戦争遺跡調査研究軍 祐実総軍

ARTICLE PAGE

【祐実軍團】(48)陸軍東京湾要塞観音崎弾薬本庫

皆様、いかがお過ごしでしょうか。
昨日、地下鉄に乗って帰宅途中に
お得意の「車両点検」により、全線で
運転見合わせをくらってしまい
帰宅に2時間以上かかりましたよ・・・
どうして「車両故障」って言えないんだろう。
潔さが本当にないな。

たかが、車両の「点検」程度で
全線が30分以上止まってしまうような
クソ電車を走らせているなんて
大問題ですよ。東京メトロ。
「点検」ではなく「故障」です。


さてさて、愚痴が過ぎてしまいましたが
こんな時間に祐実軍團「軍報」の
第48弾といたしまして、毎度おなじみの
神奈川県横須賀市におかれていた
陸軍東京湾要塞の観音崎弾薬本庫の
遺構を簡単にご紹介させてくださいませ。


観音崎弾薬本庫は、観音崎地区の
各砲台で使用する砲弾類を一元管理する
目的で1884年(明治17)に建設が開始され
1885年(明治18)に観音崎第二砲台の
トンネル内に日本で最初となる煉瓦造りの
洞窟式弾薬庫が完成しました。
その後、日清戦争で各砲台が配備に
ついたことから、繋船場所の近くに
煉瓦造り平屋構造の弾薬庫を建設しました。

現在、洞窟式の弾薬庫は
東京湾海上交通センター敷地内に
残存しており、入口部分が封鎖されています。
一方で平屋構造の弾薬庫は、
最近まで観音崎青少年の村の施設に
使われていましたが閉鎖され、
建物群を整備して再利用する工事が
行われております。


「3分トンネル」の通称で有名な
観音崎第二砲台のトンネルに
来ております↓



トンネル内で垂直方向に分岐を
するような形で煉瓦造りの
弾薬庫が2つ残っていますが
どちらも入口部分が塞がっています。

1つ目の弾薬庫です↓


2つ目の弾薬庫です↓


あまり判りませんが、内部の様子です↓



ここから西に位置している
観音崎トンネルの北側に
地上式の弾薬庫が3棟残っています。

1つ目の弾薬庫です↓


2つ目の弾薬庫です↓


3つ目の弾薬庫です↓



ここから海岸方向へ進んでいくと
係船場と荷揚桟橋が残っています↓



【収録遺構】
 陸軍東京湾要塞
 観音崎弾薬本庫

  建物 3棟
  地下施設 2箇所
  その他 2箇所

【探訪情報】
 2005.05.29  第1回探訪 
 2007.01.02  第2回探訪
 2014.05.24  第3回探訪
 2015.12.05  第4回探訪

 歩数(指数) 約15,000歩(999)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


それでは、おやすみなさいませっ★
←応援してくださいっ♪

0 Comments

Post a comment