戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

♦ プロフィール

祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪して
記録することを生き甲斐とする
祐実総軍三等兵でございます★
稚拙な内容ではございますが、
これまで調べてきた戦争遺跡を
ブログ・ホームページで紹介を
させていただいておりますっ♪

よろしくお願いしますm(__)m

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皆様、いかがお過ごしでしょうか。

いよいよ、年度末ですね。
明日は飲み会です。
飲むのは全然いいのですが
いかんせん、三等兵のねぐらからは
遠くて・・・(涙)


さて、昨日・今日・明日と
帰りが遅いので、今回も
既出案件でのブログ更新です。
お許しくださいませ・・・


本日は祐実軍團「軍報」の
第99弾といたしまして
神奈川県藤沢市に保存されている
東京湾要塞地帯標のご紹介です↓



東京湾要塞は、日本の本土におかれた
12箇所の永久要塞のうちの 1つです。

1895年(明治28)の要塞司令部条例に
よって、永久的な防御工事を
施している場所は「要塞」とされ、
海軍の場合は砲台や軍港が
「要塞地帯」とされました。

また、これに伴う法律も
公布されており、軍事機密の
保持のため、要塞地帯に指定された
区域内での測量や撮影・スケッチ・
土木工事などは、要塞司令部の
許可がないと出来ませんでした。

これらの防御営造物より
250間(約455メートル)以内を特に
「要塞地帯第一区」として一般人の
立入りが禁止され、衛兵が
守備していました。

さらに、その距離に応じ「第二区」・
「第三区(区域)」が設定され、
これらを明確にするためその境界部に
要塞地帯標が設置されました。

要塞地帯を定義する法律は、
数度にわたって改正されましたが、
最終的に防御営造物から
1,000メートル以内を第一区・
5,000メートル以内を第二区・
15,000メートル以内を第三区(区域)と
当初よりも大幅に拡大されました。

藤沢市については、要塞地帯第三区に
定められた箇所があり、要塞地帯標が
藤沢市役所前に移設保存されています。


藤沢市にお邪魔しております↓



東京湾要塞第三区地帯標が
1つ移設保存されています↓





【収録遺構】
 海軍東京湾要塞地帯(藤沢市)

  軍用地境界標 1本

【探訪情報】
 2014.04.12  第1回探訪

 歩数(指数) 約1,000歩(100)


明日は、送別会があるため、
ブログの更新は「起算更新」と
なりそうです。


それでは、また明日っ Zzz



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 つながりますので、もしよろしければ
 応援してやってくださいっ♪
皆様、いかがお過ごしでしょうか。

今日は業後に運動をして帰ったので
日を跨いでの帰宅となりました。。。
やっぱり、三等兵のねぐらからは
渋谷は遠いです(笑)


さて、本日は日を跨いでしまったので
「起算更新」でのブログ掲載です。
今回は那瑠絵軍團「軍報」の
第8弾といたしまして
福岡県北九州市におかれていた
工兵連隊の遺構を
ご紹介させてくださいませ↓



工兵第十二大隊は、第十二師団に
隷属した部隊で、1897年(明治30)に
編成地の熊本から小倉地区に
新設された兵営へ移駐しました。

戦歴も古く、日露戦争や青島攻略戦・
シベリア出兵に従事しましたが
1925年(大正14)の軍縮で第十二師団が
久留米へ移駐となった際に
廃止となりました。

現在、跡地は市立企救中学校や
北九州医療刑務所などに変遷し
面影がありませんが、
当時の遺構がわずかに残ります。


北九州市内にお邪魔しております↓



今回はkan先生ブログ
参考にさせていただきまして
探訪をしていきます。


演習用トンネルが残ります↓


アーチ部分の楔石には
工兵第十二大隊の文字が入ります。


これも当時の塀のようにも
見えますがどうでしょうね・・・↓


我々のホームページ上は
遺構として掲載予定です。


【収録遺構】
 陸軍第十二師団
 工兵第十二大隊

  トンネル 1箇所
  軍用地境界塀 1区画

【探訪情報】
 2017.02.19  第1回探訪

 歩数(指数) 1,794歩(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますっ★


それでは、おやすみなさいませZzz


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皆様、いかがお過ごしでしょうか。

ここのところ、本当にうれしい話で、
皆様方からメールを頂戴しておりますが
再び「滞留」しております。
私の大好きな「仕事」のおかげです。
申し訳ありません m(_ _)m

