2017年02月 - 戦争遺跡調査研究軍 祐実総軍

【那瑠絵軍團】(3)陸軍造兵廠小倉工廠

皆様、火曜日をいかがお過ごしでしょうか。

今日で2月も終わりですね。
明日からは暦では「春」です。
藪漕ぎをともなう探訪シーズンが
そろそろ終わってしまうことに
焦りを感じております(汗)


さて、2月最後の「軍報」は
新設して間もない那瑠絵軍團から
掲載させていただこうと思います。

今回は福岡県北九州市におかれた
陸軍造兵廠小倉工廠の
遺構をご紹介させてくださいませ。


小倉工廠は1923年(大正12) 9月に発生した
関東大震災により倒壊した東京砲兵工廠の
復旧と、当時の地政学的意義などにより
設置された兵器工場で、この前身である
小倉兵器製造所からの改編により
開設されました。

ここでは、小銃や機関銃・砲弾類などを
製造し、1940年(昭和15)の組織改正により
小倉造兵廠に改称され、約 176,000坪の
敷地内に約 300棟の工場が並び、
最盛期で約40,000名の工員が
従事していたようです。

現在、跡地には北九州市役所などの
行政機関や病院・マンションなどが
建ち並んでいますが、わずかに
当時の遺構が残存しています。


おピンちゃん先生と西小倉駅に
到着しております↓


ここから、当時の敷地の
西端部分を目指して歩きます。


軍用地境界塀が長い区間にわたり
残っています↓




軍用地境界標もいくつか残ります↓



ここから、敷地の南端付近に
転進していきます(笑)


軍用地境界塀が残ります↓



門柱が1対だけ残っています↓



付近に軍用地境界標も残ります↓




この周辺は、少し前に開発されたようで
その際に当時の建物も多く消失して
しまったようですが、なんとか
2棟だけ当方も記録が叶いました↓




試射場の外壁の一部が
わずかに残ります↓



地下通路の入口でしょうか・・・↓



廠内におかれた防空監視哨も
移設保存されています↓



【収録遺構】
 陸軍造兵廠小倉工廠
 (小倉陸軍造兵廠)

  門柱 1箇所
  建物 2棟
  軍用地境界塀 3区画
  軍用地境界標 4本
  地下施設 1箇所
  その他 2箇所

【探訪情報】
 2017.02.19  第1回探訪

 歩数(指数) 6,284歩(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ!


明日は、月を跨いで3月に入りますので
ホームページ関連でブログの更新を
させていただきますね。


それでは、また明日っ★

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【真己軍團】(15)陸軍下関要塞火之山第一砲台

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


いや~、平日は本当につまらないですね。
早く週末にならないかな・・・
まだ月曜日なのに、早くも疲弊です(笑)


さてさて、本日は真己軍團「軍報」の
第15弾といたしまして、
山口県下関市におかれていた
陸軍下関要塞の火之山第一砲台に
関連する防御営造物境界標群を
ご紹介させてくださいませ。


下関要塞は関門海峡・周防灘一帯の
沿岸防備を目的として構築された
強力な火砲群と、これに付帯する
施設群の集合体です。

これらは、下関地区と北九州地区に
それぞれ配備され、連携して
敵艦船を撃滅させるための
強力な火力網を形成していました。

また、後には日本と朝鮮半島や
満州との間を守るため
玄界灘の島々にも砲台が設置され、
壱岐要塞や対馬要塞と協力して
朝鮮海峡全体を防衛するように
拡大されています。

火之山第一砲台は、
下関要塞の1つであり
1892年(明治25)に竣工し、
ここには28センチ榴弾砲が
4門据え付けられました。

現在、跡地は火の山公園に変遷して
整地され、砲座周辺にロープウェイの
駅を建設したために遺構は
消滅していますが、砲台の外周部分に
防御営造物境界標と考えられる
標柱がいくつか残っており、
遊歩道沿いから見学可能です。


雨風が強く、最悪な天候下で
火の山公園に来ております↓



本当は、ここから3.8キロ離れた
龍司山堡塁の遺構群を
先に見たかったのですが、
残念ながら悪天候で断念です。。。


肝心な火之山第一砲台の遺構も
ロープウェイの駅の建設により
消滅しているようですが、
なんとなく区画は残っています↓



視界も利かず、展望台は改装により
立入禁止で、おまけにロープウェイも
営業休止状態という最悪な展開なので
トボトボと自力で下山します↓



おピンちゃん先生が見つけました↓






関東や関西の要塞におかれた
防御営造物境界標とは
種類が異なるようですね。
通番の記載がない代わりに
頂部に陸軍マークの「M」が
刻まれていました(驚)


