戦争遺跡調査研究軍 祐実総軍

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【那瑠絵軍團】(2)陸軍下関要塞田向山砲台

皆様、いかがお過ごしでしょうか。

早いもので、新設「那瑠絵軍團」の
探訪初日から1週間が経ちました。。。
近いうちに、もう1回くらい
探訪したいのですが、残念ながら
軍資が厳しいです(涙)


我々のホームページに登場する
キャラクター達を制作いただいている
ナルナル先生のご期待に
応えるためにも、「那瑠絵軍團」の
管轄案件ページの制作を
優先しなければ・・・

とりあえず、ヘッダー部分は
完成いたしました~!

平時↓


マウスON時↓



色々とテーマカラーに悩みましたが、
福岡近郊をはしるJR九州の在来線と、
西鉄電車のオールドタイマーの帯色が
思いついて、赤寄りの「ピンク」に
決まりました(笑)


「那瑠絵軍團」のページは
近日中に登場する予定ですので
更新を楽しみにしていただければ
幸いでございます m(_ _)m


さてさて、本日は那瑠絵軍團「軍報」の
第2弾といたしまして、
福岡県北九州市におかれていた
陸軍下関要塞の田向山砲台の遺構を
簡単にご紹介させてくださいませ。


下関要塞は関門海峡・周防灘一帯の
沿岸防備を目的として構築された
強力な火砲群と、これに付帯する
施設群の集合体です。

これらは、下関地区と北九州地区に
それぞれ配備され、連携して敵艦船を
撃滅させるための強力な火力網を
形成していました。

また、後には日本と朝鮮半島や
満州との間を守るため、
玄界灘の島々にも砲台が設置され
壱岐要塞や対馬要塞と協力して
朝鮮海峡全体を防衛するように
拡大されています。

手向山砲台は、下関要塞の中でも
2番目に早く建設工事が開始され、
1888年(明治21)に竣工し、24センチ臼砲が
12門据え付けられました。

現在、砲台の跡地は手向山公園として
整備され、地下施設は
立ち入り出来なくなっているものの
多くの遺構が残っており、
簡単に見学することが可能です。


おピンちゃん先生と一緒に
手向山公園の頂上付近に
お邪魔しております↓



砲座の跡が6箇所残ります↓








各砲座間には砲側弾薬庫が
残っています↓






各砲側弾薬庫には、
関東地方の要塞には見られない
扁額が設けられているのが
特徴的ですね(抜粋)↓



井戸と思われます↓



胸墻部分にも関連する遺構が
残っています↓



右翼観測所です↓



右翼観測所掩蔽部です↓


右翼観測所掩蔽部は
内部を覘くことが出来ます↓



左翼観測所です↓
P1220467.jpg


左翼観測所掩蔽部です↓



砲台長立台も残っています↓



【収録遺構】
 陸軍下関要塞
 田向山砲台

  砲座 6箇所
  地下施設 7箇所
  観測所 2箇所
  その他 3箇所

【探訪情報】
 2017.02.18  第1回探訪

 歩数(指数) 1,692歩(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ!


明日は雑記形式でブログの更新を
させてくださいませ。


それでは、また明日っ★

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