戦争遺跡調査研究軍 祐実総軍

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【莉央軍團】(2)陸軍函館要塞地帯

皆様、いかがお過ごしでしょうか。
やっと1週間が終わりますね。
今週も長かった・・・


さてさて、本日は莉央軍團「軍報」の
第2弾といたしまして、
北海道函館市におかれていた
陸軍函館(津軽)要塞地帯の
要塞地帯標をご紹介させてください。


函館要塞は、日本の本土に設置された
12箇所の永久要塞のうちの 1つです。
1895年(明治28)の要塞司令部条例により
永久的な防御工事が施されている場所は
「要塞」とし、砲台や付属施設周辺の
一定区域を「要塞地帯」として、
軍事機密の保持のため、
指定された場所での測量や撮影・
スケッチ・土木工事などは
要塞司令部の許可が必要とされました。
また、これらの防御営造物より
250間(約455メートル)以内を
「要塞地帯第一区」として一般人の
立入りが禁止され、衛兵が
守備していました。さらに、その距離に
応じて「第二区」・「第三区(区域)」も
設定され、その境界部分には
要塞地帯標を設置することで区画を
明確にし、法律で定められていました。

昭和に入ると、要塞の守備範囲を
広げるために竜飛崎・汐首岬・
大間崎にも砲台が新設されて
津軽海峡の封鎖が可能となり
名称も津軽要塞に変更されました。

要塞地帯を定義する法律は
数度にわたって改正されましたが、
最終的に防御営造物から
1,000メートル以内を第一区・
5,000メートル以内を第二区・
15,000メートル以内を第三区(区域)と
当初よりも大幅に拡大されました。

函館市については、函館山の一帯を
中心として要塞地帯第一区に
定められた箇所があり、境界部分に
設置された要塞地帯標が
現在もいくつか残っており、
見学することが可能です。


函館市内にお邪魔しております↓



1つ目の要塞地帯標です↓


2つ目の要塞地帯標です↓


3つ目の要塞地帯標です↓


4つ目の要塞地帯標です↓


5つ目の要塞地帯標です↓


2つ目の地帯標は地名部分が
消除されており、
3つ~5つ目の地帯標は、
「津軽」部分の掘り込みが
かなり甘くなっています。
これらは、もともと「函館」と
記載されていたものを削り
「津軽」に刻み直したものと
推測出来ますね。


【収録遺構】
 陸軍函館要塞地帯
 (陸軍津軽要塞地帯)

   軍用地境界標 5本

【探訪情報】
 2016.09.18  第1回探訪
 2016.09.19  第2回探訪

 歩数(指数) 約2,000歩(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


明日から3日間は、
由香里軍團の「本拠」周辺を
探訪してまいりますので
「軍報」の掲載はお休みして
「雑記」形式での更新となります。


それでは、またお会いしましょう♪
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