明後日までには返信しますので
もう少しだけお時間をくださいっ!
既読スルーではございませんので
くれぐれも誤解のなきよう・・・


さてさて、本日は既出案件での
ブログ更新です・・・

今回は、和泉軍團「軍報」の
第41弾といたしまして
千葉県柏市から柏陸軍病院の
遺構をご紹介させてください↓



柏陸軍病院は、柏飛行場と
この周辺に展開した陸軍部隊の
負傷兵を収容するための
病院として1939年(昭和14)に開院し、
終戦まで機能をしていました。

現在、跡地は国立柏病院を経て、
市立柏病院となっており、
当時の建物は消失していますが、
病院の入口付近に、敷地の
南端部を示す軍用地境界標が
2つ残存しています。


柏市にお邪魔しております↓



軍用地境界標が2つ残ります↓




【収録遺構】
 柏陸軍病院

  軍用地境界標 2本

【探訪情報】
 2007.XX.XX 第1回探訪
 (写真全消失により時期失念)
 2010.03.23 第2回探訪

 歩数(指数) 約3,000歩(100)


明日は、業後にちょっとした運動会が
あるため、ブログの更新は
「起算更新」となりそうです。


それでは、また明日っ!



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。

いつものことながら、
平日は全く面白くないですね~
素敵なワークライフです(笑)


さてさて、時間も時間なので
本日も阪奈軍團「軍報」の
第72弾といたしまして、
兵庫県篠山市から
篠山陸軍埋葬地のご紹介です↓



篠山埋葬地は、歩兵第七十連隊の
兵営が現在の篠山市で
編制されたことにより開設された
陸軍墓地で、1908年(明治41)に
設置されました。

昭和時代に入ると墓地規則が
改正されたことで篠山陸軍墓地に
改称され、敷地の拡大とともに
忠霊塔が建設され、終戦まで
存続しました。

現在、忠霊塔は遺芳殿に
改称されていますが、
敷地は存続しており、
墓標群のほかにも軍用地境界標などが
残存しています。


篠山市内にお邪魔しております↓



忠霊参道の入口です↓



門柱です↓



周辺には軍用地境界標が
いくつか残っています↓







忠霊堂です↓



墓標群です↓



奥の方にも軍用地境界標が
残っていました↓



【収録遺構】
 篠山陸軍埋葬地
 (篠山陸軍墓地)

  門柱 1箇所
  建物 1棟
  軍用地境界標 6本
  墓標様 1区画

【探訪情報】
 2017.03.18  第1回探訪
 
 歩数(指数) 922歩(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますね。


だめだ、疲れちゃって・・・
御霊様を前に、雑なご紹介で
本当に申し訳ないです m(_ _)m


それでは、また明日っ!



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。

また明日から平日ですね。。。
考えただけで憂鬱ですわ・・・

早く4月にならないかな~
第2週に、また遠征をしてきます(笑)


さてさて・・・
本日は、息抜きとして鉄道ネタで
ブログの更新をさせていただきます。
「軍報」目当てのご常連様、
失礼をお許しくださいませm(_ _)m


三等兵の裁量で恐縮です。
本日は神鉄3000系について
想いを記載させてください★


神戸電気鉄道3000系電車 (wikipediaを抜粋)↓
---------------------------------------
神戸電気鉄道3000系電車は、
神戸電鉄(神鉄)が神戸電気鉄道時代の
1973年に導入した通勤形電車。

沿線の乗客の増加と旅客サービスの
向上に対応するため、神鉄の保有車両数が
100両を突破した1973年に製造が開始された
アルミ合金製車体の冷房車である。

大きく分けて1973年から1981年まで
製造された前期型と、増備中断期間を経て
1989年から新造が再開され、1991年まで
製造された後期型に分けられる。

4両編成で組成され、先頭車デ3000形・
中間車デ3100形の全車が電動車である。
電動機出力は75kWで、1両に4基搭載される。
制御装置は電動カム軸式自動総括制御で
発電ブレーキ機能を有する。

