【祐実軍團】(11)東京第二陸軍造兵廠櫛引製造所 - 戦争遺跡調査研究軍 祐実総軍

【祐実軍團】(11)東京第二陸軍造兵廠櫛引製造所

皆様、週初めからお仕事・ご講義、
誠にお疲れ様でございました。

今年は、戦後70年という節目からか
テレビ・書籍・他サイト様などなど、
「戦争遺跡」というものが認知されはじめ
とてもうれしく思う今日この頃でございます。
しかしながら、やはり「負」に偏りがあるのは
否めない雰囲気ですね・・・

現在の「便利」で「技術力」が高い
日本という国を形成している「源」でも
あるのに・・・と思うのは私だけでしょうか?

さてさて、祐実軍團「軍報」の第11弾は
埼玉県深谷市におかれていた
東京第二陸軍造兵廠櫛引製造所の
ご紹介をさせていただきますねっ。


東京第二陸軍造兵廠は、砲弾類に
使用する火薬を製造することを目的に
東京陸軍砲兵工廠の板橋火薬製造所を
前身として、1940年(昭和15)の組織改定で
開設された火薬製造所で、東京の
板橋に本部がおかれていました。

櫛引製造所は、東京第二陸軍造兵廠の
本部がおかれていた板橋製造所の
生産拡大を目的として、1943年(昭和18)に
開設されました。

太平洋戦争の末期は、空襲による
板橋製造所の生産維持をはかるための
疎開先にもなり、大小合わせて350棟に
及ぶ建物があったそうです。

現在、敷地跡地の大半が農地に
転用されており、大半の建物群は
解体されてしまっていますが、
当時の遺構がわずかに残っています。


埼玉県深谷市の農地に来ました↓


高崎線の深谷駅から、
ここまで歩くこと1時間20分。
な、なかなかの距離です・・・

現在も残る建物のほとんどは
農地を所有する地主様の家の
一部となっておりますので
場所は伏せさせていただきますね。


当時の建物の一部です↓



少し離れた場所にも残っています↓



頑丈さゆえか、完全に壊せなかった
建物の基礎部分も残っております↓



井戸なんかも残っています↓



これは、ちょっと微妙ですが
当時の建物としてカウントさせて
くださいっ↓



貯水槽なんかも残っております↓



こちらは建物が完存しており
一番見ごたえがあるかもしれません↓



機械の台座なんかも残っています↓



ここから、1時間半かけて
秩父鉄道の小前田駅に向かって
トボトボ歩く三等兵でした~(汗)


【収録遺構】
 東京第二陸軍造兵廠櫛引製造所
  建物 4棟
  建物基礎 2箇所
  その他 2箇所

【探訪情報】
 2012.06.17  第 1回探訪
 2012.06.23  第 2回探訪

 歩数(指数) 69,029歩(582)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


それでは、また数日後に
お会いしましょうっ♪
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コメント

  • 2015/07/17 (Fri) 19:58
    No title

    深谷へは2010年3月に行きました。
    写真の物件はすべて現認しましたが、最後の大物のヤツは見過ごしてしまいました。
    車で行ったのですが、あそこは道がタテヨコに
    碁盤の目のように走っておりカーナビでも迷うほどで、
    通過してしまったのだと思います。
    あの広大なネギ畑その他が軍の工廠だったと
    考えると、ワクワクしますね。

    • slycrow #RXtWfVJQ
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    • 編集
  • 2015/07/17 (Fri) 20:53

    slycrow先生

    やはり、ご存知でしたか!
    あの場所は、田畑が碁盤の目に
    なっているので、車ですと
    見落としがあるかもしれませんね・・

    今となってはアシがないので
    徒歩での探索を都合2回しましたが
    大変でした。

    見返りは大きかったですけどね(笑)

    • 祐実総軍三等兵 #ft.RO07s
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