戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

♦ プロフィール

祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪して
記録することを生き甲斐とする
祐実総軍三等兵でございます★
稚拙な内容ではございますが、
これまで調べてきた戦争遺跡を
ブログ・ホームページで紹介を
させていただいておりますっ♪

よろしくお願いしますm(__)m

♦ 最新記事

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皆様、月曜日をいかがお過ごしでしょうか。
わざわざ、予約投稿をしてまで
お知らせするような内容ではありませんが(涙)
我々のホームページである
祐実総軍 ― 戦争遺跡データベース」 の
掲載遺構を追加させていただきました。


今回の追加分は以下となります(ショボイ・・・)↓

 ・神奈川県横浜市
  横須賀海軍警備隊八景山防空砲台(8)
  横須賀海軍警備隊支廠山防空砲台(4)
  大船第一海軍燃料廠(13)

前回のリリースでは、横須賀市の一部も
開示宣告しておりましたが、出来ていません・・・
進捗率は約50%という数字です(涙)

「遠征したい」「ブログしたい」「ホムペ更新したい」
3つの要求はさすがの神様でも
同時には聞き入れてくれない模様です(笑)

特に「藪漕ぎ」系はそろそろシーズンオフなので
バシバシ予定入れちゃってます・・・
今度の週も関西方面にお邪魔しますっ★

なんだか、要領を得ない日記ですが
引き続き、あらゆる方面で頑張りますので
応援よろしくお願い申し上げますっ m(_ _)m


【本日の写真】
陸軍航空通信学校尾上教育隊の
建物跡(兵庫県加古川市)↓
P1160160.jpg


それでは、またお会いしましょうっ♪
←応援してくださいっ♪
皆様、週末をいかがお過ごしでしょうか。
今日の関東地方は天気がいいですねっ★

ここ数日、記事を書き込んでいる途中で
ブラウザがコケて全てオジャンになり
書き込む気力を失っておりましたが
今日から復活しますねっ。


本日は和泉軍團「軍報」の
第17弾といたしまして、
千葉県大網白里市におかれていた
陸軍第一四七師団の抵抗拠点陣地を
ご紹介させていただきますねっ。
なお、調査がかなった陣地群の大半は
我々の「同志」である
房総半島戦跡考古調査会」の
皆様のご案内によるものですので
詳細な場所は伏せさせていただきます。
(当方と密接な関係を持つ方以外の
お問い合わせには一切応じませんので
悪しからずご了承くださいませ)


第一四七師団は、1945年(昭和20)2月に
旭川で編成されて開設された特設師団で
第一総軍の第十二方面軍に所属していた
第五十二軍の隷下部隊でした。

日本の敗戦をほぼ決定的にした
1944年(昭和19)6月のマリアナ沖海戦の敗退で
アメリカ軍は「コロネット作戦」と呼ばれる、
日本本土への上陸作戦を計画します。
その作戦の内容とは、千葉県の九十九里浜と
神奈川県の相模湾より上陸して、
首都圏の拠点を制圧しながら
帝都に攻め入るというもので、
九十九里浜には約 240,000人ものアメリカ軍が
上陸を予定していました。

一方、日本軍は「本土決戦作戦」を計画し、
両海岸の防備にあたりました。
この中で第五十二軍は、九十九里浜の防備を
担当することになり、隷下の第一四七師団は
大網白里市より勝浦市にいたる
地域の防衛にあたりました。

なお、防衛方針は海岸後方の山に
抵抗拠点となる陣地を展開させ
上陸兵に対して狙撃・砲撃を行うというもので
師団の司令部は市原市の鶴舞におかれました。

これらの陣地は、本土決戦となる前に
日本軍の敗北で終戦となったため、
掘削途中で放置され、一部崩壊があるものの
現在も残っており見学も可能ですが、
岩盤が非常に悪く水没区間もあるので
細心の注意が必要です。

