【和泉軍團】(31)東京陸軍砲兵工廠岩鼻火薬製造所 - 戦争遺跡調査研究軍 祐実総軍

【和泉軍團】(31)東京陸軍砲兵工廠岩鼻火薬製造所

皆様、いかがお過ごしでしょうか。
月曜日は気分があがりません。。。
まあ、いつものことですが・・・


さてさて、本日は和泉軍團「軍報」の
第31弾といたしまして、
群馬県高崎市におかれていた
東京陸軍砲兵工廠岩鼻火薬製造所の
遺構を簡単にご紹介させてください。


岩鼻火薬製造所は、日本で最初の
黒色火薬の製造工場である
板橋火薬製造所の生産拡大を
目的として1882年(明治15)に
開設しました。

岩鼻におかれた背景に
烏川と井野川が周辺に沿って
流れており、当時の輸送手段であった
舟運の便がよく、火薬の製造に使う
圧磨機の動力元となる水車の設置が
出来たことなどが挙がります。

ここでは、黒色火薬や軍用火薬・
産業火薬の生産のほかに、
日本では最初となる
高級爆薬(ダイナマイト)も生産され
1923年(大正12)の組織改正で
造兵廠火工廠傘下の
火薬製造所となりました。

昭和時代に入ると、黒色火薬より
威力がある無煙火薬の生産が
開始され目黒火薬製造所の機能も
吸収したことで軍用火薬の
製造比重が高まり、さらなる増産を
迫られて敷地が拡張されていき
1940年(昭和15)の組織改定により
東京第二陸軍造兵廠の
火薬製造所として終戦まで
存続しました。

なお、終戦時点での敷地面積は
325,000坪、従業員数は3,956人との
記録があるようです。

現在、敷地跡地は群馬の森や
日本化薬・日本原子力研究所などに
なっていますが、当時の遺構が
数多く残存しており、敷地の外側から
見ることが可能です。


群馬の森にお邪魔してます↓


まずは、園内から見える遺構群を
抜粋してご紹介しますっ★

建物です(抜粋)↓



建物基礎です(抜粋)↓


弾道検査管です↓


土塁です(抜粋)↓


土塁トンネルです(抜粋)↓


水槽です(抜粋)↓


これも遺構でしょうね↓




続いて、日本化薬の敷地に残る
遺構を抜粋してご紹介します。

建物です(抜粋)↓






関連建物跡です↓


土塁です(抜粋)↓


土塁トンネルです(抜粋)↓


水槽です↓


これも遺構でしょうね↓



最後は、敷地の外周を
歩いていきます。

門柱です↓






軍用地境界塀も残ります(抜粋)↓



境界柵も一部で残ります↓



軍用地境界標群です(抜粋)↓







いや~、とにかく歩きました(笑)
30代前半くらいまでは
かなり歩き込んでも
へっちゃらでしたが
体力低下が著しいもので・・・(涙)


【収録遺構】
 東京陸軍砲兵工廠
 岩鼻火薬製造所
 (陸軍造兵廠火工廠
  岩鼻火薬製造所,
  東京第二陸軍造兵廠
  岩鼻製造所)

   門柱 5箇所
   建物 20棟
   建物基礎 3箇所
   トンネル 3箇所
   軍用地境界塀 6区画
   軍用地境界標 9本
   その他 13箇所

【探訪情報】
 2013.02.02  第1回探訪

 歩数(指数) 28,724歩(100)

詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


それでは、またお会いしましょう♪
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