機器は奇数車の床下一杯に搭載するほか、
偶数車にも分けて搭載される。

主電動機は1000系列と同系列の
MB-3054-C直流直巻電動機(75kW×4/両)を
採用。

制御方式はいわゆるMM'ユニット方式、
制御単位は1C8Mで、2・4・6両での組成が
可能。

直並列制御を行うため制御器は
多段式のABFM-108-15MDHを採用、
制御装置を3000形奇数車 (cM) と
3100形奇数車 (M) に搭載、
電動機を4個ずつ直列として2群を、
直列17段・並列8段・弱め界磁4段の
計29段で制御する。

また、下り急勾配区間用の
定速度抑速制御装置を設置、
マスコンからの指令により乗客の多少、
勾配の変化(40~50‰)、車輪径の
変化などにかかわらず
補助電源装置からの添加励磁電流の
制御により定速度抑速運転が
行われる。

駆動装置はWNドライブ方式を採用し、
歯車比は7.07である。
---------------------------------------


こんな感じの車両です↓



古い考えが未だに残る三等兵の
一番好きな方式である
「全電動車」でございます★


そういえば、過去に
懇意にさせていただいている
slycrow先生とのやりとりで
「一時ブームになった
2枚窓非貫通の湘南顔の電車って
まだ残ってるんだっけ?」っていう
話が出てきましたが、
ここにいましたね~(笑)


先日の神戸探訪で乗車が叶った
3000系(三田駅にて)↓



急勾配に力強く挑む3000系↓

※うわじま6号様のブログで掲載している
 写真を転載させていただいております。


神鉄電車の特徴は
何といっても「急勾配」の
線形にありますね。
都心を潜る地下鉄が
地上に出るための勾配よりも
この線区の方が断然急です。
なんせ、1キロ走っただけで
大型ビルの20階くらいに相当する
50mも上がちゃうのですから・・・


3000系の台車です↓


神戸電鉄車両ガイドページ
 写真を転載しております(上記2点)
 
上は軸梁式、下はウイングばね式ですね。


神鉄は、全車両が地元の川崎重工業
製造されており、こういうところも
本当に素敵だと思いますね。
そんな神鉄電車も、粟生線方面の
経営が苦しいのだとか・・・↓
 【神戸電鉄】 粟生線廃止問題で最後通告!?
 神鉄が沿線各市に迫った驚きの内容とは!?


そうだったのか・・・
どおりで、三木まで行った際に
日中の運行本数が極端に
少ないと感じたわけですね。。。

当方が1人頑張ったところで
大した力にはならないと思いますが
兵庫県の探訪の際は積極利用を
心がけたいと思いますっ!


本日は、大変な「脱線」と「的外れ」な
ブログ更新で申し訳ありません m(_ _)m


明日より、通常通り
「軍報」を掲載させていただきます。
是非、またお越しくださいませ。


それでは、またお会いしましょう!



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。

いよいよ、3月も終わりに近づき
人事異動などによる
「送別会」シーズンですね。

私も、早く「送別」されなければ(笑)


さてさて、本日は我々のホームページの
更新のお知らせとお花見のお誘いを
掲載させていただきますね。


まずは、「お花見」のお誘いです。

先日の記事で既にご案内しておりますが
茨城県稲敷郡阿見町に位置する
井関農機茨城センターの
(旧霞ヶ浦空中央格納庫地区)
施設が解放されますので、
施設内に残る遺構を見ながら
お花見会を下記の日程で開催します↓

【日時】
 2017年4月2日(日)
 11時~14時くらいまで

【場所】
 井関農機茨城センター
 ※約200本のサクラが咲き、
  霞ヶ浦空の遺構群が
  映えます★

幸い、サクラの開花予想では
3月最終週~4月上旬頃が
「見頃」となりそうですので、
同日は「いい感じ」だと思います。

現在のところ、参加確定は4名です。
集合場所・会費については
人数が確定次第お知らせします。
そろそろ、外で過ごすのに快適な
季節になってきましたので
敷物を広げて1献いかがでしょ?

