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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪して
記録することを生き甲斐とする
祐実総軍三等兵でございます★
稚拙な内容ではございますが、
これまで調べてきた戦争遺跡を
ブログ・ホームページで紹介を
させていただいておりますっ♪

よろしくお願いしますm(__)m

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2015 13 21:57:54

【真己軍團】(5)陸軍被服本廠広島出張所

皆様、日曜日をいかがお過ごしでしょうか。
三等兵は重度の「さざえさん病」です・・・
仕事行きたくないです~(笑)

仕事納めは12月25日なので、
12月26日か27日~12月29日まで
関西方面へ遠征に行こうと思っています。
いないと思うけど・・・
行く人いますか~?(笑)


さてさて、本日は真己軍團「軍報」の
第5弾といたしまして、
広島県広島市におかれていた
陸軍被服本廠の広島出張所の遺構を
ご紹介させてくださいませ。


被服廠は、軍服や軍靴などの
兵隊が身に付ける装備品を製造していた
陸軍直轄の工場で、東京の本所に
本廠がおかれ、広島出張所は大阪に次ぐ
3番目の被服廠の部署として
1905年(明治38)に開設されました。

その後、広島は大陸へ兵士や物資を送る
重要な軍事拠点となったため、
被服本廠の出張所から支廠へと昇格し、
太平洋戦争の終戦まで機能が存続しました。

現在、敷地跡地は県立広島工業高校や
合同宿舎などに変遷していますが、
倉庫や塀の一部などが残存しており
見学することが出来ます。


広島電鉄の皆実町6丁目電停です↓


現在の関東地方では、お目にかかれない
路面電車のトライアングルクロスです(笑)


ここから10分ほど東へ進んでいくと
当時の倉庫が4つ残っていますよっ★

まず、1つ目です↓


2つ目の倉庫です↓


倉庫間には塀が残っています(抜粋)↓


おピンちゃん先生と建物を比較すると
こんな感じですっ↓


全景を撮影するのは
なかなか難しいです(汗)

3つ目の倉庫です↓


よく見ると、窓部分の鉄板が
へしゃげていますが、これは
決して戦後のいたずらではありません。
全て「原爆」の破壊力によるものです(汗)
爆心地から3キロ近く離れていても
この威力・・・。

この三等兵たるもの、
広島を探訪するまでは、
戦争遺跡というものを少し
甘く捉えていたかもしれません。

4つ目の倉庫です↓



通用門と思われます↓



敷地北側にも塀が残っています↓



原爆関連遺構が展示されている
平和祈念館にも塀の一部があります↓



【収録遺構】
 陸軍被服本廠広島出張所
 (広島陸軍被服支廠)

  建物 4棟
  門柱 1箇所
  軍用地境界塀 6箇所

【探訪情報】
 2015.11.20  第1回探訪

 歩数(指数) 2,150歩(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


それでは、ホームページの制作に
励みますので、本日はこれにて
失礼させていただきますっ m(_ _)m
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