戦争遺跡調査研究軍 祐実総軍

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【真己軍團】(3)陸軍第五師団司令部

皆様、木曜日をいかがお過ごしでしょうか。
毎日、朝夕が寒いですね・・・


さてさて、本日は真己軍團「軍報」の
第3弾といたしまして、甚だ簡単ではありますが
広島県広島市におかれていた
陸軍第五師団司令部の遺構を
ご紹介させてくださいませ。


第五師団は師団編成の前身である
広島鎮台より改編をうけ1888年(明治21)に
発足した最も古い陸軍師団のうちの1つで
広島城に隣接する形で師団の司令部が
おかれました。

戦歴も古く、日清戦争から日露戦争・
シベリア出兵・日中戦争を経て、
太平洋戦争では南方の作戦にも
参加しており、常に中核を担う部隊として
活躍しました。

1894年(明治27)の日清戦争では
前線に向かう兵站基地となった
広島市での統帥を目的として
東京の皇居におかれていた大本営を
第五師団の司令部に移したため、
広島市は一時的に臨時の首都機能をも
担っています。

また、太平洋戦争末期の1945年(昭和20)には
中国地方の軍政を統括するための
中国軍管区が編制され、庁舎に師団司令部が
使用されますが、8月6日の原爆投下により
施設は壊滅しました。

現在、敷地跡は広島城址公園として
整備されていますが、司令部建物の
基礎部分や渡り廊下・石柱列・軍用地境界標・
地下司令部などが多く残されており
簡単に見学することが出来ます。


広島城にやってきました↓


おピンちゃん先生お手製の
ピン太郎とプン太郎も
広島へやってきております(笑)


司令部庁舎の基礎部分です↓



庁舎を取り囲むように石柱列も
残っています(抜粋)↓



付属建物の基礎部分です↓



庁舎と付属建物の間には
渡り廊下が残っています↓
P1140890.jpg


少し離れたところに、もう1つ
建物基礎が残っています↓



建物を囲むようにして石柱列が
並んでおります↓



関連する遺構であるものと思われます↓



敷地の東西には軍用地境界標も
残っています。

まずは敷地の東側です↓
P1140903.jpg

続いて西側です↓
P1140885.jpg


敷地の南端部分には
中国軍管区の地下司令部が
残っています↓


内部の様子です↓


通風口も残っています↓



この後は、原爆関連遺跡を探訪して
銀山町の料亭でおいしいお酒と
アナゴ・牡蠣を堪能したのでした~


【収録遺構】
 陸軍第五師団
 師団司令部
 (広島大本営,陸軍中国軍管区司令部)

  建物基礎 3箇所
  地下施設 1箇所
  軍用地境界標 2本
  その他 4箇所

【探訪情報】
 2015.11.20  第1回探訪

 歩数(指数) 1,388歩(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


それでは、またお会いしましょうっ♪
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