もし、参加を希望される方は
当方で一括申請をしますので
明日(3/26)の18時までに
メール・LINE・当記事に鍵コメントを
くださいませ。

 ※今回のご案内については
  三等兵と面識のある関係者様か
  ブログを通じて交流のある方々に
  限らせてください m(_ _)m


続きまして、我々のホームページの
更新情報ですっ。

今回の追加分は以下となります↓
(カッコ内は掲載遺構の数です)

 ※アンカーをクリックすると、
  それぞれ別ウィンドウで表示され
  音楽が流れますので、一度に全てを
  開かないようにご注意を!

神奈川県横須賀市
 横須賀海軍工廠
 長浦職工共済会病院
(7)
 横須賀海軍警備隊第四高角砲大隊
 荒崎防空砲台
(11)

神奈川県三浦市
 横須賀海軍鎮守府第一特攻戦隊
 江奈基地
(2)
 横須賀海軍鎮守府
 城ヶ島野砲陣地
(6)

兵庫県神戸市
 陸軍高射第三師団
 高射砲兵第一二三連隊
 東山高射砲台
(11)

兵庫県三田市
 大阪陸軍造兵廠
 相野地下軍需工場
(2)

福岡県北九州市
 陸軍下関要塞古城山砲台(3)
 陸軍下関要塞古城山堡塁(3)


今回より、ホームページ更新記事の
掲載の都度、祐実総軍の組織・体制も
追記するようにいたしますので、
掲載している各都道府県内の
いわゆる「戦争遺跡」が
拙ブログ・ホームページのシナリオ上、
どこの「軍團」の探訪案件となるのか
簡単にご認識いただければ幸いです↓

 祐実総軍プロジェクト (総大将:平野祐実―YUM)
  |
  ┣ 莉央軍團 (大将:簑島莉央―7RI)
  |  ┗ 北海道(南部)
  |
  ┣ 由香里軍團 (大将:寺島由香里―8YR)
  |  ┣ 青森県・岩手県・秋田県
  |  ┗ 宮城県・山形県・福島県
  |
  ┣ 祐実軍團 (大将:平野祐実―1YM)
  |  ┗ 東京都・神奈川県・埼玉県
  |
  ┣ 和泉軍團 (大将:海老名和泉―4IZ)
  |  ┣ 千葉県・茨城県
  |  ┗ 栃木県・群馬県
  |
  ┣ 美恵軍團 (大将:酒井美恵―3ME)
  |  ┣ 愛知県・三重県・岐阜県
  |  ┗ 静岡県・長野県・山梨県
  |
  ┣ 珠美軍團 (大将:落合珠美―6TM)
  |  ┣ 石川県・福井県
  |  ┗ 新潟県・富山県
  |
  ┣ 阪奈軍團 (大将:石切阪奈―2HN)
  |  ┣ 大阪府・兵庫県・京都府
  |  ┗ 滋賀県・奈良県・和歌山県
  |
  ┣ 真己軍團 (大将:福田真己―5MK)
  |  ┣ 広島県・岡山県・島根県
  |  ┗ 山口県・鳥取県
  |
  ┗ 那瑠絵軍團 (大将:稲益那瑠絵―9NR)
      ┣ 福岡県・大分県
      ┗ 長崎県・佐賀県

上記以外の県は・・・
ゴメンナサイ、未探訪ならびに
組織発足中となります m(_ _)m

今はこんな状態ですが、
そのうち、きっとやってみせます(笑)
是非ともご期待くださいませ m(_ _)m


【本日の写真】
陸軍参謀本部の外局にあたる
陸地測量部の水準点蓋
(東京都江東区)↓



明日は、久々に「鉄道」ネタでの
ブログ更新とさせてください。


それでは、またお会いしましょう!



