戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

♦ プロフィール

祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪して
記録することを生き甲斐とする
祐実総軍三等兵でございます★
稚拙な内容ではございますが、
これまで調べてきた戦争遺跡を
ブログ・ホームページで紹介を
させていただいておりますっ♪

よろしくお願いしますm(__)m

♦ 最新記事

♦ カウンター

皆様、月曜日をいかがお過ごしでしょうか。
今日で11月も終わりですね・・・
暦では、いよいよ「冬」ですね~
いよいよ、調査シーズンの到来です★

さてさて、本日は真己軍團「軍報」の
第2弾といたしまして、広島県廿日市市に
おかれていた陸軍広島湾要塞の
包ヶ浦弾薬本庫の遺構を
ご紹介させてくださいませ。


包ヶ浦弾薬本庫は、宮島地区に
構築された砲台に使用する砲弾類を
一元管理する目的で設置されました。

ここには、弾薬庫のほかにも
兵器修理所や糧食支庫などの補助建造物や
兵舎などがおかれており、
豊予要塞の完成をもち広島湾要塞が
廃止されるまでの間、要塞の補助施設として
機能しました。

廃止後は広島陸軍兵器補給廠の
付属施設として引き続き使用されたようですが
資料に乏しく詳しく調べられていません・・・

現在は、宮島包ヶ浦自然公園として
整備されており、海と山のレジャースポットとして
テニスコートや海水浴場・キャンプ場などが設けられ
家族で楽しめる憩いの場所となっていますが、
当時の建物や橋梁・入口部分が封鎖されている
地下壕の痕跡などが多く残存しており、
簡単に見学することが出来ます。


あらあら、宮島の名物のシカちゃんが
こんなところでケンカしております↓



三等兵も、いつかこうなりそうな・・・


当時の建物ですが、用途は判りません↓



地下施設です↓



石で封鎖された地下壕も
周辺に多く残っています(抜粋)↓



間違いなく、当時の遺構でしょうね↓



ここにきて、正門とおぼしき遺構です↓



正門に到達する前に4つの遺構を
ご紹介しましたが、これらは敷地外に
残存しているものとなります。

三等兵の関係者の皆様は
この文章だけで察しがつくと思いますが
包ヶ浦弾薬本庫とは別の施設が
おかれていた可能性が高いという
意思表示でありますっ★


貯水槽です↓



高床式の弾薬庫の基礎部分です↓



その横に残る防火水槽です↓


周りは土塁に囲まれており、
建物基礎とセットで防火水槽があるので
間違いなく弾薬庫ですね~


もう一つの弾薬庫の基礎部分です↓



さらに公園内の奥に進んでいくと
当時の建物が残っています↓



園地の倉庫に転用された形跡が
あるのですが、残念ながら中には
入れません・・・


建物の横に防火水槽が2つ
残っています(抜粋)↓



この他にも水道管がありましたが
ここでは省略しますね~


門柱も残っています(抜粋)↓



さらに奥へ進んでいき
紅葉谷方面の山道を上がっていくと
関連する建物の基礎部分が残っています↓



キャンプ場方面に進んでいくと
当時の橋梁がいくつか残っています(抜粋)↓



防御営造物境界標も1つだけ
見つけることが出来ました↓



望遠ですが、荷揚桟橋です↓



この後は、宮島カープタクシーの
古川さんと一緒に室浜を目指していく
真己軍團一行なのでした~(笑)


【収録遺構】
 陸軍広島湾要塞
 包ヶ浦弾薬本庫

  門柱 3箇所
  建物 2棟
  建物基礎 3箇所
  地下施設 1箇所
  地下壕 4区画
  橋梁 4箇所
  軍用地境界標 1本
  その他 7箇所

【探訪情報】
 2015.11.23  第1回探訪

 歩数(指数) 21,242歩(128)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


それでは、またお会いしましょうっ♪

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皆様、週末をいかがお過ごしでしょうか。
三等兵は広島探訪のまとめをしておりますっ★
関東地方は、土・日とも天気がよく
調査日和となったのでは?

