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戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪し
記録することを趣味とする
祐実総軍三等兵ですっ★

稚拙な内容ではございますが
これまでに関係者の皆様方と
見てきた戦争遺跡を中心に、
ブログ・ホームページなどで
順次ご紹介をしていきます♪

よろしくお願いしますっ★

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2019 17 18:41:55

【美恵軍團】(85)豊川鉄道西豊川支線

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


お盆休みもそろそろ終わりですね・・・
来週あたりから、通勤で乗る
電車の混雑が復活ですかね。


平日の朝・夕は、大変な思いをして
会社のために通勤をしているのですから
毎月の定期代にプラスαをして
「支払ってやる」くらいの度量を
会社に求めたいものですね~


さて、ブログ更新に間が開きましたが
今回は美恵軍團「軍報」の
第85弾といたしまして、
愛知県豊川市内に敷設された
豊川海軍工廠の専用路線であった
豊川鉄道西豊川支線の遺構群を
ご紹介させていただきます↓




豊川鉄道は、JR飯田線の路線の
前身にあたる民間の鉄道会社で
明治期に現在の豊橋市から
新城市を結ぶ路線が開業しました。

1939年(昭和14)に豊川海軍工廠が
開設されると、工員と資材類の輸送を
目的として、豊川駅から工廠内にいたる
西豊川支線が1942年(昭和17)に開業し
のちに国鉄に買収されました。

その後、戦争の終結にともない
豊川海軍工廠が閉鎖されたことで
利用客が減少して旅客営業が廃止され
現在は日本車輌製造の専用線として
活用されていますが、当時の橋梁や
門柱などの遺構が残っています。



JR飯田線の豊川駅前に
到着いたしました↓



豊川駅から約300メートルほど
飯田線の線路と並行します↓



少し進むと、飯田線とわかれて
西に進路をとるようになります↓



その後は、少しずつ上っていき
築堤をはしるようになります↓



さらに進んでいくと、県道を跨ぐ
当時の橋梁が残っています↓



現在は単線ですが、
橋梁をよく見ると、かつては
複線であったことが判ります↓



橋梁を過ぎると、約500メートルほど
直線区間が続きます↓



架線の支柱からも判るように
このあたりは複線区間だったようです↓



さらに進んでいくと、佐奈川にかかる
当時の橋梁が残っています↓



橋梁内は立入禁止ですが、
佐奈川に平行する遊歩道より
近い距離で見ることが出来ます↓



佐奈川を渡ると、いよいよ線路は
豊川海軍工廠の敷地内に
入っていき、鉄道門と思われる
門柱が1対残っています↓



さらに西側に進んでいくと、
線路は日本車輌製造豊川製作所に
入っていくため、追跡を終えました↓



当初、ここは「軍用線」と認識して
軍用地境界標を追いかけようと
探訪したのですが、結果は0でした。

それもそのはず、ここは
民間の鉄道会社が運営を
していたわけですからね・・・

夏場の時期に歩いたこともあり
結構、しんどかったですが
これが判っただけでもよしとします。


【収録遺構】
 豊川鉄道西豊川支線
 (豊川海軍工廠専用線)
 
   門柱 1箇所
   橋梁 2箇所

【探訪情報】
 2017.08.06  第1回探訪
 2018.12.17  第2回探訪

 歩数(指数) 約7,000歩(158)


後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただきますねっ♪


それでは、またお会いいたしましょう★



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