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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪して
記録することを生き甲斐とする
祐実総軍三等兵でございます★
稚拙な内容ではございますが、
これまで調べてきた戦争遺跡を
ブログ・ホームページで紹介を
させていただいておりますっ♪

よろしくお願いしますm(__)m

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2016 31 23:02:57

【美恵軍團】(23)陸軍造兵廠遠江射場(御前崎市)

皆様、月曜日をいかがお過ごしでしょうか。

会社でいろいろとドタバタがありましてね、
三等兵は7月末まで奴隷になることを
決めました(笑)

笑ってるけど、怒ってます(笑)
しかし、ゴールを自分で決めたので
頑張れますっ★

その間、良い「評価」をもらわない
代わりに、こちらで「見切り」を
つけることにします。

ここまでくると、テコでも
動きませんよ~。
ブログを見ている職場の皆さん、
よろしくお願いしますねっ(笑)
もっとも「かまって」欲しくて
ここに記載しているわけでは
ございませんので
くれぐれも勘違いしないように。


さてさて、最近はブログに
愚痴ばっかり書いてしまい
申し訳ありません m(_ _)m
本日は美恵軍團「軍報」の
第23弾といたしまして
陸軍造兵廠遠江射場の
遺構群のうち、静岡県御前崎市に
残存するものを簡単にご紹介します。


遠江射場は東京・名古屋・大阪などに
おかれた各造兵廠で造修した
銃砲類の試射を目的として
1938年(昭和13)に設置されました。

ここでは、現在の掛川市に位置する
原点砲列に砲を据え付け、
東側に位置する御前崎市方向へ向けて
砲弾を撃ち込み、500m~1000mごとに
設置された観的所で着弾を
観測していました。

1940年(昭和15)に入ると、
造兵廠の組織改定が行われ、
東京第一造兵廠の試射場として
機能し、銃砲の性能向上により
射程距離が伸びたことで
新たに東端部分の敷地を買収して
敷地を拡張し、最終的に
東西16km・ 984haの広大なものになり
終戦まで存続しました。

現在、遠江射場の敷地跡は
掛川市と御前崎市に跨っており、
工場や田畑・砂丘などに
変遷していますが、御前崎市については
浜岡砂丘付近と浜岡東小学校付近に
当時の遺構が残存しています。


空母先生のご案内の下で
御前崎市にお邪魔しております↓



池新田地区に観的所が残っています↓



隣接して当時の建物基礎が
残っています↓



浜岡東小学校付近に移動します↓



軍用地境界標が残っています↓



【収録遺構】
 陸軍造兵廠遠江射場(御前崎市)

  建物 1棟
  建物基礎 1箇所
  軍用地境界標 1本

【探訪情報】
 2016.04.23  第1回探訪

 歩数(指数) 約1,000歩(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますっ★


それでは、おやすみなさいませZzz
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