【祐実軍團】(83)中島飛行機三鷹研究所 - 戦争遺跡調査研究軍 祐実総軍

【祐実軍團】(83)中島飛行機三鷹研究所

皆様、いかがお過ごしでしょうか。
最近、本当に平日が面白くないです。
私の「本業」ともいえる探訪記録が
仕事になったらいいな~って、
本気で想ってます(笑)
重症だな・・・


さてさて、本日は祐実軍團「軍報」の
第83弾といたしまして
東京都三鷹市におかれていた
中島飛行機三鷹研究所の
建物を1つご紹介させていただき
眠りにつこうと思います。。。


中島飛行機は、1917年(大正 6)に
創設された民間の航空機製作会社で
陸軍・海軍御用達の
戦闘機製造会社として、
エンジンや機体などの開発を
独自で行える能力を持ち、
三菱重工業や川崎航空機と共に、
戦前の日本を代表する
航空機メーカーです。

三鷹研究所は、機体や
エンジンの開発や研究を行う
施設として、1941年(昭和16)に
建設が開始されますが、
資材不足により捗らず2年以上の
歳月をかけて完成しました。

ここでは、巨大爆撃機「富嶽」や
アメリカ軍のB-29に対抗する
超高度戦闘機の設計が行われ、
試験飛行まで漕ぎつけましたが
量産には至らず最終的に
特攻機「剣」の設計が行われました。
これを基に、太田製作所などで
約 100機ほどが生産されましたが、
実戦には使用されず(所説あります)
終戦を迎えたようです。

現在、研究所跡地は富士重工や
国際基督教大学三鷹キャンパスなどに
なっており、面影が全くありませんが、
研究所の本館が同大学の本館に
活用されています。

なお、本館下には地下壕が
張り巡らされているようですが、
確認が出来ていません。
(調査を継続中です・・・)


西武多摩川線を見ながら
三鷹市に入りました↓


国際基督教大学を目指し、
いっちゃん先生と歩きます。


大学内に残る研究所の本館です↓



建物の内部です↓


当時の建物とは思えないくらい
改装されているようで・・・


建物の地下から、野川公園にかけて
大規模な地下壕が掘削されて
いるようなのですが、
見つけられずに敗走しました・・・


トカゲちゃんしかいませんでした↓



地下壕の痕跡だけでもいいので
判るような情報がありましたら
是非、教えてくださいませ m(_ _)m


【収録遺構】
 中島飛行機三鷹研究所

   建物 1棟

【探訪情報】
 2005.06.18  第1回探訪

 歩数(指数) 約4,000歩(98)


それでは、また明日っ★

←応援してくださいっ♪

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する