なお、掘削された陣地群を全て
まわれているわけではないので、
今後も同会のお力を借りながら
継続して記録していく予定ですっ★


まずは、永田地区に残る陣地を
ご紹介していきます♪

1つ目の陣地です↓


永田地区に残る陣地群のほとんどが
構築途中であったようで、規模は
そんなに大きくありません。。。

1つ目の陣地は岐路をもたず、
10メートル程で行き止まりでした。。。

2つ目の陣地です↓


この陣地も、排出されていない土屑が
内部に多く残っており、掘削の途中で
終戦を迎えたものと思われます。

また、最深部分は部屋のような空間が
拡がっており、未完成の銃眼部分と
断定しました。

坑道の総延長は32mを測っています。

期間限定で内部図を載せます↓

 ※2016.6.12追記
  内部図を削除しました。


3つ目の陣地は、同会のパパゲーノ先生に
ご案内いただいたものとなります↓


ここは、塹壕や入口部分が非常に
丁寧な造りになっていますが、
やはり構築途中で終戦を迎えたようで
両側に貫通する15メートルほどの壕と
掘削途中の約30メートルの壕を
確認することが出来ました。

3つ目の陣地の内部をもう1枚載せます↓


期間限定で内部図も載せます↓

 ※2016.6.12追記
  内部図を削除しました。


続いて、大網地区に残る陣地を
ご紹介していきます。

なお、大網地区は同会のmaya先生や
隊長先生にお連れいただきましたっ♪

1つ目は、中隊指揮所とおぼしき陣地です↓


内部は部屋のような空間が
たくさん造られており、入り組んだ坑道が
接続しており、坑道の総延長は
42.5メートルを計測しています。

内部図も載せておきます↓

 ※2016.6.12追記
  内部図を削除しました。

2つ目の陣地です↓


こちらも規模は小さいですが
灯り置きや掘り込みなどが残り
良好な状態でした。

なお、坑道の総延長は23.9メートルを
計測しましたっ★

2つ目の陣地の内部図です↓

 ※2016.6.12追記
  内部図を削除しました。

3つ目の陣地です↓


こちらは水深がかなりあるため
内部調査を断念しましたが
おそらく、坑道がY字に延びて
その先はいずれも行き止まりであると
推測しているところです。

4つ目は、はたして陣地なのか
日立航空機の地下工場関連なのか
判断が出来ませんでした・・・↓


残念ながら、入口は厳重に封鎖されており
内部調査は出来ませんでした・・・


最後は、大竹地区・金谷郷地区に残る
陣地をご紹介いたします。

1つ目の陣地です↓


ここも規模は大きくないですが
塹壕も設けられており
丁寧な仕上がりでしたが
日没が近かったので
内部記録はスルーしました。
内部図は同会の記録班様が
公開してくれるでしょうっ♪

2つ目の陣地です↓


こちらも規模は小さいものの
同会では「イカヘッド」と呼ばれている
珍しい形状の砲室をもっています。
坑道の総延長は31.5メートルを
計っておりますっ★

2つ目の陣地の内部図です↓

 ※2016.6.12追記
  内部図を削除しました。

3つ目の陣地です↓


こちらは、外観を見ただけで
内部は見ませんでしたが、
複数の坑道に接続されているようです。

そろそろ10年来のお付き合いになる
教導先生と同会の皆様方↓


おそらく、房総半島の抵抗拠点は
同会が一番調べており、この右に出る
探訪集団はいないでしょうねっ★
三等兵は、久々にヤル気満々の
団体様を見ましたぜっ(笑)
我々も追従しなければっ♪


【収録遺構】
 陸軍第一四七師団
 抵抗拠点陣地(大網白里市)

  地下壕 10箇所

【探訪情報】
 2006.03.18  第1回探訪
 2016.02.14  第2回探訪
 (房総半島戦跡考古調査会様と合同)

 歩数(指数) 約10,000歩(326)


後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


※同日参加された皆様へ
 拙ブログおよびホームページに
 リンクさせていただきますので
 ブログ・ホムペ等を運営されていましたら
 是非、URLを教えてくださいっ♪
 今後ともよろしくお願い申し上げます。


それでは、よい週末をっ★
←応援してくださいっ♪
皆様、水曜日をいかがお過ごしでしょうか。
関東地方は、これから雪が降るとか・・・

昨日・一昨日と、あと少しのところで
入力していた記事が完全に消失したので
今日はあえて「軍報」の掲載をしません。

でも・・・
せっかくなので、本日の写真と内部図だけ
掲載しますねっ★


【本日の写真】
神奈川県横須賀市におかれていた
横須賀海軍工廠造兵部の
船越地下軍需工場↓


もう、中には入れないかな・・・


期間限定ですが、内部図も
公開させていただきますね↓



くっそー、今日はブラウザが墜ちないな・・・
なんだよ、顛末を見越したつもりだったのに。
次回は「軍報」やりますね。


それでは、おやすみなさいませZzz
←応援してくださいっ♪
皆様、火曜日をいかがお過ごしでしょうか。

くっはぁ(怒)
「このWebページに問題があるため・・・」

この表示によって、今まで書き込んでいた
新しい記事が今日も全てパーですっ!

