戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

♦ プロフィール

祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪して
記録することを生き甲斐とする
祐実総軍三等兵でございます★
稚拙な内容ではございますが、
これまで調べてきた戦争遺跡を
ブログ・ホームページで紹介を
させていただいておりますっ♪

よろしくお願いしますm(__)m

♦ 最新記事

♦ カウンター

2017 14 21:37:00

【祐実軍團】(96)横須賀海軍兵器廠

皆様、いかがお過ごしでしょうか。

あと2日頑張れば、
「那瑠絵軍團」の初陣ですっ★
それまでは、仕事への「不満」を
言わないようにしたいと思います(笑)


さてさて、本日は祐実軍團「軍報」の
第96弾といたしまして
神奈川県横須賀市におかれていた
横須賀海軍兵器廠の遺構を
ご紹介させていただきたいのですが
なにぶん数が多いので、
簡単に掲載させてくださいませ。


横須賀海軍兵器廠は、
軍艦に搭載する兵器類の造修を
目的として、前身の水雷営と武庫を
統合させた形で1886年(明治19)に
開設され、1903年(明治36)の
組織改編によって横須賀海軍工廠の
内部部門に編入されて
造兵部となりました。

ここには、中央庁舎の他に
兵器類の造修を行う水雷工場・
機雷工場・砲熕工場などが設置され
10,000人近くの工員が作業に
従事しました。

昭和時代に入ると、航空機に関係する
兵器類も生産するようになり
機銃工場・光学工場・無線工場などが
設置されましたが、さらなる増産を迫られ
鎌倉にも分工場が開設されます。

また、戦争の拡大にあわせて
工員が急増し、逗子に工員宿舎も
建設され、最盛期で 3万人以上が
作業に従事していました。

アジア・太平洋戦争末期は、
防空対策の一環で敷地背面の山の他に
逗子や鎌倉にも地下壕が掘削され、
一部は実際に操業しましたが
終戦となりました。

現在、敷地跡は東芝ライテックを
はじめとする工場地帯となっていますが
当時の建物が多く残っており、
見学することが可能です。

また、地下壕についても見学が
難しくなっているものの、
良好な状態で残存しています。


横須賀の船越地区にお邪魔しております↓



正門です↓



機銃工場です↓



機銃試射場です↓



通用門と思われます↓



軍用地境界塀です↓



材料倉庫です↓



通用門です↓



関連建物です↓



製図工場です↓



無線工場です↓



中央庁舎です↓



発電工場です↓



発電工場の事務所です↓



鍛錬工場の基缶場です↓



鍛錬工場の事務所です↓



左から、機雷実験部・水雷工場・
音響工場です↓



物揚場の跡です(抜粋)↓



5tクレーンの基礎部分です↓



構内をはしっていた軌道です↓



ポイント切替機の残骸です↓



関連遺構であると思われます↓



これもそうでしょうね・・・↓



砲熕工場の地下倉庫であると
考えられる遺構です↓



こちらは、機械工場の地下倉庫と
思われます↓



ここから、背面の山に上がります。


軍用地境界柵の支柱です↓



軍用地境界標も4本残ります↓






上った山の地下には、階層構造の
地下工場も残っています。

まず、1階部分です↓


階段を上がっていきます↓


2階部分です↓


本日より2週間程度に限定して
内部図を掲載しますね↓

 ※2017.4.5 内部図を削除しました。


ここから、火工工場がおかれた
田浦駅周辺まで歩きます↓



火工工場の橋梁です↓



地下倉庫と思われます↓



地下壕も2箇所残っています。

最初の地下壕です↓


本日より2週間程度に限定して
内部図を掲載しますね↓

 ※2017.4.5 内部図を削除しました。


2つ目の地下壕です↓


奥に写っているのは、重鎮である
いっちゃん先生とOKN先生です(笑)

こちらも、本日より2週間程度に限定し
内部図を掲載しますね↓

 ※2017.4.5 内部図を削除しました。


このほか、造兵部の遺構は
残念ながら、海上自衛隊の施設の
移転集約に合わせて取り壊されており
現存していませんが、当方で
写真記録出来ているものだけを
掲載しようと思います。


砲塔工場(左)と製缶工場(右)です↓


砲塔工場のガントリークレ-ンは
造兵部の遺構群の中でも
一番の見ごたえがあり、
有名にもなりましたねっ↓



我々のホームページでは、
このほかに砲熕工場と砲架組立工場を、
重鎮であるyakumo先生より写真を
提供してもらって本日より掲載です↓
 横須賀海軍兵器廠

ちなみに・・・
フルブラウズ時のみ見ることが可能な
地下壕の内部図は深夜~早朝までと
なっております。


【収録遺構】
 横須賀海軍兵器廠
 (横須賀海軍工廠造兵部)

  門柱 3箇所
  建物 13棟
  地下施設 5箇所
  地下壕 3区画
  軍用地境界塀 2区画
  軍用地境界標 4本
  橋梁 1箇所
  その他 8箇所
  建物(消失) 4棟
  建物(消失) 2棟(yakumo先生)

【探訪情報】 ※()内は主となった代表様です。
 2003.01.03  第1回探訪
 2005.07.03  第2回探訪(いっちゃん先生)
 2005.07.18  第3回探訪(ヒシナマズ先生)
 2006.05.03  第4回探訪(OKN先生・SUM先生)
 2006.05.05  第5回探訪(誉先生)
 2006.05.13  第6回探訪(黒魔先生)
 2006.06.17  第7回探訪(土龍先生)
 2007.01.07  第8回探訪(K先生)
 2007.05.02  第9回探訪(誉先生)
 2014.03.29  第10回探訪(OKN先生・いっちゃん先生)
 2014.04.12  第11回探訪(おピンちゃん先生)
 2014.05.17  第12回探訪(いっちゃん先生・OKN先生)
 2014.11.02  第13回探訪(おピンちゃん先生)

 歩数(指数) 100,000歩以上(999)


それでは、またお会いいたしましょう★

↑もしよかったら応援してくださいっ♪

コメント

[title]:管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. 2017/04/05(水) 17:20:36
  2. #
  3. [ 編集 ]

[title]:XXXXXXXX様

はじめまして、三等兵でございます。
いつも拙ブログ・ホームページをご覧いただき
ありがとうございます m(_ _)m

また、探訪に際し参考にしていただけるのは
誠に光栄ですっ!

お教えいただいた壕は
おそらくT駅の狭いロータリー付近から
崩落&ゴミ満載の入口部分が見える部分に
繋がっているものと思料しますが
当方はまだ内部を見ておりません・・・
近いうちに見に行ってみようと思います。

今後ともよろしくお願い申し上げます。

  1. 2017/04/05(水) 23:08:30
  2. URL
  3. 祐実総軍三等兵 #ft.RO07s
  4. [ 編集 ]

コメントの投稿


♦ 検索フォーム

♦ ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる