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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪して
記録することを生き甲斐とする
祐実総軍三等兵でございます★
稚拙な内容ではございますが、
これまで調べてきた戦争遺跡を
ブログ・ホームページで紹介を
させていただいておりますっ♪

よろしくお願いしますm(__)m

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2016 10 23:06:25

【和泉軍團】(19)陸軍第一四七師団抵抗拠点陣地(一宮町)

皆様、週末をいかがお過ごしでしょうか。
明日から恐怖の平日です。。。
はぁ、イヤだイヤだ・・・


さてさて、本日は和泉軍團「軍報」の
第19弾といたしまして、
千葉県長生郡一宮町に構築された
陸軍第一四七師団の抵抗拠点陣地を
ご紹介させてくださいませ。


第一四七師団は、1945年(昭和20)2月に
旭川で編成されて開設された特設師団で
第一総軍の第十二方面軍に所属していた
第五十二軍の隷下部隊となり、師団基幹に
歩兵第四二五連隊~歩兵第四二八連隊の
4個部隊がありました。

日本の敗戦をほぼ決定的にした
1944年(昭和19)6月のマリアナ沖海戦の
敗退で、アメリカ軍は「コロネット作戦」と
呼ばれる日本本土への上陸作戦を
計画します。その作戦の内容とは、
九十九里浜と神奈川県の相模湾より
上陸して、首都圏の拠点を制圧しながら
帝都に攻め入るというもので、
九十九里浜には約 240,000人もの
アメリカ軍が上陸を予定していました。

一方、日本軍は「本土決戦作戦」を計画し
両海岸の防備にあたりました。
この中で第五十二軍は、九十九里浜の
防備を担当することになり、
隷下の第一四七師団は、大網白里市より
勝浦市に至る地域の防衛にあたりました。
なお、防衛方針は海岸後方の山に
抵抗拠点となる陣地を展開させ
上陸兵に対して狙撃・砲撃を
行うというもので、師団の司令部は
市原市の鶴舞におかれました。

これらの陣地は、本土決戦となる前に
日本軍の敗北で終戦となったため、
掘削途中で放置され、一部崩壊が
あるものの現在も残っており
見学が可能です。


外房線の上総一ノ宮駅に来ております↓



今回は、教導先生とマンツーで
総攻撃を開始しますっ★
三等兵の士気も高いですっ!


最初の拠点まではタクシーを
利用して力技で猛攻です(笑)↓



28㎝榴弾砲の砲座です↓



もう1つの砲座です↓



続いて、これらの砲側弾薬庫を
目指していきます↓



1つ目の砲側弾薬庫です↓


内部図です↓

 ※2016.07.31 ホームページに掲載したため
  内部図を削除しましたっ★

1つ目の砲側弾薬庫は
96.5mを計測しています。


2つ目の砲側弾薬庫です↓


内部図です↓

 ※2016.07.31 ホームページに掲載したため
  内部図を削除しましたっ★


2つ目の砲側弾薬庫は
77mを計測しています。


砲側弾薬庫の近くには
水槽が残っています↓



ここで早くも三等兵の士気は
久々に100を超えておりますっ★
今日はイケるっ!


どんどん進んでいきます↓



歩兵第四二六連隊の本部壕です↓


内部図です↓

 ※2016.07.31 ホームページに掲載したため
  内部図を削除しましたっ★

前にもご紹介させていただきましたが
この壕の総延長は348.05mを計り
一宮地区では最大規模を誇っています。


連隊本部の向かいにも
壕が掘削されています↓


内部図です↓

 ※2016.07.31 ホームページに掲載したため
  内部図を削除しましたっ★

この壕の総延長は
23.8mを計測しています。


集落方向へ進んでいくと
比較的大きな砲を据え付けたと
考えられる壕も残っています↓


内部図です↓

 ※2016.07.31 ホームページに掲載したため
  内部図を削除しましたっ★

壕の総延長は33mを計測しました。


どんどん進んでいきます↓



一見、水路のトンネルにも
見えたのですが、構築途中の
陣地であることが内部調査で
判明しました↓


内部図です↓

 ※2016.07.31 ホームページに掲載したため
  内部図を削除しましたっ★

総延長は60mでしたっ★


どんどん進んでいきます↓



低山の頂上付近には
あまりお目にかかれない
露天式狙撃口が残っています↓


三等兵に実技指導を行う
教導先生↓



この下にも陣地が構築されています↓


内部図です↓

 ※2016.07.31 ホームページに掲載したため
  内部図を削除しましたっ★

ここの総延長は80.4mを
計測しています。

このあたりから、陣地内部に
三等兵が苦手とする
大量の虫が生息しており
一気に士気が半減です・・・


この北側にも銃眼を有する
小規模な陣地が残っています↓


1本の10m程の陣地ですので
内部図は掲載しません。


次の拠点まで少し距離があるので
今のうちに士気の回復をはかります↓



トンネルの北西側にも
壕が掘削されています↓


内部図です↓

 ※2016.07.31 ホームページに掲載したため
  内部図を削除しましたっ★

この壕は規模が比較的大きく
99mを計測しています。


頭上にいる大量の虫を見ては
士気を大幅に下げ、壕を出ては
士気を回復させる戦闘を
繰り返しております(笑)↓



道沿いに残る陣地の
銃眼部分です↓


残念ながら、入口部分が
崩落で全滅のため、内部には
入ることが出来ませんでした。。。。


一宮案件の最後となる
陣地を目指していきます↓



なかなか、中に入るタイミングが
取れない陣地のようですが
無事に入ることが出来ました↓


内部図です↓

 ※2016.07.31 ホームページに掲載したため
  内部図を削除しましたっ★

総延長は106.5mを計測しました。


一宮町の陣地群を、ある程度制圧し
この後は、睦沢町に向け
「親分」と「サブ」みたいな感じで
転進する教導先生と三等兵でした。


【収録遺構】
 陸軍第一四七師団
 抵抗拠点陣地(一宮町)

  地下壕 9箇所
  砲座 2箇所
  その他 1箇所

【探訪情報】
 2016.03.21  第1回探訪

 歩数(指数) 約15,000歩(120)


後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


それでは、明日から頑張りましょう・・・
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