三等兵の学習能力の無さも問題ですが
この仕打ち、あまりにもひどすぎるっ(怒)

今日は真己軍團「軍報」として
広島県廿日市市におかれていた
陸軍広島湾要塞の室浜砲台の
遺構をご紹介しようと思っていたのに・・・

くっそー・・・
今日も「フテ寝」かよっZzz


【本日の写真】
神奈川県横須賀市におかれていた
第一海軍技術廠の武山地下軍需工場
(ジーパンまくってビーチサンダルで
水没区間を挑んでいるのが三等兵です。
細身だけど筋肉質だった頃が懐かしい・・・)↓


今でも十分「ヤセ」ですけどね。。。
いかんせん、体力の低下が・・・


内部図も期間限定で公開させていただきます↓


←応援してくださいっ♪
皆様、月曜日をいかがお過ごしでしょうか。


「このWebページに問題があるため・・・・」

・・・

この表示によって、今まで書き込んでいた
新しい記事がパーですわ。。。

1,000文字以上、入力した後に
このメッセージは素敵すぎるっ★

本来ならば、和泉軍團「軍報」の
第17弾として、先日調査した大網の
抵抗拠点のご紹介だったのですが・・・
さすがに同じ文字をゼロから
入力する気になれません。。。

申し訳ありません、本日は
「フテ寝」しますっZzz


【本日の写真】
神奈川県横須賀市におかれていた
横須賀海軍鎮守府の長浜洞窟陣地↓


期間限定で内部図も公開しちゃいます↓



←応援してくださいっ♪
皆様、週末をいかがお過ごしでしょうか。
三等兵は、関西方面へ遠征しておりました。


さてさて、本日は阪奈軍團「軍報」の
第28弾といたしまして、
兵庫県姫路市におかれていた
記録ホヤホヤ状態である
姫路陸軍埋葬地の遺構を
ご紹介させてくださいませ。


姫路陸軍埋葬地は、姫路市内に
展開した部隊の戦没者や戦病没者が
埋葬されている陸軍墓地で、兵営から
西へ少し離れた場所におかれました。

当時の埋葬地の敷地面積は
約65,000㎡でしたが、終戦後に
姫路市へ移管されたことにともなって
縮小し、現在は名古山霊苑の
1区画内に将兵の墓標様が
集約されています。

このほか、埋葬地の遺構として
軍用地境界標や灯篭が残っており、
見学することが可能です。


兵庫県姫路市にお邪魔しております↓


今回も、広島探訪と同様に
おピンちゃん先生が同行しています。


あらあら、ネコちゃんがお出迎えです↓



・・・ナンダヨ
おピンちゃん先生には寄ってくるけど
三等兵には全く寄り付きません・・・↓


この三等兵、ネコちゃん達から見ると
独特のオーラを放っているようで
なつかれたことが全くないのです・・・


集約された墓標様です(抜粋)↓


こういう事例は初めて見ますが
ちょっと大雑把な感じですよね。。。
これが自分の先祖のお墓だったら
どのように感じるか、もう少し
考える必要があるのではないかと
思います。(客観的な言い分ですが)


集約された墓標様の前には
昭和9年に設置された
灯篭が2つ残っています(抜粋)↓



敷地の北側には軍用地境界標が
残っています↓


敷地の外周を全て廻れなかったので
当方で記録出来た軍用地境界標は
この1本だけですが、もしかしたら
他にも残っているかもしれませんね。


【収録遺構】
 姫路陸軍埋葬地
 (姫路陸軍墓地)