さてさて、本日は祐実軍團「軍報」の
第44弾といたしまして、神奈川県横須賀市と
千葉県富津市の海域におかれていた
陸軍東京湾要塞の第三海堡の遺構を
ご紹介させてくださいませ。


第三海堡は、東京湾要塞の 1つで
観音崎に建設された各砲台群と
対岸の富津に建設された元洲堡塁砲台の
射界では完全に東京湾を閉塞出来ず
これを補う目的で建設された人工島嶼で
1892年(明治25)に建設が開始されました。

当時の海堡は、外周枠となる部分に
石を捨て、その内側に土砂を捨てていき
海底から立ち上る構築方法が採られましたが、
この海域は水深が60メートルと深いために
工事が難航し、着工から30年近く経った
1921年(大正10) 3月に15センチカノン砲を
4門と、10センチカノン砲を 8門の備砲が
完了しましたが、その 2年後に発生した
関東大震災により倒壊・浸水し、
復旧が困難であったことから、
放置されたまま1925年(大正14)に
除籍されました。

除籍後、最近に至るまで放置が続きましたが
暗礁化が著しく、東京湾を航行する船舶の
大きな障害となってしまったことから、
2000年(平成12) より国土交通省の主導で
撤去され、工事の過程で海底より
引き上げられた一部の構造物を
追浜のアイクル周辺と平成町のうみかぜ公園で
2006年(平成18)に展示されました。

展示された後は一部の構造物が
廃棄されましたが、現在も引き続き
保存されている構造物もあり、
外観を見学することが出来ます。


以前に催されたイベントに参加してきました↓


快特電鉄の追浜駅から
リサイクルプラザアイクルに向けて
歩いていき、展示会場へと向かいますっ♪


護岸擁壁です↓



砲側弾薬庫です↓



左翼観測所です↓



照明所です↓



地下通路です↓



平成町のうみかぜ公園にも
大型兵舎が展示されています↓



【収録遺構】
 陸軍東京湾要塞第三海堡

  地下施設 4箇所
  観測所 1箇所
  その他 1箇所

【探訪情報】
 2006.07.15  第1回探訪
 2006.08.13  第2回探訪

 歩数(指数) 約1,6000歩(198)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


さてさて、引き続き三等兵は広島案件の
まとめに入りますっ★


皆様、よい週末をっ♪

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皆様、水曜日をいかがお過ごしでしょうか。
今日の関東地方は天気も悪いし
何よりも寒いですね~(汗)

さてさて、本日は真己軍團「軍報」の第1弾として
広島県廿日市市におかれていた
陸軍広島湾要塞の鷹の巣低砲台の
遺構をご紹介させてくださいませ。

広島湾要塞は、日清戦争以降に
広島市が戦線に向かう最も重要な
基地となったことでおかれた強力な火砲群と
関連する施設群の集合体です。

広島湾には、宮島や似島・江田島などをはじめ
多数の島があり、これらの海峡や瀬戸は
艦船の航行が可能であったため、
敵艦船を撃滅させる強力な火網を
形成していました。

鷹の巣低砲台は、宮島と大那沙美島の間に
位置する厳島海峡を通過する敵艦を
防圧する目的で1900年(明治33) 3月に
竣工しました。

ここには、フランスのスナイドル・カネー社製の
9㎝速射カノン砲を4門据え付けて
防備にあたりましたが、その後に築城された
豊予要塞の完成により1926年(大正15)に
廃止されました。

現在、砲台は海食が激しく倒壊していますが、
一部の遺構が現存しています。


ついに、真己軍團が本格始動でございます↓


今回の探訪はおピンちゃん先生が
同行しておりますっ★

宮島口から連絡船で宮島に渡り、
包ヶ浦方面を目指していき、
包ヶ浦からは再び山道を登って行きます。


ハアハア、広島市内が見えますよ↓



包ヶ浦から低砲台までの道は
軍道だったようで、防御営造物境界標が
いくつか残っています(抜粋)↓



低砲台付近は海の浸食によって
ご覧のとおり倒壊状態です・・・↓



砲座部分です(抜粋)↓



残念ながら、全ての砲座が砲床から
崩れており、海岸に投げ出されています。


唯一、海岸から確認出来る
弾薬庫です↓



海岸から無理矢理上がっていくと
砲座間に設けられた横墻トンネルが
1つだけ残っていますが、ご覧のとおり
金網で封鎖されており、内部も数メートルで
崩落しちゃっています・・・↓



