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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪して
記録することを生き甲斐とする
祐実総軍三等兵でございます★
稚拙な内容ではございますが、
これまで調べてきた戦争遺跡を
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させていただいておりますっ♪

よろしくお願いしますm(__)m

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2016 29 22:29:21

【祐実軍團】(82)横須賀海軍水道路半原系統(神奈川県綾瀬市)

皆様、いかがお過ごしでしょうか。
三等兵は、次月の函館探訪の
計画を練っているところです。。。

さすがに9月中旬じゃ、
いくら函館でも藪漕ぎはきついかな。。
3日間の滞在で、どれだけ廻れるか・・


さてさて、本日は既出案件ですが
祐実軍團「軍報」の第82弾として
神奈川県綾瀬市を縦断していた
横須賀海軍水道路半原系統の
遺構を簡単にご紹介させてください。


横須賀海軍水道路は、
横須賀市におかれていた
横須賀海軍工廠を中心とした
海軍施設に対して水を供給する目的で、
1876年(明治 9)に専用の水道が
走水の水源地より敷かれました。

しかし、施設の拡大に伴って
水の需要が増えてしまい、
この専用水道だけでは供給不足となり、
新たに相模川の支流となる中津川を
水源に、愛川町の半原より横須賀市の
逸見浄水場までの約53kmにわたる
長大な水道路の敷設が計画され、
1918年(大正 7)に半原系統として
通水し、綾瀬市内を縦断しています。

戦後、水道路は横須賀市に移管されて、
市民が使用する水道として
使用実績がありますが、
現在も軍用地境界標を中心とした
当時の遺構が残っています。


神奈川県綾瀬市にお邪魔しております↓


静岡県島田市を縦断する
大井海軍水道路の風景と
なんとなく似ていますね~(笑)


数本ですが、軍用地境界標が
残っています(抜粋)↓





目久尻川を横断する箇所は
水道管が露出します↓



このあたりは、交通の便が悪く
1回目は海老名駅~善行駅、
2回目は藤沢駅~海老名駅まで
歩いて探訪しました(笑)


帰りは小田急線です↓



【収録遺構】
 横須賀海軍水道路半原系統
 (神奈川県綾瀬市)

   軍用地境界標 4本
   その他 1箇所

【探訪情報】
 2007.05.05  第1回探訪
 2010.07.10  第2回探訪

 歩数(指数) 約4,000歩(224)


それでは、またお会いしましょう★
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