  墓標様 1区画
  軍用地境界標 1本
  その他 2箇所

【探訪情報】
 2016.02.21  第1回探訪

 歩数(指数) 約3,500歩(92)


後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


それでは、遠征疲れのため
今日は布団に入りますっZzz
また明日から頑張りましょうっ!
←応援してくださいっ♪
皆様、週の後半戦をいかがお過ごしでしょうか。
三等兵は・・・相変わらずですね。。。
もっと、調査に専念したいです~(笑)

さてさて、本日は阪奈軍團「軍報」の
第27弾といたしまして、前回に続いて
和歌山県和歌山市におかれていた
陸軍由良要塞の友ヶ島弾薬支庫を
ご紹介させてくださいませ。

友ヶ島弾薬支庫は、友ヶ島第三砲台の
砲弾類を備蓄する目的で、
友ヶ島第三砲台に隣接して設置されました。

ここには、防水・防湿対策として
外庫と内庫が区画された 4連構造の弾薬庫と
単式の弾薬庫がおかれていました。

現在、沖ノ島の全域が国立公園として整備され
入口部分に損傷があるものの、
簡単に見学することが可能です。


素敵ですね~↓


他のサイト様でもよく掲載される
アングルになりますが、
これまで要塞跡を巡ってきたなかで
一番好きですっ★

ちなみに、我々のコミュニティーである
戦争遺跡探訪同好会」のヘッダーにも
使用させていただいている写真です。


4連弾薬庫の内部の様子です↓



外庫と内庫の間には細い通路が
外側に設けられています↓



単式の弾薬庫は、友ヶ島第三砲台の
背墻トンネルに隣接して設けられています↓



【収録遺構】
 陸軍由良要塞
 友ヶ島弾薬支庫

  地下施設 5箇所

【探訪情報】
 2008.03.16  第1回探訪

 歩数(指数) 約1,000歩(100)


後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


阪奈軍團の「軍報」が和歌山市ばっかりで
申し訳ないです・・・ m(_ _)m

もう少ししたら、兵庫県の西宮・伊丹・川西・宝塚や
大阪府の泉佐野・岬あたりもご紹介出来そうです。
もう少しお待ちくださいねっ!


それでは、今日も頑張りましょうっ★
←応援してくださいっ♪
茂原・大網調査関係者の皆様

本日はお疲れ様でございましたm(__)m
幸いにも、お天気にも恵まれ(笑)、
充実した内容となりましたっ
私にとっては大収穫ですっ★

最後の最後で、隊長の車に
飲み終わったペットボトルを
置きっぱなしにして降りてしまいました。
申し訳なかったですm(_ _)m

駅に着く直前まで手に持っていたのですが
駅前が「禁煙」と聞いて慌てて
車の中で吸わせてもらった時に
うっかり離してしまったようです・・(汗)


お詫びといっては難ですが・・・
大網西拠点の中隊指揮所と定義した
地下壕の内部図を掲載しますっ!
(当ホムペ上は一律「洞窟陣地」です)

 ※この内部図は掲載と同時に削除します。

 ※2016.6.12追記
  内部図を削除しました。


必要でしたら、何も記載していない
プレーンの内部図をお渡ししますので
お気軽にお申し付けくださいませ。

教導先生っ!
一宮、お願いしますっ★
(いっちゃん先生・OKN先生とも調整します)


それでは、またお会い出来るのを
楽しみにさせていただきます。


【本日の写真】
内部調査ホヤホヤ状態の
千葉県茂原市におかれていた
茂原海軍航空隊に関連する地下壕
(私はこっちと予想しました)↓



それでは、おやすみなさいませっ★
←応援してくださいっ♪
皆様、週末をいかがお過ごしでしょうか。
今日の関東地方は気温が高いですね~
これぐらいの陽気が続くといいのですが・・・


さてさて、本日は阪奈軍團「軍報」の
第26弾といたしまして、
和歌山県和歌山市におかれていた
友ヶ島第三砲台の遺構を
簡単にご紹介させてくださいませ。


友ヶ島第三砲台は、紀伊水道の
中央に位置する友ヶ島地区に
配備されていた由良要塞の1つで
1892年(明治25)に完成し、
最重量級である28cm榴弾砲が
8門据え付けられていました。

