戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

♦ プロフィール

祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪して
記録することを生き甲斐とする
祐実総軍三等兵でございます★
稚拙な内容ではございますが、
これまで調べてきた戦争遺跡を
ブログ・ホームページで紹介を
させていただいておりますっ♪

よろしくお願いしますm(__)m

♦ 最新記事

♦ カウンター

2016 05 11:08:20

【祐実軍團】(87)東京陸軍砲兵工廠板橋火薬製造所王子製薬場

皆様、いかがお過ごしでしょうか。
朝夕は寒くなってきましたね・・・

昨日は、久しぶりに職場の飲み会が
ありましてね、ちょっとお酒が過ぎてしまい
上司にからみまくってしまいました~(笑)
もはや、ハマカーンの漫才みたいに
「もういいよ、ありがとうございました~」って
最後に神田さんが締めてるのに、
ツッコミの浜谷さんがツッコミを止めない
ネタみたいな感じでした(笑)

そんなこんなでヘベレケになってしまい
予告なしにブログの更新が止まりました。
申し訳ありませんっ m(_ _)m


さてさて、本日は祐実軍團「軍報」の
第87弾といたしまして、
東京都北区におかれていた
王子製薬場の遺構をご紹介します。


王子製薬場は、板橋区におかれていた
板橋火薬製造所の分工場として、
1905年(明治38)に設置されました。

その後、新条例の施行によって、
隣接して設置されていた豊島製薬場と
統合して板橋火薬製造所から独立し
「陸軍造兵廠火工廠王子火薬製造所」に
改称され、板橋火薬製造所に並ぶ
規模にまで発展しました。

ここでは、主に火薬と爆薬の製造を
行っており、最終形となる
1940年(昭和15)の組織改定によって
「東京第二陸軍造兵廠板橋製造所王子工場」に
改称されて再び板橋製造所の傘下に入り、
終戦まで機能が存続しました。

敷地跡は、区立豊島中学校・清至中学校や
駿台学園などに変遷し、北区を代表する
文教地帯となっていますが
当時の遺構が残っています。


色々な書籍等にも王子製薬場の記載があり
「当時の遺構は何も残っていない」などと
締めくくられていますが、とんでもないです。
喧嘩を売るわけじゃありませんが、
ちゃんと探訪してんのか?って思いますね。
探訪もしてないのに本なんか出すなって話です。
もちろん、我々も探訪出来てないですがね。。。
我々のホームページにも愚痴を書いてるので
ここでの文句はこのくらいにしておきます。


発展めざましい王子にお邪魔しております↓



軍用地境界塀です(抜粋)↓



通用門とおぼしき門柱も残ります↓


一部はモルタルが剥がれて
煉瓦が露出していました。。。


軍用地境界標も残っています↓



かつては、敷地の東端部分にも
遺構が残っていました・・・↓



軍用地境界標です(消失)↓



このあたりは開発が著しいので
書籍にある通り、本当に「消失」して
しまうかもしれません。。。


【探訪情報】
 2005.11.07  第1回探訪
 2008.01.02  第2回探訪
 2010.12.31  第3回探訪
 2011.01.01  第4回探訪
 2016.10.29  第5回探訪

 歩数(指数) 約15,000歩(398)


明日は久方ぶりに「鉄道ネタ」にて
ブログ更新を予定しております。
それでは、またお会いいたしましょう★


↑よかったら応援してください♪

♦ 検索フォーム

♦ ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる