FC2ブログ

戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

♦ プロフィール

祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪し
記録することを趣味とする
祐実総軍三等兵ですっ★

稚拙な内容ではございますが
これまでに関係者の皆様方と
見てきた戦争遺跡を中心に、
ブログ・ホームページなどで
順次ご紹介をしていきます♪

よろしくお願いしますっ★

♦ カウンター

♦ 最新記事

♦ アクセスランキング

[ジャンルランキング]
地域情報
206位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
6位
アクセスランキングを見る>>

2016 15 22:48:17

【祐実軍團】(83)中島飛行機三鷹研究所

皆様、いかがお過ごしでしょうか。
最近、本当に平日が面白くないです。
私の「本業」ともいえる探訪記録が
仕事になったらいいな~って、
本気で想ってます(笑)
重症だな・・・


さてさて、本日は祐実軍團「軍報」の
第83弾といたしまして
東京都三鷹市におかれていた
中島飛行機三鷹研究所の
建物を1つご紹介させていただき
眠りにつこうと思います。。。


中島飛行機は、1917年(大正 6)に
創設された民間の航空機製作会社で
陸軍・海軍御用達の
戦闘機製造会社として、
エンジンや機体などの開発を
独自で行える能力を持ち、
三菱重工業や川崎航空機と共に、
戦前の日本を代表する
航空機メーカーです。

三鷹研究所は、機体や
エンジンの開発や研究を行う
施設として、1941年(昭和16)に
建設が開始されますが、
資材不足により捗らず2年以上の
歳月をかけて完成しました。

ここでは、巨大爆撃機「富嶽」や
アメリカ軍のB-29に対抗する
超高度戦闘機の設計が行われ、
試験飛行まで漕ぎつけましたが
量産には至らず最終的に
特攻機「剣」の設計が行われました。
これを基に、太田製作所などで
約 100機ほどが生産されましたが、
実戦には使用されず(所説あります)
終戦を迎えたようです。

現在、研究所跡地は富士重工や
国際基督教大学三鷹キャンパスなどに
なっており、面影が全くありませんが、
研究所の本館が同大学の本館に
活用されています。

なお、本館下には地下壕が
張り巡らされているようですが、
確認が出来ていません。
(調査を継続中です・・・)


西武多摩川線を見ながら
三鷹市に入りました↓


国際基督教大学を目指し、
いっちゃん先生と歩きます。


大学内に残る研究所の本館です↓



建物の内部です↓


当時の建物とは思えないくらい
改装されているようで・・・


建物の地下から、野川公園にかけて
大規模な地下壕が掘削されて
いるようなのですが、
見つけられずに敗走しました・・・


トカゲちゃんしかいませんでした↓



地下壕の痕跡だけでもいいので
判るような情報がありましたら
是非、教えてくださいませ m(_ _)m


【収録遺構】
 中島飛行機三鷹研究所

   建物 1棟

【探訪情報】
 2005.06.18  第1回探訪

 歩数(指数) 約4,000歩(98)


それでは、また明日っ★

←応援してくださいっ♪

コメント

[title]:

今から50年も前の話です。当時、小学校高学年だったと思います。現長谷川病院の近くに地下壕への入り口がありました。その当時私は三鷹市に住んでいましたので地下壕の噂は密かに囁かれておりましたが、探検の実行にうつす勇気がありませんでした。友達を誘ってもなかなか承諾してもらえずにいました。何とか、一人行く友達を見つけて探検を実行に移す日がやってきました。当時の小学生には懐中電灯は高価なもので家に一つしかなく、家の懐中電灯の電池が乏しく電池を買うお金もなく懐中電灯を持っていくことを諦めました。友達も同じく持ってこれなくて私たちはどうしようか考えて当時の漫画にも映画にも出てくるような松明を創りました。竹の棒か枝に布を括り付けて灯油を染み込ませて作ったような覚えです。準備は整ったのでいざ地下壕の入り口に向かいました。入り口は広く3メートル四方あった様な記憶です。入ってみると奥の方から湿った動かない空気がよどんでいる雰囲気が肌に感じでいて小学校の子供にはそれは恐ろしい雰囲気が伝わってきます。当時の噂でも人の骨があるとか、亡霊が出るとか、噂があったので相当な緊張がありました。足元も関東ローム層の赤土で所々滑る箇所がありました。よく見ると小さな黒い粒みたいなものがありこの黒い粒の正体が明らかになるのがそんなに時間がかからなかったです。それはいきなりやってきました。何かが頭の上に落ちてきました。最初はポツポツでしたが、急に降る雷雨の雨の様に一斉にバーって感じで何かが降ってきました。降ってきたものを何だろうと地面を見てみると、コオロギの様な、でもコオロギより明らかに大きな虫がいっぱい落ちてきていることがわかりその時点でゾワーってなって友達もパニックっていて二人で外に出ました。二人ともショックで放心状態でした。結局その日は家に帰り急いでお風呂に入った記憶があります。その地面に落ちていた小さな黒い粒はその虫の糞だったのでしょうね。それ以来、地下壕に近づかない日々がどれくらいたったのかわかりませんが、しばらくしてそのことを話していたら、行ってみたいと言ってきた友達がいたので再度、探検を実行にうつす機会が出てきました。そしてそこに救世主が現れました。今日はここまでで次回実際に入ってみたレポートを書きます。
  1. 2019/04/10(水) 22:06:46
  2. URL
  3. 60代のをゃぢちゃん #-
  4. [ 編集 ]

[title]:60代のをゃぢちゃん様

長文の書き込みありがとうございます。

地下壕は、そちらの方まで
延びていたということでしょうか。
続きを楽しみにしております。

おそらく、落下してきたのは
カマドウマさんでしょうか。
松明の熱が天井にあたって
動き出したのかもしれませんね。
  1. 2019/04/11(木) 21:23:13
  2. URL
  3. 祐実総軍三等兵 #-
  4. [ 編集 ]

コメントの投稿