位置からすると、砲台長立台の
床部分の残骸であると思われます↓



ここから少し北上していくと
兵舎などがおかれていた
平台に出ますが、僅かに建物基礎が
残っています。


兵舎の基礎であると思われます↓



トイレか炊事場の一部であると思われます↓



宮島は写真のように野生のシカちゃんが
多く生息しており、いたるところで
見ることが出来ますっ★


水槽です(ブレてますが・・・)↓



【収録遺構】
 陸軍広島湾要塞
 鷹の巣低砲台

  砲座 4箇所
  地下施設 2箇所
  建物基礎 5箇所
  その他 2箇所
  軍用地境界標 6本

【探訪情報】
 2015.11.22  第1回探訪

 歩数(指数) 19,010歩(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★

それでは、またお会いしましょうっ♪

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皆様、連休明けをいかがお過ごしでしょうか。
5日ほどブログの更新が途絶えてしまいましたが
安心してくださいっ!生きてますよっ(笑)

さてさて、本日は真己軍團の
初陣となる広島探訪の成果を
記事にさせていただきたいと思いますっ♪

今回は、広島市と廿日市市に残る
戦争遺跡のうち、以下の軍事施設の記録が
叶いました↓

・広島陸軍糧秣支廠
 建物2棟
 その他1箇所

・広島陸軍被服支廠
 建物4棟
 軍用地境界塀6箇所
 門柱1箇所

・広島陸軍兵器支廠
 建物1棟
 軍用地境界塀1箇所
 その他1箇所

・陸軍広島湾要塞比治山演習砲台
 その他2箇所

・広島陸軍墓地
 墓標様1区画
 その他1箇所

・陸軍第五師団歩兵第十一連隊
 門柱2箇所
 その他1箇所

・広島陸軍幼年学校
 門柱1箇所
 その他1箇所

・広島大本営
 建物基礎3箇所
 その他5箇所
 軍用地境界標2箇所

・陸軍中国軍管区司令部
 地下施設1箇所

・原爆関連遺跡
 その他2箇所
 建物3棟
 資料館展示54点

・陸軍第五師団野砲兵第五連隊
 その他1箇所

・広島第二陸軍病院
 門柱1箇所

・陸軍運輸部宇品本部
 その他7箇所
 地下壕6箇所
 建物基礎2箇所

・陸軍宇品軍用線(継続調査予定)
 その他2箇所

・陸軍高射第三師団
 独立高射砲兵第二十二大隊双葉山高射砲台
 砲座5箇所
 建物基礎6箇所

・陸軍広島湾要塞包ヶ浦弾薬本庫
 軍用地境界標1本
 橋梁4箇所
 門柱3箇所
 建物2棟
 地下施設1箇所
 地下壕4箇所
 その他7箇所
 建物基礎3箇所

・陸軍広島湾要塞鷹ノ巣高砲台
 砲座6箇所
 その他7箇所
 建物基礎3箇所
 観測所2箇所
 地下施設4箇所
 建物1棟

・陸軍広島湾要塞室浜砲台
 砲座4箇所
 地下施設2箇所
 その他2箇所

・陸軍広島湾要塞鷹ノ巣低砲台
 軍用地境界標6本
 砲座4箇所
 地下施設2箇所
 建物基礎5箇所
 その他2箇所

・海軍呉要塞地帯
 軍用地境界標3本


今回の探訪で145の遺構を記録出来ました★


明日以降、順次「軍報」として
掲載していく予定ですので
是非ともご期待いただければ幸いですっ


それでは、またお会いいたしましょうっ★


【本日の写真】
 陸軍高射第三師団独立高射砲兵第二十二大隊
 双葉山高射砲台の機銃座部分
 (広島県広島市東区)↓



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皆様、木曜日をいかがお過ごしでしょうか。
三等兵は、いよいよ真己軍團員として
明日から出動しますっ★

どこまでやれるか解りませんが
応援よろしくお願い申し上げますっ♪


とある、スーパーのレジ打ちの風景・・・

(いらっしゃいませとかもなし・・・)

