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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪して
記録することを生き甲斐とする
祐実総軍三等兵でございます★
稚拙な内容ではございますが、
これまで調べてきた戦争遺跡を
ブログ・ホームページで紹介を
させていただいておりますっ♪

よろしくお願いしますm(__)m

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2015 07 22:10:38

【阪奈軍團】(19)陸軍第四師団大谷射的場

皆様、こんばんわっ★
最近、朝・夜が冷えてきましたね・・・
日も短くなってきているし
いよいよ冬になるんですね~


さてさて、本日は阪奈軍團「軍報」の
第19弾といたしまして
滋賀県大津市におかれていた
陸軍第四師団の大谷射的場の
遺構をご紹介させてくださいませ。


大谷射的場は、大阪に司令部がおかれた
第四師団の射撃演習場として
隷下部隊の歩兵第九連隊が
大津へ衛戍地を移したことで
設置されました。

その後、1925年(大正14)の軍縮により
歩兵第九連隊が第十六師団へと
所属変更されて京都に移駐しますが、
射的場の敷地自体は太平洋戦争の
終戦まで存続しました。

終戦後は、アメリカ軍に接収されましたが
現在は返還されており、住宅地に
変遷しているものの、敷地の境界に
軍用地境界標が現存しています。


山科と大津を結ぶ京阪電車の
京津線の大谷駅周辺にきております↓


京津線は、本線と違って山岳路線の
様相をしており、急坂・急カーブが多く
ちょっとしたスリルがありますっ★


大谷駅から、名神高速道路を渡り
北側に展開する住宅地内が
射的場の敷地であり、軍用地境界標が
残っています(抜粋)↓



敷地南側に残る軍用地境界標は
住宅地の背面の山に位置するため
接写が難しいです(抜粋)↓



敷地の東側に位置する
児童公園の山に軍用地境界標が
最も多く残っています(抜粋)↓



敷地の西側に位置する部分にも
わずかに残っています↓



【収録遺構】
 陸軍第四師団大谷射的場

  軍用地境界標 18本

【探訪情報】
 2014.12.06 第1回探訪

 歩数(指数) 2,106歩(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★
ご期待いただければ幸いですっ!


それでは、本日はこのへんで
失礼させていただきます。

また、大変申し訳ありませんが
明日は所用のためブログの掲載を
お休みさせていただきます m(_ _)m

それでは、よい1日をっ★
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