今更ながら、麓付近まで
下りてきたところで
雨が止みました(クハァ)↓



この近くにも防御営造物境界標が
1つ残っておりました↓



他にも残ってそうな感じでしたが
寒いし天気悪いし足場も悪いしで
次回の探訪に持ち越すことに
しちゃいました・・・(涙)


【収録遺構】
 陸軍下関要塞
 火之山第一砲台

  軍用地境界標 6本

【探訪情報】
 2017.02.20  第1回探訪

 歩数(指数) 3,011歩(86)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


それでは、また明日っ★

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「祐実総軍 ― 戦争遺跡データベース」 更新しました(神奈川県・広島県・山口県・福岡県)

皆様、いかがお過ごしでしょうか。

土・日と連日いいお天気で、
探訪日和でしたねっ★


さてさて・・・
今回は我々のホームページ
若干量で更新いたしましたので
「サザエさん病」を発症する前に
更新内容を掲載することで
ブログの更新とさせてくださいませ。


慰安旅行や那瑠絵軍團管轄の
探訪などで掲載が遅くなりましたが、
今回の追加分は以下となります↓
(カッコ内は掲載遺構の数です)

神奈川県横須賀市
  横須賀海軍工廠造兵部(45)
  横須賀海軍警備隊
  大勝利山防空砲台
(3)
  横須賀海軍鎮守府
  大津演習場
(3)

広島県広島市
  陸軍第五師団
  師団司令部
(10)
  陸軍第五師団
  歩兵第十一連隊
(2)
  広島陸軍被服支廠(10)
  広島陸軍兵器支廠(1)

山口県下関市
  陸軍高射第四師団
  高射砲兵第一三三連隊
  火の山高射砲台
(2)

福岡県北九州市
  海軍二等駆逐艦「柳」(1)

 ※アンカーをクリックすると、
  それぞれ別ウィンドウで表示され
  音楽が流れますので、一度に全てを
  開かないようにご注意を!


うーん。。。
まだまだですね・・・
制作に「専念」する時間が
もっと欲しいところですが
めげずに頑張りますっ★


【本日の写真】
次回のホームページへの掲載が
確定している陸軍下関要塞の
火の山第四砲台の掩蔽部(下関市)↓



それでは、また明日っ★

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【雑記】お接待の見返りに・・・

皆様、土曜日をいかがお過ごしでしょうか。

今日の関東地方は、お天気も良く
なかなか快適な1日でしたね。


三等兵は、本日は総軍大元帥に
ある「お願い」を切り出すべく、
お接待をさせていただきました。


まずは、大元帥閣下のご機嫌を
損ねぬよう、丁重に移動します(笑)↓



大船駅に到着しました↓


本日は「勝負」の日であり、
大元帥閣下を疲れさせたら
ひとたまりもありませんので、
タクシーを利用させてもらい
大元帥閣下の大好きな
鎌倉市内へ入っていきます。


そんな「大事」な場面なのですが、
ちゃっかりと遺構の探訪も
しておりまする(笑)↓


ちなみに、佐介山防空砲台の
遺構ですっ(笑)


ここからの眺めも素敵です↓



ひとまず、ここまでは
大元帥閣下のご機嫌も
良好な状態を保っています(笑)↓


佐助山から葛原岡神社を経由して
浄智寺・建長寺と回っていき、
北鎌倉に来たら必ず立ち寄る
sakuraでお昼のお接待です↓



あいにく、鎌倉野菜のサラダは
品切れとなっていましたが、
海老カレーは絶品です★↓


北鎌倉に来たら、
ここでカレーを食べないと
少し損していますよっ!