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皆様、日々のご精勤
誠にお疲れ様でございます。


さてさて、本日も昨日に引き続き
阪奈軍團「軍報」の第71弾として
兵庫県三田市から
相野地下工場の地下壕群を
抜粋してご紹介させてください↓



大阪陸軍造兵廠は、火砲・弾丸や
鋳造品などの製造や購買・ 研究などを
行う兵器生産工場で、1940年(昭和15)に
前身であった陸軍造兵廠大阪工廠からの
改称により開設され、従事工員数が
最盛期では約65,000名にもおよび、
その規模は東洋一をほこりました。

太平洋戦争の末期は、本土空襲が
本格化したため、生産ラインの確保を
目的に工場の疎開が始まり、現在の
三田市の相野地区にも地下工場が
建設されて旋盤などが
搬入されましたが、完成はすることなく
終戦となりました。

現在、地下工場は山林内に
放置されているため
崩落が進行していますが、
山の両側から掘削し、中央で
貫通させる予定だった6本の地下壕と、
完成した 1本の地下壕が残存しており、
見学が可能です。


福知山線の藍本駅に
到着でございます↓



おピンちゃん先生
現地まで歩いて向かいます↓



山の両側に地下工場の
坑道が残っています↓




一番の見どころはこれです↓



このお方もスゴイです↓


おそらく、この私よりも
胆力があると思いますね(笑)


この後は、篠山市へ移動です↓



【収録遺構】
 大阪陸軍造兵廠
 相野地下軍需工場

  地下壕 2区画

【探訪情報】
 1998.12.18  第1回探訪
 2017.03.18  第2回探訪
 
 歩数(指数) 約5,000歩(138)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますっ★


それでは、また明日っ!

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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


徐々に気温が上がってきましたね。
そろそろ、探訪シーズンも
終わりでしょうかね・・・イヤイヤ


さてさて、本日は
阪奈軍團「軍報」の第70弾として
兵庫県神戸市から
探訪ホヤホヤである
東山高射砲台の遺構群を
ご紹介させてくださいませ↓



高射砲兵第一二三連隊は、
主に阪神地区の防衛任務についた
高射第三師団に隷属する部隊で、
1944年(昭和19)に編成されました。

東山高射砲台は、
高射砲兵第一二三連隊が守備する
防空砲台で、神戸周辺の防衛を
目的として設置されたようです。

現在、砲台の跡地は
山林となっており埋もれていますが
4箇所の砲座跡や、建物跡と推測する
遺構群が残っています。


今回もおピンちゃん先生
神戸電鉄の線路みたいな
急勾配に挑んでいきます↓



山頂付近に石垣や擁壁が
見えてきました↓




砲座が3箇所完存しています↓





送電線の建設によって
破壊された砲座跡も残ります↓



砲座付近には建物跡とおぼしき
基礎部分が残っています↓



これも関連遺構でしょうね↓



兵舎地区に進んでいきます↓



建物跡が2箇所残っています↓




このあたりからの眺めも
なかなかいいですねっ↓



山を少し下ったところにも
水槽が残っていました↓



おピンちゃん先生が
「神戸に来た気がしない」と
大変にご立腹ですので(笑)、
ここで探訪を打ち切って
布引ハーブ園に向かいます↓



しばし、お花ちゃん達の鑑賞会です↓





ここからの眺めも素晴らしいです↓




今回は、正面に見えるホテルに
宿泊をさせていただきました(笑)↓



【収録遺構】
 陸軍高射第三師団
 高射砲兵第一二三連隊
 東山高射砲台

  砲座 4箇所
  建物基礎 3箇所
  その他 4箇所

【探訪情報】
 2017.03.17  第1回探訪
 
 歩数(指数) 11,522歩(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますっ★


それでは、また明日っ!

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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


いや~、平日は本当につまらない。
仕事ってこんなもんですかね・・・

大好きな関西の風景や、
旧軍遺構の探訪によって
癒されてきたはずですが、
たった1日の仕事で元通りです(笑)


ここのところ、本当にうれしい話で、
皆様方からメールを頂戴しておりますが
昨日に引き続き、滞留気味です。
せっかくのご厚意に不誠実な対応で
本当に申し訳なく感じております m(_ )m
順に返信をさせていただきますので
懲りずにかまってやってくださいっ!