店員A「1,467円ですっ」

千円札と500円玉をまず出して
7円を出そうとしたら・・・

店員A「あっ、1,500円で打っちゃいました」
三等兵「7円あるよ」
店員A「いやっ、1,500円で打っちゃったので」
三等兵「だから7円あるってば」
店員A「33円のお返しです」
三等兵「7円あるって聞こえてないの?」
店員A「いや、1,500円で打っちゃったんですよ」
三等兵「え?何で?ダメなの?」
店員A「申し訳ありません」
三等兵「何でダメなの?1,500円なんて言ってないよ?」
店員A「申し訳ありません」
三等兵「は?だから、何でダメなの?」
店員A「申し訳ありません」

だめだ、話になんねえ(怒)
「ありがとうございました」もなし、
後ろに誰も並んでないのに
袋にも詰めようとしないし・・・

こういうスーパーは潰れてしまえっ!

何で、お金を払って不愉快な思いを
しなくちゃいけないんですかね~
このご時世、いつまでも従業員主導で
商売が出来ると思うなよ?(怒)

頭きて、レシートはその場で捨て
買い物かごもそのままにして
出てきてしまいました~(笑)
まあ、少しは働け、オバハン従業員め。
おまえのところで食い物買ってやるからさ(笑)

三等兵も大人げないですね・・・


さてさて、何事もなかったかのように
本題に移りたいと思います(笑)
本日は、阪奈軍團「軍報」の
第23弾といたしまして、和歌山県和歌山市に
おかれていた陸軍由良要塞の
友ヶ島第二砲台の遺構を簡単に
ご紹介させてくださいませ。


友ヶ島第二砲台は、紀伊水道の中央に
位置する友ヶ島地区に配備されていた
由良要塞の 1つで1890年(明治23)に完成し、
27cmカノン砲が4門据え付けられていました。
大正時代に入ると、軍縮による要塞整理で
12cm速射カノン砲 2門に変更されたものの、
終戦時まで配備が存続していました。

終戦後は、アメリカ軍によって
爆破処理されています。

現在、第二砲台がおかれていた
沖ノ島の全域が国立公園になっており
多くの遺構を見ることが可能ですが
爆破処理により倒壊している部分も
多いため、細心の注意が必要です。


和歌山県側から見た紀伊水道です↓



友ヶ島へは、南海電車の加太駅から
加太港を経て友ヶ島汽船の船に乗って
上陸しますっ★


友ヶ島港から友ヶ島第二砲台へと
遊歩道を進んでいくと、水尺とおぼしき
遺構が残っています↓



1つ目の砲座です↓



2つ目の砲座と揚弾口を兼ねた
横墻トンネルです(抜粋)↓



3つ目の砲座ですっ↓



爆破処理されているため、原形を
ほとんど留めていません・・・


胸墻トンネルです↓



砲座の下部分には弾薬庫が
3つ残っています(抜粋)↓



弾薬庫の内部です(抜粋)↓



飲料水路と記載された標柱です↓



砲台の見学は、足場が悪いので
細心の注意が必要です↓



【収録遺構】
 陸軍由良要塞
 友ヶ島第二砲台

  砲座 3箇所
  地下施設 4箇所
  トンネル 4箇所
  その他 2箇所

【探訪情報】
 2008.03.16  第1回探訪

 歩数(指数) 約1,500歩(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


それでは、真己軍團の活動準備に
とりかかりますっ★

←応援してくださいっ♪
皆様、月曜日をいかがお過ごしでしょうか。
ここ数日、関東地方は日中がとても
暖かく感じますが、気のせいでしょうか。

さてさて、本日は美恵軍團「軍報」の
第16弾といたしまして、
愛知県豊橋市におかれていた
陸軍第十五師団の野砲兵第二十一連隊の
遺構を1つだけご紹介させてくださいませ。


野砲兵第二十一連隊は、第十五師団に
隷属する部隊で、三島におかれた
野戦重砲兵第二連隊と野戦重砲兵第三連隊とで
野戦重砲兵第一旅団を形成しました。

その後、1925年(大正14)の軍縮で
第十五師団の廃止にともなって
一旦解隊されますが、1938年(昭和13)に
日中戦争遂行のために第十五師団が
復活すると再編され、中国戦線に
出征したのち転進先のタイにて
終戦を迎えました。

