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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪して
記録することを生き甲斐とする
祐実総軍三等兵でございます★
稚拙な内容ではございますが、
これまで調べてきた戦争遺跡を
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させていただいておりますっ♪

よろしくお願いしますm(__)m

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2016 27 19:55:27

【鉄道】(11)小田急電鉄9000形

皆様、いかがお過ごしでしょうか。
遂に日曜日も終わりですね。。。

明日からまた5日間も仕事することを
考えるとゲンナリですわ・・・

遠征先でよく遭遇する光景ですが、
17時前後に、各自治体で
「おうちに帰りましょう」ってな
放送や音楽が流れると思いますが
これを聞いてしまうと
本当にせつない気分にさせます。
三等兵を一番しょんぼりさせる
音楽がこれです↓
 防災行政無線 和歌山県和歌山市17時
 ※JRwehksf様の動画です。

一時期、住んでいた海老名市も
この音楽を使っていたな。。。


さてさて・・・
本日は、息抜きとして鉄道ネタで
ブログの更新をさせていただきます。
「軍報」目当てのご常連様、
失礼をお許しくださいませ m(_ _)m


三等兵の裁量で恐縮です。
本日は小田急9000形について
想いを記載させてくださいませ。


小田急9000形電車(wikipediaを抜粋)↓
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小田急9000形電車は、小田急電鉄が
1972年から1977年まで導入を行なった
通勤車両である。

1970年代から開始された、
当時の帝都高速度交通営団(営団地下鉄)
千代田線相互直通運転のために
導入された車両で、当初は
4両固定編成で製造され、追って
6両固定編成も登場、最終的には
4両固定編成と6両固定編成が
それぞれ9編成の合計90両が運用された。

小田急の通勤車両では初めて
他事業者路線への乗り入れを前提とした
車両になることから、それまでの
小田急の通勤車両の標準仕様とは
異なる新技術が採用された。

そのスタイルや車両仕様が評価され
1973年には鉄道友の会より
ローレル賞を授与された。
1978年から1990年まで
千代田線直通列車を中心に運用され
その後も箱根登山鉄道線への
直通運転を含む地上線で
広範囲に運用されたが、後継車両の
導入に伴い2006年で全車両が廃車となった。
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こんな感じの車両です↓

ここから写真を拝借してます。
 (オーナー様が判らず申し訳ない)


三等兵と「同期」です、この形式。。。
当時、営団(東京メトロ)千代田線内を
はしっていた形式は、
国鉄が(JR)103系1000番台で
営団は5000系と6000系で
小田急はこの9000形でした。

千代田線のラインマークは
緑色が採用されており(今もそうです)
国鉄と営団は車体の帯が
ラインマークに則った「緑」が
使用されていましたが、
小田急だけは「青」の帯だったので
9000形が到着すると、お客さんが
違和感を覚え、駅員さんに
「これは千代田線ですか?」
「××(駅名)まで行きますか?」
なーんて確認している光景を
何度も見たことがあります(笑)


小田急線内で優等運用につく
9000形(右側)↓

8時ちょうどのスーパーあずさ5号様
 写真を借用しております。

ちなみに、左側は5000形ですが
これも現在は見ることが出来ません・・・

この時代の小田急は「最高」でした。
車体よし、デザインよし、性能よし。
ただ、ラッシュ時は「最低」でしたね。
朝の急行の表定速度なんて
20キロそこそこしかなかったし、
たかだか町田から新宿まで行くのに
缶詰状態で1時間もかかってたし。。。


9000形が履く住友FS085台車です↓

鉄道ホビダスの台車近影から
 写真を転載しております。

「Zリンク支持」ですねっ★
素敵な台車です。


よそからのパクリばかりですが、
9000形の走行音です↓
 小田急9000形走行音(開成~足柄)
 ※motic1192様の動画です。

個人的に、小田急の全形式の中で
一番好きな「音」ですっ!
西鉄6000と速比違いの同音かな。


本日は大変な「脱線」と「的外れ」な
ブログ更新で申し訳ありません m(_ _)m
明日は「軍報」やります★


それでは、またお会いいたしましょう♪


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