さてさて・・・
本日は真己軍團「軍報」の
第18弾といたしまして、
山口県下関市から
火之山第四堡塁砲台の遺構群を
簡単にご紹介させてくださいませ↓



火之山第四堡塁砲台は
下関要塞の 1つで、早鞆瀬戸・
周防灘方面と内陸の防備を目的に、
海陸両方に対し砲撃が可能な
堡塁砲台として1891年(明治24)に
竣工しました。

ここには、28センチ榴弾砲が
2門据え付けられ、首線は南東で
射界は 270度ありました。

現在、跡地は火の山公園に変遷して
整地されていますが、砲座や観測所・
地下施設などが多く残っており、
簡単に見学することが出来ます。

特に、観測所の下部に展開する
7連の掩蔽部は見ごたえがあります★


悪天候の中、おピンちゃん先生
今回も探訪していきます↓



砲座が1つだけ完存しています↓



観測所です↓



両側に貫通している
観測所掩蔽部です↓



観測所の下に展開する
7連の掩蔽部は圧巻です↓


7連掩蔽部の内部を抜粋で
挙げさせてください↓




7連掩蔽部を挟むような形で
砲座・観測所へ通じる
トンネルが2箇所展開しています↓




少し離れた場所にも
弾薬庫が残っています↓




周囲を囲むようにして
堡塁も残っています↓




砲台長立台であると思われます↓



これも関連する遺構でしょうね↓



【収録遺構】
 陸軍下関要塞
 火之山第四堡塁砲台

  砲座 1箇所
  観測所 1箇所
  地下施設 10箇所
  トンネル 2箇所
  その他 4箇所

【探訪情報】
 2017.02.20  第1回探訪

 歩数(指数) 188歩(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますっ★


それでは、また明日っ!

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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


さきほど、本拠へ帰還いたしました。
現在は、遠征帰還時のパターンである
「腑抜け」になっているところです(笑)


今回、4日間を費やして
神戸・西宮・三田・篠山・
加古川・三木・稲見と
巡らせていただきましたが、
関西探訪においては、当方の
「教科書」である「大日本者神國也」の
盡忠報國先生には、期間中に
色々と情報をいただきまして、
効率よく行動することが出来ました。
この場をお借りいたしまして
厚く御礼を申し上げます。
ありがとうございます m(_ _)m


また、遠征中に色々と
皆様方からメールを頂戴しておりますが
滞留しております。ゴメンナサイ・・・
順に返信をさせていただきますので
少しの間、お時間をください m(_ _)m


それと、遅くなってしまいましたが
関係者の皆様方へ
去年から毎年の「恒例」としている
「お花見」のお誘いです。
茨城県稲敷郡阿見町に位置する
井関農機茨城センターの
(旧霞ヶ浦空中央格納庫地区)
施設が解放されますので、
施設内に残る遺構を見ながら
お花見会を下記の日程で開催します↓

【日時】
 2017年4月2日(日)
 11時~14時くらいまで

【場所】
 井関農機茨城センター
 ※約200本の桜が咲き、
  霞ヶ浦空の遺構群が
  映えます★

もし、参加を希望される方は
当方で一括申請をしますので
期限短く申し訳ありませんが
3月26日(日)までに、メール・LINEか
ここに鍵コメントをくださいませ。
ただし、今回のご案内については
三等兵と面識のある関係者様か
ブログを通じて交流のある方々に
限らせてくださいませ m(_ _)m
(当方とおピンちゃん先生は
参加が確定しております)

また、花見会の集合時間・会費等の
詳細につきましては、参加人数を
考慮に入れたうえで確定させますので
追ってご連絡させていただきますね。
(ご不明点があればお知らせください)


【本日の写真】
今回の探訪でお世話になった
神鉄電車(上)と阪急電車(下)↓



三田市に掘削された
大阪陸軍造兵廠相野地下工場↓


神戸市内の再度山の麓に位置する
トンネル内に残る用途不明の
地下壕の入口(情報募集中です)↓


本当に素晴らしかった
神戸市内の夜景↓




5日間の家守にあたった
ピン(左)とプン(右)↓
DSC_2293.jpg


明日から通常通り、
「軍報」の掲載となります。
変わらずご笑覧いただければ
幸いです。


それでは、またお会いしましょう!


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