現在、敷地跡は時習館高校や
住宅地などになり、当時の遺構は
消失しているようですが、時習館高校の
西側付近に裏門と思われる門柱の
一部が残っています。


毎度おなじみ、豊橋市にある
時習館高校に来ております↓



時習館高校の西側付近には
通用門と思われる門柱の
土留めの一部が残っています↓



最近、いろいろございまして
ブログの更新が遅滞してゴメンナサイ。
特に、毎日アクセスいただいている方々に
(そう、貴方様でございますよ)
申し訳ない想いでいっぱいです・・・


漫画「蒼天航路」の主人公の名言
「俺の戦は至弱より始まり、至強を倒すに至る」
素敵な言葉ですねっ★
いつかは、私もこうなりたいっ♪

ふふふっ◆
なめんじゃねーよっ(笑)


それでは、おやすみなさいませっ★
←応援してくださいっ♪
皆様、週末をいかがお過ごしでしょうか。
今日の関東地方は雨でしたね・・・

三等兵は、一日家に引きこもりで
ホームページの制作に励んでおりましたが
全然進まない・・・

さてさて、本日は祐実軍團「軍報」の
第43弾といたしまして、神奈川県鎌倉市に
おかれていた横須賀軍港境域の
遺構をご紹介させてくださいませ。


横須賀軍港境域は、横須賀市におかれた
横須賀海軍鎮守府が統括した横須賀軍港の
土地境界を決定するものとして、
1896年(明治29)に条項が設けられました。

軍港境域と定めた場所では、一般人の
立ち入りが厳しく制限され、その範囲を
明確にするための軍港境域標が
境域の境界線に設置されました。

鎌倉市についても、一部分が横須賀軍港境域に
定められていたため、軍港境域標が設置されており
現在もいくつか見ることが出来ます。


快特爆走電鉄の六浦駅にやってきました↓



市立朝比奈小学校の裏手から延びる
林道を通って逗子市の久木大池公園方面へ
目指していきます↓



林道から少し外れた十二所果樹園付近に
横須賀軍港境域標が残っています↓



光触寺の裏手付近に繋がる林道沿いにも
1つ残っています↓



【収録遺構】
 海軍横須賀軍港境域(鎌倉市)

 軍用地境界標 2本

【探訪情報】
 2014.04.12 第1回探訪
 2015.10.31 第2回探訪

 歩数(指数) 約15,000歩(488)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますっ★


また、微々たる増加で恐縮ですが
横浜市の戦争遺跡について
4遺構ほど追加しておりますっ・・・
是非、ご覧くださいませっ↓
祐実総軍 ― 戦争遺跡データベース


それでは、おやすみなさいませっ★
←応援してくださいっ♪
皆様、火曜日をいかがお過ごしでしょうか。
三等兵は、絶賛不良中です・・・

本日は趣向を変えまして
本来、本開業時までに発足させたかった
東北地方専属の探訪集団である
由香里軍團のキャラクター紹介と
12月に予定している福島県探訪の
戦略を雑記程度にご紹介させて
いただこうかと思います。

まずは、由香里軍團に従軍する
キャラクターのヘッド3人衆を
お披露目させていただきますね~↓
寺島由香里大将阿津澤美帆副将渡辺あゆみ参謀長
左側から
 寺島由香里大将(宮城)
 阿津澤美帆副将(秋田)
 渡辺あゆみ参謀長(福島) ですっ★


由香里軍團に登場予定のキャラクターは
5名を予定しており、彼女らが中心となって
東北6県をバーチャルで調べていきますが
山形県の専属は不在となります。。。

山形県の皆様、失礼をお許しくださいませっ。
(調査はもちろん実施させていただきます)

キャラクター個々の能力は標準的ですが
文献調査:実地調査の比率が4.21:5.79という
構成にしているため機動力は高めですっ★
一方で、未経験者が多く在籍している
軍團なので、探訪レベルは総軍で一番低く
在籍するメンバーの最高レベルが6です・・・
(何のことだかさっぱりですよね~)

また、年末付近の冬休みを1日使って
福島県内のどこかへ探訪を予定してます。
一番濃厚なのが南相馬市です。
会津若松市にするかもしれませんが・・・
年末近くじゃ、会津は積雪でしょうか。

