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総軍BLOGへようこそっ!

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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪し
記録することを趣味とする
祐実総軍三等兵ですっ★

稚拙な内容ではございますが
これまでに関係者の皆様方と
見てきた戦争遺跡を中心に、
ブログ・ホームページなどで
順次ご紹介をしていきます♪

よろしくお願いしますっ★

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2021 27 09:00:00

【和泉軍團】(130)霞ヶ浦海軍航空隊木原送信所

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


11月25日より遺構探訪に
出かけておりますので、
12月1日までの記事は
全て予約でのブログ更新です。


この記事が公開される頃は
呉市内の山にこもっていると
思います(笑)


さて、今回は和泉軍團「軍報」の
第130弾といたしまして
茨城県稲敷郡美浦村におかれた
木原送信所の遺構群を
簡単にご紹介させてください↓




木原送信所は、
阿見町におかれた
霞ヶ浦海軍航空隊の
無線送信施設として、
1942年(昭和17)頃に
設置されたようです。

敷地は約50,000平方メートルの
五角形で、その中に耐弾性の
送信所や兵舎などがおかれ
各辺の頂部に電波塔が
5つ配置されました。

終戦後、施設の一部が
厚生科学研究所や
新治協同病院などに
使われたようですが、現在は
美浦村自立支援センターや
野球グラウンドに変遷し、
境界柵の支柱やコンクリート遺構が
わずかに残るのみとなっています。



土浦駅から江戸崎行きの
JRバスに乗りまして…↓



福祉センター前停留所で
バスを降ります↓



顕彰碑が国道沿いにあり
今回の探訪先に関係するものかと
思いましたが、違いました↓



道路を南に下っていくと
木原送信所跡地に建つ
美浦村自立支援センターの
入口に到達しますが、
まずは敷地の外周を
見ていくことにします↓



いったん、敷地の北東端付近から
時計回りに歩いていきます↓



軍用地境界標の残存を
期待したのですが、
残念ながら見ることなく
南東端付近まできました↓



今度は西に進路を変えて
歩いていきます↓



民家の庭先に
コンクリート遺構が残ります↓



終戦直後の航空写真を見ると
敷地の南側にも入口があり
周辺に建物などが
写っていることから
その一部であると考えられます↓



少し進んだ民家の裏手が、
電波塔が5つおかれた
内周角にあたるのですが
境界柵の支柱が東西に残ります↓



この境界柵の支柱は
古写真にも写っており
当時のものであると判ります↓



一部が引き抜かれて
放置されており、軍用地境界標に
見えたのですが、よく考えると
ここは敷地の内周角なので
あるわけがないはずで
支柱の1本でしょうね↓



西方向にも境界柵の支柱が
並んで残っています↓



お供のサブ郎さんと
茨城初陣のトラさんも
おなかを空かせながら
見学しております(笑)↓



少し進んだ雑草地の中にも
建物の基礎部分が残ります↓



いったん、道路に戻り
敷地の南西端から
今度は北東に進みます↓



野球グラウンドの入口付近にも
境界柵の支柱が左右に並びます↓




北西端に到達したので、今度は
正門があった場所へ進みます↓



残念ながら、門柱は残ってませんが
代わりに案内板がありました↓



奥は美浦村自立支援センターの
敷地になるので入りませんでしたが
空撮比較する限り、当時の遺構は
施設内に何もなさそうでした↓



他の通信所案件で考えると
周辺の山に地下施設が
あってもいいと思い
少しウロウロしてみましたが
残念ながら失敗しました…↓



ちょっと時間をかけすぎたので
次の案件に向けて
徒歩で進んでいきます↓



【収録遺構】
 霞ヶ浦海軍航空隊
 木原送信所

 その他 3箇所

【探訪情報】
 2021.11.23  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


また、後ほどホームページ内でも
ご紹介させていただきますねっ♪


それでは、またお会いしましょうっ★



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