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祐実総軍三等兵

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全国に残る戦争遺跡を探訪して
記録することを生き甲斐とする
祐実総軍三等兵でございます★
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2017 11 12:33:30

【鉄道】(31)日本国有鉄道201系

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


くそーっ、天気がいいな・・・
本来であれば、いっちゃん先生と
OKN先生と探訪する予定でしたが
体調不良でキャンセルです(涙)


今週末はおとなしくしてます・・・


さて、本日は「鉄道」ネタで
ブログを更新させていただきます。


今回は国鉄201系でございます。



国鉄201系電車(wikipediaを抜粋)↓

国鉄201系電車は、1979年(昭和54)に
試作車が登場し、後に量産された
日本国有鉄道(国鉄)の
直流通勤形電車である。

抵抗制御に代わるより省エネルギーな
主回路制御方式として、1960年代より
チョッパ制御方式が注目されてきた。

大容量の半導体素子が開発されたことも
この動きを後押しし、国鉄も1967年以降、
101系や103系を用いた現車試験を
開始した。

1970年代後半になると、101系電車の
老朽化も進行し、新形式電車の
機運も高まってきた。そして1979年、
国鉄として初の電機子チョッパ制御
(サイリスタチョッパ制御)を採用し、
電力回生ブレーキを装備した
「省エネ電車」として設計・製造された
本形式試作車(201系900番台)が落成した。

主回路以外についても新機軸が
多数導入され、試作車完成の段階では
次世代標準型通勤形電車として
鉄道業界などから大きな期待が寄せられ
1981年(昭和56)から量産が開始された。
だが、当時の国鉄の財政事情では
電機子チョッパ制御器の製造コストの
高さがネックとなり、最終的に
中央線快速・中央・総武緩行線・
京阪神緩行線の3線区のみに
合計1,018両の新製投入に留まった。

1987年(昭和62)の国鉄分割民営化
(JR発足)後は、東日本旅客鉄道に
794両が、西日本旅客鉄道には
224両が継承された。JR東日本では
2005年から後継系列への
取り換えによる老朽廃車が開始され
2011年6月に営業運行を
すべて終了した。

JR西日本では内外装の
リフレッシュ工事を受けながら、
引き続き使われている。

なお、JR東西間での201系の譲渡は
行われていない。
(三等兵注釈:これは知らなかった・・・)



こんな感じの車両です↓


うーん、この形式は
とにかく通勤で乗りましたね(笑)
私と同年代の方々には
お馴染みの車両かもしれません。

ひいては、まだ私が物心ついた
クソガキ時代は、中央線が
全てこれですし、総武線も
相当な割合でこれでした。

特に総武線のお世話になったな~(笑)


晩年は五日市線でも活躍した201系↓


関東では、この当時はオレンジと
イエローの塗装しかなかったのですが
仕事で大阪へ赴任する際に
新大阪から乗り換えた最初の在来線が
関東にはなかったスカイブルーの
201系で驚愕したっけな(笑)

その後、関東地方にも京葉線運用の
201系が登場したので、スカイブルーに
驚くことはなくなっちゃいましたが・・・


戦跡探訪中に撮影した201系↓



私が「マニア」全盛だった頃は
どこに行っても抵抗制御車が主流で
それが好きで追いかけまわしてたので
電機子チョッパ制御や
界磁チョッパ制御などといった
当時の「次世代」形式には
あまり関心がなかったのですが
最近のインバーター制御事情を
見ていると、関心がなかった形式にも
目を向けざるをえませんね(笑)

そして、諸元や写真などを
インターネットなどで改めて見ると
「おおっ、すげ~」ってな感じになって
今更ながら、そういった形式の
「偉大さ」を知ることになり、
線区を退いてしまった後になって
「もっと関心をもって乗っていれば」と
ものすごく後悔する。


最近はこんなことばっかりです(笑)


先月、ついに大阪環状線からも
退いてしまった201系↓

※いつも楽しく拝見させてもらっている
 Panda NEKO No.1様ブログ
 掲載写真を転載しています。


JR西日本には、現在も
関東には登場しなかった
以前の山手線と同じウグイス色の
201系が頑張っています↓

wikipediaの写真です。


201系が履くDT46台車↓

wikipediaの写真です。

おおっ、円筒案内式なのか・・・
普通の金属ばねだと思っていた(汗)
ここまで「知った口」で書いていて
恥ずかしい限りですが、
初めて知りました・・・(驚)


興味のない方々におかれましては
くだらないブログ更新となってしまい
申し訳ないです m(_ _)m


それでは、またお会いしましょう!



↑こちらの「応援」も、
 ひとつ、よろしくお願いします★

コメント

[title]:

たしかに、JR東西間の行き来はなかった、というのは
にわかには信じられませんね!
というのも、何度も関西に行きましたが、走っている姿を
あまり見た記憶が・・・。でも224両も配備されたんですね。

デビュー当時は「省エネ電車」とヘッドマークをつけてました。
JR西はゴッツイ新型車両もたくさんでてきましたが、
国鉄の忘れ形見・201にも末永く頑張ってもらいたいものです。

  1. 2017/11/13(月) 22:05:51
  2. URL
  3. slycrow96 #-
  4. [ 編集 ]

[title]:slycrow様

毎度、書き込みありがとうございますっ!


東西間の行き来はなかったと知ったのは
wikiを見てからですが、てっきり
中央線の201は大阪環状線などに
移籍しているものと思ってましたよ(笑)

私が大阪(宝塚)にいた頃は、
西明石~京都(確か・・・)の区間での
運用しかなかった気がします。
間違ってたらスミマセン・・・
環状線や大和路線にはいなかったような。

「省エネ201」のヘッドマーク、
当方もよく覚えていますよ(笑)
この時は2丁パンタでしたよね。


201はまだ大和路線で活躍してます。
去年、八尾と柏原に行った時に
思いっきり乗りました(笑)
4M2Tで、いくぶん103系の同編成より
加速がよかった気がします。
高速性能は「イマイチ」でしたが(笑)


  1. 2017/11/14(火) 00:51:04
  2. URL
  3. 祐実総軍三等兵 #-
  4. [ 編集 ]

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