【阪奈軍團】(49)大阪陸軍兵器支廠祝園分廠川西軍用線 - 戦争遺跡調査研究軍 祐実総軍

【阪奈軍團】(49)大阪陸軍兵器支廠祝園分廠川西軍用線

皆様、いかがお過ごしでしょうか。

ほーんと、平日がつまらない。。。
趣味が「仕事」に転換出来ればいいな~(笑)
何でも率先しちゃうよっ★
今就いている「仕事」と違って・・・

毎度の「ボヤキ」で申し訳ない m(_ _)m
本日は既出案件となりますが
阪奈軍團「軍報」の第49弾といたしまして
京都府相楽郡精華町に敷設されていた
大阪陸軍兵器支廠祝園分廠の
軍用線の遺構をご紹介させてくださいませ。


祝園分廠は、1939年(昭和14) 3月に
爆発事故を起こした
大阪陸軍兵器支廠の禁野倉庫
替わる弾薬貯蔵施設として
1941年(昭和16) 4月に開設されました。

移転先に祝園が選ばれた理由は、
砲弾・爆弾を完成させていた
東京第二陸軍造兵廠
香里製造所からの輸送ルートの確立と、
この周辺に集落が少なかったために、
万が一の爆発事故に対して二次被害を
最小限に食い止められることにあり、
現在のJR学研都市線の下狛駅の
北方より分岐して祝園分廠にいたる
川西軍用線が敷設され、香里製造所で
完成した砲弾類が運ばれました。

終戦後、施設はアメリカ軍に
接収されましたが、後に返還され
軍用線と共に陸上自衛隊の
祝園弾薬支処へ移管されましたが
軍用線は廃止され現在は
軍用線跡の大半が町道と
なっています。

しかし、一部の区間盛土や
軍用地境界標などが残存しており
見学が可能です。


精華町にお邪魔しております↓



ここから軍用線の線路跡をたどります↓



軍用線の盛土が一部区間で残ります↓



この周辺には軍用地境界標が残ります↓



関東地方ではお目にかかれない
「陸軍省」の文字が刻まれています↓



盛土と軍用地境界標の位置関係は
こんな感じとなります↓



もう少し進んでいくと、煤谷川に
架かっていた橋梁の跡が残ります↓



Iビームの一部も保存されています↓



案内板が設けられています↓



探訪する少し前までは、
写真のような橋梁が完全な形で
残っていたようです(案内板より)↓



【収録遺構】
 大阪陸軍兵器支廠祝園分廠
 川西軍用線
 (大阪陸軍兵器支廠
  祝園分廠
  川西軍用線)

   軍用地境界標 2本
   橋梁 1箇所
   その他 1箇所

【探訪情報】
 2008.03.15  第1回探訪

 歩数(指数) 約1,000歩(100)


それでは、今日は寝ますZzz


↑制作意欲につながりますので
 応援をしてやってくださいませ♪



あ~っ(汗)

記事をアップした後に、
総軍キャラクター構想において
強力なタッグを組ませていただいている
ナルナル先生のブログで
コラボ記事がアップされてることに
気が付きましたっ!

先生、申し訳ないっ m(_ _)m
明日の記事は「コラボ」でいきます!

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