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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪して
記録することを生き甲斐とする
祐実総軍三等兵でございます★
稚拙な内容ではございますが、
これまで調べてきた戦争遺跡を
ブログ・ホームページで紹介を
させていただいておりますっ♪

よろしくお願いしますm(__)m

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2015 04 11:07:33

【祐実軍團】(9)横須賀海軍航空技術廠支廠(第二海軍技術廠)

皆様、週末をいかがお過ごしでしょうか。
今週も、いつものごとくバタバタし
家に帰ればフヌケになっての繰り返しで
何にも出来ておりませんよ・・・
おまけに天気も悪いし、気分も
あがりませんね~(汗)


さて、祐実軍團「軍報」の第9弾は
神奈川県横浜市におかれていた
横須賀海軍航空技術廠支廠
(のちの第二海軍技術廠)の
ご紹介をさせていただきますね。


横須賀海軍航空技術廠支廠は、
横須賀市浦郷町におかれた
横須賀海軍航空技術廠が、戦火の拡大に
伴って施設の拡大を迫られたため、
航空技術の総合的な研究などを行う目的で
1941年(昭和16)に設立されました。

設立当初は、中心部門である兵器部・爆弾部と
総務部・会計部・医務部がおかれていましたが
1943年(昭和18) 4月からは、火工部・光学部・
計器部が新たに設置され、射撃部・爆撃部・
雷撃部が兵器部から分離独立し、
さらに横須賀海軍航空技術廠の電気部が
支廠に移管され、大施設となりました。
その後、1945年(昭和20) 2月15日に
横須賀第一海軍技術廠の支廠に改称され、
航空技術の研究や実験のほかに、航空機の
設計や生産も行われますが、最終的な
組織改正で横須賀第二海軍技術廠として
独立し、海軍の重要施設として
終戦まで機能しました。

現在、敷地跡は横浜市立大学や金沢高校・
東急車輛工業をはじめとした工場などに
なっており、面影がありませんが、
敷地周辺に当時の遺構が残っています。


湘南スプリンター電鉄の金沢八景駅に
やってきました↓


今や京急線の最速達種別である快特が
停車する駅にまで発展していますが
70年以上前の駅前に、旧海軍の
重要施設がおかれていたことを
ご存知でしょうかっ?


大川地区の工場内に残る
当時の建物です↓



市立大学内にも当時の建物が
残っています↓


遠巻きに撮ったので、これじゃ
なんだか判らないですね(汗)


東急車輛工業の背面に位置する
低山の頂上部分には、支廠の各建物へ
配水するために設置された
貯水槽が残っています↓


貯水槽は、東西に約20m・南北に
約45mの広さがあり、深さは
約5mあります。また、南北は
15m毎に塀を設けて仕切られており、
水槽が3つに分けられていますが、
中央部が貫通しており、それぞれの
水槽へ均等に水が溜まるような
素敵な構造になっていますっ♪

この場所は、まあまあ危ないので
見学は外観だけに留めましょうねっ♪

この山の下には、支廠で最大規模を
誇っていたと思われる地下工場が
残っています↓


残念ながら、全ての入口部分は
封鎖されており、坑道の大半が
埋め戻されているような状態なので
全貌は判っていないのですが
総延長は2キロ以上あるものと
勝手に予想しておりますっ★
(見学したいです~)

ちなみに、山の頂上付近には
支廠を防衛するための防空砲台も
設置されており、現在も遺構が
残っていますが、所管が違うので
別掲載とさせていただきますねっ m(_ _)m


施設から離れた県道23号(環状 4号)沿いの
金沢区・栄区・鎌倉市の境界に位置する
「相武トンネル」も、戦争末期は地下工場に
転用されています↓


この県道は、もともと大船第一海軍燃料廠
横須賀海軍航空技術廠を連絡するために
構築された軍用道路を活用しており
「相武トンネル」自体も当時のものです。
ちなみに、長さは約460mあります。


