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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪して
記録することを生き甲斐とする
祐実総軍三等兵でございます★
稚拙な内容ではございますが、
これまで調べてきた戦争遺跡を
ブログ・ホームページで紹介を
させていただいておりますっ♪

よろしくお願いしますm(__)m

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2016 04 17:17:27

【美恵軍團】(27)中島飛行機浜松製作所原谷地下軍需工場

皆様、いかがお過ごしでしょうか。
明日から平日ですね・・・
はぁ~、ため息が出ますね。。。

今日は「サザエさん病」にかかる前に
早めの晩酌で昇天したいと思います。


さてさて、本日も前日に続きまして
美恵軍團「軍報」の第27弾として
静岡県掛川市に掘削された
中島飛行機浜松製作所の
原谷地下軍需工場の地下壕群を
写真を抜粋してご紹介させてください。


中島飛行機は、
1917年(大正 6)に創設された
民間の航空機製作会社です。

特筆に値する製作戦闘機に
「隼」や「疾風」などがあり、
戦前の日本を代表する
陸軍・海軍御用達の
戦闘機製造会社として
「零戦」などの設計で有名な
三菱重工業と双璧をなします。

昭和に入ると、近代戦の主力が
航空機となり、戦闘機の需要が
急激に伸びたことで、
全国各地に工場が設置され、
その中で浜松製作所は
陸軍で使用する戦闘機の
エンジンや計器類を
増産する目的で1942年(昭和17)に
開設されました。

太平洋戦争の末期は、
航空機工場の国営化により
中島飛行機は第一軍需工廠に
改称されますが、
工場がアメリカ軍による
戦略爆撃の目標とされて
空襲を受けるようになったことで
浜松製作所の生産ラインを
維持するための疎開工場が
掛川に建設されました。

ここには、36の疎開工場と
6工区に分別される地下工場の
壕が約100本新設され、
このうちの一部はシリンダーや
大型歯車などが実際に
生産されますが、地下工場の
全体として生産することは出来ず、
若干の機材を搬入したところで
終戦となりました。

戦後、これらの地下工場は
山林内に放置された状態が続き、
その後のゴルフ場の建設によって
全体の半分くらいが消失しましたが
それでも多くの地下壕が
現存しています。


この日、単身で空母先生
初めてお会いするので
若干緊張気味にしながら
新幹線に乗り込みます↓



掛川駅で合流し、
車に便乗させてもらって
原谷地区に到着です↓


この風景、覚えてますよっ★
17年前に黒魔先生と探訪した時と
あまり変わっていません(笑)


残念ながら、6工区にわたって
掘削された地下壕群のうち、
第1工区~第3工区は
ゴルフ場の建設にともなって
ほぼ消滅している状態です。。。


第4工区に残る地下壕です(抜粋)↓


市道に面した位置にあるので
金網や土砂などで入口部分が
ほとんど封鎖されています。。。


内部の様子です↓


第4工区の特徴としては
「コ」の字形を描くように
2本の坑道が連絡坑で
結ばれてセットになっている
壕が展開していることです。


第4工区から第5工区へは
短絡道が設けられており
通行用トンネルが掘削されています↓



トンネルを抜けて、
第5工区へ入ったところに
掘削時に使用する削岩機に
圧搾空気を送るための
コンプレッサーの台座が
残っています↓



第5工区に残る地下壕です(抜粋)↓


第5工区の特徴としては
岐路を持たない単独壕で
構成されていることでしょうかね。
各壕の坑道延長は、おおむね
15m~40mほどになります。

もし、仮に1本の壕が20mほどの
規模だとして、資料通りに
100本前後掘削されたならば
合算総延長は2kmになります。

ここは単調な壕構成なので、
あえて内部記録はしませんでしたが
「2km」という数字を見ると、客観的に
分布図くらいは作成した方がよいという
気がしてなりません。。。
(余裕がないので黙殺しますが・・・)


第6工区に移動します↓



コンプレッサー台座が
ここにも残っています↓


やっぱり、空気圧縮機は
回転翼式がいいです(笑)
(こんなんでいいんだろうか・・)


第6工区に残る地下壕です(抜粋)↓


第6工区の特徴としては、
単独坑が多い地下壕群ですが
連絡坑を1本設けて隣接壕に
接続しているものや
連絡坑の掘削痕なども
多く見られ、その中には
山の反対側に貫通している
坑道も散見されます。


貫通している第6工区の坑道も
写真にアップしておきます↓


また、第6工区は釘や木片・
支保工の跡なども多く残っており
工区別に考察すると
もっとも完成に近い
(あるいは一部操業)
状態であったものと思われます。


【収録遺構】
 中島飛行機浜松製作所
 原谷地下軍需工場

  地下壕 3区画
  トンネル 1箇所
  その他 2箇所

【探訪情報】
 1998.11   第1回探訪
 2016.04.23  第2回探訪

 歩数(指数) 約8,000歩(146)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますが、
上記掲載遺構のほかに
空母先生から写真を
ご提供いただいた第3工区
収録遺構の1つに加えて
掲載を予定しております m(_ _)m

取り急ぎ、直近では
下記の自治体について
掲載をしていきます↓
 ・群馬県みどり市
 ・群馬県高崎市
 ・群馬県沼田市
 ・茨城県稲敷郡美浦村
 ・静岡県掛川市


それでは、病気になる前に
酒盛りして昇天しちゃいます(笑)
←応援してくださいっ♪

コメント

[title]:slycrow様

拍手コメント、コメントありがとうございます★

過去に一度探索した時は、単調な壕が多く
あまり魅力に感じなかったのですが
今回の探索で思ったより見どころが
多いことに気が付き・・・。

もっと早くに掲載すればよかったですね。
申し訳ないですm(__)m
天竜分校、行かれたようでっ!
あー、私も早く行きたい(笑)
  1. 2016/09/06(火) 09:00:10
  2. URL
  3. 祐実総軍三等兵 #ft.RO07s
  4. [ 編集 ]

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