戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪して
記録することを生き甲斐とする
祐実総軍三等兵でございます★
稚拙な内容ではございますが、
これまで調べてきた戦争遺跡を
ブログ・ホームページで紹介を
させていただいておりますっ♪

よろしくお願いしますm(__)m

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2015 05 22:29:29

【美恵軍團】(15)豊橋陸軍兵器支廠

皆様、木曜日をいかがお過ごしでしょうか。
三等兵は、こういう時に限って忙しくなり
バタバタしております・・・

日頃よりご愛顧いただいております
私どものホームページである
祐実総軍 ― 戦争遺跡データベース」の
本開業を11月7日の土曜日の夜に
予定しております。

また、同日にコミュニティーも新設予定です。
戦争遺跡の実地調査のご案内や情報交換に
活用していきます。

関心をお持ちの方がおられましたら
是非是非、エントリーをお願い申し上げます。
(同日に改めてご案内させていただきます)

さてさて、本日は美恵軍團「軍報」の
第15弾といたしまして、
愛知県豊橋市におかれていた
豊橋陸軍兵器支廠の遺構を
ご紹介させてくださいませ。


豊橋陸軍兵器支廠は、東京の兵器本廠に
隷属し、第十五師団に関係する兵器弾薬・
材料の購買や、これらの貯蔵・修理を行う
機関として、1908年(明治41)に設置されました。

その後、軍縮によって第十五師団が廃止され
陸軍兵器廠条例の改正などにより、
兵器の補給業務を統一する目的で、最終的に
1940年 (昭和15) 以降は名古屋陸軍兵器補給廠
分廠として兵器類の材料や、その燃料などの
保管と補給を行いました。

現在、敷地は愛知大学や市立南部中学校などに
なっており、当時の遺構が残っています。


豊橋のカモちゃんがお出迎えです↓



豊橋鉄道の線路に沿うように
軍用地境界塀が残っています(抜粋)↓



名古屋陸軍兵器補給廠の
豊橋分廠時代の正門です↓



歩哨も残っています↓



通用門と思われます↓



こちらは豊橋陸軍兵器支廠時代の
通用門です↓



【収録遺構】
 豊橋陸軍兵器支廠
 (名古屋陸軍兵器補給廠
  豊橋分廠)

  門柱 3ヶ所
  歩哨 1ヶ所
  軍用地境界塀 2ヶ所

【探訪情報】
 2013.09.20 第1回探訪

 歩数(指数) 2,250歩(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますっ★

それでは、おやすみなさいませっ★
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