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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪して
記録することを生き甲斐とする
祐実総軍三等兵でございます★
稚拙な内容ではございますが、
これまで調べてきた戦争遺跡を
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よろしくお願いしますm(__)m

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2017 12 23:05:18

【和泉軍團】(49)陸軍鉄道連隊

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


月曜日は本当に憂鬱ですね。。。
もうこんな時間ですか・・・


さて・・・
本日は既出案件となりますが
和泉軍団「軍報」の第49弾として
千葉県習志野市におかれていた
陸軍鉄道連隊の遺構を
簡単にご紹介させてくださいませ↓




鉄道連隊は、戦地で鉄道の敷設を行い
兵員や兵器・物資などの輸送を担当する
鉄道専門の部隊として、この前身である
鉄道大隊が1896年(明治29)に
東京の市ヶ谷におかれていた
陸軍士官学校内に創設されたことが
はじまりです。

その後、中野に兵営を移設して
義和団事変や日露戦争に出征し、
鉄道の修復や砲弾の輸送などを行い
大きな実績を出したことから
「連隊」に昇格し、習志野市の
津田沼に兵営を移転させました。

その後、隷下の第三大隊を除く
部隊は千葉市に移りますが、
大正に入ると連隊はさらに拡大し
2つの連隊を抱えることとなって、
第三大隊は「鉄道第二連隊」に昇格し
その後に発生した関東大震災では
鉄道の復旧作業に第一連隊と
連携して活躍をしました。

1931年(昭和 6)の満州事変以降は
次々と中国戦線に投入され、
占領した鉄道の運営や大陸を結ぶ
新たな鉄道の敷設工事に従事し
設営先で終戦を迎えました。

現在、兵営跡地は千葉工業大学や
集合住宅地となっており、
当時の面影が残っていませんが
当時の門柱が指定文化財として
保存されており、このほかに
イトーヨーカドー向かい側の公園にも
連隊で使用された機関車が
保存されています。



いっちゃん先生と暑いさなかに
津田沼周辺にお邪魔しています↓



懐かしい・・・
高校時代は、よく津田沼で
遊んで帰ってたな~(笑)


三等兵の母校で、進学者が
最も多かった千葉工業大学の
入口は当時の正門です↓


案内板も立てられています↓



JR総武線を挟んだ向かい側の公園に
演習に使用された蒸気機関車が
保存されています↓



こちらも案内板付きです↓



【収録遺構】
 陸軍鉄道連隊
 (陸軍鉄道第二連隊)

  門柱 1箇所
  その他 1両

【探訪情報】
 2005.08.20   第1回探訪

 歩数(指数) 約2,500歩(100)


それでは、また明日っ!



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