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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪して
記録することを生き甲斐とする
祐実総軍三等兵でございます★
稚拙な内容ではございますが、
これまで調べてきた戦争遺跡を
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させていただいておりますっ♪

よろしくお願いしますm(__)m

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2016 06 19:00:19

【鉄道】(9)東武鉄道2000系

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


土・日の休みだけじゃ足らないですね~
週休3日制にして欲しいくらいです。。。
「興味」や「やりがい」を直接仕事に
されている方々が羨ましい。。。


さてさて・・・
本日は、息抜きとして鉄道ネタで
ブログの更新をさせていただきます。
「軍報」目当てのご常連様、
失礼をお許しくださいませ m(_ _)m


三等兵の裁量で恐縮です。
本日は東武2000系について
想いを記載させてくださいませ。


東武2000系電車(wikipediaを抜粋)↓
---------------------------------------
東武2000系電車は、かつて東武鉄道に
在籍した通勤形電車。1961年(昭和36)に
登場し、1971年(昭和46)までに160両が
製造され、1993年(平成5)まで運用された。
帝都高速度交通営団(現、東京地下鉄)
日比谷線乗り入れ用として開発された、
東武鉄道の通勤形電車における
初の高性能車両である。

日比谷線への直通運転を間近に控え、
直通運転用車両として開発されたのが
本系列である。軽量化に意を配った
全鋼製車体、MM'ユニット構成による
全電動車編成、両開き客用扉、
アルミデコラが多用された内装など、
当時のトレンドとなる装備は
一通り揃えた形で設計された。

車内アコモデーションは
アルミデコラの多用によって
無塗装化が推進され、ベージュ系の
デコラに「ラクダ色」と称する薄茶色の
シートモケットを採用し、全体的に
暖色系のカラースキームとされた。

床敷物は緑色系のロンリュームが
敷かれている。なお、これら車内配色は、
1983年(昭和58)に登場した10000系まで、
実に20年以上にわたって
東武の通勤車における標準仕様として
踏襲され続けた。

本系列は東武の通勤形車両において
初めてMM'ユニット構成による
全電動車仕様およびカルダン駆動方式を
採用したが、それらは特急形車両では
1956年(昭和31)に登場した
1700系(白帯車)より本格的に
採用されていた技術であった。
そのため、本系列の新製に際しては、
当時最新鋭の特急形車両であった
1720系の仕様を踏襲しつつ、
通勤形車両向けに改良を加えた
機器が搭載されることとなった。

すなわち制御装置は1720系用
MMC-HT10Cを地下車用途に改良した
全電動車方式8M1C/電空併用制動方式の
ものとした。 主電動機は東洋電機製造製
TDK-824を搭載した。この主電動機は
1720系のものと同一であるが、
歯車比を6.31と大きく取ることで、
起動加速度3.5 km/h/sを確保している。

1988年(昭和63)からは営団地下鉄も
車両冷房搭載に踏み切ることとなり、
それに伴って本系列も冷房化改造が
検討されたが、結局コストをかけて
冷房化改造を施工するよりも
冷房付の新型車を導入するほうが
得策と判断された。

これについては下記の事情が
背景にあった。

・屋根構造や車体強度といった、
 車両構造上の問題があった。
・特に初期車は、車齢25年を越えて
 各部の陳腐化・老朽化が
 進行しつつあった。

その後、後継形式である20000系を
代替新製し、本系列を淘汰する
方針が決定された。

1988年(昭和63)2月に2110編成が
廃車になったことを皮切りに
順次淘汰が進行し、1993年(平成5)
8月1日に行われた2118編成による
さよなら運転をもって本系列は
全廃となった。
---------------------------------------

長々と「コピペ」しちゃいましたが
こんな感じの車両です↓

ここから写真を拝借してます。
 (オーナー様が判らず申し訳ない)

三等兵と同年世代の方々は
見覚えのある車両かと思います。

特に三等兵は、幼少の頃に
今は亡きおじいちゃんに連れられて
一筆書きのルートで電車に乗り、
よくこの形式にでくわしたもんです(笑)

この時のルートというのが
新松戸から武蔵野線で南越谷へ行き
南越谷から新越谷まで歩き、今度は
東武伊勢崎線に乗って北千住へ行き
北千住から常磐線で新松戸まで
戻ってくるといったものでしたが、
当時の武蔵野線は
日中で1時間に1~2本(12時台は皆無)の
本数しかないし、東武伊勢崎線も
通勤車での最速達が「準急」しかなく
しかも新越谷は通過だったので
1周するのに何時間もかかりました~(笑)
今じゃ考えられないですねっ!

そんなわけで、新越谷は各停しか
停まらない駅ですので、
やってくる形式がもっぱら
日比谷線からの直通電車である
この2000系だったわけです。
走行音はよく覚えていますよ(笑)
南海電車の21000系と音階は
ほとんど一緒でしたね。

子供の頃の三等兵の性能解釈は
各停専用電車=早く走れないため
「低性能」だったので、偏見がありました。
この形式が「素敵」だと感じたのは
車両諸元を見るようになった頃ですね。

当時の日比谷線を走行していた
営団3000・東急7000・東武2000の
3形式を比較すると、東武2000は車体と
起動加速度が劣っていましたが
主電動機は補償巻線をもっているうえに
最弱界磁率が20%と大きく取られており
中速域以降の加速は両者をはるかに
しのいでおり、時速90キロくらいまでなら
簡単に到達していた気はします。。。


実力を発揮する2000系↓

PON様ブログで掲載している
 写真を転載させていただいております。


2000系のFS-340台車です↓

ここから写真を拝借してます。
 (オーナー様が判らず申し訳ない)

三等兵は「Zリンク支持」が
一番「カッコイイ」台車だと思ってます。


序盤でふれている通り、
本形式は既に消滅してますが
台車と主電動機の一部は
愛媛県をはしる伊予鉄道に
譲渡されているため、
走行音だけなら、現在も
伊予鉄道で「生聞き」できます。


よそからのパクリばかりですが、
2000系の走行音です↓
 東武 2000系 走行音(谷塚→竹ノ塚)
 ※w218d様の動画です。

すごい懐かしくて、感動もんですっ◆


本日は大変な「脱線」と「的外れ」な
ブログ更新で申し訳ありません m(_ _)m
明日は「軍報」やります★


それでは、またお会いいたしましょう♪


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コメント

[title]:XXXXXXXX様

毎度、拍手コメントありがとうございます m(_ _)m

確かに、屋根上はスッキリまったいらですね(笑)
ここに集中式の冷房が載ったら
カッコよかったのにな~って思っちゃいます(笑)

この形式は、東武初の新性能車ではないです。
試験的ですが、初は5700のC編成です。
本格採用初は1700ですが、足回りは
さほど変わらないはずです。

足回りだけですが、探訪で松山行ったら
乗ってみたいと思います★

  1. 2016/11/07(月) 07:59:00
  2. URL
  3. 祐実総軍三等兵 #ft.RO07s
  4. [ 編集 ]

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