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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪して
記録することを生き甲斐とする
祐実総軍三等兵でございます★
稚拙な内容ではございますが、
これまで調べてきた戦争遺跡を
ブログ・ホームページで紹介を
させていただいておりますっ♪

よろしくお願いしますm(__)m

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2017 17 21:05:27

【阪奈軍團】(79)陸軍由良要塞友ヶ島第四砲台

皆様、いかがお過ごしでしょうか。

昨日に引き続き、関東地方は
ひんやりしていますね。
予報だと、昨日よりは気温が
上がるって言ってたよね?
「予報」なんで、仕方ないか・・・


さて・・・
本日は阪奈軍團「軍報」の
第79弾といたしまして
前回のブログ更新直前に
めでたく記事を全消失させた
友ヶ島第四砲台のご紹介です↓





友ヶ島第四砲台は、紀伊水道の
中央に位置する友ヶ島地区に
配備されていた由良要塞の1つで
1892年(明治25)に完成し、
最重量級である28cm榴弾砲が
6門据え付けられていました。

この砲台の首線は南西40度で、
対岸におかれた加太・深山地区の
砲台群と連携し、主に友ヶ島南方と
中ノ瀬戸・加太方面へと砲撃を
意図していましたが、
友ヶ島第三砲台と同様に
由良要塞の主力砲戦砲台として
360度の全周射界を持っていました。

大正時代に入ると、装備が
旧式化したことにより、要塞整理計画の
一環で廃止され、その後は
活用されることなく
現在にいたっていますが
沖ノ島全域が国立公園として
整備されており、砲座や観測所などを
簡単に見学することが可能です。



1番船が「満員」で乗船出来ず、
やむなく2番船で友ヶ島に上陸です↓



今回も、暑さでバテバテの
おピンちゃん先生と探訪します↓



桟橋からひたすら歩き、
砲台の入口に到着です↓



関連施設の跡でしょうね・・・↓



門柱が残ります↓



門柱を抜けると看守衛舎と
おぼしき建物が残ります↓



看守衛舎に隣接して
付属建物の基礎部分が
残っていました↓



田倉崎砲台や加太砲台などにも
見られた飲料水路の標柱です↓



少し下ったところに3連の
掩蔽部が残ります↓



最左側の背墻トンネルから
入っていきます↓



トンネル内で砲側弾薬庫に
接続しています↓



さらに、トンネル内で分岐する
階段を介して左翼砲台長の
立台に接続していますが
ハシゴがないため上がれません↓



トンネルは階段を介して
横墻トンネルにぶつかります↓



横墻トンネルから1つ目の砲座に
到着しました↓



横墻トンネルを戻るように進むと
2つ目の砲座に到達します↓
P1190025.jpg


2つ目の横墻トンネルに入ります↓


2つ目の横墻トンネルの
基本構造は、砲台長立台の
階段を除けば1つ目と同じ造りで
背墻トンネルと砲側弾薬庫に
接続されています↓




2つ目の横墻トンネルを抜けると
3つ目の砲座が残っています↓



3つ目の横墻トンネルに入ります↓


3つ目の横墻トンネルは、
1つ目の横墻トンネルと構造が
似ており、砲側弾薬庫と
背墻トンネルと右翼砲台長の
立台に接続されていますが・・・↓




3つ目のトンネルの特異な部分として
螺旋階段を介して観測所と
掩蔽部に接続しているところです↓





観測所が残ります↓



夏場ということもあって
トラップにかかった
虻・蚊が大量でしたよ・・・
ここは冬場の探訪を
お奨めしますっ!


【収録遺構】
 陸軍由良要塞
 友ヶ島第四砲台

   門柱 1箇所
   建物 1棟
   建物基礎 2箇所
   砲座 3箇所
   観測所 1箇所
   地下施設 7箇所
   トンネル 6箇所
   その他 3箇所

【探訪情報】
 2016.07.18  第1回探訪
 
 歩数(指数) 約2,000歩(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


それでは、また明日っ!



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