【祐実軍團】(7)横須賀海軍航空廠(第一海軍技術廠) - 戦争遺跡調査研究軍 祐実総軍

【祐実軍團】(7)横須賀海軍航空廠(第一海軍技術廠)

皆様、週末をいかがお過ごしでしょうか。
今週は仕事(息抜きあり)が忙しくて
やりたいことが何にも出来ませんでした~(涙)

おまけに、ホムペの更新をしようと
メインPCの電源入れたらディスククラッシュし
OSが立ち上がらなくなりまして・・・
享年5歳でございました(涙)

あ~っ、お金がぁ~(涙)
遠征調査をとるか、新しいPCをとるか・・・
究極の選択です。

当面は、遠征用の小さなPCで頑張ります(涙)


さて、祐実軍團「軍報」の第7弾は
神奈川県横須賀市におかれていた
横須賀海軍航空廠(のちの第一海軍技術廠)の
ご紹介をさせていただきますねっ。


横須賀海軍航空廠は、航空機の設計・実験や
機材の研究・調査などを行う機関で、
それまでおかれていた海軍技術研究所の
航空研究部門と横須賀海軍工廠の
造兵部飛行機工場を統合させる形で
1932年(昭和 7)に新設されました。

設置当初は、総務部・科学部・飛行機部・
飛行実験部・兵器部・発動機部を中心とする
部門が設置されていましたが、
のちに、材料部や電気部などの部門も
創設され、航空機の研究・試作・実験を行う
機関として日本最大の設備と陣容を誇り、
主な航空機として「彗星」や「銀河」は
ここで試作して実用化に漕ぎついています。

1940年(昭和15)に入ると組織の変更が行われ
横須賀海軍航空技術廠と改称して
施設の拡大が行われましたが、用地が
手狭になったことから、1941年(昭和16)に
部門の一部を横浜へ移し、支廠が新たに
開設されました。その後、1945年(昭和20)の
2月の改編で横須賀第一海軍技術廠に改称し
終戦末期は「桜花」や「秋水」などの
特攻兵器の設計や実験が行われました。

現在、敷地は民間企業に払い下げられており
岡村製作所や関東自動車工業・東邦化学などの
工場となっていますが、当時の建物群の多くが
活用されています。


横須賀の追浜(おっぱま)に来ました↓


平和な光景です。
70年以上前は、ネコちゃんだって
居座れない場所だったのです。

そして、ここは三等兵が知り合った
多くの関係者の皆様方と共に、現在に至るまで
戦争遺跡を調査をしていくきっかけを創った
神聖な場所でもあるのですっ★

現在は、書籍やウェブが数多くあるため
メジャーな調査案件となっていますが、
おそらく・・・かつては、我々が
ここの遺構情報を「一番」知り得ていた
時期があったと思いますよ~★
なーんて、意味のない自慢をしてみます(笑)


遺構のご紹介に移らせていただきますっ♪
今回も長くなりそうですので、
材質や構造・残存状態などの記載は
極力省かせていただきますねっ(汗)

終戦時点の建物配置図です(案内板より)↓


 うーん・・・
 縦で画像をアップロードしてんのに
 横になってしまうのはナゼなんだ?
 何回やってもダメなのだが・・・


話しが脱線しました(怒)
まずは、敷地外側周辺の遺構から
いってみましょうっ★

イシカワ製作所付近に残る通用門です↓


通用門付近に残る軍用地境界塀です↓


エコマルコ付近にも塀が残っています↓



続いて、敷地内の遺構をご紹介していきます♪


最初は、科学部の遺構ですっ。

高圧風洞場です↓


高速風洞場です↓


第四風洞場です↓


第一研究所です↓


試験水槽準備室です↓


製図工場です↓


浦郷トンネル付近に残る
等速実験水槽ですっ↓



次は、総務部と周辺の遺構ですっ。

電話交換所です↓


ツタだらけですが、書庫です↓


軍用電柱と防火水槽です(抜粋)↓



続きまして、材料部の遺構ですっ♪

第六研究所です↓


耐震補強工事が入っているので
外側は大幅に改修されております▲ 

第四研究所です↓


この西側に本部庁舎がありましたが
現在は解体されてしまっています▲

第一実験準備場です↓


材料庫です↓


周辺には、材料貯蔵のためと思われる
横穴式地下壕も掘削されていますが
詳細は判っていません・・・
まずは、素掘り壕群です(抜粋)↓


続いて、コンクリート壕群です(抜粋)↓



次は、発動機部の遺構ですっ♪

第一工場です↓


おそらく、第一工場に関係した
地下壕です(抜粋)↓


コンクリート製の貯蔵系と思われる
地下構造物も残っています↓


第二実験場に関係する遺構です↓


おそらく、第二実験場に関係した
地下壕です↓



最後は、お待ちかね(?)の地下工場です★
(ここでは具体的な場所を伏せます)

貝山1区↓


貝山2区↓


貝山3区↓


貝山4区↓


これらの地下壕は、敷地上は
横須賀海軍航空隊なので、はたして
航空技術廠の所管なのか微妙なところですが
あえてここで掲載させていただきますね★
また、上層部については明らかに用途が
異なるので、別所管としますね。

浦郷1区↓


浦郷2区↓


武1区↓


武2区↓


ちなみに、これらの地下壕の合算延長は
8142.2メートルとなっていますよっ★


【収録遺構】
 横須賀海軍航空廠
 (横須賀海軍航空技術廠,
 横須賀第一海軍技術廠)

  建物 13棟
  門柱 1本
  軍用地境界塀 2箇所
  地下施設 4箇所
  地下壕 9区画
  その他 5箇所
  建物(消失) 2棟
  その他(消失) 1箇所

【探訪情報】
 2003.02.01  第 1回探訪
 (探訪回数が多いので途中省略)
 2014.12.28  第47回探訪

 歩数(指数) 350,000歩以上(999)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★

それでは、来週も頑張っていきましょう!
←応援してくださいっ♪

コメント

  • 2015/06/28 (Sun) 23:14
    No title

    こんばんは。
    横須賀編、素晴らしい内容ですね。
    私もこのあたりの建物の写真は撮りましたが、
    それがかつて何に使用されていたかまでは
    調べませんでした。
    地下壕の部はまたこんど詳しく紹介してください。
    ありがとうございました。

  • 2015/06/29 (Mon) 10:50

    slycrow先生

    いつも書き込みいただき
    ありがとうございます!

    横須賀案件第一弾ということで
    掲載させていただいたものの、
    この書きっぷりですと、判る方にしか
    判らないですね~(;_;)
    相変わらず、国語の能力のなさに
    難儀してます(T_T)

    ここもそうですが、最近の案内板は
    当時の建物配置図も出すようになり
    一時資料をお金払ってコピーして
    読みにくい紙から施設名をを読み取る
    手間が省けるようになりましたね(>_<)
    もっとも、この作業を「手間」と
    いう時点で探訪者失格かもしれませんが(笑)

    • 祐実総軍三等兵 #ft.RO07s
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