして
石川県金沢市におかれていた
金沢陸軍埋葬地のご紹介です。


金沢陸軍埋葬地は、金沢市内に
展開した部隊の戦没者や戦病没者が
埋葬されている陸軍墓地で
1876年(明治 9)に兵営から
南に離れた野田山におかれました。

当時の埋葬地の敷地面積は
約13,000㎡でしたが、終戦後に
金沢市へ移管されたことにともなって
拡張整備され、現在は市営墓地に
変遷しており、合葬墓碑や個人墓標・
灯篭の見学が可能です。


時短のため、金沢駅からタクシーに乗り
野田山に来ております↓


写真では判りませんが、
この日の気温は35℃です・・・
金沢もこんなに暑いとは
思わなかったです(汗)

関東しか知らない
私みたいな田舎もんは、
日本海側は関東より涼しいと
思いがちですが間違いです。


灯篭が6つ並んでいます(抜粋)↓



合葬墓碑群です↓



個人墓もならんでおります↓



御霊様に拝礼をすませ、
軍用地境界標を探してみようと
周辺をウロウロしましたが
やぶ蚊が多くて退散しました。。。


【収録遺構】
 金沢陸軍埋葬地
 (金沢陸軍墓地)

   その他 6箇所
   墓標様

【探訪情報】
 2016.08.20 第1回探訪

 歩数(指数) 約1,000歩(100)


それでは、またお会いいたしましょう★


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【珠美軍團】(4)陸軍第三師団歩兵第六旅団司令部

皆様、連休明けをいかがお過ごしでしょうか。

いよいよ、気温が下がってきましたね。
連休中は由香里軍團の本拠である
仙台市周辺にいたのですが、
すごい寒かったです・・・
薄い長袖で震えながら探訪してました(笑)

さてさて、本日は珠美軍團「軍報」の
第4弾といたしまして
石川県金沢市におかれていた
歩兵第六旅団司令部を
ご紹介させてくださいませ。


歩兵第六旅団は、第三師団に
隷属した部隊で、傘下に
歩兵第七連隊と歩兵第十九連隊を
おいて、金沢城に旅団の司令部が
設置されました。

1898年(明治31)に入り、
軍備増強の必要性から新設された
第九師団が金沢で編制されると
第三師団から第九師団へと転属し、
傘下に歩兵第七連隊と
富山に兵営がおかれていた
歩兵第三十五連隊をおきました。

現在、旅団司令部の跡地は
金沢城公園に変遷し
整地されていますが、
司令部庁舎や関連遺構が
わずかに残っています。


金沢城公園にお邪魔しています↓



公園内に当時の場所に残る
旅団司令部の庁舎が残っています↓



総軍元帥の権力をもってしても
中には入れませんでした~(笑)↓



庁舎の横には井戸とおぼしき
遺構が残っています↓
P1190525.jpg


これもそうでしょうかね↓



【収録遺構】
 陸軍第三師団歩兵第六旅団
 旅団司令部
 (陸軍第九師団歩兵第六旅団
 旅団司令部)

  建物 1棟
  その他 2箇所

【探訪情報】
 2016.08.22  第1回探訪

 歩数(指数) 1,009歩(100)


今回の掲載により、
我々のホームページである
祐実総軍 ― 戦争遺跡データベース」 に
北陸地方を拠点とする珠美軍團と
東北地方を拠点とする由香里軍團の
ページの追加が始まっておりますっ★

とてつもなく弱小な内容ですが
これから少しずつ手を加えていき
充実させていきますので
長い目で応援してください m(_ _)m

それでは、またお会いいたしましょう!
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【珠美軍團】(3)陸軍第三師団歩兵第七連隊

皆様、いかがお過ごしでしょうか。
関東地方は、週初めから
すっきりしない天気が
続いていますね・・・


さてさて、本日は珠美軍團「軍報」の
第3弾といたしまして、
石川県金沢市におかれていた
陸軍第三師団の歩兵第七連隊の
遺構をご紹介させてくださいませ。


歩兵第七連隊は、陸軍の師団編成の
前身である名古屋鎮台に隷属した
部隊で、1875年(明治 8)に金沢で
編制され、金沢城に兵営が
おかれました。

その後、師団の創設にともない
第三師団の基幹部隊となり、
日清戦争に出征し参戦しました。

日清戦争が終結すると、
さらなる日本の軍備の拡充により
金沢で新たに第九師団が新設され、
隷属先が変更されて
日露戦争へ突入しました。

昭和時代に入ると、日中戦争へ
突入したことを機に、満州へ移駐して
参戦しましたが、そのまま
太平洋戦争に突入すると、
第七連隊は満州から沖縄へ移り
第九師団の精鋭として
防衛の中核を担う予定でしたが、
作戦が変更されて台湾へと転出し
防衛の任務につきましたが、
連合国軍は台湾を通り越して
沖縄本島へと上陸したため、
交戦せずに終戦を迎えました。

連隊がおかれた跡地は、
金沢城公園となっており
ほとんど遺構は残っていませんが、
嘉永時代に落成した武具土蔵を
活用した被服庫や、煉瓦で造られた
土塁トンネルなどが公園内に残存し、
簡単に見学することが出来ます。


新生「珠美軍團」の本拠となる
金沢市にお邪魔しております↓


金沢城公園に向かって
歩いていきます★


嘉永時代に落成した
武具土蔵である鶴丸倉庫は
被服庫として活用されました↓



土塁トンネルも残っていますが
トンネル正面に木があるため
非常に見づらいです・・・↓



kan先生ブログを参考にして
兵営に続く当時の階段も
無事に記録できました↓



この日の金沢市の
最高気温は37℃にもなり、
非常に暑かったです~(汗)
それだけに、冷えたビールが
最高にうまかったです(笑)
食べ物も最高でした★

雪解けの時にでも、
富山とセットで再訪したいです!


夜の金沢駅周辺です↓



【収録遺構】
 陸軍第三師団歩兵第七連隊
 (陸軍第九師団歩兵第七連隊)

  建物 1棟
  トンネル 1箇所
  その他 1箇所

【探訪情報】
 2016.08.22  第1回探訪

 歩数(指数) 2,670歩(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★

明日は「鉄道」ネタでブログを
更新させていただきますね m(_ _)m

それでは、おやすみなさいませ!

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