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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪して
記録することを生き甲斐とする
祐実総軍三等兵でございます★
稚拙な内容ではございますが、
これまで調べてきた戦争遺跡を
ブログ・ホームページで紹介を
させていただいておりますっ♪

よろしくお願いしますm(__)m

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2016 14 21:23:16

【祐実軍團】(71)陸軍東京湾要塞千駄ヶ崎砲台

皆様、いかがお過ごしでしょうか。
三等兵は客先で打ち合わせがあり
そのまま直帰しました~(笑)


本日は時間に余裕がありますので
祐実軍團「軍報」の第71弾といたしまして
神奈川県横須賀市におかれていた
陸軍東京湾要塞の千駄ヶ崎砲台の
遺構をご紹介させてくださいませ。


千駄ヶ崎砲台は、東京湾要塞の
1つとして、関東大震災により
損壊をした既設の砲台群に対する
震災応急工事の一環で新設された
砲台で、1924年(大正13)に竣工しました。

ここには、第三海堡より撤去した
10センチ速射カノン砲を 4門据え付けて
防備につき、太平洋戦争の終戦まで
機能が存続しました。

戦後、千駄ヶ崎周辺は大規模に
埋め立てられ、跡地は東京電力の
横須賀火力発電所に変遷しているため
当時の施設群は皆無ですが、
敷地外周部分に境界柵や
防御営造物境界標を中心とした
遺構が現存しています。


いっちゃん先生と横須賀市に
お邪魔しております↓



千駄ヶ崎砲台を応急に構築した当時、
久里浜方から砲台に至る山道は
非常に狭い山越えの山腹道であり
通行が困難であったため、
1926年(大正15)に軍道も
併せて新設されており、トンネルが
現存しています↓


内部の様子です↓



トンネルの西側に位置する
低山に防御営造物境界標が
残っています↓



ここから海方向に向けて
尾根を通っていきます。


少し進んで集落に寄った箇所にも
防御営造物境界標が残ります↓



ここから急斜面を登りきって
一番高い場所から県道を見ます↓



尾根を進んでいくと
違うタイプの防御営造物境界標も
残っています(抜粋)↓


背面部分です(抜粋)↓


このタイプは、千葉県館山市に
おかれた見物砲塔砲台でも
見ることが出来ます。


標準といえるタイプの
防御営造物境界標も
残っています(抜粋)↓
P1170039.jpg


東京電力横須賀火力発電所の
背面部分にきたら一気に
山を下っていきます。


下る途中にも数本ですが
防御営造物境界標が残ります(抜粋)↓



県道に到達するあたりの
斜面には境界柵も残ります(抜粋)↓



県道沿いにも防御営造物境界標が
1つだけ残っています↓



【収録遺構】
 陸軍東京湾要塞
 千駄ヶ崎砲台

  トンネル 1箇所
  軍用地境界標 17本
  その他 2箇所

【探訪情報】
 2006.08.13  第1回探訪
 2007.12.30  第2回探訪
 2016.03.12  第3回探訪

 歩数(指数) 約20,000歩(280)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


それでは、またお会いしましょう♪
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