市立大学の裏手に位置する低山の下にも
地下工場が「北」と「南」の2箇所に
掘削されています。

まずは「北」です↓


地下工場は素掘り構造で、階段を有する
階層構造となっており、電線を
引き込んだ跡や、排水溝・工作機械を
据え付けたコンクリートの台座・
仕切り扉跡などが良好な状態で残っており、
坑道の総延長は 834.8mを計測しています。

実際に地下工場として稼動したのか
定かではありませんが、これらの遺構から
操業開始の準備は出来ていたものと
推測しています。

もう1枚掲載しておきますねっ↓


現在、ほとんどの入口が封鎖されているため
見学は非常に難しいですが、山林自体は
放置されているので、坑道はこのまま
残るものと思われます。

また、坑内の崩落も少なく、
内部に遺構も沢山残っているし、
それなりに大規模なので、整備をして
是非とも一般公開をして欲しいと
思いますねっ♪


続いて「南」です↓


ここも素掘り構造で、階段を有する
階層構造となっており、電線を引き込んだ跡や
排水溝・工作機械を据え付けたコンクリートの
台座が残っており、坑道の総延長は
247.5mを計測しています。

ここも、もう1枚掲載しておきますっ↓


実際に地下工場として稼動したか
定かではないのですが、
内部に残る遺構などから、操業の準備は
出来ていたものと推測しています。

このあたりが、敷地の南端部分に
あたるのですが、軍用地境界標も
多く残っておりますよ(抜粋)↓


軍用地境界柵の支柱も
いくつか集中して残っています(抜粋)↓


金沢八景駅から京浜急行電鉄のガードを
くぐり、市大方面に向かう道路沿いにも
軍用地境界標が残っていますっ!

学生の皆さんっ!毎日拝んでください(抜粋)↓



県立金沢高校にも消火栓が残っています。
在校生の皆さんっ!毎日拝んでください(笑)↓



【収録遺構】
 横須賀海軍航空技術廠支廠
 (横須賀第一海軍技術廠支廠,
 横須賀第二海軍技術廠)

  建物 2棟
  軍用地境界標 14本
  地下壕 3箇所
  トンネル 1箇所
  その他 7箇所


【探訪情報】
 2006.06.24  第 1回探訪
 (探訪回数が多いので途中省略)
 2014.03.01  第13回探訪

 歩数(指数) 140,000歩以上(999)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★

それでは、よい週末をっ★

←応援してくださいっ♪


【関係者の皆様へお知らせ】

 のびのび&うやむやにしてしまいましたが
 8月15日・22日・29日を第一弾候補として
 「サミット」をやらせてください m(_ _)m
 近いうちにご案内の連絡をしますので、
 都合のよい日をお知らせくださいませっ。
 (戦後70年の節目となる8月15日なんかは
  いかがでございましょう?)

 話のお供になる肉・酒(ジュース)も
 たくさん用意しておきますねっ★


コメント

[title]:地元横浜。

ここはすごい遺構が残ってますね。
すぐ隣は横須賀ですが、これが横須賀にあるのか横浜にあるのか、地元民にとっては大きな違いなのです。資料もさほど多くはなかったのではないでしょうか。現地踏査でここまで詳しくレポートできるのだとしたら、やはりさすがとしかいいようがないです。
さらに期待して記事をお待ちしております。
  1. 2015/07/08(水) 12:06:34
  2. URL
  3. slycrow96 #RXtWfVJQ
  4. [ 編集 ]

[title]:No title

slycrow先生

横浜も横須賀も、私にとっては
どちらもパラダイスでございますよっ★

私の地元なんて、戦争遺跡なんてものは
「皆無」でございますから(笑)

強いて挙げるなら、隣の「町」で
細菌兵器の原料として「ペスト菌」を
培養するためにハツカネズミを
飼育する施設があったくらいでしょうか。。

支廠ネタは、もう私の懐に
「地下壕内部図」しか残ってません(笑)
でも、他のサイト様で既出なので
「旨み」成分がないです(笑)
  1. 2015/07/08(水) 20:38:43
  2. URL
  3. 祐実総軍三等兵 #ft.RO07s
  4. [ 編集 ]

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