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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪して
記録することを生き甲斐とする
祐実総軍三等兵でございます★
稚拙な内容ではございますが、
これまで調べてきた戦争遺跡を
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させていただいておりますっ♪

よろしくお願いしますm(__)m

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2016 30 22:51:55

【祐実軍團】(73)中島飛行機武蔵製作所浅川地下軍需工場

皆様、いかがお過ごしでしょうか。
やっと6月が終わります。。。
長かったな~


さて、本日は祐実軍團「軍報」の
第73弾といたしまして
東京都八王子市におかれていた
中島飛行機武蔵製作所の
浅川地下軍需工場のご紹介です。


浅川地下軍需工場は、当初は陸軍の
防空対策の一環で考案された、
5大地下倉庫計画のうちの 1つであった
「ア工事」(浅川地下倉庫の暗号)計画に
基づいて、1944年(昭和19) 9月に
建設が開始された地下壕で、
関東地方や長野・新潟を統括していた
陸軍総軍の東部軍が司令部として
使用する予定でした。
(掘削の経緯には諸説があります)

ところが、同年の11月に戦闘機の
製作工場で武蔵野市におかれていた
中島飛行機武蔵製作所が空襲を
受けたことにより、生産を
維持させるための疎開先に
この地下壕が選ばれ、エンジン部門の
地下工場に使用されました。

イ・ロ・ハの 3区画構成で計画した
地下工場は、坑道の完成部分より
順次操業を開始し、目標に
全く届きませんでしたが、
329台の工作機械と約4,000人の
工員により、終戦までに10台の
航空機エンジンを完成させた一方で、
生産能力拡張のために坑道が
掘り続けられていました。

現在、地下壕の入口は封鎖されており、
内部に入ることは難しいですが
3区画の坑道群が残り、このうちの
一部は補強工事が施された上で
管理されており、保存団体の
浅川地下壕の保存をすすめる会」が
定めた日に見学することが可能です。

ただし、見学会の開催は不定期ですので
詳細はホームページなどで
確認してください★


八王子市の初沢町にお邪魔中です↓



イ地区の地下壕です↓



地下壕の内部図です↓

 ※2016.07.31 ホームページに掲載のため
  内部図を削除しましたっ★


ロ地区の地下壕です↓
IMG_0113.jpg


地下壕の内部図です↓

 ※2016.07.31 ホームページに掲載のため
  内部図を削除しましたっ★


ハ地区の地下壕です↓



地下壕の内部図です↓

 ※2016.07.31 ホームページに掲載のため
  内部図を削除しましたっ★


ちなみに、
「浅川地下壕の保存をすすめる会」の
会報の1999年8月10日の
第11号の表紙にウェーダー姿の
三等兵が小さく写っていたりします(笑)

この当時は「三等兵」などではなく
下っ端の「見習」でしたがね(笑)


【収録遺構】
 中島飛行機
 武蔵製作所
 浅川地下軍需工場

   地下壕 3区画

【探訪情報】
 1997.06.15  第1回探訪
 1999.07.04  第2回探訪
 2005.10.29  第3回探訪
 2015.02.11  第4回探訪

 歩数(指数) 約20,000歩(188)


それでは、おやすみなさいませZzz
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