この三等兵、自分の身の丈を知らずに
どんどん中途半端な状態で
軍拡の道を歩んでおりますっ★
行きつくところはどこなのか・・・
きちんと結果を出せればよいですが(笑)


【本日の写真】
大和海軍航空隊の竹之内地下壕群を
掘削するのに使用された削岩機に
水と空気を送り込むための
コンプレッサーの台座
(奈良県天理市)↓
かねちゃん隊 045

それでは、おやすみなさいませっ★
←応援してくださいっ♪
皆様、月曜日をいかがお過ごしでしょうか。
ここのところ、平日の三等兵は
いったん外に出ると帰りがこんな時間で
気分が滅入っております・・・

全ては「真己軍團」のネタつくりである
広島探訪のためと頑張っております・・・

本日は、祐実軍團「軍報」の第42弾として
神奈川県横須賀市におかれていた
横須賀海軍警備隊の田浦防空砲台の
遺構をご紹介させてくださいませっ★


田浦防空砲台は、軍港周辺の防衛を
目的として、1944年(昭和19)に
建設されました。

ここには、10センチ連装高角砲が 2基と
13ミリ連装機銃が3基・25ミリ連装機銃が
1基・25ミリ単装機銃が1基据付けられ、
この他にも三式陸用高射器や
九六式110センチ探照灯などが
おかれていました。

戦後、アメリカ軍によって爆破処理され
畑地になったため、現在は面影が
なくなっていますが、弾薬庫と思われる
コンクリート製の地下施設の一部や、
砲座の一部がわずかに残っています。

また、畑地にする際に出てきた砲の
関連部品が地主さんの厚意で
そのままの状態になっています。


毎度おなじみ、田浦に来ております↓



何かがおかれていた跡です↓



砲に関連する部品が地主さんの
ご厚意でそのままになっています↓



弾薬庫も3つ残っていますが
土砂の流入によって中に入ることは
出来ません・・・↓





【収録遺構】
 横須賀海軍警備隊
 第一高角砲大隊
 田浦防空砲台

 地下施設 3ヶ所
 その他 2ヶ所

【探訪情報】
 2007.01.13 第1回探訪

 歩数(指数) 約3,000歩(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますっ★
(横須賀市の初期掲載分に入れますっ)


それでは、おやすみなさいませっ★

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皆様、日曜日をいかがお過ごしでしょうか。
ここのところ、あれこれと忙しくしているもので
遅くなってしまいましたが・・・

「祐実総軍 」プロジェクトを本格始動しましたっ★
ご案内が遅くなってしまいスミマセン(涙)

本プロジェクトの本格始動内容は以下です↓
 ①ホームページとして
  「祐実総軍 ― 戦争遺跡データベース」を
  正式に開設させていただきました
 ②専用コミュニティーとして
  「戦争遺跡探訪同好会 」を開設しました


まず、「祐実総軍 ― 戦争遺跡データベース」ですが
残念ながら、当方が目標としていた公開部分まで
制作することが出来なかったのですが、
「戦争遺跡関連用語辞典」を除く全てのページを
気持ち程度に見ることが出来ます(笑)
機能は、プレ公開時とほとんど差はないのですが
地下壕の内部図や構造図の閲覧が
これまでの22時~3時から22時~7時まで
出来るようになりました★(一部の自治体を除きます)
また、公開案件も99遺構追加しましたっ★
内訳は以下となります↓
 ・神奈川県横浜市(製作途上) 71遺構新設
 ・東京都昭島市 15遺構新設
 ・千葉県千葉市 8遺構追加
 ・兵庫県尼崎市 5遺構新設
本開業とはいえ、まだまだ制作途上ですが
これからも頑張っていきますっ♪

それと、アクセス数10,000到達にともない
神奈川県横須賀市の戦争遺跡ページを
制作していますが、取り急ぎ、次週以降に
以下を掲載していく予定です↓
(進捗が遅れて申し訳ございません)

