FC2ブログ

戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

♦ プロフィール

祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪し
記録することを趣味とする
祐実総軍三等兵ですっ★

稚拙な内容ではございますが
これまでに関係者の皆様方と
見てきた戦争遺跡を中心に、
ブログ・ホームページなどで
順次ご紹介をしていきます♪

よろしくお願いしますっ★

♦ カウンター

♦ 最新記事

♦ アクセスランキング

[ジャンルランキング]
地域情報
228位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
6位
アクセスランキングを見る>>

2019 29 21:25:55

【和泉軍團】(116)陸軍東京湾要塞地帯(千葉県館山市)

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


ここのところ、仕事でめった打ちにされ
ブログの更新が滞ってしまい
申し訳ありません m(_ _)m


これでも、仕事イキイキ人間達に抗い
そういう人達の弱みに付け込んで
早く帰っている方ですが、
断れない人達はもっと大変です・・・


このままいくと愚痴が上々になるので
このくらいにしておきます。。。


さて、今回は和泉軍團「軍報」の
第116弾といたしまして、
千葉県館山市に設置されていた
陸軍東京湾要塞の要塞第一区を示す
地帯標を1本だけご紹介します↓




東京湾要塞は、日本の本土におかれた
永久要塞のうちの 1つです。

1895年(明治28)の要塞司令部条例により
永久的な防御工事を施している場所は
「要塞地帯」とされ、軍事機密の
保持のため、要塞地帯に指定された
区域内での測量や撮影・スケッチ・
土木工事などは、要塞司令部の
許可がないと出来ませんでした。

また、これらの防御営造物より
250間(約455メートル)以内を
特に「要塞地帯第一区」として
一般人の立入りが禁止され、
衛兵が守備していました。

さらに、その距離に応じ「第二区」・
「第三区(区域)」が設定され、
これらを明確にするため
その境界部に要塞地帯標が
設置されました。

要塞地帯を定義する法律は
数度にわたって改正されましたが
最終的に防御営造物から
1,000メートル以内を第一区・
5,000メートル以内を第二区・
15,000メートル以内を第三区(区域)と
当初よりも大幅に拡大されました。

このうち、館山市内については
洲崎第一砲台・洲崎第二砲台の
周辺が第一区に定められており
見物地区の神社内に要塞地帯標が
1本だけ移設保存されています。



関係者の皆様方と
館山市内にお邪魔しております↓



見物地区の神社内に
要塞第一区地帯標が
保存されています↓



側面には「陸軍省」・「第五號(号)」と
刻まれています↓



背面には「昭和五年二月」と
刻まれていました↓



【収録遺構】
 陸軍東京湾要塞地帯(館山市)

  軍用地境界標 1本

【探訪情報】
 2007.05.04  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


この記事を書いてて思い出しましたが
館山市のお隣に位置する
南房総市になかなかの規模の
軍事施設跡が残っていることが
判りました。

ストビューや空撮を見る限り
地上系の遺構が大半のようなので
近いうちに単騎で見てきますね。


それでは、またお会いいたしましょう★



↑よろしければ、こちらの「応援」も
 ひとつよろしくお願いします♪