手作りのチーズケーキも絶品です↓



そして・・・
「祐実総軍」のご本尊さまの
お力をお借りしまして、
円覚寺境内で大元帥閣下に
「お願い」を切り出しますっ。

------------円覚寺にて------------

三等兵:あ、あの・・・
     大元帥閣下っ!
大元帥:何じゃっ、わらわは佛日庵で
     御朱印が欲しくて忙しいのじゃ。
三等兵:ははぁ、お連れいたしますっ!
     ささっ、どうぞこちらへっ!
     (もう少し後の方がいいか・・・)

------------佛日庵にて------------

三等兵:あ、あの・・・
     大元帥閣下っ!
大元帥:あのお抹茶が飲みたいのじゃ。
     一席、申し込んでまいれっ!
三等兵:ははぁ、ただちにっ!
     (うむむ・・・)

-----------お抹茶席にて-----------

三等兵:あ、あの・・・
     大元帥閣下っ!
大元帥:なんじゃっ!
三等兵:ははぁ、実は4月の「遠征」の件で
     お話しがございまして・・・
大元帥:1月から「毎月」のペースで
     遠征しておるではないかっ!
     3月だって神戸周辺へ探訪しに
     行くのではないのか?
     そちは軍資金を使いすぎなのじゃ!
三等兵:ははぁ~
     (むむむ、苦しいか・・・)
大元帥:あそこに、おみくじがあるから
     引きたいのじゃ。
三等兵:ささっ、こちらへっ!

----------おみくじ場にて----------

三等兵:閣下っ、私は小吉でございました・・・
大元帥:これだからダメなのじゃ、おぬしは!
     まったく、役立たずじゃのう。
三等兵:閣下はいかがでございましたか?
大元帥:見よ、わらわは「大吉」じゃっ!
三等兵:これは「吉兆」でございまするっ★
     4月も遠征を検討していただきますよう
     お願い申し上げます m(_ _)m
大元帥:どこに行くのじゃ?
三等兵:ははぁ、岡山・香川あたりで
     いかがでございましょうっ!
     (今年は真己軍團が飛躍するって
     ブログで宣言しちゃってるし・・・)
大元帥:何か「おいしい」ものはあるのか?
三等兵:はっ、岡山はキビダンゴで
     香川はうどんでございまする!
     (実はよく知らない・・・)
大元帥:うまいのか?
三等兵:それはもう絶品で・・・
     (行ったことがない・・・)
大元帥:おぬしが接待するのか?
三等兵:それはもう「最上級」の
     「おもてなし」でございまする~
大元帥:よしっ!よかろうっ!
     さっそく手配せよっ。
     3泊4日じゃっ!
     ボヤボヤするでないっ!
三等兵:仰せのままにぃ~

----------------------------------

まえおきが長くて申し訳ないです。
こういったような、すったもんだが
ございましてね、何とか4月も
遠征が叶いましたっ★

岡山市内を拠点にして、
一部の香川県を含んだ周辺の
遺構探訪を4日間で実施します。

軍資を湯水のように使ってますが
おそらく、年齢的にも体力的にも
遺構目当てで、アグレッシブに
全国各地を巡れるのは、
頑張ってあと2~3年くらいが
限度かなと思っています。

やりたくても、色々な要因が重なって
やれなくなってしまう時が必ず来ます。
そうなってから「後悔」だけは
絶対にしたくないと思っているので
「無謀」を承知で「今」を頑張りたいと
思います!

我々のホームページが完成するまで
力尽きるわけにはいかんのじゃ(笑)
ほぼサグラダファミリア状態ですが・・・


本日も、相変わらず要領を得ない
雑記で申し訳ありません m(_ _)m


また明日、お会いいたしましょうっ★

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【那瑠絵軍團】(2)陸軍下関要塞田向山砲台

皆様、いかがお過ごしでしょうか。

早いもので、新設「那瑠絵軍團」の
探訪初日から1週間が経ちました。。。
近いうちに、もう1回くらい
探訪したいのですが、残念ながら
軍資が厳しいです(涙)


我々のホームページに登場する
キャラクター達を制作いただいている
ナルナル先生のご期待に
応えるためにも、「那瑠絵軍團」の
管轄案件ページの制作を
優先しなければ・・・

とりあえず、ヘッダー部分は
完成いたしました~!

平時↓


マウスON時↓



色々とテーマカラーに悩みましたが、
福岡近郊をはしるJR九州の在来線と、
西鉄電車のオールドタイマーの帯色が
思いついて、赤寄りの「ピンク」に
決まりました(笑)


