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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪して
記録することを生き甲斐とする
祐実総軍三等兵でございます★
稚拙な内容ではございますが、
これまで調べてきた戦争遺跡を
ブログ・ホームページで紹介を
させていただいておりますっ♪

よろしくお願いしますm(__)m

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2015 03 22:29:03

【祐実軍團】(13)横須賀海軍軍需部長浦倉庫

皆様、月曜日をいかがお過ごしでしょうか?
三等兵は、あと2日出勤すれば
5連休と相成りますっ★
この連休で静岡県を探訪予定ですっ♪


さてさて、今回は昨日に引き続き
祐実軍團「軍報」の第13弾といたしまして
神奈川県横須賀市におかれていた
横須賀海軍軍需部の長浦倉庫を
簡単にご紹介させてくださいませ。


昨日と同じご説明になってしまいますが、
海軍軍需部は、兵器や燃料・物資などを
全国の生産工場などから収集し、
前線にこれらを補給する重要な役割を
果たしていた部署で全国の海軍拠点に
おかれました。

この中で、横須賀海軍軍需部は
1923年(大正12)に設置され、
当初は、現在の汐入町1丁目に
庁舎がおかれましたが、敷地が
手狭になったことから、現在の
長浦町1丁目の海岸を埋め立てて
移転し、本部が建てられました。
また、物資を送り出すまでの期間は
一時的な保管がともなうため、
本部に隣接して現在の田浦駅前に
あたる長浦地区にも保管倉庫が
設置されました。

ここには、水雷・機雷・砲銃・光学・
航海系の各兵器類を収納するための
倉庫が13棟と、付属建物が10棟設置され
太平洋戦争末期は空襲による被害を
防止するために、背面の山にも
保管用の地下壕が掘削されましたが、
目立った空襲は受けずに終戦となりました。

戦後、敷地はアメリカ軍に接収されましたが、
すぐに返還されて、現在は民間企業や
自衛隊の敷地となっており、地下壕や
当時の倉庫が現存しています。


前回に引き続き、JR横須賀線の
田浦駅にやってまいりました↓


田浦駅前の秘境っぷりをはじめ
長浦倉庫の建物の遺構ともども
かなり有名なので簡単に掲載します♪


砲銃倉庫です↓



これも、おそらくは当時の
建物ではないでしょうかね・・・↓



これもそうでしょうかね・・・↓



第一水雷倉庫です↓
P1080277_第一水雷庫


兵器修理場です↓



第三水雷倉庫です↓



光学兵器倉庫です↓



第三電機倉庫です↓



違っていたら、ゴメンナサイ↓



通信・電機兵器倉庫です↓



第二電機倉庫です↓



第一兵器倉庫です↓



第二計器倉庫です↓



航海兵器倉庫です↓



長浦倉庫裏手の低山には
太平洋戦争末期に掘削された
地下壕が残っています↓



現在、ほとんどの入口が封鎖されており
見学は非常に困難です・・・
また、坑道の大半は産業廃棄物などで
埋め戻されているため危険です↓



2006年時点の内部調査では
坑道の総延長は820メートルを
計っておりますっ↓



ホームページで公開するまでの間
地下壕の内部図を載せておきますね↓

 ※2017.3.3
  ホームページに掲載のため
  内部図を削除しましたっ!


地下壕が掘削されている山の
頂上付近には、軍用地境界標が
数本残存しています(抜粋)↓



横須賀線の線路脇に位置する
お寺の背面付近にも軍用地境界標が
残っていますっ↓



【収録遺構】
 横須賀海軍軍需部長浦倉庫

  建物 15棟
  軍用地境界標 4本
  地下壕 1区画

【探訪情報】
 2004.10.23  第 1回探訪
 (探訪回数が多いので途中省略)
 2014.08.13  第18回探訪

 歩数(指数) 150,000歩以上(999)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


それでは、おやすみなさいませっ!

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