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戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪し
記録することを趣味とする
祐実総軍三等兵ですっ★

稚拙な内容ではございますが
これまでに関係者の皆様方と
見てきた戦争遺跡を中心に、
ブログ・ホームページなどで
順次ご紹介をしていきます♪

よろしくお願いしますっ★

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2018 20 19:51:29

【祐実軍團】(159)東京陸軍砲兵工廠滝野川雷汞場

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


今日の朝に仕事のヤマは
越えたのですが、午後になって
捕まってしまいました・・・

これで2日連続となり、おかげさまで
今週に入り100%の障害被弾率です(笑)

「皆勤手当」みたいなものが出れば
なおさらいいんですけどねっ!


さて・・・
本日は祐実軍團「軍報」の
第159弾といたしまして
東京都北区におかれていた
滝野川雷汞場の遺構群を
簡単にご紹介させてくださいませ↓




雷汞場(らいこうば)とは、爆弾の
雷管に用いる発光具を製造する工場で
当初は文京区の東京砲兵工廠に
おかれていました。

ところが、この雷汞 (水銀と硝酸と
エチルアルコールで化学反応を
させたもの) の取り扱いが難しく、
少しの摩擦でも爆発するため、
工廠内で死傷者を出す事故を
頻繁に起こしたようです。

そのため、危険を回避する手段として
1905年(明治38)に、十条銃砲製造所に
隣接する滝野川地区に雷汞場を新設し
移転させました。

1924年(大正13)には銃砲製造所の
所管となり、爆粉や照明弾・発炎筒なども
ここで製造され、1940年(昭和15)の
組織改定で、東京第一陸軍造兵廠の
第三製造所の傘下に入って
滝野川工場に改称され、94台の機械と
450人の従業員が配属されて
薬莢爆管や手榴弾用信管の組立・
薬嚢類を製造しました。

跡地は、都営住宅や王子工業高校などに
変遷しており、軍用地境界標を中心とした
遺構が現在も残っています。



重鎮メンバーの皆様方とともに
北区の滝野川にお邪魔中です↓



滝野川4丁目の住宅地内に
憲兵小屋とも発電施設ともいわれる
建物が残っています↓



王子総合高等学校方面に向かって
敷地の西端部分を進んでいくと
軍用地境界標が残っています↓




上部が折られていますが、
これも軍用地境界標です↓



ここからUターンするようにして
敷地の北側部分にあたる
滝野川病院付近に移動します↓



軍用地境界標が残っています↓



残念ながら上部が欠損してますが
場所的に、これも軍用地境界標です↓



 【収録遺構】
  東京陸軍砲兵工廠
  滝野川雷汞場
   (陸軍造兵廠火工廠
   十条兵器製造所
   滝野川工場,
   東京第一陸軍造兵廠
   第三製造所
   滝野川工場)

 【探訪情報】
  2007.04.01  第1回探訪
  2007.07.21  第2回探訪
  2011.01.01  第3回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


それでは、またお会いいたしましょうっ★



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