「那瑠絵軍團」のページは
近日中に登場する予定ですので
更新を楽しみにしていただければ
幸いでございます m(_ _)m


さてさて、本日は那瑠絵軍團「軍報」の
第2弾といたしまして、
福岡県北九州市におかれていた
陸軍下関要塞の田向山砲台の遺構を
簡単にご紹介させてくださいませ。


下関要塞は関門海峡・周防灘一帯の
沿岸防備を目的として構築された
強力な火砲群と、これに付帯する
施設群の集合体です。

これらは、下関地区と北九州地区に
それぞれ配備され、連携して敵艦船を
撃滅させるための強力な火力網を
形成していました。

また、後には日本と朝鮮半島や
満州との間を守るため、
玄界灘の島々にも砲台が設置され
壱岐要塞や対馬要塞と協力して
朝鮮海峡全体を防衛するように
拡大されています。

手向山砲台は、下関要塞の中でも
2番目に早く建設工事が開始され、
1888年(明治21)に竣工し、24センチ臼砲が
12門据え付けられました。

現在、砲台の跡地は手向山公園として
整備され、地下施設は
立ち入り出来なくなっているものの
多くの遺構が残っており、
簡単に見学することが可能です。


おピンちゃん先生と一緒に
手向山公園の頂上付近に
お邪魔しております↓



砲座の跡が6箇所残ります↓








各砲座間には砲側弾薬庫が
残っています↓






各砲側弾薬庫には、
関東地方の要塞には見られない
扁額が設けられているのが
特徴的ですね(抜粋)↓



井戸と思われます↓



胸墻部分にも関連する遺構が
残っています↓



右翼観測所です↓



右翼観測所掩蔽部です↓


右翼観測所掩蔽部は
内部を覘くことが出来ます↓



左翼観測所です↓
P1220467.jpg


左翼観測所掩蔽部です↓



砲台長立台も残っています↓



【収録遺構】
 陸軍下関要塞
 田向山砲台

  砲座 6箇所
  地下施設 7箇所
  観測所 2箇所
  その他 3箇所

【探訪情報】
 2017.02.18  第1回探訪

 歩数(指数) 1,692歩(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ!


明日は雑記形式でブログの更新を
させてくださいませ。


それでは、また明日っ★

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【祐実軍團】(97)横須賀海軍鎮守府城ヶ島野砲陣地

皆様、いかがお過ごしでしょうか。

今日の関東地方は風が強かったですが
季節外れの暖かさになりましたね。


さてさて、本日は当方に関係する
重鎮の皆様方へのアシスト記事として
祐実軍團「軍報」の第97弾は
神奈川県三浦市におかれていた
城ヶ島野砲陣地の遺構を
ご紹介させてくださいませ。


城ヶ島野砲陣地は、臨時に設置された
砲兵陣地で、1943(昭和18)に
城ヶ島砲塔砲台の側面を防備する目的で
工事が開始されました。

ここには、7センチ速射加農砲が
4門据え付けられて防備に
ついたようですが、太平洋戦争の
終戦間際に2門が他へ
移設されたようです。

現在、陣地跡のほとんどが
荒地になっているため
判然としませんが、当時の建物や
関連する遺構がいくつか残ります。


毎度、お馴染みの重鎮である
いっちゃん先生とOKN先生と一緒に
城ヶ島公園に到着しております↓



山頂の駐車場から砲塔砲台の
遺構群とは逆方向に進みます↓



とのたま先生が図示した地図の
赤い線の付け根部分がココです↓


この写真の右側が1段高くなっており
鬱蒼とした藪になっているので
ここを突撃してください(笑)

航空写真で見ると、道になっていますが
実際は草がボーボーで道になってないので
ご注意をっ!

突撃して少し南東方向へ進むと
トイレとおぼしき基礎部分があります↓



さらに南東方向へ進んでいくと
お目当ての建物が残ります↓


草がボーボーで視界が利かず
建物の全体を写真に収めることは
極めて困難です・・・


建物の内部の状況です↓



この建物のすぐ脇に
建物基礎が残っています↓



ここから少しだけ東に進むと
付属建物が残っています↓


残念ながら、全ての入口と
窓は封鎖されているので
この建物の内部見学は出来ません。


最後に一番南側をはしる遊歩道の
グライダー離陸場所の近くに
砲座が2箇所残っています↓




アシスト記事のつもりですが
あまり参考にならないようでしたら
申し訳ないです m(_ _)m


【収録遺構】
 横須賀海軍鎮守府
 城ヶ島野砲陣地

  砲座 2箇所
  建物基礎 2箇所
  建物 2棟

【探訪情報】
 2006.04.01  第1回探訪
 2016.02.06  第2回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ!


