戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

♦ プロフィール

祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪して
記録することを生き甲斐とする
祐実総軍三等兵でございます★
稚拙な内容ではございますが、
これまで調べてきた戦争遺跡を
ブログ・ホームページで紹介を
させていただいておりますっ♪

よろしくお願いしますm(__)m

♦ 最新記事

♦ カウンター

2017 14 12:58:49

【珠美軍團】(8)陸軍第九師団歩兵第十九連隊

皆様、金曜日をいかがお過ごしでしょうか。

蒸し暑い日が続いていますが
東海地方の一部で集中豪雨と
なっているようですね・・・

日頃から、三等兵を可愛がってくれる
関係者様ならびにブロ友様が
名古屋周辺にお住まいですので
少々心配しております・・・


昨日まで3泊4日の行程で
中国・北陸地方を探訪してましたが
その間に、関係者様からたくさんの
メールが来ていてビックリしました~!
ありがとうございます m(_ _)m

順次、返信させていただきますので
少しお時間をくださいっ!


さて・・・
本日は珠美軍團「軍報」の
第8弾といたしまして、
福井県敦賀市におかれていた
歩兵第十九連隊の遺構を
ご紹介させてくださいませ↓




歩兵第十九連隊は、陸軍の師団編成の
前身である名古屋鎮台に隷属した部隊で
1885年(明治18)に名古屋で編制されました。

その後、第三師団の基幹部隊となり、
日清戦争に参戦しました。

日清戦争が終結すると、敦賀に新設された
兵営に移駐し、金沢に新設された
第九師団に隷属先が変更されて
日露戦争へ突入しました。

日露戦争での勝利で敦賀に
凱旋帰還したあとは、京都に新設された
第十六師団に隷属先が変わり
満州の警備にあたりますが、
大正末期の軍縮で廃止された
富山の歩兵第六十九連隊に代わって
再び第九師団に隷属先が
変更されました。

昭和時代に入ると、日中戦争へ
突入したことを機に満州へ移駐して
参戦しましたが、そのまま太平洋戦争に
突入すると、第十九連隊は満州から
沖縄へ移り第九師団の精鋭として
防衛の中核を担う予定でしたが、
作戦が変更されて台湾へと転出して
防衛の任務についたものの、
連合国軍は台湾を通り越して
沖縄本島へと上陸したため、
交戦せずに終戦を迎えました。

終戦後、跡地はアメリカ軍に
接収されましたが、現在は返還されて
桜ヶ丘団地や住宅などに
変遷しています。



京都から湖西線経由の新快速で
敦賀に向かいます↓


京都や大津は大きな都市なので
電車の本数がそれなりにあるのですが
近江今津を過ぎると、敦賀までの駅では
日中に1時間に1本の新快速しかないので
少し大変でした(笑)

京都から福井に行くなら
「特急に乗りなさいよ」という
声が聞こえてきそうですが、
ちょうどいい特急がなかったもので・・・


遠征でのパートナーである
おピンちゃん先生と敦賀に到着です↓



敦賀駅では友達が出迎えてくれました↓



今回の探訪も、盡忠報國先生
大日本者神國也
参考にさせていただきましたっ!


桜ヶ丘団地に到着です↓



敷地の外周部分に軍用地境界塀が
2箇所残っていました↓




敦賀連隊の史跡として
歩哨と軍用地境界標が
保存されています↓




これはどうでしょうか・・・↓


歩哨や塀に用いられている
セメントと同じ感じがするのですが・・・
知っている方、教えてくださいませ m(_ _)m


【収録遺構】
 陸軍第九師団
 歩兵第十九連隊
 (陸軍第三師団
  歩兵第十九連隊,
  陸軍第十六師団
  歩兵第十九連隊)

  歩哨 1箇所
  軍用地境界塀 2区画
  軍用地境界標 1本
  その他 1箇所

【探訪情報】
 2017.07.12   第1回探訪

 歩数(指数) 426歩(100)


後ほど、ホームページでも
ご紹介させていただきますねっ★

今日・明日とホームページの更新に
専念したいと思っています。
今度の日曜日に更新内容を
まとめて掲載いたしますね★


それでは、またお会いいたしましょうっ!



↑もしよろしければ
 応援してやってくださいっ♪
 (のちほど、お返しポチも
 させていただきますね~)

♦ 検索フォーム

♦ ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる