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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪して
記録することを生き甲斐とする
祐実総軍三等兵でございます★
稚拙な内容ではございますが、
これまで調べてきた戦争遺跡を
ブログ・ホームページで紹介を
させていただいておりますっ♪

よろしくお願いしますm(__)m

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2016 25 17:59:49

【莉央軍團】(3)横須賀海軍鎮守府大湊水雷団函館水雷衛所

皆様、いかがお過ごしでしょうか。
ここのところの気温の変化に
三等兵はついていけず
風邪がなかなか治りません。。。
週末までに回復させなければ(汗)


本日は、現在のところ大将麾下の
メンバーが不在となってしまっている
莉央軍團「軍報」の第3弾として
北海道函館市におかれていた
横須賀海軍鎮守府大湊水雷団の
函館水雷衛所の遺構を
ご紹介させてくださいませ。


大湊水雷団は、横須賀海軍鎮守府の
管下組織で、津軽海峡と北海道の
東海岸の海面防備を目的として
1902年(明治35)に現在の青森県の
むつ市に設置されました。

函館水雷衛所は、函館山一帯に
構築された陸軍函館要塞とともに
函館湾への敵艦の侵入を防ぐ目的で
1904年(明治37)に設置され、
日露戦争の防備につきました。

ここに、観音山の西に位置する麓から
函館湾の対岸へわたる海域に
敷設された水雷を爆破操作するための
試験室や、視発室・信号所や
弾薬庫・兵舎などの付属施設が
おかれました。

翌年の1905年(明治38)に日露戦争の
講和条約が調印されたことで、
敷設された水雷が撤去され
防御海面が解除されました。

現在、施設の跡地のほとんどが
函館山の山中に埋もれており
調査を継続していますが、
軍用地境界標や試験室・視発室などの
残存を現時点で確認出来ています。


函館山の麓付近に来ております↓



山を上って行きます↓



しばらく進んでいくと
軍用地境界標が残っています↓


「海軍用地標」と刻まれた標柱は
初めて見ました~★

この標柱は、陸軍用地と近接した
場所にあるため、このように
陸軍・海軍の両方の軍用地境界標が
おかれており、非常に稀です↓



海軍用地の内側にあるので
当時の建物跡と判断しました↓



これもそうでしょうね↓



山道をはずれて少し上がると
試験室(司令所かな?)が残ります↓



内部の様子です↓



視発室も残っています↓



室内です↓



残念ながら、ここから西側は
時間がなくて見れていません。。。
他のサイト様を覗いてみると
軍用地境界標が他にも
残っているようなので、
次回の探訪時に探してみます。
(情報募集中です~★)


【収録遺構】
 横須賀海軍鎮守府大湊水雷団
 函館水雷衛所

   建物 1棟
   地下施設 1箇所
   建物基礎 1箇所
   軍用地境界標 1本
   その他 1箇所

【探訪情報】
 2016.09.19  第1回探訪

 歩数(指数) 3,908歩(90)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★

それでは、またお会いいたしましょう♪


↑制作意欲につながりますので
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