それでは、またお会いいたしましょう★

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【真己軍團】(14)陸軍高射第四師団高射砲兵第一三三連隊火の山高射砲台

皆様、いかがお過ごしでしょうか。

三等兵は、遠征での疲れをひきずったまま
本日の出勤に臨み、「開店休業」とは
どういう状態を意味するのかを
他の社員達にしっかりと見せつけて
早々と帰宅しました(笑)
明日からはメリハリつけてやりますっ!


さてさて、本日は真己軍團「軍報」の
第14弾といたしまして
山口県下関市におかれていた
火の山高射砲台の遺構を
簡単にご紹介させてくださいませ。


火の山高射砲台は、関門海峡の
防空を目的として1944年(昭和19)に
設置されました。

ここには、火の山第四堡塁砲台の
施設群に手を加えながら、
10センチ高射砲が6門据え付けられ
高射第四師団の隷下にあたる
高射砲兵第一三三連隊が
防備を担当しました。

現在、高射砲台の跡地は
火の山公園に変遷して
整地されていますが、遺構が
わずかに残っており、
このうち砲座は保存されています。


我々のホームページの設定上は
真己軍團に従軍する石井美千子斬込の
ホームグラウンドである下関市に
お邪魔しております↓



火の山公園の山頂部分に来ました↓


雨と風が強くて、視界が利きません(笑)
ここ、晴れていれば眺めが非常に
よい場所なんです・・・


高射砲の砲座が1つだけ残っています↓



砲座は保存されており、
案内板が立てられています↓



少し下りたところにも
関連遺構が残っています↓



【収録遺構】
 陸軍高射第四師団
 高射砲兵第一三三連隊
 火の山高射砲台

  砲座 1箇所
  その他 1箇所

【探訪情報】
 2017.02.20  第1回探訪

 歩数(指数) 811歩(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


それでは、またお会いいたしましょう♪

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【那瑠絵軍團】(1)海軍二等駆逐艦「柳」

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


三等兵は、今回の遠征行程が
全て終わってしまったことで
恒例の「腑抜け」状態です。。。


戦果を総括すると、
探訪計画の約70%にあたる
遺構群を見ることが出来た反面、
予算は約25%オーバーしてしまい、
だいぶ「お調子」に乗りましたが
よかったのではないでしょうか(笑)


また、我々のホームページ上で
今回の遠征の「主役」となる
「那瑠絵軍團」のキャラクターを
デザインしてくれた
ナルナル先生のブログでは、
遠征期間中の全日を使って
従軍メンバーの「コラボ記事」を
掲載してくれていましたっ!
本当にありがたいですっ★


改めて「コラボ記事」を載せますので
従軍メンバーの清廉された(=ナル絵)
姿を見ていただければ幸いですっ♪
(ブログランキングにも投票をっ!)

 祐実総軍―那瑠絵軍團
  ・稲益那瑠絵 大将(久留米)
   [コラボ] 祐実総軍三等兵さん 第11弾
  ・指方奈摘 副将(佐世保)
  ・松浦優貴菜 参謀長(長崎)
   [コラボ] 祐実総軍三等兵さん 第8弾
  ・吉田奈穂 先任参謀(佐賀)
  ・釘宮真希 親衛(大分)
   [コラボ] 祐実総軍三等兵さん 第9弾
  ・朝長愛彩 斬込(大村)
   [コラボ] 祐実総軍三等兵さん 第10弾


新設「那瑠絵軍團」、
「凱旋」でございますっ★
あとは、ホームページの制作ですね。
頑張ってまいります m(_ _)m


さてさて、本日は那瑠絵軍團「軍報」の
記念すべき第1弾といたしまして、
福岡県北九州市に残っている
海軍二等駆逐艦「柳」を流用した
防波堤のご紹介です。


駆逐艦「柳」は、佐世保海軍工廠で
建造された桃型駆逐艦の4番艦として
1917年(大正 6)に竣工した
中型駆逐艦です。

竣工後は、第一次世界大戦の終戦まで
地中海の海上護衛に従事し
1932年(昭和 7)の第一次上海事変では
揚子江水域の作戦にも参加しましたが
1940年(昭和15)に除籍となり、
その後は佐世保海兵団の練習船として
使用されました。

