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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪して
記録することを生き甲斐とする
祐実総軍三等兵でございます★
稚拙な内容ではございますが、
これまで調べてきた戦争遺跡を
ブログ・ホームページで紹介を
させていただいておりますっ♪

よろしくお願いしますm(__)m

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2015 09 02:46:11

【祐実軍團】(49)海軍横須賀造船所専用水道

皆様、いかがお過ごしでしょうか。
といっても、まだ寝ている時間ですよね~

さてさて、本日も引き続き
祐実軍團「軍報」の第49弾といたしまして
神奈川県横須賀市に設置されていた
海軍横須賀造船所の専用水道の
遺構をご紹介させてくださいませ。


横須賀造船所の専用水道は、
横須賀海軍工廠の前身である
横須賀造船所の規模拡張によって、
大量の水が必要となり、これを補うために
南東の走水の水源地より、造船所の
内部へ水を引き込む目的で建設された
水道路で、明治時代のお雇い外国人の
1人であるフランスのベルニー技師の
手によって1876年(明治9)に完成しました。

1884年(明治17)の海軍条例によって
横須賀海軍鎮守府が設置されると
横須賀造船所は鎮守府の管轄となり、
横須賀海軍工廠と改称されますが
その後も海軍力の増強が推し進められたことで
走水の水道路だけでは水を賄うことが
出来なくなり、遠く離れた中津川より
水を引き込むため1918年(大正7)に
半原系統を新たに建設して、
2系統となりますが、昭和時代に入ると
さらに水需要は増加をたどり、
相模川からの水を引く有馬系統も
計画されましたが、完成せず
終戦となりました。

現在、これらの水道路は
横須賀市水道局に引き継がれており
一部は使用されています。また、当時の
遺構も残っており、一部の施設は
近代化遺産として保存されています。


日頃の爆走に定評がある
快特電鉄の馬堀海岸駅にきました↓



ここから、最奥にあたる
覚栄寺裏の貯水池まで一気に進み
横須賀中央方面に戻りながら
遺構をご紹介させていただきますね。


明治28年完成の煉瓦製貯水池です↓



同じく、明治28年完成の
コンクリート製の貯水池です↓



周辺には軍用地境界標が
いくつか残っています(抜粋)↓



明治35年完成の煉瓦製貯水池です↓



こちらは、明治41年完成の
鉄筋コンクリート製貯水池です↓



走水第2トンネルです↓



走水第1トンネルです↓



トンネル付近に残る
軍用地境界標です↓



堀ノ内に残る止水栓の蓋です↓



県立大学駅付近に残る
止水栓の蓋です↓



【収録遺構】
 海軍横須賀造船所専用水道
 (横須賀海軍水道路走水系統)

  建物 4棟
  軍用地境界標 6本
  トンネル 2箇所
  その他 2箇所

【探訪情報】
 2005.05.29  第1回探訪
 2006.04.09  第2回探訪 
 2007.01.02  第3回探訪
 2007.12.29  第4回探訪
 2014.05.24  第5回探訪
 2014.06.01  第6回探訪
 2015.12.05  第7回探訪

 歩数(指数) 約50,000歩(999)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


それでは、今日も頑張りましょう♪
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