【祐実軍團】(90)陸軍大塚弾薬庫 - 戦争遺跡調査研究軍 祐実総軍

【祐実軍團】(90)陸軍大塚弾薬庫

皆様、金曜日をいかがお過ごしでしょうか。
そろそろ、忘年会シーズンですねっ★

残念ながら、色々と思うところがあり
仕事関係の忘年会は、ことごとく
「全欠席」としました~(笑)
三等兵は、みんなとワイワイやりながら
お酒を好んで飲む方ですが、
残念ながら「仕事」は私にとって
優先ではないのでね。
付き合い悪くて嫌われたって
モーマンタイでやんすっ★
別に好かれようとも思ってないし。

さてさて、本日は祐実軍團「軍報」の
第90弾といたしまして、
既出案件で恐縮ではございますが
東京都文京区におかれていた
陸軍大塚弾薬庫の遺構を
簡単にご紹介させてくださいませ。


大塚弾薬庫は、第一師団と
近衛師団で使用する弾薬類を
一時的に保管することを目的として、
1890年(明治23)に設置されました。

のち、組織改変によって、
東京陸軍兵器支廠に属しますが
機能は変わらず弾薬庫として使用され、
昭和の初期に閉鎖されました。

1932年(昭和7)からは、
東京女子高等師範学校が跡地に入り、
お茶の水女子大学となって
現在に至っています。

現在、この施設に関する情報を
保有しておらず、中途半端な
調査となっており、文献調査を
継続しているところですが、
施設の具体的な経緯をご存知の方は
教えていただけると助かります★

文献調査よりも、実地調査が
先行していますが、現在も
軍用地境界標を中心とした
遺構が残っています。


お茶の水女子大学附属中学校の
敷地北側に残る軍用地境界塀です↓



下部が埋まってしまっていますが
軍用地境界標と断定しています↓



地下鉄有楽町線の護国寺駅の
東側に展開する住宅地内にも
軍用地境界塀が残っています↓



軍用地境界標も残ります(抜粋)↓



大学敷地の南をはしる道路沿いの
駐車場内にも軍用地境界塀が
残っております↓



状態の良い軍用地境界標も
残っております↓



【収録遺構】
 陸軍大塚弾薬庫
 (東京陸軍兵器支廠
  大塚弾薬庫)

  軍用地境界塀 3区画
  軍用地境界標 5本

【探訪情報】
 2010.01.02  第1回探訪
 2011.01.03  第2回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


ホームページでも公開中です★
 陸軍大塚弾薬庫


話が脱線しますが、
ここ最近、同志の方々に様々な場面で
支えられていることを改めて感じます。
「出会い」に感謝 m(_ _)m
三等兵は、今から少しの間だけ
「覚醒」しますっ!

空技廠の制作、頑張りますっ!
明日の夜のリリースに載せますね。
地下壕の内部図込みで全41遺構を
これからページにしますっ★


それでは、おやすみなさいませっ♪


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