太平洋戦争の終戦後は解体されますが、
現在の北九州港の防波堤として
船体が活用されており
現在も見ることが出来ます。


ついに、総軍プロジェクトも
九州地方へ入ってまいりました↓



戸畑駅に移動します↓



若戸大橋を渡って、
若松区に入っていきます↓



響灘工業団地内に
「軍艦防波堤」の愛称をもつ
海軍二等駆逐艦「柳」の船体が
残っています↓




この横には案内板がおかれています↓



諸元と艦歴も掲示されています↓



ここには「柳」のほかにも
一等駆逐艦の「涼月」「冬月」の
船体も防波堤に転用されていますが
残念ながらコンクリートの下に
埋まってしまっており、
現在は見ることが出来ません・・・


【収録遺構】
 海軍二等駆逐艦「柳」

  その他 1隻

【探訪情報】
 2017.02.17  第1回探訪

 歩数(指数) 316歩(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますっ★


それでは、またお会いいたしましょう♪

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【雑記】那瑠絵軍團探訪4日目

皆様、おはようございますm(__)m


昨日、こちらでは市民マラソンが
開催されていて、いたるところで
交通規制があったため、
かなり時間が圧してしまいまして・・・

さらに、宮地嶽神社は大混雑で
なおかつ、事前の勉強不足も重なって
光の道もどきみたいな光景しか
見ることが出来ませんでした(笑)

おまけに、帰りの電車では
踏切に車が立ち往生したことで
運転見合わせが発生してしまい
クタクタな1日となってしまいました(笑)


今日が最終探訪日なのですが、
昨日の疲れを引きずってしまってるし、
天気もあいにくの雨なので
市内の一部と下関の一部を探訪して
今回のミッションを終えたいと思います。


それでは、出発します↓


矢筈山堡塁の遺構群です↓










要塞地帯標も周辺に残ります↓


またまたおピンちゃん先生が活躍です↓





続いて、真己軍團管轄の下関市に
入っていきます↓


真己軍團管轄の下関にお邪魔してます↓


火の山第三砲台の遺構です↓





火の山第四砲台の遺構です↓










火の山高射砲台の遺構です↓



火の山第二砲台の遺構です↓







火の山第一砲台の遺構は
ロープウェイ施設の建設により
消失しているようですが・・・

何やら、おピンちゃん先生が
得意になっている先には・・・↓


軍用地境界標が残ってました↓






那瑠絵軍團と真己軍團の
管轄を結ぶ関門大橋です(笑)↓


ここにも残ってました↓


これにて終了です(涙)
まだまだ足りませんでしたが、
今回は引き揚げです。


名残惜しそうに、おピンちゃん先生に
ネコちゃんが寄り添います↓


せっかくなので、歩いて門司に戻ります↓


海底トンネルを進みます↓


那瑠絵軍團と真己軍團の境界です(笑)↓



再び、那瑠絵軍團管轄に入りました↓


小倉まで戻ってきました↓


いよいよ、最期の晩餐です↓


旅の終了の狼煙があがりました↓


今日も鳥の肝刺しを食べますよ↓


三等兵は、今回の余韻に浸りたくて
お酒を飲むことにします(笑)↓


もう少し飲んでから宿に帰ります。
4日間の雑記にお付き合いいただき
ありがとうございましたm(__)m

また、北九州市・下関市内で
お世話になった方々に、
心より御礼申し上げます。
お世話になりましたm(__)m
再訪の折は、またお願いいたします★



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【雑記】那瑠絵軍團探訪3日目

皆様、おはようございますm(__)m


今日は市内の遺構を中心に
探訪していこうと思います★


その前に・・・
新設「那瑠絵軍團」の主軸3名が
キャラクターのデザインをしてくれた
ナルナル先生のブログにて、
「コラボ記事」で紹介してくれてます。


那瑠絵軍團の主軸3名です↓
左側から
 吉田奈穂 先任参謀(佐賀)
 釘宮真希 親衛(大分)
 朝長愛彩 斬込(長崎) ですっ★

ナルナル先生の素敵な作品を
是非、併せて見てくださいね~っ↓

 [コラボ] 祐実総軍三等兵さん 第9弾
 [コラボ] 祐実総軍三等兵さん 第10弾



それでは、出発します↓


まずは曽根製造所の遺構です↓







小倉連隊の遺構ですっ↓
(時間が圧してて、抜粋でごめんなさい)




次は小倉造兵廠の遺構を見ます。


小倉造兵廠の遺構群です↓











これが何だか判断つかなかったです↓


この後は、おピンちゃん先生が
お待ちかねとなる宮地嶽神社の
光の道に行きます。



↑今日も気合い入れて探訪するので
 もしよかったら応援してくださいっ♪