 陸軍東京湾要塞
 ・要塞司令部(4)
 ・要塞砲兵第一連隊(3)
 ・不入斗演習場(2)
 ・観音崎第一砲台(9)
 ・観音崎第二砲台(12)
 ・観音崎第四砲台(5)
 ・観音崎水中聴測所(7)
 ・三軒家砲台(17)
 ・観音崎弾薬本庫(7)
 ・大浦堡塁(1)
 ・腰越保塁砲台(4)
 ・花立台砲台(3)
 ・夏島砲台(6)
 ・夏島電灯所(3)
 ・第三海堡(6)
 ・東京湾要塞地帯標(7)

 その他陸軍関係
 ・横須賀衛戍病院(8)
 ・横須賀埋葬地(4)
 ・横須賀憲兵分隊(2)
 ・浦賀憲兵分遣隊(2)

 横須賀海軍警備隊
 ・港務部山防空砲台(1)
 ・城の台防空砲台(2)
 ・軍需部山防空砲台(5)
 ・田浦防空砲台(5)
 ・船越山防空砲台(1)
 ・夏島防空砲台(7)
 ・空技廠山防空砲台(18)
 ・川間山防空砲台(3)
 ・峯山防空砲台(1)
 ・荒崎防空砲台(10)

 横須賀海軍軍需部
 ・田ノ浦倉庫(7)
 ・田ノ浦倉庫軍用線(3)
 ・長浦倉庫(19)
 ・長浦倉庫軍用線(7)
 ・比与宇倉庫(4)
 ・比与宇倉庫軍用線(1)
 ・日向倉庫(16)

 その他海軍関係
 ・佐島洞窟砲台(5)
 ・大津演習場(3)
 ・鴨居洞窟砲台(1)
 ・鴨居倉庫(1)
 ・水道路走水系統(13)
 ・造兵部鳥ヶ崎大砲試射場(4)
 ・港務部(4)
 ・造兵部松ヶ浜大砲試射場(1)
 ・機関学校(2)
 ・機関学校大楠分校(1)
 ・連合艦隊旗艦「三笠」(1)
 ・馬門山埋葬地(2)
 ・砲術学校(1)
 ・砲術学校長井分校(1)
 ・田戸台職工共済会医院(10)
 ・長浦職工共済会病院(8)
 ・横須賀病院(5)
 ・海仁会病院(3)
 ・第二航空廠補給工場(26)
 ・光学実験部(1)
 ・造兵部(41)
 ・追浜官修墓地(3)
 ・航空技術廠(42)
 ・航空隊(13)
 ・要塞地帯標(12)

 その他
 ・浦賀引揚援護局(1)
 ・東京石川島造船所浦賀分工場(3)

上記以外の軍事施設については
制作すら出来ておりません(涙)
もうしばらくお待ちくださいませ・・・

これに合わせて、鎌倉市2遺構追加・
横浜市27遺構追加・逗子市3遺構追加・
豊橋市44遺構新設をしていきますよっ★
今後もご期待くださいませ m(_ _)m

ホームページ関係のお知らせは以上です。


もう1つの目玉として、fc2コミュニティーに
戦争遺跡探訪同好会 」を開設しましたっ★
ホームページはバーチャルな探訪集団ですが
本コミュニティーは実物の会員制サークルです。
全国に残存する戦争遺跡を探訪しつつ
記録をしていくことを趣旨とするもので
その中で情報交換や合同探訪などを
していきながら親睦を深めつつ、
未見の戦争遺跡に迫っていくのを
意義とするものですっ★
(かつてのサークルだと思ってください)

三等兵の関係者の皆様や、戦争遺跡の
探訪・記録を行っていく予定がある方は
是非ともお入りくださいませっ★

なお、入会の条件は以下ですっ↓
 ・fc2のIDをご取得いただける方
 ・戦争遺跡を探訪したい方(知識問わず)
 ・入会時に「ご挨拶・自己紹介」が出来る方

久々の「幹事」就任となりますので、
最初のうちは色々と不手際があるかも
しれませんが、色々な意味で
きっとご満足いただけるいただけるものと
確信しておりますので、是非とも
お越しくださいませっ★


長くなってしまいましたが、
今後とも祐実総軍グループを
よろしくお願い申し上げます m(_ _)mペコリ

【本日の写真】
現在は完全に見ることが出来なくなった
神奈川県横須賀市におかれていた
横須賀海軍航空技術廠の
浦郷地下軍需工場第二工区
(現在はルネ追浜が建ってます)↓


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