榴弾砲の弾道は、カノン砲よりも
曲線を描くため、これを用いる砲台は
主に敵艦船の上部を破壊する砲戦砲台として
比較的高度のある場所に据え付けられるため
「高砲台」として区別することがあります。

この砲台も、由良要塞の主力砲戦砲台として
360°の全周射界を持っていましたが
周辺に配備された砲台群との
連携をとる必要性から、主として
南西方向の砲撃を意図していました。

大正に入ると、一部の由良要塞の砲台群は
旧式装備となったことで廃止されましたが
友ヶ島の砲台群は、航空機が主力となった
太平洋戦争の終戦まで存続し、
配備についていました。

現在、沖ノ島の全域が国立公園として
整備され、簡単に見学することが可能です。


友ヶ島にお邪魔しております↓



第三砲台の入口付近に残る
当時のトイレ跡です↓



門柱も1本だけ残っております↓



当時の建物跡と井戸です↓



背墻からはトンネルが3つ構築されており
各砲座間を結ぶ横墻トンネルに
接続しています(抜粋)↓


なお、3本のうち1本は胸墻部分まで
突き抜けていますっ★


それぞれのトンネル内では、
弾薬庫に接続されており、
揚弾口が横墻トンネルの中央に
接続するような構造になっています(抜粋)↓



砲座部分です。
全部で4箇所設けられています(抜粋)↓




砲座間を連絡する横墻トンネルです。
全部で3つありますっ(抜粋)↓



3つの横墻トンネルのうち、両端に
位置するものは、各砲台長立台へ
接続するための地下通路と
接続しています(抜粋)↓



砲台長立台です↓(抜粋)



左翼観測所です↓



左翼観測所掩蔽部です↓



ここから、友ヶ島弾薬支庫方面に
下っていくと、背墻トンネルが
残っています↓



トンネルを抜けると看守衛舎が
残っていますがボロボロです・・・↓



友ヶ島の砲台群で虎島堡塁と
第四砲台はまだ探訪出来ていないので
来月に再訪を予定していますっ★


【収録遺構】
 陸軍由良要塞
 友ヶ島第三砲台

  砲座 4箇所
  観測所 1箇所
  建物 2棟
  門柱 1棟
  建物基礎 1箇所
  トンネル 7箇所
  地下施設 4箇所
  その他 3箇所

【探訪情報】
 2008.03.16  第1回探訪

 歩数(指数) 約1,500歩(100)


後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


それでは、よい週末をっ♪
←応援してくださいっ♪
皆様、日々のご精勤、誠にお疲れ様です。
三等兵も嫌々忙しくしておりますが
そんな中で、ほんの少しだけ
我々のホームページである
祐実総軍 ― 戦争遺跡データベース」 の
掲載遺構を追加させていただきました。

今回の追加分は以下となります(ショボイ・・・)↓

 ・神奈川県横須賀市(12)
  横須賀海軍軍需部
  陸軍東京湾要塞腰越保塁砲台

 ・神奈川県三浦郡葉山町(13)
  横須賀海軍警備隊二子山防空砲台
  横須賀海軍施設部長柄地下施設
  横須賀海軍警備隊畠山防空砲台
  海軍東京湾要塞地帯
  横須賀海軍警備隊葉山防空砲台


次回のリリースは、以下を予定しています↓

 ・神奈川県横浜市
  横須賀海軍警備隊八景山防空砲台(8)
  横須賀海軍警備隊支廠山防空砲台(4)
  大船第一海軍燃料廠(13)

 ・神奈川県横須賀市
  横須賀海軍軍需部田ノ浦倉庫軍用線(3)
  横須賀海軍警備隊軍需部山防空砲台(5)
  横須賀海軍軍需部長浦倉庫軍用線(7)
  横須賀海軍警備隊田浦防空砲台(5)


掲載開始から1年3か月が経ちましたが、
約2,000遺構しか掲載出来てません・・・
まだまだ途上ですが、これからも応援を
よろしくお願い申し上げますm(_ _)m
(一泡ふかせてやりますよっ)


【本日の写真】
陸軍由良要塞深山火薬本庫の
軍用地境界塀と防御営造物境界標
(和歌山県和歌山市)↓



それでは、またお会いしましょうっ♪
←応援してくださいっ♪

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